妖精になりたかった
夜中に思い付いて勢いで書いたものです。
設定はゆるゆるです。ご容赦ください。
妖精になりたかった。
異世界転生していたと気付いた時、もしかして本当に妖精になれたのではと確認したけれど本当に残念なことに生まれ変わっても人間だった。
30歳だか40歳だか、その歳を過ぎても処女なら妖精になれるとか誰が言い出したんだか。
幼い頃から、キルスティの前世は夢見がちな女の子だった。
魔法使いは本当にいると信じていたし、雲の上を歩けると思っていたし、お空には天国があると思っていて雲の隙間から太陽が照らし出した場所には天使が舞い降りていると思っていた。学生時代と友情は永遠に続くと思っていたし、努力をすれば夢は叶えられると、人生はなんだかんだ過ごしていけるものだと思っていた。
初恋は叶わない、なんていうのは迷信で叶えようと努力すれば叶えられるものだと思っていた。
実際、キルスティの前世での初恋は叶った。
叶ったけれど、彼女にとってはその初恋は叶ったとは言い難い。何故なら彼女はその初恋に終わりを想定していなかったからだ。
初恋の人に捨てられてから10年後、30歳になる手前で偶然見かけたその人に気を取られて車に跳ねられるなんてキルスティの前世での最期はなんて間抜けなのだろうか。
「・・・・・よしっ!」
キルスティは、鏡の前でくるりと回って綺麗に整えられたかを確かめる。
今日は幼なじみのリリーと街に出掛ける約束をしているのだ。小さな村に生まれた彼女たちにとっては街に出掛けることが一番の楽しみで、この時ばかり精一杯のおしゃれをして出掛ける。といっても、普段は一つ結びにしている髪をちょっと編み込みにしたり、街に出掛ける用にいつも綺麗にしている服を着ているだけだけど。
「キルスティ!まだなの!?」
「ごめん!今行く!」
迎えに来てくれていたリリーの声が聞こえて、慌てて玄関に行くと同じようにおしゃれをした
リリーが腕を汲んで仁王立ちで待っていた。
「遅い!」
「ごめん!ちょっと髪型がまとまらなくて」
「綺麗にできてるわよ」
「ありがと。リリーもすっごく綺麗!花を飾るなんて思い付かなかった」
リリーの耳元に飾られた花は綺麗な白い百合の花だった。
満面の笑みを浮かべるリリーはその場でくるりと一回りして、同じく百合の花が刺繍してあるスカートを少し持ち上げた。
「母さんが妖精祭だからって特別に買ってきてくれたの。魔法でね、本物の百合の時間を止めてるんだって」
「へぇ!すごいね!」
それ、プリザーブドフラワーって言うんだよ。と前世の知識が口から出ようとしたがキルスティは慌てて適当な返事をした。
この世界にプリザーブドフラワーなんて言葉はないし、何と言っても魔法を使っているのだからきっと永久保存できるのだろう。それに、これだと百合の厄介な花粉も着かないから使い勝手もいいはずだ。
「だって16歳の妖精祭だもの!特別におしゃれしなきゃ!」
嬉しそうにワクワクしているリリーに手を引かれて、キルスティも街へと連れていってくれる乗り合い馬車へと向かった。
同じようにおしゃれをした同じ年頃の男女と馬車に乗って街へと行く中、リリーの話を聞きながらキルスティは前世のことを思い返していた。
キルスティは前世日本に生まれて享年29歳で死んだ。名前は忘れたけれど性別は女。ちなみに、処女だった。正確に言うと生粋の処女ではないのかもしれない。けれど確かに処女だった。
大学生の時、友人に誘われた数合わせの合コンで初恋の人と再会した。お酒も入っていたことからお互い陽気に話し合って連絡先を交換して何度か会うようになって、そうしていつの間にか彼氏彼女と呼ぶような存在になっていた。
告白してもされてもいなかったけれど、友達に会った時に相手が先に彼女だと言ったのだ。だから、彼氏だと思っていた。初恋が叶ったと、その時は思っていた。
けれど、徐々に付き合いが深くなっていざそういうことをしようとした時、予想以上の痛さに恐れおののいた。当然、強烈な叫び声を上げた彼女に彼は萎えて途中で止めてしまい、初体験は処女のまま終わってしまった。それからは距離を取られ、違う大学に通っていたから会うこともなく自然消滅してしまった。
捨てられた、と認識しているのはキルスティが一度だけ連絡を取ったからだ。会って話がしたい、と送ったメールに返事はなかった。
それから色々と考え、他の男性と付き合うこともないまま前世のキルスティは30歳になろうとしていた。その矢先のことだった。
仕事帰りに横断歩道を歩いているとふと見えた先にどこか見たことがあるような人が見えて思わず立ち止まり、じっと見ていた。そして、その顔が見えた瞬間に曲がろうとしていた車に轢かれてしまった。
約10年振りに見た初恋の人は昔よりも男らしくなっていて、隣にいた女性とは肩を抱き合って親密そうに歩いていた。
死に際に思ったのは、あともう少しで妖精になれたのに、だった。
「うわぁ!すごい!いつ見てもやっぱり綺麗ね!」
「うん!毎年これを見るのが楽しみ!」
魔法で光を灯している色々な種類の花が、浮き沈みを繰り返しながら道を作って照らしている。
妖精祭は比較的新しいお祭りだ。
昔は、妖精はお伽噺の中の生き物で現実にはいないとされていた。けれど今まで妖精が姿を現さず、こちらも見ようとしていなかっただけで、実際にはこの国の至るところにいるのだとある双子の魔法使いが気付いたそうだ。
そして何をどう交渉したのか、貴族だけしか使えなかった魔法が平民にも使えるようになった。しかし、それまで魔法を使っていなかった平民が幼少時に魔力を安定させることは難しいということで、自然に安定するまで魔法を使ってはいけない決まりができた。それが解放されるのが、16歳になる年の妖精祭だ。
妖精を敬い、感謝し、祝福する日。
16歳になるキルスティたちは、妖精を見ることができる今日初めて魔法を使えるようになる。ある種、魔法使いの一員になれるのだ。
年に一度の妖精祭は各地で行われているけれど、キルスティたちが住んでいるような小さな村ではさすがに祭りを催すことはできない。だから、毎年の妖精祭を村人たちは楽しみにしているのだ。
街の真ん中にある広場で16歳になった少年少女たちが王宮魔法使いから宣言を受ける儀式があるまで、キルスティとリリーは親から貰ったお小遣いで出店を周った。今思えば前世でも作ったことのあるような料理がいくつかある。りんご飴や凍らせた果物などはほとんど一緒だ。
キルスティたち村人たちにとってはお祭ならではの食べ物を食べながら、儀式までの時間を楽しんだ。
あっという間に時間になり、どこか緊張をはらんだ面持ちの16歳の子たちが広場の真ん中に集まった。その中には、もちろんキルスティとリリーもいる。
キルスティの髪には出店で買った髪飾りが付いていた。シロツメクサ、別名クローバーの花を魔法で時間を止めて作られた髪飾りを左側に流している髪につけている。
裾を引きずるほどの長いローブを着た王宮魔法使いが少年少女たちの前に姿を現すと、その場にいた誰もが一様に静まった。それを確かめた王宮魔法使いは、呪文を唱え始めてそれまで空中に浮かんで光っていた花がパッと消え、辺りが暗くなる。
すると次の瞬間には、ふわふわした光が灯っては消えていき、誰かがあっ!と声を上げた。
「うわぁ・・・!」
隣にいるリリーが目をキラキラさせて、妖精たちが踊るように飛び回っている光景にみいっている。
周囲の子たちも楽しそうに飛び回る小さな光り輝くものたちに翻弄されながらも、初めて見る小さな妖精に興奮している。
「みなさん、私たち魔法使いである人間と妖精たちは隣人です。彼等を敬い、感謝し、祝福しましょうね。そして、今日から皆さんも魔法を使えます。今は日常的に使えるような簡単な魔法しか使えないでしょうが、本格的に学びたい方は学校に通ってくださいね」
穏やかな声音の王宮魔法使いの言葉を聞いて、早速習っていた魔法を使おうとあちらこちらから呪文が聞こえてくる。
隣のリリーからも魔法に成功したのか、喜びの声が聞こえてくる。
一方、キルスティは先程から自分の周りをくるくると飛び回っている淡い光の塊に目を奪われていた。
淡い光に触れようとすると、人差し指にふわりと留まった。
妖精にはなれなかったけれど、16歳になれば魔法使いになれると知っていたから今日この日をとても楽しみにしていた。
前世では初恋と初体験を引きずってしまい、あれからいいなと思う人が現れても付き合うということを考えるとどうしても躊躇してしまった。
けれど、もうそんなことはどうでもいいかもしれない。
魔法使いになれた、夢見ていた魔法を使える世界にやって来たのだ。この世界での人生を楽しまないでどうするのか。村でも仲の良い男の子なんていなかったけれど、これからは少しずつ話してみるのもいいかもしれない。いずれは家庭を持ってみたい。処女なのだ、痛くて当たり前。それを最大限和らげるのが男の役目なのだと、村のお姉さんたちも言っていた。
今世ではちゃんと恋をして結婚して初体験を経験して処女を脱して子供を作り、穏やかな結婚生活を送って人生を謳歌しよう。
そう、あれはこちらが悪いのではない。
あちらが下手くそだっただけだ。
向こうにも色々事情はあったのかもしれないが知らないし、今はもう関係ない。
目指せ、今世では未だ無き恋と処女脱却。
「あなたも私も良いご縁に巡り会おうね」
決意を新たにして光の塊に、妖精に話しかける。指を空高く持ち上げると、ふわりと妖精は飛び上がった。
それを見届けて、キルスティも魔法を使ってみようと簡単な呪文を唱えるため口を開こうとした。
ああ、でもやっぱり迷信じゃなくて本当に妖精になってみたかった。・・・なんて思いながら。
すると、先程の妖精だろうか、ふわふわとした光がキルスティの目の前に漂い、いつの間にかキルスティと妖精を囲むように人型をした他の小さな妖精たちが集まっていた。
キルスティが驚いて一歩のけ反るとそれを追うようにして妖精が近付いてきて、キルスティの唇に触れた。感触なんてほとんど感じなかったけれど、キルスティは確かに唇と唇がくっついていると何故か確信した。
周囲の妖精たちが何故か喜びに満ち溢れ、おめでとうおめでとうと何度も言ってくる。夜のはずなのに妖精たちの光で真昼のように明るくて、空からはシロツメクサの花が祝いごとがあったかのように降り注いでいる。
異様な光景にキルスティとその場にいた誰もが呆然としている。
ただ一人、王宮魔法使いだけはキルスティと彼女に口付けをした妖精を見て面白そうにニヤニヤしていたが誰も気付くことはなかった。
驚きから瞬いたキルスティの目の前には、光の塊をした妖精ではなく手の平サイズに変化した人型の妖精が浮かんでいた。
その妖精の顔を見て、キルスティはピシリと固まった。
最大限に開いた瞳にはキルスティを見据える妖精の男の子が映っている。思わずその妖精を指差したキルスティの口はぱくぱくと動くだけで、色々な出来事と言葉が駆け巡ってしばらく音にすることはできなかったのだ。
「なっ・・・なんであなたが妖精になってるの!?」
小学生の時ずっと見ていてそれからも忘れることができなかった初恋の男の子の顔がそこにあって、しかも本当の妖精になっているのだからキルスティが驚くのも無理はない。
いや、気にするのはそこじゃない。
と、冷静に考えればわかるのだがこの時のキルスティは混乱と動揺で冷静になどなれるはずもなかった。
そして、妖精との口付けは婚姻の成立だと知らされたキルスティは、初恋の人あるいは元彼氏の生まれ変わりであるライネとの二人きりの結婚生活を余儀なくされることをこの時はまだ知らない。