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サラダマーメイド  作者: 堀田みこどん
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第14話:幼き記憶の既視感

 松本譲は、完成した油絵を持って、職員室の入り口まで来た。


 キャンバスのサイズは60号サイズで高さが130センチあり、普通に持つと、松本の体の大きさでは、足にキャンバスが当たっていた。

 持ってくるに先立ち、美術部の先輩に手伝ってもらい、大きな袋で梱包をしていた。


 職員室の入り口で、美術部顧問の教師を、呼び出してもらった。

 少し待つと、顧問の教師が手荷物を持って、立ち上がった。

 「今から、市の美術館行きます。主任会議までには戻ります。」


 顧問の教師は、他の教師に外出報告をし、松本の所にやってきた。

 「さあ、行こうか。それで大丈夫か。」

 「はい、時間とか大丈夫だったんですか?」


 「市の美術館についたら、連絡することになってるから、とりあえず、車に載せようか。」

 松本は、先に行く顧問の教師の後をついて歩き出した。

 松本は靴を履き替えるために、一度顧問の教師から離れた。


 内履きから靴に履きかえる為に、キャンバスを下駄箱に立て掛けた。

 靴に履き替え終わると、再び、両手でキャンバスを持ち上げ、外に出た。

 離れた職員玄関の方に、顧問の教師が待っていた。


 「松本、駐車場、こっちだから。」

 顧問の教師が、指で指示した方に、松本は歩き出した。


 松本が車に近づくと、教師は車のハッチバックを開けた。

 松本は、開かれたハッチバックから、後部座席の後ろの荷物置くスペースに、キャンバスを置いた。

 「さあ、助手席に乗って。車出すぞ。」


 松本は、顧問の教師に促されて、車の助手席のドアをを開けて座った。

 顧問の教師も、松本が乗り込んだ事を確認して、運転席に座った。

 顧問の教師は、松本の様子を確認して、バックミラー、サイドミラーをともに、ちらっと見た。


 そして、右足でブレーキを踏みながら、起動ボタンを押した。


 メーター類の液晶が、スッと表示された。

 表示を確認すると、左手でシフトノブをドライブにし、アクセルを踏んだ。

 車は音もなく、スライドするように走り出した。

 

 車内には、かすかなタイヤの回る音と、曲がる時に発せられる方向指示器のカチカチという音が響いた。

 顧問の教師は、すっと左手でオーディオに手を伸ばし、ボリュームを上げた。


 「静かすぎるのも嫌だろう。まあ、ラジオだけど。」


 カーオーディオから流れてきたのは、なにかの特集のような内容だった。

 

~~~~~

『今日は、ちょっと現代劇の話ではなく、古典劇の話をさせていただきます。』


『どんな話ですか?』


『ねえ、ケイコさん、シェイクスピア知ってる?』


『知ってますよ。というか、有名すぎますよね?』


『シェイクスピアの作品、知ってるの言ってみてください。』


『ええ・・・まあ、常識ですからね。一般教養ですからね。まずは、ロミオとジュリエット。』


『ロミオとジュリエット、有名ですね。』


『次は、ハムレット。』


『ハムレット。いいですね。まだ出てきませんか?』


『ええ・・・まだですか。ちょっと待ってくださいね。・・・』


『ヒントほしいですか?』


『ぐ・・・ほしいです。』


『ある若者がある高利貸しと裁判をしました、契約には金を返せなかったら自分の体の肉を1ポンド与えるという内容でした。若者はお金を返せず、自分の体の肉を1ポンド要求されました。裁判官は1ポンドの肉を切り取ってもいいとしました。そして続けて言いました。”肉を切り取ってもいいが、契約書にない血を一滴でも流せば、契約違反として貴方の全財産を没収する”と。』


『っと、ベニスの商人ですね!』


『そのとおりです。よく思い出しましたね。』


『1ポンドの肉の裁判は有名ですからね。』


『ここまでシェイクスピアの作品を紹介しましたね。』


『今日は、この中からのお話ですか?』


『実は、この作品ではありません。』


『あら、違ったんですね。』


『アントニーとクレオパトラという作品をご存知ですか?』


『登場人物は歴史上の人物なのでわかりますが、作品は知りませんね。』


『ちょうどよかった。これは、ローマ帝国のシーザー暗殺後を舞台とした悲劇です。』


『そうなのですね。』


『今回は、ちょっと、英語の勉強をしていただきます。』


『え、英語の勉強ですか?』


『はい、そのアントニーとクレオパトラの中でクレオパトラの台詞で、日本語で言うと”あれはまだ私が青二才で、青くさい分別しかできず、熱い情熱を持つこともなかった頃の話だわ。”という台詞があります。』


『はい。』


『その”あれはまだ私が青二才で”というところ、英語で言うと、”My salad days,”というのです。』


『え?サラダですか?』


『そうなんです。サラダなんです。』


『若い時という表現だから、Young daysとか言うんだと思ってました。』


『そうですよね。この”My salad days”は後の”I was green in”や”cold in”などとかかってて、ますます今で言うサラダの感じがしませんか?』


『そう言われればそうですね。』


『あとに続く、グリーンの青々しいや、コールドの冷たいや熱くなれていない、などにかかるように、My salad daysそのものは、”人として未熟で青臭かった頃”という事が言えるんですね。』


『そう言われてみるとそうですね・・・』


『それにかけて、昔、マヨネーズ会社がCMでこのフレーズを使っていたんですが、多分、ケイコさん生まれる前ですよ。』


『そうだったんですね。』


『今回は、フレッシュで新鮮なサラダと言う言葉が、未熟な、という意味でも使われるということを覚えて帰りましょう。』


『はい、ありがとうございました。』

~~~~~


 松本は、ラジオの内容に聞き入ってしまった。


 「サラダって、未熟なって意味でも使えるんですね。」

 思わずつぶやいた。


 「先生な、このこの人が言ってたCM、高校の頃に聞いたことあるよ。」

 「聞いたことあるんですか?」

 「内容は、ほぼ、今のラジオのままなんだけどね。」


 顧問の教師は、懐かしさに、ふふふっと漏れるように笑った。

 「先生は、シェイクスピアって知ってるんですか?」

 「演劇は、数回見に行ったよ。日本公演のもの。まあ、演じるのは日本語で日本人だったけどね。」


 「演劇、見に行くんですか?」

 「演劇、見に行くよ。映画もみるね。シェイクスピアとかタランティーノぐらい、レンタルしてでも見とかなきゃってね。」

 「タランティーノってなんですか?」


 「え、松本、クエンティン・タランティーノ、とか知らない?TMRの歌の歌詞にも出てきたよ。」

 「TMRって?」

 「TMRもかよ・・・まじかぁ。ジェネレーションギャップ感じまくり。」


 顧問の教師は、唖然と笑った。

 「TMR、タランティーノ・・・ああ、1998年の曲ですか。僕生まれるずっと前ですね。」

 「そうなんだ・・・、俺が生まれるずっとずっと前にはアポロ11号は月に行って、松本が生まれるずっとずっと前には、WHITE BREATHが発売されていたってことかぁ。」


 「アポロ11号って、歴史の教科書に乗ってましたね。」

 「歴史の教科書レベルなんだな、松本の世代では、って、これも歌のフレーズなんだけど、ポルノグラフティは知ってる?」

 「父が聞いてますので、知ってます。知ってるだけで詳しく曲を聞いたことはないですけど。」


 「ポルノですら、松本の世代では、懐メロ?なわけないよな。現役だし。」

 「まあ、活動が長いミュージシャンって沢山いますから。」

 「そうだよね、ほんとに、そうだわ。」


 顧問の教師は、引き続き、美術館に向けて車を走らせていった。


 市街地から、木が生い茂る坂に入り、その途中の観光地の駐車場に入った。

 目的地の美術館に到着した。

 その駐車場に、美術館は隣接していた。


 松本と顧問の教師は車を降りた。

 松本は、ハッチバックを開けてもらい、絵を取り出した。

 顧問の教師は、松本がハッチバックを閉めるのを確認すると、車を施錠した。


 二人は、入り口に向けて歩き出した。

 美術館は、クリーム色のタイルが貼られている建物で、太陽を受けて、白く輝いて見えた。

 開けっ放しのドアは人の出入りが多く、二人も、その隙間を縫うように、館内に入った。


 松本は、入り口すぐの吹き抜けのホールで立ち止まった。

 左右に大きく広がり、まるで外の延長線のような錯覚に陥った。

 だが、空気感が、その空間だけ切り取られたような、非現実感を感じた。


 なにか絵があるわけではない。

 特別な彫刻があるわけじゃない。

 その空間そのものが、特別な美術品のような感じがした。


 「お~い、松本、受付こっちで済ませろよ。」

 顧問の教師が、入って右側にある総合案内から、松本を呼んだ。

 松本は、その声に気が付き、顧問の教師の方に歩いていった。


 「この申込用紙に、氏名と学校名と、そして出品品目、これは油絵だな、そして題名を書いて、このお姉さんに渡す。そして、絵を預ける。番号札と書いた用紙を貼って、審査する所に持っていてもらえる、ということだ。」

 顧問の教師は、松本に説明した。


 松本は、はい、と返事をすると、ペンを持ち記入を始めた。

 名前、学校名、出品品目、次々と書いていった。

 題名の所で、ふとペンを止めた。


 『何を、題にするべきか。』


 松本は、油絵の封を解いて、考えた。


 『本当は、スプラッシュの瞬間だったんだね。』


 ふっと、市川の言ったことを思い出した。

 松本は、スマホを取り出し、文字を検索した。


 「スプラッシュ、splash」


 松本は、題名を”Splash -スプラッシュ- ”と書いた。

 用紙に記入を終えて、総合案内の女性職員に渡した。


 女性職員は、頷いて受け取り、手元にあった番号札と受け取った用紙を絵に張り付かないように丁寧に付けて、奥に持っていった。

 

 「さ、学校戻るか。」

 顧問の教師に促され、入り口に戻ろうとした時、ふと足を止めた。


 「あ、先生、30、20分だけ良いですか。あっちの展示、少しだけ見させてください。」

 松本は、美術館の常設展示の方を指差した。


 顧問の教師は、ちらっと、自身のスマホを取り出してみた。

 「わかった。車に先に行ってるから。見終わったら、すぐに戻ってこいよ。」

 松本は、顧問の教師に軽く頭をさげ、常設展示の方へ、小走りをしていった。


 開けっ放しにされた、2枚の分厚いドアの入り口を通り抜けると、両サイドに大きく広がるホールに出た。

 松本は中に入り、ホールの真ん中で立ち止まった。


 展示ホールの真ん中には、巨大な彫刻が立っていた。

 彫刻は真っ白な、人の裸の彫刻だった。


 松本は、彫刻の前で、見上げたまま、立ち尽くした。


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