グラビティゼロ
「シャァァァァァァ…」ヴェガスクールのリンクではエリジブルコースの練習を終えた選手達がシャワーを浴びていた…
「はぁ…」一つ息を吐いて目をつぶる…サークルのエース…ミヤ。彼女のシャワーの隣に別の女子選手が入ってきた…
「ミヤさん!お疲れ様〜!」「…お疲れ様。」「調子はどうなん?」「…別に…いつもと一緒よ…」「クールやなあ…流石はパーフェクトクイーンて言われるだけあるわぁ…そのギャップでバーンとトリプルアクセルをシークエンスで二連発とかしたったらええのに!ミヤさんやったら余裕でやれるで!みんなビックリやで!」「そんな簡単じゃ無い事を無理してやって人に褒められて何の意味があるの?演技もステップもパーフェクトと称される程、私は完璧では無いわ…そこを突き詰めて完成度を上げるほうがよっぽど価値のある事じゃないの?」
「あー分かるけどぉ…そんなんワクワクせえへんやん…」「ワクワク?」「そうや。ウチはそのワクワクの気持ちを小さな頃から追いかけて今、ここにいるんや。アンタはどうなん?なんでスケートやってんの?」「私、もう二十歳だしね、小さな頃とは背負ってるものも責任感も違うのよ…ガキみたいな…お遊戯みたいな事やってられないでしょう…カオリ…あなたもそんな事言ってるヒマがあったら練習したほうがいいわよ…」
「まあ…考え方は人それぞれやしな…そうや!もう一回アルタイルのダンス動画見よ!
そう言ってカオリは自分のブレスフォンの画面を伸ばして見やすくした…
久々やなぁ!これ見るとマジウケ…る…あれ?もう一つ動画アップされてるわ…?」
新しい動画を再生したカオリはそこに映るリカの衣装と表情を見つめた…
「いやーん!この子、ダンスの子やん。ひょっとしてマジで跳ぶん?マジモン?」
その声にミヤもカオリの手元の画面を見つめる…画面の中のリカはスッとブレードの後ろに体重をかけて流れるようにバッククロスに入る…両手を広げたその表情はまるで今から恋人に逢いに行く少女のようだった…
ミヤは画面に釘付けになった…「今の…表情からストーリーを考えさせられるなんて…なんて表現力…」そして呼吸を整えて前向きにリカは力強く踏み切った…「はっ!」
動画には特殊効果は一切使っていない…複数のカメラの切り替えも無ければリプレイも使って無かった…しかしリカが翔んでいる時間の映像がまるでスローモーションのようにミヤとカオリの中に刻み込まれる…
一回転…二回転…三回転…そして着地…
トリプルアクセルを成功させたリカの動画は
笑顔の着地を決めて終わっていた…
「ふ、ふうん…まあ…綺麗なトリプルアクセルやけど、今やこんなん誰でも…」
「違うわ…」カオリの言葉を遮るようにミヤが呟く…
「グラビティ…ゼロ…この子のトリプルアクセルにはまだ続きがあるわ…」
「グラ…?何やて?どう言うこと?」
「どうやらもう一度アルタイルスクールに見学を申し込む必要がありそうね…」
ミヤはいつも冷静な自分を良しと思っているだけにリカのトリプルアクセルを自分の目で見たい気持ちが大きくなっている事に気付かなかった…いや気付かない振りをしていたのかもしれない…
「そしてもう一人…最初はダンス動画で話題作り…こうしてトリプルアクセルの動画を見せて更に彼女のスケーティングに注目させる…完璧なマネージメントだわ…一体誰なの…?彼女の後ろにいるのは…」