第二話 こっちです
首を捻って後ろを見ると、僕と同い年くらいの男の子ががっしりと僕の腕を掴んでいた。
目の前で上下に揺れ動く茶髪は無臭で、こんなに近距離であるにも関わらず不快にならないのは珍しかった。
裕福なんだな、この子。
肩を上下させるばかりで、それ以外の行動を起こしてくれない誰かさんに、僕は声をかけた。
「あの、何か?」
はっとして顔を上げた誰かさんは何か言いたげにじっと僕を見つめた。
「協力・・・して、いた、だけませんかっ」
「何を」
と聞くと、その子は嬉しそうにパッと笑って見せた。
裕福で素直なんだな、この子。
「僕の、友達のっ、・・・振りをしてください、ほんの数分でいいのでっ」
意味が分からずにはぁ、と漏らした息をその子は肯定の返事と取ったらしい。そのまま腕を引っ張られて行ってしまった。
辺りにはもくもくと煙が立ちのぼっている所もある。係員の誘導は意味を成さず、皆ここ数十年の憂鬱を発散するかのように騒いでいた。
こっちです、と言ってぐいぐい僕の腕を引っ張りながら歩く男の子の横顔は、周りの皆とは違って、何というか、飢えていなかった。
崩れたコンクリートの塊をまたごし、もくもくと立ちのぼる白い煙を横目にドームの敷地を出た。敷地の外はそのまま車道になっていて、立ち止まる人や車でごった返していた。
大通りを横切り、純和風の民家に沿った細い道を抜けると、そこで僕は息を飲んでしまった。
のどかな裏道の景色。春の陽射しがずっと続く石畳の地面を暖めて、すぐ目の上には梅の花が咲いて、少し湿気た土の上では子猫が二匹、じゃれ合っている。
ここだけが世界から切り取られたみたいで、安心するような怖くなってしまうような不思議な感覚に落ち着くことができない。
ああくそ、勿体ない。
すると男の子が口を開いた。
「あの、お名前を伺ってもいいですか?」
「人に名前を聞くときは自分から名乗るのが礼儀だろ」
いきなり言葉を投げつけたにも関わらずその子は納得したらしく、素直に自分の名前を言った。
「鹿見閃です・・・・鹿見夫婦って知りませんか?」




