表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サラダマーメイド  作者: 堀田みこどん
10/15

第10話:黄昏時の釈明

 松本譲は、木炭の下書きに、線が消えないように、水彩のような薄さで下塗りを始めた。


 スマホで、光が反射する銀に見える混ぜ方を探した。

 量を多く作ったが、可能な限り薄く塗った。

 左から右へ、絵を塗りつぶした白地の曲線に合わせて、まっすぐに塗っていった。


 塗り重ねながら、絵筆の後を確認した。

 深くならないように、出過ぎないように、力の込め方を慎重にしていった。

 体を斜めに傾けながら、窓から入ってくる光を見ながら、絵筆を滑らせていった。


 次第に白はうっすらっと、色を帯びていった。

 松本は、何度も窓からの光を当てて、キャンバスの色を確認した。

 この凹面になったキャンバスを生かして絵を描く。


 丁度、前の絵のプールの縁当たりに差し掛かった時、一度手を止めた。

 この部分は、白に塗りつぶしてもわかる段差の横線画一直線に走っていた。

 松本は、木炭の線を潰さぬよう、慎重に色を塗っていった。


 元プールサイドの部分を塗っていった時、次の下書きをするイメージを作っていった。

 丁度、モデルの市川の足元から、あじさいの花の様に、描いていくからだった。

 ゆっくりと、線のムラが大きくならないよう、銀に見える油絵の具を塗り上げた。


 松本は、大きく、息を吐いた。


 次描く絵は、真ん中から、全面に倒れ込んでくるような立体感を出す予定でいた。

 少し離れて、今の状態の立体感を確認した。

 キャンバスに触れない距離で、人差し指で、キャンバスを分割する線を、空中に引いた。


 松本は、自分の頭の中で、キャンバスから上がる水しぶきをイメージした。

 キャンバスから、青く光る水しぶきが立ち上がり、自分の手元に落ちてくるイメージを作った。

 そして、目をあけ、キャンバスの中に確認をした。


 下塗りの下の木炭の線を追いながら、キャンバス真ん中に白い下絵を描いていった。

 人の太ももからふくらはぎ、そして、ピンと伸びたつま先と思われる輪郭が出来上がっていった。

 慎重に、各部位の、太さと大きさを確認した。


 そして、松本は、太ももにかぶるように、水しぶきの下絵を、下から上へと塗り上げた。

 元々ある凹面に対して、水しぶきは凸面になるように、下絵で厚さをどうするか悩んでいた。

 上から見ると、手前に花が開くような水しぶきをイメージしていた。


 松本は、水しぶきの下絵を塗り上げて、絵筆を置いて考え込んだ。


<~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~>


 松本は、教室で、市川の背中を見つめていた。


 市川は、常に女子生徒に囲まれ、明るく話をしていた。

 松本は、ずっと、前の、美術部室での事が、気になっていた。

 あれから、市川からも何も話しかけてくることはなかった。


 夏休みが終わり、新学期が始まって、ずっと松本は機会を伺っていた。

 市川の席よりも後ろにある松本が、ずっと市川の方を見ていることで、不審に思うクラスメイトが出てくるだろうな、と松本は思っていた。


 変に他の女子からも噂される前に、ケリをつけよう。

 松本は、他の女子がいなくなったスキをを見計らって、立ち上がった。

 歩く速度を早め、一気に近づいた。


 「市川さん、後ろからごめん」

 市川は、急に背後から声をかけられて、大きく体が飛び跳ねた。

 「え?!なに?松本くん。」


 市川はびっくりしたまま、後ろを振り向いた。

 松本は、神妙な表情だった。

 「あとで、ちょっとだけでいいから、時間くれないか。」


 市川は、驚いた表情のまま、ゆっくりと頷いた。

 「あとで、あの・・・部活に、部活に行く途中でいいから。ちょっと離しておきたいことがあるし。」

 「・・・うん、わかった。私もあるから。」


 授業が始まるベルが鳴り、松本は、自分の席に戻っていった。


 授業が終わり、放課後になった。

 市川の回りには、多くの女子生徒が集まり、ワイワイ話をしていた。

 松本はそれが掃けるのを、じっと待った。


 そうすると、その女子生徒の団体のまま、市川が立って教室を出てしまった。

 松本は、慌てて、かばんをもって、廊下に出た。

 松本が廊下に出た時、市川を連れた女子生徒達は、少し先に行っていた。


 松本は、追いかけていいかどうか、躊躇した。

 すると、女子生徒達が立ち止まり、市川だけ抜けて、松本の方に戻ってきた。

 「あの子らには、教室に忘れ物してるから戻る、先に行っててって言った。松本くんも教室に入って。」


 市川はすれ違いざまに、松本の耳元で囁いた。

 市川はそのまま、松本を通り過ぎ、教室に戻った。

 松本も、少し間をおいて、教室に入った。


 教室は、市川以外、誰もいなくなっていた。

 「みんな、もう、行った?」

 松本は、振り返り、ちらっと、さっきの女子生徒達の方を向いた。


 まだ女子生徒達の姿はみえたが、もうそろそろ階段を降りていくところだった。

 「もうそろそろ階段。」

 「せっかく時間くれたのに、こんなことになって、ごめん。」


 市川は松本の頭の上から頭を乗り出し、廊下を見た。

 松本の頭に、市川の胸が当たり、一瞬固まった。

 「みんな、行ったようね。」


 市川は、廊下を確認した時、松本の頭に自分の胸が当たってることに気づいた。

 「あ!ごめん!」

 市川は反射的に、胸を押さえて、後ろに飛び退いた。


 「いや、いい、じゃなくて、いや、気にしてるけど、気にしてない。」

 松本は、どう言っていいのか、言葉にならなかった。

 「とにかく、あの時は、ごめん。市川さんモデルにした。」


 松本は伏目がちに市川に謝った。

 市川は、少し暗い表情でうつむいた。

 「私、こそ、ごめん。松本くんの絵なのに、つい・・・」


 松本と市川はそのまま、黙ってしまった。

 松本も市川も、気まずさを感じた。

 松本は、深く息を吸い込んだ。


 「次、もし、市川さん、モデルにしたいと思った時、勝手に描かないよ。」

 「いや、いいの。誰が何を描こうと、自由だし。」

 市川は目を伏せて、両手のひらを松本に向けた。


 「ただね、自分がモデルにされたのびっくりしたの。その、今までそう見られたことないから。」

 市川は、下を向きながら、顔も耳も真っ赤になっているのがわかった。

 「流石に、パッと見て、見つめられたとか、誰でも、気持ち悪いよね。ごめん。もうしない。」


 「いや、そんなことない!」

 市川は、パッと顔を上げた。

 「そんなことない。今まで、女子として、見られてこなかったから、この図体だし・・・」


 松本は、視線を少しそらし、顔を傾けた。

 「市川さん、綺麗だし、カワイイと思うよ。」

 松本は、消え入りそうなくらい小さい声でつぶやいた。


 市川の耳には、それがはっきり聞こえていた。

 「こ・こんな、図体のでかい女子が、が、カワイイわけ、ないじゃない!!」

 市川は、かばんを抱えて、教室の入り口に駆け寄った。


 「とにかく、私は気にしてないから。松本くんも、気にしないで。」

 市川は、そういい、走って教室から出ていった。


 松本は、バツの悪そうな表情を浮かべ、右手を後頭部に当てた。


<~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~>

 

 松本は、下絵で当たりを付け終わった。

 ここから、荒描きに入る。


 松本は、全体を確認して、木炭の薄い線を見直した。

 薄っすらと浮かんでいる線を、油絵の具で重ねて消していくつもりだった。

 松本はまず、銀色のように塗った背景を重ね塗りをした。


 下絵の時は、横に薄く塗っていた。

 次は、透明度を落とし、はっきりした色で水しぶきの下絵から、せり出すように塗っていった。

 上の方は、水しぶきから跳ね上がるように、下の方は、水しぶきの根本の吸い込まれるように、筆を滑らせていった。


 水しぶき、そして飛び込む足を中心に、大きなうねりが出来上がった。

 

 松本は、銀色のうねりの流れを確認すると、別の絵筆に持ち替えて、青系の油絵の具を付けた。

 そして、水しぶきに色を塗っていった。

 中心を厚く、離れるほど薄くなるよう、塗っていった。


 絵筆に油絵の具を、とって塗り、とって塗り、と繰り返した。

 次第に出来上がっている油絵の具の厚さで、鈍く艶めき出した。


 一通り、青を塗り終わると、別の絵筆に持ち替えた。


 別の絵筆には、少し焦げが入った薄い橙色を付けた。

 そして、足の部分に一気に塗っていった。

 

 太ももには厚く、そしてふくらはぎ、足首へと細く薄く、最後に足には再び厚く、油絵の具を重ねた。

 足は綺麗に丘状に塗り上げ、光を反射して、柔らかく光った。


 松本は、一気に塗り終えると、ゆっくりと絵筆を置いた。

 そして、荒描きが終わったキャンバスを、じっと見つめた。


 松本は、まるで、絵を描いているのではなく、彫刻を掘り出しているような、そんな疲労感に襲われていた。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ