ドングリを探すクマさん
ここは逆さ虹の森。不思議な虹がかかることで有名な森です。
この森に住む大きい体だけど、とっても怖がりなクマさんは、森の中をのしのしと歩いていました。
どうやら探し物をしているようです。
進みながらもあっちへふらふら、こっちへふらふら。酔っぱらったように獣道を進む姿はなんだかとっても目立ちました。
森のみんなの多くがクマさんを避ける中、敢えて近づく姿がありました。
「やあ、大きい体なのに肝っ玉は小さいクマさん。一体何を探しているの?」
それは食いしん坊のヘビです。ちろちろと舌を出したりしまったりしながらクマさんへ尋ねました。クマさんは体をなるべく小さく縮めて、小さいヘビに答えます。
「こんにちは、ヘビくん。僕は今、ドングリを探しているんです」
「ドングリ! へぇ。君はとっても運がいいかもしれないよ。なんたって僕はドングリがたくさんある場所を知っている。よかったら教えてあげようか?」
ヘビの提案にクマさんは大喜びです。「ぜひぜひお願いするよ!」
ヘビはたくさんの木と、たくさんの根っこが絡み合って出来上がった根っこ広場にクマさんを案内しました。思い思いの枝にめいいっぱい茂った葉っは太陽の光を遮ったり、通したりでキラキラと地面を飾っています。クマさんはちょっと木漏れ日に見惚れましたが、すぐに気が付いてヘビに聞きました。
「あれ、ヘビくん。ドングリが一つも落ちていないようだけど」
「そりゃあそうだよ、うっかりなクマさん。ドングリってやつは木についているもんさ。木に向かって体当たりをしてごらん。そうすりゃコロコロっと落ちてくるよ」
クマさんはなるほどと大きな体をゆっさゆっさと揺らしながら、木の幹にどすんと体当たりをしました。だけど何も落ちては来ません。もう一度どすんと突進しても、結果は同じでした。あれ?と首を傾げるクマさんと対照的に、ヘビは興奮気味に「もっとだよ、もうちょっとだ!」とクマさんを促すので、クマさんは一旦ぶつかるのをやめにして、上を見上げました。
すると、クマさんがぶつかっていた大きな木の幹に、今にも落ちそうになっている鳥の巣があるではありませんか! クマさんはキャッと悲鳴を上げて、幹から飛び退きました。
「ああ、危ない。あともうちょっとで木から巣を落としちゃうところだった」
「のんびり屋のクマさん。どうして体当たりをやめちゃうの! あともう少しで落ちるのに!」
「だって、あれはどこかの鳥さんのお家だよ。体当たりを続けたらお家を落っことしちゃうよ」
「それでいいんだよ」
ヘビはよりちろちろと舌を動かします。「あのコマドリの卵はとっても美味しいんだ。僕はそれが欲しいんだよ!」
ヘビの叫びにクマさんはビックリ。「僕は卵を君にあげるために体当たりしていたわけじゃない」とカンカンです。
「僕を騙して巣を落っことそうとしたんだね、ヘビくん」
「それは違うよ短気なクマさん。ドングリがあったことは本当だよ」
「嘘だ。だってドングリなんて一つも落ちてこないじゃないか。ドングリの木だってこの森にないんだろう!」
クマさんがそう言った途端、森がざわざわと騒めきました。キラキラしていた森の光は一瞬で薄暗くなり、怪しい風がクマさんの背中を撫ぜていきます。突然の変わりようにクマさんはオロオロと周囲を見回し、ヘビはあーあとため息をつきました。
何が起こったのかヘビに尋ねる前に、今まで体当たりをしていた大きな木の根っこがしゅるりとクマさんの胴体に巻きつきました。あっという間に捕まってしまったクマさんは目を白黒させています。
ヘビは根っこが絡みついたクマさんを、訳知り顔で見ました。
「物を知らないクマさん。お土産代わりに教えてあげよう。この森で嘘をついちゃいけないんだよ。ついたら今のクマさんみたいに根っこに捕まってしまうのさ。この森にドングリはあるよ。あったんだよクマさん。でもね今は冬だろう? 冬にドングリは見つからないものなのさ。ああ残念。宛てが外れてしまったなぁ。コマドリの卵を食べたかったんだけどなぁ」
ヘビはそう言って、クマさんが引き留めるのも聞かぬまま、するすると立ち去って行きました。残されたクマさんは木の根っこに捕まって、途方に暮れてしまいます。
そんなクマさんの足元に陽気な声がころころと転がってきました。
「あはは、大きなお尻が木から生えてるわ、面白い」
「わあ、そこにいるのはいったい誰?」
声は聞こえるけれど姿が見えない相手に、怖がりなクマさんは頭を抱えてブルブルと震えます。声の主ははやし立てるようにクマさんの足元をぐるぐると回って、ステップを踏みました。
「私はリスよ、根っこに捕まっちゃったぼんやりクマさん。いったいどんな嘘をついたの?」
「僕は嘘をつくつもりはなかったんだけど」
「わかるわ。本当だと固く信じていても、結果的に嘘になっちゃうことってあるものね。そこから抜け出せないのなら、お手伝いをしましょうか?」
「本当? 助かるよ。でもねぇ、顔が見えないと怖いから僕が見える範囲に来て欲しいな」
根っこに捕まってしまったクマさんは振り向けないので、足元をちょろちょろするリスの姿は見えていないのです。リスはおかしそうに笑い転げてからこう言いました。
「そんなに大きな体を持っているのに、こんな小さな体しか持たないリスが怖いの? いいえ、いいえ。私だって貴方が怖いわ。だって貴方ってそんな大きいんですもの! だから貴方に姿を見せてはあげないんだから。さあクマさん、今助けるわ。思うに、貴方ってばお腹がつっかえて根っこから抜け出せないのね。なら話は簡単。力いっぱい根っこを押し込んで、頭から抜ければいいのよ」
言われて初めて、クマさんは自分に巻き付いた根っこがもう動いていないことに気付きました。クマさんの体に巻き付いているだけで、元の木の根っこのようにしんと静かにしています。なるほどこれなら一生懸命自分の体を押し込めば抜けられるかもしれません。
早速クマさんは根っこに手を当てて、思いっきり前のめりになりました。
クマさんの足元で何かが激しく走り回っているようですが、抜け出すのに一生懸命でクマさんは全く気付きません。
「う~~ん、リスちゃん。いっぱい力を込めたけど抜け出せそうにないや」
「あら、それは力が足りないのよ弱虫なクマさん。もっともっと力を込めるのよ」
「ううん、痛い、痛い! やっぱり抜け出せないよリスさん」
「泣きべそクマさん、じゃあ貴方ってばここから抜け出せないのね、残念!」
ずりずりと少し前進したクマさんでしたが、変なところではまってしまい、それ以上は動かせません。更に力を込めると痛みすら伴うのです。完全に動かせなくなってしまったクマさんを見計らって、ようやくリスがクマさんの目の前にやってきました。クマさんはぎょっとしました。だって嘘つきを捕まえる木の根っこが、リスを追いかけているのですものね。リスはチョロチョロと器用に根っこを避けると、木の上に駆け上って行ってしまいました。
「みっともないわね、うすのろクマさん。貴方なんて助けるわけないじゃない。ああ面白かった。また遊びましょうね」
そのまま枝を伝ってどこかへ去って行ってしまいます。ぽかんと見送ってから、クマさんはあれはいたずら好きのタチの悪いリスだったのだと気付きました。
もうこれではにっちもさっちもいきません。リスの言う通りこんな苦しい状況のまま、ずっと動けないままなのでしょうか。そう考えるとクマさんは泣いてしまいそうになります。
そんなクマさんのお尻を乱暴に蹴っ飛ばす姿がありました。ぼかんと蹴られて、クマさんは「痛い!」と悲鳴を上げます。
「邪魔だ邪魔だ、俺様の通り道になんの用だこのデカブツクマめ!」
「痛い、痛い! いったい誰?」
「俺様はアライグマだ。今日は特別に気が立ってるんだ。痛い目に会いたくなかったらさっさとどけ!」
「やめてよぉ、動けないんだよ。痛いことしないで!」
アライグマと聞いてクマさんは真っ青です。なんたってアライグマはこの森一番の暴れん坊なのです。まともに体を動かせない今では一方的に殴られてしまいます。逃げることも出来ません。アライグマは口答えするクマさんにそれはもう腹を立てて、ぼかぼかと更に蹴りつけました。
「抜けれないのなら千切っちまえばいいだろ!」
「そんなの出来っこないよ。力を入れたけどさっぱり動かなかったんだもの」
「ちぇっ、見掛け倒しのクマめ」
蹴るのにも飽きたのか、アライグマは最後に一際大きく蹴りつけるとぷんぷんと怒りながら去っていきました。かわいそうに、クマさんは散々蹴られ続けてぐすぐすと泣いています。こんなことなら最初からドングリなど探さなければよかった。今日の始まりから後悔していると、さっと木の葉を踏みつけて誰かがクマさんの前を横切っていきました。
「おや、かわいそうなクマさん。どうしてそんなに泣いているんだい?」
それはキツネくんでした。キツネくんは根っこに捕まってしまって動けなくなっているのを見つけて、おやおやとクマさんに近寄ってきてくれました。
「根っこに捕まってしまったんだね。見る限り、君は頭よりお尻の方が大きいから、お尻の方から抜けるといい。さあ泣くのはもうおやめ」
「僕はもう誰の言葉も信じないぞ。君はどんな嘘をつくんだい」
クマさんの言葉にキツネくんはコテンと首を傾げます。「嘘なんかついてないよ。どうしてそんなことを言うの?」
泣くばかりで答えてくれないクマさんに、キツネくんは困ってしまいました。そんな二人の耳にとてもきれいな歌声が届きます。木の高いところ、枝の上から誰かが歌いかけているようでした。
――知っているわ、私はコマドリ♪ しくしくクマさんはそこから抜け出せなくて泣いているんじゃないのよ♪
この森で一番美しい声を持つコマドリは美しいメロディーに乗せてクマさんを歌い上げます。キツネくんはうっとりと聞き惚れながら、コマドリに話しかけました。
「なら教えて欲しいな、コマドリさん。気の毒なクマさんがどうしてこうなってしまったのかを」
――最初はヘビ、次にリス、さっきまではアライグマ♪ 素直なクマさんはいじめられてしまったのよ♪ 私のお家を守ってくれた優しいクマさんなのに、みんな酷いったらないわ♪
「それはかわいそうに。大丈夫だよ可愛いクマさん。僕は君の味方だよ。ほら、嘘をつくと動く根っこだって僕を襲ったりはしないだろう。僕は嘘なんてついていないのさ」
キツネくんはクマさんの後ろに回って、足を引っ張ってやりました。クマさんもようやくもぞもぞと足を突っ張ると、スポンと体が根っこから抜けました。えぐえぐとしゃくり上げていたクマさんも涙が引っ込み、改めてキツネくんにお礼を言います。
「助けてくれてありがとうキツネくん。あんなにひどいことを言ったのに」
「気にしなくてもいいんだよ、やっと抜け出せたクマさん。誰だって、どんな言葉を投げかけられたって何もわかりたくない気持ちになってしまう時があるからね。さっきまでの君はそういう君だったのさ」
キツネくんのあっさりとした言い方に、クマさんは深く感じ入って、また一つ頭を下げました。そういう風に人に優しくすることは、誰にでも出来るわけではないということを、クマさんも知っていたからです。枝の上にいて、まだ姿を見せないコマドリにもおどおどとお礼を言いました。コマドリは綺麗な声で歌い続けます。
――そんなことよりドングリをお探しのクマさん♪ 私のお家を落とさないでいてくれたお礼よ♪ 秋の間にあんまりにもキレイだからとっておいたドングリ♪ 貴方のお役に立ててくださいな♪
綺麗な歌声と共にぽとんと何かが落ちてクマさんの頭に当たりました。キツネくんが拾い上げてみると、それは帽子のついたドングリでした。クマさんが最初に森に入った目的。そして先ほどまでクマさんがとても後悔していたものです。歌って渡して満足したのか、クマさんの頭の方でバサバサとコマドリが飛び立つ音がしました。
「随分青いドングリだなぁ。変わり者のクマさん。君ってこれが欲しかったのかい?」
「うん。僕はどうしても叶えたいお願いがあって、ドングリを探していたんだ。キツネくんは知っているかな、ドングリ池のお話を」
別にドングリの木に囲われているわけではないのに、ドングリ池と呼ばれている池があることをキツネくんは知っています。そしてどうしてそんな名前なのか、その理由も知っています。森に逆さ虹がかかるようになるのと同じくらい昔から、森に語り継がれている噂話です。
ドングリ池に願い事をしながらドングリを投げ入れると、願い事が叶うというかわいらしい噂。秋の頃にいたずら好きのリスが、願いが込められたドングリを根こそぎ池から引き揚げてしまい、森のみんながカンカンに怒ったことも覚えています。
「何か願い事があるんだね。いったいどんなことをお願いするつもりなの?」
クマさんは恥ずかしそうに顔を伏せて、ちょっとだけ身体をゆらゆら揺らしながら答えました。
「友達が欲しいって、そうお願いするつもりだったんだ」
「恥ずかしがり屋なクマさん。君って友達がいないんだね」
「僕は体が大きいから。それに怖がりでたくさんの動物たちが集まるところにいけなくって。そんな僕でも友達になってあげてもいいよっていう子が現れたらいいなって」
ゆらゆら揺れるクマさんはピカピカキレイなドングリに勇気づけられたようで、大事に大事にそれを手で持つと、のそりと動き出しました。キツネくんはちょっと考えてから、クマさんの後を追いかけます。足の速いキツネくんには簡単なことでした。
「はりきり屋のクマさん。僕の考えを聞いてくれないかい」
「どうしたの?」
「思うに、友達って池に願いをかけて作るものじゃ、ないんじゃないかな。そういう物じゃなくて、たった一言でいいんだと思うよ」
「つまり、どういうこと?」
「うん。僕と友達になろうよ」
クマさんは驚いて立ち止まってしまいました。キツネくんはニコニコと笑っています。
「いいのかい?」
「もちろんさ。優しいクマさん。その一言さえあれば、君はこの森の誰とだって友達になれるよ。ヘビやリスやアライグマとだってさ。だって君ってこんなに素朴で素敵なクマさんなんだもの」
それから、友達になったクマさんとキツネくんは二人でドングリ池に行き、こんな風にお願い事をしました。
ヘビがコマドリの卵以外でお腹いっぱいになりますよに。リスの悪戯の虫が、ちょっとは治まりますように。アライグマがもっと優しくなりますように。
それが叶ったのかはわかりませんが、それからのんびりクマさんの友達はこの森にどんどん増えていったということです。