第2章 The Business Partners(仕事仲間)
私は今まさに取り返しのつかない領域へと踏み込もうとしているのだろう。原爆の父たるロバート・オッペンハイマーも、このような感覚を味わっていたのだろうか。
戦後、彼は原爆の使用に関してこのような言葉を残している。
『科学者は罪を知った』
――ならば、この社会も”罪”を知ることができるだろうか?
あれから3日後、大型ターミナル駅内部。時刻は11時50分程。集合時間の正午まであと少しだ。休日ということもあり、たくさんの人が行き交っている。大きなエントランスには私と同じく待ち合わせ目的の人が各々にスマートフォンを片手に談笑している。
やや雑踏から離れたところを集合場所にした。本来であればもっと静かな所がいいのだが……。集合場所には既に4人が揃っていた。皆が何かしらの覚悟をしてここに来ているのだろう。何となく緊張感を誘う空気を感じた。
私がここに到着してから1番最初に現れたのはあのサラリーマン風の中年男性だった。11時を少し回ったところで『どうも』と突然挨拶をされて驚いた。よほど律儀な性格なのか、しかし少し頼りない印象の男だ。顔は疲れがたまっているような表情だ。人生に疲れたサラリーマンという具合だろうか……
2番目に来たのは30代程の女性だった。鋭い目つき、タイトなシルエットのダークカラーのファッション。いかにも神経質そうな女だ。来てからというもの、ずっと無言のまま壁を背にして目を瞑っている。緊張を隠すためなのか、どこか警戒心を感じる佇まいを保っている。
次に来たのは例の遅刻してきた若者だった。この面子には不釣り合いな浅い会釈と『うっす』という軽い挨拶の言葉と共に現れた。表情もどこかくだけている。この社会不適合者の集まりの中では異彩を放つ存在だ。
そして最後に来たのは20代後半――いや、私と同じくらいの年の女性。彼女には見覚えがあった。小柄な身長、淡い色使いの服、少し不安げな表情。高校時代の――確証はないが同級生によく似ていた。だが私は声も掛けずにただ集合時間になるのを待った。仮に彼女だとして、何を話すというのだ……
さて、自分の死を覚悟した者が他者の命を奪うことに対して、一体どれほどの行動を示せるだろうか?彼らは単なる自殺願望者にすぎん。逆境に抗う努力をせず、絶望し死を選ぶ者たちだ。その彼らが今、確かな怒りと、覚悟を持ってこの場に来てくれている。私は見てみたいのだ、彼らの華々しい最期を。
私は彼らを破滅へと誘う悪魔だろうか?それとも彼らを導く御使いか?
一体だれが私を、いや、私たちを正しく評価することができるだろうか?
一体だれが――
「――もう時間を過ぎてる」
あの若者が不意に声を掛けてきた。時刻を確認すると既に12時を回っていた。どうやら集合したのは4人だけのようだ。これだけ来てくれただけでも有難い。
「あぁ、成程。とりあえず私の暮らしているアパートに行こうか。会議はそこで行う」
駅から歩いて20分程の場所にアパートを借りていた。一先ずそこへ向かうこととした。4人は特に喋ることもせず黙々と私の後に続いた。
彼らは何を思い、何に苦しめられ、何を求めてこの場に居るのだろうか。街を行き交う人たちと我らは一体何が異なるのか。駅前の歩道が酷く騒がしく感じた。
「――ここだ。とりあえず上がって、リビングのテーブルに集まってくれ」
5階建てのアパート。303号室と書かれた一室を指し皆に告げた。少々窮屈な玄関を抜けて彼らが続々とリビングのテーブルの席に着く。リビングには6人掛けの長方形のテーブル、L字ソファ、テレビがあるだけでかなり簡素な部屋だ。
皆がテーブルに座り終えたのを確認し、私は軽く咳ばらいをした。
「――それでは始めよう。早速計画の話をしたいところだが、まずは最低限度のお互いの事を知らないと不便だ。私はオフ会の際のメールのやり取りである程度のことは知っているが、君らの本名も知らない。まずは自己紹介をしようと思う」
皆の緊張した面持ちが少し抜けたように思えた。
「私は名塚 悟。27歳。かつては自動車整備士をしていた。」
名塚悟。念のための偽名だ。あの女――白山がいることは予想外だったが、これから行うことを考えると私の名前は伏せておいた方が良いだろう。簡単な紹介を終えると私は隣の席に座っていたサラリーマン風の中年の男に手で合図した。
「えっと、僕は田原 浩二。年は43。不動産の営業の仕事をしています。えーっと、よろしくお願いします……」
額に汗を滲ませた田原は自己紹介を終えた。彼も私と同様に隣の神経質そうな女性に合図を送った。
「知立 恵。34。OL。」
刺すような声色と短い言葉だけを残すと知立恵は静かに腕を組んで若者に目を向けた。
「俺は大野木。年は22。趣味はツーリング。あー、次の人どうぞ」
気怠そうに若者が自己紹介を終える。
最後はあの女だ。
「白山愛華。26歳で仕事は……いまはしてません」
――白山、愛華。彼女は私に気付いているのだろうか……
「――では本題に戻って計画の説明をする」
なるべく動揺を悟られないように言葉をつづけた。
「ほとんどはこの前のオフ会で話した通りだが、まず第一に君たちにはそれぞれ1人以上、誰かを殺してもらう。誰でも構わない。知り合いだろうか、全く無関係の人間でもいい。
そして第二に、主に私だが他のメンバーも協力して殺しは行う。つまり我々はチームだ。
第三に殺害成功後は現場にて薬剤の静脈注射によって私が安楽死をさせる。
以上だ。各々が殺したい相手や人数などの希望を後で紙に書いて渡してくれ」
空気に緊張感が伝わってくる。
「誰かを殺すにしても、そう簡単にいくと思う?みんな素人なんだし。それにその場で自分も死ぬなんて、もし覚悟が揺らいだらどうするつもり?」
知立恵が問う。
すると、あの若者――大野木が机を爪で軽く弾いた。
「どういうつもりで来たかしらねぇけど、一度は自殺の覚悟が決まったんだろ?まさか殺しの罪を背負ってのうのうと生きていこうと?そんな面の皮が厚い人間はこんなところにこねぇよな?」
大野木の言葉に知立がバツの悪そうな顔を浮かべる。
「ま、まぁ落ち着いて」
田原がすかさず宥めるが知立恵は唇を噛み締めて大野木を睨んでいる。
「悪いが我々は唯の犯罪者集団ではない。命のやり取りを行う以上、それなりの覚悟を要するだろう。しかし、我々が行うということ自体が最大の意味を持つのだ」
少しの静寂が流れた。
「わかってるわ、私だって。私が言いたいのはあなた達と一緒に馬鹿やって、死ぬことすら出来ずに一生警察のお世話になるのは避けたいって事」
知立が情を高ぶらせた様子で言う。
「無論だ。今日から1週間程掛けて、各々と私、2人で標的の下調べや準備などを行う。デリケートな部分だろうから殺害対象は実行当日まで他言はしない。その後は1日1人分の殺しを1日おきに連続で行っていく。さすがに7日間の短いスパンで連続して事件を起こせば警察も上手くは動けんはずだ。我々には技術も知識も無い。後のことを考えないスピードこそ我々の最大の武器だ」
「OKOK。変にダラダラやるとこっちの気持ちも揺らいでくる。俺は理に適ってると思う」
大野木の言葉に田原と知立も頷く。
「あー、そこの、白山?あんたも大丈夫か?」
大野木が不意に白山に振った。
「わたしもいいと思う……」
白山が少し震えた声で答える。見るからに不安そうだ。
「人それぞれ考えることがあるだろう。無理に急く気は無い。――それと、紙をそれぞれに渡しておく。それに標的の名前や人数、行動範囲や生活リズム、わかる範囲でいいからできる限り詳しく書いてくれ。ちなみに殺しの順番は私が決めさせてもらう」
「――ところで、なんであんたは”そこまで”してくれるんだ?まぁ今更どうなっても構わない覚悟だけど、一応確認しておこうと思ってな」
紙を配り終えたところで大野木が不意に言った。田原と知立の鋭い視線が私に向けられる。
「理由か……。1人で実行できることには限度がある。また、私の行いで少しでも多くの同志を救いへと導いてやりたい。
――などとは考えているが、結局のところ、私は死やこれから行う事への恐怖というものを誰かと分かち合いたいのだろう。私の考えや怒りが、人々に理解されないのは分かっている。社会は私のような人間を排除しようとするだろう。ただ、そのときに誰かが共に戦ってくれたら良い、そう思っている。
私も弱い人間だ」
大野木は静かに「わかった」とだけ呟いた。
その後はこの部屋を共有スペースとして自由に使っていいことや、今後の細かな動きや想定される事態への対処などを話し合った。
私は久々に気分の高揚を感じた。人生の最期だというのに。