第13話:君が通り過ぎたあとに
松本譲は、最後の修正を書き加えた。
直接触らせてもらった、市川の左足の感覚とイメージを、絵に書き加えた。
松本は、絵をアクティブに寄せること、決着をさせた。
動きと躍動感を再現し、見る距離で徹底的に混乱させる。
『我ながら、中二病かよ。』
松本は、そう思い、苦笑いした。
出来上がった絵を、イーゼルから降ろし、日が直接当たらない美術部室の入り口ドア付近の壁に立て掛けた。
松本は、使った絵筆やパレットなどを片付け始めた。
使えるキャンバスがなくなるので、次はいつ使うかわからない油絵のセットになってしまった。
「しばらくは、スケッチばかりになるのかな。」
松本は、引き出しから白紙の紙の束を取り出し、ペラペラとめくり始めた。
誰が追加したのか、それなりの数があった。
松本のいる美術部では、誰が使うかわからないので、スケッチブックを持たず、紙を持ち出し、クリップボードもしくは画板でスケッチをしていた。
結果として、美術部の机の引き出しには、大量のスケッチが押し込まれていた。
部員のみんなは、ある程度、自分の分を把握しているのだが、結果として混ざってしまい、まとめて眺めることが多かった。
それを組み合わせたりなどして、いろんな絵のヒントになっている、ということもあった。
「松本、絵ができたんだな。」
美術部室に男子生徒が入ってきた。
「あ、先輩。ちょうど出来たところなので、絵の具乾いてません。注意してくださいね。」
「おっと、わかった。ありがとう。」
美術部の先輩は、キャンバスに触れない様に、慎重にドアから部室内に入った。
「ちゃんと、先生の希望通り行けそうだな。」
「聞いてなかったんですが、先輩、市のコンテストどうしたんですか?」
「俺か?」
先輩は、自分のスマホを取り出し、松本に見せた。
「俺は、実は毎年出品してたんだ。水彩で。1年のころから。」
「そうだったんですか?」
「強制じゃないからね。出す人は、だまって先生に言ってスケジュールを確認してたんだ。」
先輩は、松本に向けていたスマホを手元に戻し、ポケットに片付けた。
「まあ、松本も出してくれる気になって、よかったよ。じゃないと、この話誰にも出来なかったから。」
先輩は、ホッとしたような表情を見せた。
「なんか、コンテストの話、どこかの”一子相伝”みたいな感じですね。」
「無理は言えないからね。コンテストの存在はみんな知ってても、それを出すかどうかは、個人に任せてるって、うちの部の伝統だから。俺も、もう卒業した先輩から聞いたから。」
「そうだったんですね。卒業まで間に合ってよかったです。」
松本は思わず笑った。
「でも、モチーフが面白いな。何かの影響されたのか?」
先輩は、完成した松本の油絵の方を向いた。
「ちょっと、夏ということと、あっちに影響されました。」
松本は、窓を指差した。
ちょうど、水泳部の練習の声が聞こえていた。
「ああ~。よく見えたね。」
「そこは、想像力です。」
松本は、人差し指で、自分の頭をつついた。
「想像力、と言うか、妄想力?」
「そっちが正しいかも。」
「いいねえ、若いねえ。」
先輩は、明るく笑った。
「先輩、1つしか変わりませんよ。」
「そうだな。どうも俺のモチーフは、暗めが多いから。」
先輩はそう言うと、机の引き出しから、下書きの束を出した。
「これだろ、これだろ・・・」
そう言いながら、先輩自身が書いたスケッチを抜いていった。
「本当に、抽象画っぽいのが多いですね。」
「だろ。普通にトレースしようとしても、こうなってしまうんだよ。」
先輩は、そのまま、自分が描いたスケッチを引き抜き続けた。
「で、なんで先輩のスケッチ、抜いてるんですか?」
先輩は、手を止め、顔を松本に向けた。
「持って帰る。」
「持って帰るんですか?」
「そう、みんなにとって、抽象画過ぎるからね。」
そういい、先輩は再び、自分のスケッチを引き抜き出した。
「僕も来年、そうしようかな。」
「それは、後輩と相談したら?生物や静物のスケッチ多いだろ?松本は。」
「そうですけど。」
「他の人の役に立ちそうな場合は、手本になる。そうでない場合はそうじゃない。」
「まあ、考えます。」
先輩は、スケッチを抜き終わり、端を揃えた。
「じゃあ、戻るわ。」
「まだ、部に顔を出してくれるんですよね?」
「受験の合間だけどな。勉強しないと、試験落ちるから。」
先輩は、自分のスケッチを片手にまとめて持ち、部室のドアに歩いた。
「お互い、コンテスト、受賞できるといいな。」
先輩は、そう言うと、ドアを開けて、外に出ていった。
松本は、来年、どんな最後の一年間を送れるんだろう、と思った。
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松本は、窓のサッシに両腕を置き、上に顔を乗せた。
夏の残りの日差しを浴びながら、空をなんとなく見つめながら、薄目になった。
何もしない部活の時間は、初めてだった。
外はにぎやかだった。
運動系部活は、どこも大会が迫っていて、追い込みに入っていた。
松本の行ってた学校は、サッカー部が強く、練習の大声が聞こえていた。
一緒に野球部のバットの音も聞こえていた。
ノックが多いなぁという気がした。
ちょうど、松本の下を、バスケ部が固まって走っていった。
独特な掛け声をするので、すぐわかった。
プールからは、水泳部の水の音と、掛け声が聞こえてきた。
水泳部は、みんな鼓舞しながら、練習をすすめる。
メンタルをポジティブにするために、前向きな言葉をかけて練習をするのだった。
松本が出品する市の美術コンテストと同じ日に、水泳の大会もあった。
松本の学校の水泳部には、3人、市の大会の優勝候補が居る。
その一人が、市川だった。
ふと松本は思い出した。
そう言えば、クラスメイトから、市川と付き合っているのか。と聞かれた。
違うと答えた。
でも、よく最近、一緒にいる所を見られていた。
ただ、一緒にいて、用事があるから話をしてただけだ。と答えた。
それでも、クラスメイトは食い下がってきていた。
市川の事が好きなんだろう、と聞いてきた。
松本は目の前がぐるぐるした。
今まで、そんな事を一回も言われたことがなかった。
いや、だから、違うんだって。市川はクラスメイトだろ。みんな同じだろ。と答えた。
松本は必死に説明した。
クラスメイトは、より面白がっていた。
松本の表情がどんどん、照れていった。
ただ、次第に怒りの表情も含んでいっていることに、クラスメイトは気がついた。
悪かった。クラスメイトだよな。みんな仲良くが一番だよな。と諭した。
クラスメイトは、松本の肩を何回も叩いた。
わかってる。でも市川、背高いけど、結構可愛いよな。とクラスメイトは松本の耳そばで囁いた。
松本はびっくりして、後ろにのけぞった。
クラスメイトは、笑いながら頷いた。
クラスメイトは、松本と市川の関係を、色恋沙汰にして、娯楽を求めているだけに、松本には見えていた。
松本自身は、他人の色恋沙汰には興味ないが、まさか、自分が巻き込まれるとは想定をしていなかった。
「市川なんて・・・」
廊下で、詰め寄られた時、市川は、怒っていた表情をしていた。
松本が、市川に渡した写真のせいで、松本が誤解を受けて、市川は困った表情をしていた。
水泳部で盗難騒ぎをしていた時に、松本が動画を先生に出した時、市川は松本をじっと見ていた。
夏休み、なぜか嬉しそうに、松本と一緒に学校から登下校をしていた。
市川に、2枚めの絵を見られた時、部室を出ていく後ろ姿が、なぜか寂しそうに見えた。
市川に謝りに行った時、なぜか恥ずかしそうな表情をしていた。
市川に足を触らせてもらった時、足首から松本の手に、市川の大きな鼓動が伝わってきた。
完成直前に、松本の絵をしっかり見た松本の表情が、すごく可愛く見えた。
松本は、ハッとした。
なんで、こんなにも、次々と、鮮明に思い出すんだ、と思った。
『なに、青春をしてるんだ?俺は。』
松本が、もう帰ろうと、顔を起こした時、美術部室をちょうど見上げていた市川と目が合った。