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サラダマーメイド  作者: 堀田みこどん
2/15

第2話:疑いの目

 松本譲は、イーゼルに立て掛けたA3サイズのキャンバスに、青で下地を塗っていた。


 部室には、小さな机がありその上に、自分のスマホカバーを台にして、写真を見えるように立ててていた。

 スマホには、春の天気のいい日に撮ってきた風景写真が、表示されていた。


 画面の4割が抜けるような青空で、6割が緑生い茂る草むらと、一本スッと通り抜ける川だった。

 松本が、学校の帰りに通りかかる、沈下橋から撮った風景だった。


 増水すると川に沈むコンクリートの橋で、細く、手すりがない。

 今までと違う登校ルートを探していた所、たまたま見つけた。

 初めてその橋を歩いた時は、真後ろから太陽を受けて、川が金色に光っていた。


 この色を絵にしたい。

 松本は、しばらく立ち尽くしながら、その川の流れを見続けていた。

 

 松本の目の前にある写真は、そのあと、天気のいい日を見計らって撮ったものだった。

 キャンバスから油絵の具を剥がしていた時に、外を見て、あまりに天気が良かったので、この写真を思い出した。

 

 地塗りの青の油絵の具を塗りながら、どこまで塗るか考えていた。

 全部塗ろうか、上半分だけにしようか。


 地塗りの青は、そのまま、別の青が重ね塗りされて、空になる予定だった。

 ただ、空になるということであれば、キャンバスの下半分に描く川や草むらよりも、奥になるように描きたかった。


 「空と地面との高低差をつけると、奥行きがはっきりして見えるかな。」

 松本は、青を塗りながら考え続けた。

 結局、地塗りの青は、キャンバス全体に塗ることにした。


 キャンバスに薄っすらと青を塗ったあと、じっと乾くまで待った。


 松本は、スマホを手に取り、検索をした。

 空と地面の油絵を探した。

 どのようにタッチを分けているか気になったからだ。


 他の絵で、今、マネれる所はないだろうか。

 松本は、何枚も何枚も、表示をしては拡大をして見つめた。


<~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~>


 松本は、授業が終わり、机の上にかばんを置いて、持ってきていた教科書を詰めた。

 学校に教科書などを置きっぱなしにせずに、毎日、必要な分だけ持ってきていた。


 今日の分をすべて詰め終えると、クラスメイトが声をかけてきた。


 「今日も美術室か?」

 「そのつもり。」

 「お前も好きだな。そんなにも絵を書くのが楽しいのか?」


 松本は、クラスメイトの方を向き、人差し指を差した。

 「油絵は金がかかるから、学校の金で絵がかける。すっごく、最高じゃないか。」

 松本は、明るく笑った。


 クラスメイトも笑うと、そのまま自分のスマホを取り出した

 「おっと、部活に間に合わなねえじゃねえか。松本、またな。」

 クラスメイトはそう言うと、教室から駆け出していった。


 松本はその背中を見送ると、かばんの紐と肩にかけると、教室から出た。


 「ちょっと、松本くん、待って。」


 廊下に出た松本の背後から、声がかかった。

 そのまま振り向くと、背の高い女子生徒が走ってきた。


 「えっと・・・市川さん、何か。」


 市川華菜絵が、松本の前で立ち止まった。

 松本は、頭一つ近く背の高い市川を見上げた。


 「この前、部室から、プール、覗いてなかった?」


 松本は、少し首を横にかしげた。


 「なぜに?」


 市川は少し前のめりになって、松本を見下ろした。


 「あの部室長屋から、このシーズン、プールを覗き見する生徒が多いの。」

 「で、なぜ、僕が?」

 松本は表情を変えずに、市川を見続けた。


 市川は、少し怒ったような表情になった。


 「だから、この前、美術部室から、こっち見てたでしょ。」

 「それがなに?なんで知ってるの?」

 市川は、更に松本に詰め寄った。


 「私が、水泳部だから。それで、美術部室に市川くんが見えたから。だからでしょ。」

 松本は、目を薄く閉じて、ジッと考えた。


 「ああ、絵の具剥がしてた日かな。」

 「絵の具剥がしてたかなにか知らないけど、毎年、どこかの部から覗きがされてるの。だから注意して。」


 松本は、ため息をついた。

 「顔を見たから、言う意味は理解できるけど、それは、覗きしてる本人に言ったら?」

 「だから・・・」


 市川の後ろから、市川を2~3人の女子生徒が呼んだ。

 市川は振り返り、女子生徒に返事を返した。

 「とにかく、怪しいことはしないで。迷惑だから。」

 

 「そんな事を、あの部室長屋の全員にいうのか?」

 市川は、松本に答えず、そのまま、彼女を呼んだ女子生徒のもとに走っていった。


 松本は、ため息をついて、振り返り、歩き出した。

 「バッカみてえ。なんで俺が怪しまれる必要があるんだ。」

 松本は、そのまま、いつものように、美術部室へと歩いていった。


<~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~>


 下地に塗った青の絵の具が乾いたか、キャンバスの下の方を人差し指で触れて確認した。

 指に吸い付く感覚はあるが、指紋はつかなかった。

 松本は、触れた人差し指の(ひら)をじっと見つめた。


 松本は、机の中から、木炭を手に取り、薄く線を描いた。

 線を描き、手を止め、写真をみて、もう一度、キャンバスを見つめ、線を描き続けた。

 線は荒々しく、そして薄っすらと輪郭を作るように描いた。


 松本は、木炭から筆に持ち変えるとその輪郭に合わせて、緑色の油絵の具を塗っていった。

 筆を這わせると、河原の草むらと川の輪郭がうっすらと浮かび上がってきた。

 松本は、キャンバスに浮かび上がった油絵の具の輪郭を、ゆっくりと目で追った。


 窓から入り込む光を頼りに、松本は更に絵の具を重ねて行った。

 空と地面の境界、川と草むらの境界、そしてそれらの高低差。

 1つの色の中に、はっきりわかる境目が出てきた。


 松本は、筆を机の上に置き、イーゼルを少しずらした。

 横から受けていた窓からの明かりを、真正面に近いかたちから受けれる向きにした。

 キャンバスは、窓からの光を全体に受けて、凹凸が消えてしまったように見えた。


 松本は、色のバランスを確認した。

 一面に広がる、青と緑のバランスが、筆の凹凸に邪魔されないようにしたかった。

 上から下に向けて、ゆっくり視線を落とした。


 心のなかで、一階頷くと、またイーゼルを元の位置に戻した。

 キャンバスの油絵の具は、再び、凹凸を取り戻した。

 松本は、キャンバスをじっとみて、ゆっくりと、油絵の具の凹凸に、指を這わせた。


 キャンバスから手を離すと、スマホを構えた。

 両手でスマホを構えながら、水平を合わせて、キャンバスを撮った。

 今の状態を後でも確認出来るようにした。


 窓からじっとりする暑さで、首に汗をかいた。

 ため息をながら、手で拭うと、手のひらが、光を受けて、キラキラと光った。


 外からは、プールの水音と、沢山の生徒の声が聞こえた。

 雲ひとつない、焼けるような青空が、夏の盛りが近いことを告げていた。

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