主に会話で成り立つ世界(ラジオ応募版)
この妄想は『主に会話で成り立つ世界(全20話)』を『MBSラジオ短編賞1』へと応募するために次元と時空を越えた部分を書き換えた妄想です。
主に会話で成り立つ世界(全20話)の続編ではありません。
総合評価0の小説の続きを楽しみにしている人が居るかどうかは分かりませんが、最初に続編では無い事だけを通達しておきます。
質問
主に会話で成り立つ世界(全20話)を既によんでいる
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再度読む→本文へ(些細な違いを楽しんでいただけたら、とても嬉しいです。)
全員部活に参加が義務付けられた学校の部活動に馴染めない4人が繰り広げる部活動。
結成してわずか11日間で廃部に追い込まれた問題児達の活動記録。
初日
「みんな。あたしの立ち上げた部活に参加してくれてありがとう。あたしの名前は東海林司。これからよろしくね!次はあんたよ、由宇。」
「俺は栗戸由宇。体育会系のノリが合わなくてここに来た。司とは一応幼馴染だ。」
「一応とは失礼ね!あんなに一緒だったのに!」
「泣きまねすんな!お前と一緒で良かった事の方が少なすぎて思い出せるってほど、思い出したくない悪い思い出で一杯だよ!!泣きたいのは俺だろ!?」
「はい!この話は長くなりそうなので次にいこう次。次は、君ね。そこの男の子。」
「僕の名前は、根本晶と言います。何も取り柄がありませんが、よろしくお願いします。」
「うんうん。取り柄が無いって言っているけど、あたしから見たらあなたにも十分取り柄がありそうよ。ちょっと、これ着てみない?」
言うが速いか、自分が着ているセーラー服を脱ぎ、晶へと着せた。
「ほら似合う。そうでしょ、由宇?」
「見事なまでに俺の理想のショートボブ。ちょっと気弱な後輩系なところが最高だ!」
右手の親指を上げてサムズアップしあう由宇と司。
(地域によっては色々な意味があるから注意が必要な行為だぞ。)
「何をしているんですか。東海林さん。いきなり脱がないで下さい!」
「下にキャミ着てるから平気よ。」
「そう言う意味じゃなくて、男の子の前でいきなり脱がないで下さい。」
「晶って呼んで良いか?こいつは中学の時は『天然美人』って呼ばれてたけど、行動が滅茶苦茶すぎて『残ね……』。」
「パーン!」と良い音が鳴り響き由宇の顔が90度回転する。
「大丈夫ですか?栗戸さん!」
「大丈夫だ……」
「続ける?」
「『残念美人』って呼ばれるようになってな。残念の頭文字のゼットと取って、最後には『ゼッ……』ぐぼぉぉ。」
「あんたの腹筋も大した事ないわね。あたしごときの拳を防げないなんてね。」
「おまえは……みぞおち……って言葉を……知っているか?」
「栗戸さん!!東海林さんも暴力は止めて下さい!」
「晶。大丈夫。いつもの事だ。だから最終的についた仇名が『ゼットン』。めがぁぁぁー!」
両目に自分の手を当てて、床を転げまわる由宇。
彼の元居た場所にはブイサインを水平にかかげる司が居た。
「一子相伝。事案拳。押忍!」
「栗戸さぁぁぁん!!」
「さぁ。最後の一人いってみようか!学年主席で入学。入学者代表挨拶で『三年間頑張ります』の一言だけで済ませると言う伝説を作った才女。黒井鶴さんよ。」
「…………」
「おまえが自己紹介してどうする?黒井さんが一言もしゃべれないだろうが!」
「…………わたしは黒井鶴。よろしく………」
「それにしても見事な黒髪ね。鶴。」
「あぁ。黒髪ロング。太眉。黒縁眼鏡。黒いセーラー服。黒タイツ。見事なまでの黒に統一された姿にワンポイント白のスカーフ。しかも身長は140センチそこそこ。まるで小学生がセーラー服を着ているようだ。完璧な俺好みの黒髪ロングだな!!」
「ぱぁぁぁん。」「ぐぼぉぉぉぉ」「めがぁぁぁめがぁぁぁぁ!」
「これぞ『事案拳』本来の姿……押忍!!二人とも、こいつの事は気にしないでね。髪型の数だけ好みの女が居る変態だから。」
こうしてまともな部活動に馴染めない4人が繰り広げる意味の無い部活動が始まった。
二日目
今日は部室に司と由宇の二人だけ。
部室の真ん中に置いてある会議用の長机。
場所はいくらでも空いているのに足がいつでも届く距離の対面に二人は座りあっている。
司は黙々と手紙を読んで分別している。
由宇は左のほほを机に直接置きながらその様子を黙って見ている。
「「……………………」」
「なあ。」
「なに?」
「二人遅いな?」
「そうね。」
「「……………………」」
「なあ。」
「なに?」
「この部活の名前知ってる?」
「『主に会話で成り立つ世界』だっけ?」
「おい部長!それで合ってるけど部活の名前くらいは覚えろ。名目は『戦争・テロなど暴力行為に頼らず、外交などの会話をする努力で世界を平和にする事を模索する部活』だよな?会話はどこへ行った?」
「部活を設立するのに、そんな名目を付けたのあんたよね?」
「部活作るにも、生徒会を納得させる名目が必要なんだよ!」
「それで?結局何が言いたいの?」
「なんか、話そうぜ。」
司は由宇に対して心底うんざりした顔をする。
司の普段はキリっと整った顔がここまで崩れる顔芸も『残念美人』の由来の一つだ。
「あんたとあたしで用事以外に何か会話をする事あるの?」
「………無いな………」
「分かればよろしい。あたしは忙しいの。」
「もしかして、いつものか?」
「今は春よ。もしかしなくてもいつものよ。」
「桜の花が葉っぱに変わる頃には皆分かるだろうけど、顔だけ良いのも大変だな?」
「スタイルも良いけどね!」
胸を反らして自慢する司に胸の膨らみが強調される事は無かった。
スレンダーな8頭身美人なのはほぼ万人が認める。
なんの努力も無しにこの美しさ、一目見てつく時の仇名『天然美人』の由来の一つだ。
司が部活に参加出来ないのは、サークルクラッシャーだからだ。
部活の男女関係をことごとく破壊する。
女子だけの部活に参加しても、持ち前の運動神経でレギュラーを勝ち取る。
だが試合会場で他校生から告白されまくり、試合に遅れ不戦敗の連続。
部活内の雰囲気は最悪になり、人間関係を破壊する。
怪獣のように全てを破壊する『ゼットン』の仇名がついた由来の一つだ。
「人に話し掛けておいて、あんたも黙ってるじゃない?」
「すまん。少しお前のスタイルに見とれていた。」
「あー。はいはい。あんたの嘘はすぐ分かるから。」
「それで、今年は何人生き残った?」
「駄目ね。下駄箱、机の中、ロッカーの中は全て廃棄。勝手にカバンの中に入れたのも廃棄。友達を連れて複数人で来た人もお断り。今年は一人で告白に来た勇者はゼロ。手紙も一人で直接持ってきた人の分だけを読んでいるけど、名前なしの呼び出し状ばかりだったわ。」
「あたしの外面以外も好きになってくれる人が現れると良いんだけどね……」
「おまえ、それは地球人が宇宙怪獣に…………」
「二人も来ないし、そろそろ帰ろうか?」
司は立ち上がる時に由宇の右足の小指を自分のかかとで踏み抜いた。
由宇は激しい痛みで声も出ない。
「ほら、どうしたの?帰るわよ?」
「お前は、鍛えられない所だけを的確に狙ってくるな!」
「だって。あんたが筋肉の鎧をまとったから、弱い所を狙わないと効果が無いじゃない?」
春。二人きりだと毎年毎年、会話も行動もあまり変わり映えがしない。
毎年繰り返す二人きりの春の一日が終わる………のは寝る寸前だったりするのは別の話。
三日目
今日の部室には晶と鶴の二人だけ。
部室の真ん中に置いてある会議用の長机の隅と隅に座りあっている。
「「…………………」」
「「…………………………」」
「「……………………」」
「「………………」」
「「……………………」」
「「……………………………」」
「「……………………」」
「「…………………………」」
「「……………………」」
「「……………………」」
「「……………………………………………」」
「「……………………」」
「「……………………」」
「「…………………」」
「「……………………………」」
「「……………………」」
「「……………………………………」」
「「……………………」」
「「……………………」」
「「…………………」」
「「……………………」」
「「…………………………………」」
「「……………………」」
「「…………………………」」
「はい!そこまで!!」
廊下でこっそり中を覗っていた司と由宇が姿を現す。
「あんた達、この部活の名前知ってる?」
「おい。それは俺がおまえに昨日聞いた………」
司の肘を中心に回転させた最小限の動きで繰り出す裏拳が由宇の人中に命中する。
「口の中が切れたぞ!下手したら歯が折れるだろうが!!」
「はい。鶴っち。部活の名前は?」
司は完全に由宇を無視して、鶴に近づきながら質問する。
「…主に会話で成り立つ世界…」
「正解!けどね……あなた達は一言も会話がありません!ラジオでもテレビでも放送事故のレベルよ。小説だとしても文字数詐欺と言われるレベルで会話無し!漫画で言えば見開き全てが停電のシーンと同じ行為よ!?」
「あの。僕はまだ黒井さんの事を良く知らなくて。」
「うんうん。仲良くなるにはまずは会う事から始めないとね。晶くん。あなたなぜ昨日部活に来なかったの?」
「顧問の先生に捕まっていました。今日配る資料をホッチキスで留める作業を延々とさせられていました。」
晶と教師が二人、延々とプリント揃えホッチキスで留めるシーンが他3人の脳裏に浮かぶ。
「あの顧問!部活には来ないくせに晶くんに何をさせているのよ!!」
「落ち着け司。顧問が放置してくれているおかげで好き勝手やれているだろう?」
「それもそうね。それで鶴っちは?」
「…わたしは数学の先生に分からない事の質問に行っていたの…」
「黒井さんでも分からない事があるんだ?」
由宇が笑顔で話掛けた時に見えた口の中、歯茎から出た血が前歯を赤く染めていた。
「…計算回数減らせるのに、わざわざ不必要に計算回数増やした事が分からなくて…」
「まあ、計算はすればするほど間違える可能性が増えるからなぁ。少ない方が良いよな。」
「…由宇…あなた数学が出来るの?…数学の先生は泣いちゃって話が先に進まなかった…」
先生を泣かした?驚きで部室がしばらく無音になる。それを払拭すべく由宇が話し出す。
「まあ、自分の中では得意な方だけど、数学の成績はかなり悪いぞ!」
「あんたのは自慢にもならないけどね。あんた他の成績が体育以外悪すぎるのよ!」
「…けど計算すればするほど間違える確率が上がる事が分かっているだけ他の人よりまし…」
「うんうん。鶴っちも結構話すじゃない。その調子でお願いね。次は晶くん!」
「えっと。何を話したら良いか分からないのですが……」
晶が話そうとした所で無情にもチャイムが鳴る。
「残念。晶くんは明日までに鶴っちと話す事を考えておくように。部長からの宿題です!」
「おい。あまり無茶ぶりはするなよ?晶、こいつの言う事あまり気にしなくて良いからな?」
「ぶぶー。残念なお知らせですが、罰ゲームを付けます。じゃあ今日の部活はこれまで!」
四日目
今日は四人集まっての部活動。
座る場所も何となく決まってきた。
一般の部室としては狭いが四人なら十分に広い部室の真ん中に一つ置かれた長机。
一番奥の窓側に鶴。右手側に司。司の後ろにはホワイトボード。真向かいに由宇。一番入り口に近い机の端に晶。
部活動は大概、司が入ってきたところで始まる。
いつも行動を共にする由宇も一緒だ。
晶と鶴だけでは部活にならないのは、先日で証明されている。
「今日の部活を始めるわよ!」
入って来ると定位置に座りながら声を上げる司。
「晶くん。宿題は忘れて無いよね?時間が無いので制限時間を設けます。5秒ね。」
「えっ。ちょっと待って下さい。」
「5。」
「4。」
「3。ほらカウントは黙っていても進むわよ。」
「2。」
「黒井さん………えっと………」
「質問が出来ていないのでカウント続行します。1。」
「はい。終了!皆さんお楽しみの罰ゲームです!」
「おい。あんまりひどい事はするなよ?」
「そうね。あんたが半分受け持つのなら、少しは晶くんの負担も減るんじゃない?」
「まぁ良いだろう。晶、覚悟しよう。こいつは言った事は可能な限り必ずやる奴だ。」
「栗戸さん……ありがとう。」
晶が胸の前で手を組み、上目遣いで由宇へとお礼を言う。
「ぐヴぁぅぁ!」
「栗戸さん。どうしたのですか?大丈夫ですか?」
「それ以上近寄るな。あまりに理想のショートボブ過ぎて少し幻覚を見ただけだ。」
「罰ゲームが決定しました。晶くんは体操着に着替えてもらいます。由宇、ゲダウト!教室の自分の机にハウス!!準備が出来たら電話で呼び出すわ。」
由宇が呆れ顔で廊下に出て行くと罰ゲームが始まる。
「さて、部室から男が居なくなったところでお着替えしましょうか?」
「僕、男ですよ?」
「大丈夫大丈夫。これからすぐに男の娘にしてあげるからね。早く体操着に着替える!」
部屋の隅で壁を向いて着替える晶。白いワイシャツを脱いで体操着に着替えると、制服のズボンを脱げばそのまま短パン姿になり着替えが終わる。
「うんうん。この恰好だけでも、すでに男の娘よね?鶴っちはどう思う?」
「…世界には自分の理解出来る事が圧倒的に少ない事実を確認中…」
「??どういう事??」
「…晶は男なの?女なの?…」
「れっきとした男です!」
「後は、これを着てね。少し大きいかも知れないけど、多分ウエストも大丈夫そう。」
自分のセーラー服を上も下も脱いで無理やり晶に着させる司。
「東海林さん。止めて下さい。女の子が男の子の前ではしたないですよ!」
「大丈夫。ここには男の娘はいても男の子なんて居ないし、あたしはキャミもスパッツもしっかり着ているから何も問題ない。」
「全然大丈夫じゃないじゃないですか!下着同然ですよ!?」
運動神経抜群の司に晶はなすすべなくセーラー服を着させられる。
「うんうん。あたしの方が身長高いから上は少しぶかぶかでスカート丈も長いわ。だけどそれが逆に良い味出しているわね。思った通りよ。スカートのウエストもしっかりいけたわね!」
「…良く似合う…晶は本当に男なの?…」
ガラケーを取り出す司。司はスマートフォンが嫌いである。
「由宇。戻ってきて良いわよ。」
由宇が部室の扉を開けるとそこには彼の楽園が待っていた。
半泣きの晶がセーラー服を着たまま由宇に抱き着いてきたのだ。
「栗戸さん……」
「ぐヴぁぅぁ!晶、そこは是非『由宇先輩』でお願いする!」
「……変態……」
鶴が夜中に台所へと良く出るGが付く虫を見る目で由宇を罵倒する。
「ぐヴぁぅぁ!黒井さん。もう一度。ワンモア。アゲイン。出来たら敬語でお願いします!」
鶴の由宇を見る目付きは変わらないが、要望には応えない。
これから由宇と晶への罰ゲームが言い渡されるところだ。
「さて、諸君!二人の罰ゲームはこれからよ。二人で学校を回ってきてもらうからね。」
「ちょっと待て!俺は良いけど、晶はきついだろ?」
「そう?あたしはあんたの方が晶くんよりきつい事になると思っているわよ?」
「こんな美少女と一緒に校内デートなんてむしろ俺にはご褒美でしか無いじゃないか!?」
「…由宇、変態…」
「黒井さん。そこは是非敬語で「由宇さん変態ですね!」が最高です!」
由宇が鶴の前で土下座で頼み込む。
「鶴っち。思いっきり踏んでやるともっと喜ぶよ。その土下座している変態。」
「…頭を?…」
「うぉぉぉぉ。最高のご褒美でございます!是非黒タイツで直接お踏みくださいませ!!」
「やるなら思いっきり踏んであげてね。指先をハート。はい、見本。」
「ゆびがぁぁぁあああ。爪の中が内出血しているだろうが!『ハート』なんて自分の口で言っても可愛くないからな!」
「大丈夫ですか!?栗戸さん!」
晶が由宇の前にひざまずいて由宇の手を取り指先を確認している。
「ふぅぉぉおおう。晶、そこはもう『大丈夫ですか由宇先輩?』で頼む!!その言葉を聞ければ爪が割れようと指が折れようと、俺は痛いなんて思わない!!」
鶴が夜中に台所へと良く出るGが付く虫を見る目で由宇見下ろしつつ罵倒する。
「…由宇は変態。認識を変えないと…」
「うんうん。由宇は分かりやすい変態で良いよね?」
「おまえもな!学校でキャミとスパッツって、男に襲われても文句言えないだろ?」
「運動部はみんな、あたしと同じような恰好してるけど?」
窓から見える陸上部の女子はランニングシャツにスパッツの人も多い。
「…確かに多い…司は普通…由宇は変態…晶は女の子?…」
「僕は男です!」
「そうね。けどそれを決めるのは校舎に居る人達よ!チェックポイントは3つ。屋上と校門と食堂の3つよ。本当は職員室も入れたかったけど、勘弁してあげるわ。」
「分かったよ。行こう、晶。」
「そうそう。必ず移動する時は手をつなぐ事。あと証拠の写真をチェックポイントで撮ってきてね。移動中に手を離したら他の罰ゲームを追加するからね。今から楽しみだわ。」
「ぜってーはなさねーよ!」
「待って下さい。本当に行くのですか?僕、恥ずかしいです。」
「ぐヴぁぅぁ!俺好みのショートボブ属性に『僕っ娘』が新たに付きそうだぜ!」
由宇がセーラー服を着た晶の手を取って引っ張るように部室を出て行く。
晶は恥ずかしさの為か、ほほが桃色に染まっていて可愛さが当社比130%アップ状態。
それを満々の笑みとあきれ顔と対照的な表情で見送る女子二人。
今は楽しい由宇と晶の校内デート。
由宇に手を引かれて半歩後ろを歩く晶のほほは桃色に染まり、口に当てた左手の握りこぶしが保護欲を掻き立てる。
どこからどうみても、可愛い女学生、だが男だ!!
「なあ晶。どうしてこの部活に入ったんだ?」
「僕の家、お金無いから。」
「あぁ。部活するとなんだかんだと色々お金掛かるからなぁ。」
「そうなんです。なので部費も要らないこの部活に来ました。」
「もしかして、その髪も自分で切っているのか?」
「いえ。お母さんが切ってくれてます。だけどこの髪型しか出来ないので。」
晶の髪型は前髪は眉毛で一直線。後ろ髪はうなじ付近で一直線のショートボブだ。
「そうか。お前のお母さんは良い仕事をするな!」
「お母さんが褒められると僕も凄くうれしいな。」
晶へと振り返った由宇が可愛く笑う晶を見てしまう。
「ぐヴぁぅぁ!晶、お前は可愛すぎる。くそう、なんで神はお前の性別を間違えたのだ!」
「栗戸さん。ひどいよ!」
「晶、そこは是非『由宇先輩、ひどいです!』でお願いする。」
「もーう!僕達同級生だよ。」
可愛く怒る晶の後ろ、廊下にある柱の陰から覗き見をしている男達に由宇が気付く。
「くっくっくっ。晶の可愛さに独身男共が寄ってきたわ!明日は話題になるな!」
「話題にならないで良いです!それより階段はなんか嫌ですね。下から覗かれそうです。」
「それだけスカート長ければ大丈夫だろう?」
「何となくですけど、不安で嫌なんです。女子は大変ですね。」
「そんなものかね?司なんて動き回りすぎてスパッツとか見えまくりだぞ?」
「あの人は特別ですよ。恥じらいが無さすぎです!」
「それについては同意見だな。とりあえず屋上に着いたな。写真撮るぞ。」
屋上の扉を開けると、カップルだらけの空間だった。
新しい客に周囲からの注目を浴び続ける。
「晶が可愛すぎるからか?それとも男とばれたか?どう考えても前者だな。」
「違いますよ。きっと男ってばれたのです。恥ずかしいです。」
「どっちにしてもカップル共の邪魔するのは悪いからとっとと写真撮って次に行くか。」
由宇は、屋上の扉の裏に隠れている男の一人にガラケーを渡しながら声を掛ける。
由宇も司の影響でガラケーだ。
そこには悲しい物語があるのだが、それは想像にお任せする。
「悪いけど、一枚写真撮ってくれないか?晶、もっと近づけよ。フレームに入らないぞ。」
「じゃあ撮るぞ。はい、チーーんぽもげろ!」
「カシャ」と言う音とともに写真を撮る音がする。
こめかみに青筋を走らせながら笑顔でガラケーを返してくれる男。
由宇は、彼にお礼を言ってガラケーを受け取る。
「ところで、隣の可愛い女の子は君の何なのだい?」
「理想の女の子だな!!」
「東海林さんとどっちが大事なんだ!?」
「うん?比べる必要も無く晶だが?それがどうした??」
「どちくしょー!!」
男が屋上の扉の裏に隠れていた仲間達と共に走り去る。
これをフラグに、由宇と晶の罰ゲームは、これから本番を迎えるのである。
今は楽しい由宇と晶の校内デート。
……のはずが由宇は晶をお姫様抱っこしながら全力疾走&かくれんぼをさせられている!
「居たか?」
「いや。居ない。」
「こちらに逃げてきたはずだ!探せ!」
「奴を生かしておくな。東海林さんと名も知らぬ美少女の二人に二股掛けている野郎だ!」
「写真部と新聞部の名に懸けて奴を社会的に抹殺しろ!」
「「「おう!!」」」
現在校門へ向かって移動中。二人は下駄箱で靴に履き替えるのはあきらめた。
敵のマークが厳しすぎる。
靴がある事で、まだ校舎内に居るとカモフラージュも出来るはずだ。
二人は体育館の渡り廊下から校門を目指す事にする。
「栗戸さん。僕恥ずかしいです。」
「お前と手を繋いで走るより俺が抱えて走った方が速い。それよりも、校門で写真の自撮りを失敗するなよ?このまま一気に校門経由で食堂まで駆け抜ける!」
「分かりました。お任せします。」
由宇が晶を抱えて走り出す。
それを2階にある部室から司と鶴が見下ろしていた。
「由宇ったら晶を、お姫様抱っこよ。お姫様抱っこ!」
「…晶、ちょっとうらやましい。わたしが一度はしてもらいたい事の一つ…」
「由宇に頼めば、むしろ向こうから頼み込む勢いでやってもらえるよ?」
「…どうせなら、わたしだけの王子様にやってもらいたい…」
「へぇ。鶴っちって、意外と夢見がちなんだね。」
「…悪い?…」
「悪くない。むしろ良い!」
極上の笑顔を鶴に向ける司の下を由宇と晶が駆けて行く。
「いたぞ!部室棟の前だ。外に出ているぞ!追え!!」
由宇と晶を追う人数が五人に増えていた。
「シャッターチャンスだ!東海林司が部室棟の窓にキャミソール一枚で立っているぞ!!」
由宇が大声で叫ぶ。
写真部と新聞部の追っ手が止まった。
それどころか、周りの運動部(男共)の動きも止まり、部室棟に注目が集まる。
「由宇!!あんた後で覚えておきなさい!!」
「そんな恰好でいるお前が悪い!!」
由宇と晶の二人は完全に追ってを巻いた。
校門で写真を自撮りした後、食堂へとそのまま向かう。
追っ手の警戒をしていたが、彼らが現れる事は無く、食堂で写真も撮れた。
再び由宇と晶は手を繋いだ状態へと戻り、後は部室へと帰るだけとなった。
「追っ手がいないですね?」
「ああ。だが油断するな。階段に待ち伏せている可能性もある。」
「少し覗いてみましたが居ないようですよ?」
「よし、慎重に登ろう。」
「「「「この扉を開けてくれ!後生だ!キャミ&スパッツの写真を撮らせてくれ!!」」」」
「どうやら変態達を一か所に集める事だ出来たようだな。問題はどうやって部室に帰る?」
「この状態じゃ無理ですね。」
「一つ方法がある。3階の上の部室の窓から降りる。」
「無理無理無理無理無理ですよ!!」
「上は空き部室だから可能だぞ?」
「そういう意味じゃなくて、物理的に無理ですよ!!」
「やってみなくちゃ分からないだろ?」
極上の笑顔でサムズアップしながら晶に答える由宇。
今は楽しい由宇と晶の校内デート。
……のはずが校舎外壁の垂直降下訓練です。
窓に二枚あったカーテンの一枚で由宇と晶の腰を結び合うと、もう一枚のカーテンの端をほうきに縛って、カーテンを掴みながら由宇が窓の外へと出ていきます。
ほうきは窓の隅に上手に引っ掛かり、外壁で体重を掛けていれば、きちんと固定されているようで動きません。
由宇が窓の外で壁に立ちながら何度もカーテンを引っ張り安全を確認しています。
「大丈夫だな。晶、来い。例えお前が落ちても俺が必ず支えてやる!」
「無理ですよ!やめましょうよ!!」
「…由宇…」
鶴が少し見上げる形で2階と3階の間に居る由宇と目を合わせる。
「黒井さん。司はどうしてる?」
「…今は、外に居る由宇の仲間と扉越しに喧嘩の最中…」
「仲間は心外だが、今がチャンスだ。晶、早くしろ。俺の手を取れ。十分下に降りれるぞ。」
「…窓から来るとは思わなかった…やはり世の中は理解出来る事の方が少ない…」
「その意見には全く持って同意する。」
「…そう…」
鶴が少し嬉しそうに笑う。
晶はまだ迷っている。
司は扉越しに変態達と口喧嘩の最中だ。
由宇は必死に晶を説得する。
「来い晶。生きるも死ぬも俺とお前は一緒だ!共に生きるぞ!!」
由宇の必死の説得に晶が応える。
由宇の手を取りながらこわごわと壁の外へと出てきた。
「俺の手を離すなよ。ちょっとずつ降下するぞ。部室の窓の桟に足を掛けたら、枠を掴んで中に飛び込め。」
「分かりました。絶対離さないで下さいね。」
「安心しろ。絶対離さない。絶対にだ!」
無事、晶が窓の桟に足を掛けてそこから飛び降りる。
スカートが思いっきりめくれ上がった。
勿論、晶が下に履いていたのは短パンだ、だが晶の白い太ももが由宇には刺激が強すぎた。
晶が泣きながら、腰に巻いたカーテンをほどく。
「ぐヴぁぅぁ!晶、ナイス太もも!最高のスカートめくれだったぜ!!」
サムズアップする由宇を鶴が眼鏡越しに冷めた瞳で見つめて、中に入った由宇と晶を結んでいたカーテンを窓の外に捨てるように投げると、部室の窓を閉め鍵を掛けた。
「…やはり由宇は変態…さっきわたしが感じた事は気の間違い…」
「黒井さん?このままだと俺が部室に入れませんよ?」
「…由宇は変態だから、この方が喜ぶ…はず?…」
「どうせ喜ばせてくれるなら、土下座して謝るので黒タイツで踏んでくれ!!」
「…変態…由宇をどうするか司に確認してくる…」
「やめてくれ黒井さん!!ろくな事にならん!!晶、黒井さんを止めてくれ!」
晶は余程怖かったのだろう、座り込んで完全に泣いているようだ。
全く周りの声が聞こえていない。
司に由宇の事を話す鶴。
司は窓の外の由宇を見るとニヤリとした感じで口を開いた。
窓の際までやってくる司。
「外の変態達をどうにかしてきなさい!あたし達がこのままじゃ帰れないでしょう。」
「分かった。但し、移動中に晶と手を繋いでいない事の罰ゲームの追加は認めんぞ?」
「晶くんの罰ゲームは終わりよ。あとはこの騒ぎの責任をあんたがとるだけなの!!」
「分かった。じゃあ、ちょっと責任取ってくるか。」
するするとカーテンを昇り3階へと戻る由宇。
由宇と晶の罰ゲームも終わり、後は部室前に陣取る写真部と新聞部の合同変態同盟を駆逐して帰宅するだけ。
由宇にはすでに腹案があった。
3階から2階に階段で降りて、部室前の廊下に着いた由宇が彼らに言い放つ。
「諸君。交渉をしよう。」
「居たぞ!奴だ!取り囲め!!」
「よし、良いぞ。出来たらもっと近くまで寄ってくれ。内密に話がある。」
「その前に、あの美少女の素性を話すか、東海林さんを解放するかをここで宣言してもらおうではないか。なぁ諸君!」
「「「「その通りだ!!」」」」
「まあ待て。司を自由に言い聞かせる事は俺にも出来ない。だが、司の昔の写真ならば提供しようではないか。スキャナーで取り込んで、印紙にカラー印刷となるがな。」
「ちょっと待て!今より協議する!!」
「こちらも時間があまり無い。5分以内でお願いする。」
新聞部写真部が小さな輪になって協議をしている。
結論は割と早く出た。
「中学校の入学式の写真だ。まさに幼女と少女の端境期。あるか?」
「うむ。確かあるはずだ。明日必ず用意する。今日の所は解散してくれないか?」
「担保が欲しい。」
「漢の約束だとしか担保は出来ない。」
「漢か……まぁ良いだろう。一度だけお前の事を信用する。だが、約束を破った時には写真部と新聞部が合同で、お前を学校に居る事が出来ないようにしてやるから覚悟しろ!」
「あぁ。その位の覚悟が無ければ漢の約束とは言えないな。」
その約束を信じて解散をする漢達。
由宇は、部室の外から中に声を掛ける。
「おーい。奴らは帰ったぞ。今なら部室から出られるぞ。」
「ほら晶くんもいつまでも泣いてない!立って。帰るよ。鶴っちもね。」
部室の扉が開いて三人が出てくる。
司はセーラー服を着ているし、晶も制服を着ていた。
「俺としてはもう少しセーラー服のままでも良かったのにな。」
「嫌です!もう二度と着ませんからね!!」
「晶、それはあきらめろ。司なら自分が着せたい時に着せたい服をお前に着せるだろう。」
「栗戸さん。その時は助けてよね?」
「ぐヴぁぅぁ!晶、その上目遣いは危険だ。危ない世界へと俺をいざなうな!!」
「…由宇、変態…」
こうして、四人は帰路についた。
司と由宇は同じ家へと帰っていく。
二人の両親は隣同士、共に仲良く、共に共稼ぎ。
子供の頃から二人は寝る寸前まで同じ家で暮らしている。
由宇は帰るとすぐにアルバムを棚から出した。
「なあ司。アルバムってこれだけだっけ?」
「そうでしょ?あたしの家にあるのも同じ写真のはずよ。常に二人一緒に写っているんだから変わらないでしょ。」
「そうか。じゃあ、これで良いか。」
由宇がスキャナーで取り込んだのは司の中学入学写真。
『○○中学入学式』の看板が建つ校門前で撮った一枚。
小学生と中学生の狭間と言う、一瞬の輝きを放つ司がブイサインを決めて写っている。
ちょっと奮発して印画紙へと今日部室前に居た変態の人数分をカラー印刷する由宇。
完璧に条件通りの写真だ。
ただし、司が隣にいる由宇と腕を組んでいなければ……
五日目
由宇は今朝、新聞部と写真部の変態共に司の中学入学時の写真を渡した。
漢の約束は無事果たされた。
放課後いつものように司と由宇が部室に向かう途中。
鶴が立ち止まって掲示板を見上げている。
「おっす。鶴っち。何見てるの?」
「…これ…」
そこにはA4に拡大された司の中学入学時の写真が貼ってあった。
隣の男には小さな文字で「タヒね」と書かれた画鋲が隙間が無いどころか重なるように刺してある。
写真の下には「ギルティ・オワ・ノットギルティ?ギルティならば画鋲をどうぞ。」と書いてあり、机の上に130本入りの画鋲の箱が置いてあった。
箱には最後の1本が残っている。
「ふぅ。何とか1本残っている。これで俺はノットギルティだな。司と腕を組んでいるだけでなぜ俺がギルティにならなければならない。」
「…んっ…」
最後の1本を鶴が手に取り、一生懸命背伸びをしながら、元由宇と思われる写真の男に刺した。
「…ギルティ…」
「黒井さーーーーーーーん!」
「あたしの写真を無断で他人に渡したんだから、ギルティで当たり前でしょ?」
「…ギルティ…」
「とりあえず回収して来なさい。でないと、あんたが世界地図を書いて泣いているところをあたしが指差して笑っている写真を公開するわよ?」
「イエス・マム!ただちに回収して参ります!」
そんな事もあり、今日の部活は司、晶、鶴の三人。
「なんか、栗戸さんが居ないと静かですね?」
「あいつ一人で騒いでいるようなものだしね。それとも晶くんが悲鳴を上げてみる?」
「もうセーラー服は着ませんからね!!」
「しばらくは良いわ。次は学際の時にお願いね。」
「僕は絶対に着ませんからね!」
「…由宇に着せれば良い…」
三人の脳裏に由宇のセーラー服姿が思い浮かぶ。
「止めましょう、黒井さん!栗戸さんが着るくらいなら僕が着ます!!」
「ナイスアシスト、鶴っち!!」
司のサムズアップに鶴がサムズアップで応える。
「最近は鶴っちも部活になれてきたようで嬉しいよ。」
「…ここは楽しい…」
「そうですね。ここにはイジメる人とかも居ませんし。」
「うんうん。晶くんも素晴らしい人材ね。昨日の仕打ちをイジメと感じないなんて。」
「イジメだったのですか?」
「それは受けた側の気持ち次第だから、あたしが判断出来ないわ。けど、あれをイジメと受け取らなかった晶くんは実に素晴らしい人材よ。」
「凄く怖かったですが、楽しかったのも事実ですし。あんな経験普通出来ませんよ。」
「…少なくとも陰で色々やられるよりはマシ…」
「そうですね………」
司は二人の負のオーラを感じ取り、気分を転換させる楽しい何かをしようと考える。
「よし!今日は由宇が居ない事だし、王様ゲームをしよう!一度やってみたかったんだ。」
「なんで栗戸さんが居ない事だしなんですか?」
「由宇が居たら、何か変態な事を命令しそうじゃない?」
「…止めた方が良い…」
「鶴っち、なんで?王様ゲーム嫌い?」
「…三人で王様ゲームは1番2番へ確実に罰ゲームを与えられる…」
「「あっ」」
「確かにそれじゃあつまらないわね。鶴っちありがとう。」
「…ん…」
その日、由宇が部室にも家にも帰ってくる事は無かった。
司にとって由宇が隣に居ないのは久し振りの事だ。
何とも言えない違和感を感じながら司は就寝した。
時は遡る。
三人が部室でいつもの意味の無い部活を繰り広げていた頃、由宇は写真部の暗室にいた。
「被告人栗戸由宇。貴様の罪状は分かっているな?」
「写真を返していただけるのでしたら、何でも言う事を聞く。お願いだ。返してくれ!」
暗室の赤いライトの元、パソコンで特殊加工されて、由宇の部分が写真部・新聞部のメンバーにそれぞれ代わっている司の中学入学写真を見せてくる。
「素晴らしい媒体となる写真をありがとう。元となった写真は君に返そう。素晴らしい媒体を提供した君は死刑から減刑して二股による股割りの刑に処する。」
「なんだ、その程度か。」
「ちょっと待て、相撲の稽古の一環だぞ?180度開脚だぞ?」
「悪い事は言わない。司の事は眺めているだけにしろ。」
由宇が股割りで180度足を開いた。
「このくらい出来ないと、三日で司に壊されるぞ?」
「だが、あの美少女との二股は絶対に許さんぞ!」
由宇の左目から一粒の涙がこぼれる。
「あの娘は幻だったんだ。俺の妄想が作り上げた幻。お前達にも見えたんだな?」
「その涙。本物か。そうか……俺たちは白昼夢を見たのかも知れないな。写真部・新聞部の全情報網を駆使しても、あの女生徒を探し出す事が出来なかった。そうか幻か……」
この場にいる変態全員の気持ちが一つとなった瞬間だ。
「お前達が作ったその改造写真はお前達の物だ。だが、それがどれほど危険な物かは理解はしているのだろうな?」
「あぁ。今日の世論調査で確認済みだ。自分以外の誰にも見せる事は無い。」
「なら良い。元の写真だけはもらっていく。俺もこれだけ返ってくれば問題無い。」
最後はがっちりと握手を交わして、由宇は写真部・新聞部との和解どころか親睦を深めた。
その後は適正の無い人には聞かせられない話題を暗室の中で延々と繰り広げた。
気がつけば朝を迎えていた。
六日目
今日の部室には司が居ない為、部活が始まらない。
由宇が二人に見せつけるように学生鞄をひっくり返し、ラブレターらしき手紙を机の上に広げた。
その行為に自主勉強をしていた晶と鶴が手を止める。
「俺にもついに春が来たらしい。」
「…今は春…」
「凄いですね、栗戸さん。こんなにラブレターをもらうなんて。」
「そうだろう。そうだろう。俺は常々司ばかりもらうのはおかしいと思っていたのだよ!」
「…どうするの?…」
「数が数だからな。読むのを手伝ってくれ。」
「そんな事をしては駄目です!」
「…死ねば良い…」
「黒井さん。もっと見下ろす角度から、もう一度プリーズ!アゲイン!モアモアプリーズ!」
「…読む…」
晶は頑なに読む事を拒んだが、鶴が淡々と読んでいく。
由宇は腕を組んで鼻高々だ。
由宇は自分で読む気があるのか?
「声に出して読んでも良いのだよ?黒井さん。」
「…武道場にて待つが3通…」
「ん?裏って事かな?」
「…弓道場の的で待って射てもある…」
「ん?的の裏って事かな?」
「…野球部のバックネットで待つ…」
「ん?ネット裏だよな?」
「…野外倉庫で待つが2通…」
「おお。なんか萌えてきそうなシチュだな!」
「…体育館倉庫も2通ある…」
「ほうほう。危ない香りマキシマムだな!」
「…武道場にて、百人組手が空手部、一人乱取り稽古が柔道部、竹刀百叩きが剣道部…」
「ん?」
「…的にして男子部員で射るが弓道部…」
「んん?」
「…距離5メートルの千本ノックが野球部…」
「んんん?」
「…試合用スパイクで踏みつけるが、陸上部とサッカー部…」
「…………」
「…動けなくなるまでしばくけど明日の朝までマットで泊っていけがバスケ部とバレー部…」
「マジですか?」
「…全部行くの?…」
一度、鶴から手紙を返してもらい全てに目を通す由宇。
鶴の言っている事は、大分簡略化されているが本質はついている。
「いやー。俺も司を見習って、下駄箱やロッカー、机の中や鞄に入れたラブレターは捨てる事にするよ。いやぁもてる男はつらいなぁ。」
「…由宇は一度、死ねば良い…」
「人間一度しか死ねないよな?」
「そうですよ!死んでは駄目です。黒井さん、皆さん何を怒っているのですか?」
「…全部、由宇の二股に怒っている…」
「うーむ。二股も何も、生涯一度として女性と付き合った事が無いのだが……」
「…本気?…」
「この前俺……理想のショートボブに逢ったんだ……全てが幻だったよ……」
「セーラー服は着ませんからね!!」
「晶、メイド服でも良いのだよ?」
「…変態…」
「メイド服も着ません!!」
「俺が理想の女性はまだ居る!!黒井さんお願いします!メイド服絶対似合うと思うので!」
「…わたしが似合うの?…」
「是非、ヴィクトリアンメイド服で勿論黒のロングでお願いします。着ていただけるのでしたら、今まで貯めたお年玉を全て使ってでも用意させていただきます。」
土下座をして何度も頭で床を叩きながら鶴に頼み込む由宇。
「…考えておく。ちょっと楽しみ…」
「ありがとうございます。ありがとうございます。大事な事なのでもう一度ありがとうございます。必ず用意させていただきます。その時は是非髪を王女編みで結いあげて下さい!」
七日目
今日は四人集まっての部活動。
ただ司の機嫌はわるそうだ。
逆に由宇の機嫌は良い。
晶ははらはらしながら二人を見ている。
鶴は我関せずに文庫本を読んでいる。
由宇が読書中の鶴へと話掛けた。
鶴が心底嫌そうな顔をしている。
「黒井様。例のものは昨夜発注を掛けておきました。気に入ってもらえるはずです。」
「…?…」
「例のものですよ。例の。」
「…何?…」
「あっ。メイド服の事ですか?」
「そう。晶、正解!!」
「何?今度は晶くんにメイド服を着せるの?」
「僕は着ませんよ!黒井さんが着るんです。」
「へぇー。鶴っちがねぇ。」
「おい。なんか機嫌が悪いようだが周りに振り撒くな。」
「別に。過去の自分に腹が立っているだけよ。読みが甘かったわ。」
「そういえば、昨日部活に来なかったな?」
「仕方ないわ。珍しく勇者が現れたのよ。」
「ほう。お前の元に一人で告白をする兵が現れたか。」
「あんたと晶くんのおかげでね。」
「…何があったの?…」
「由宇が二股掛けているから、あいつとは別れて俺と付き合え、って言う奴が出たの。」
「ほう。それで、付き合う事にしたのか?」
「もしそうなら、こんなに機嫌悪くしてないわね。ちょっと反論したら君は口が悪いんだねって言われたから、本気で口悪く非難してあげただけよ。」
「そいつは災難だったな。相手が。」
「由宇。なんか舌についてるみたい。ちょっとベロ出してみてよ。」
「ん。何か付いているか?」
舌ベラを出した由宇に司が掌底でアッパーを決める。
「君の舌ベラを食べたい。」
痛みに転げまわる由宇。いつもの光景ではある。
「栗戸さん!大丈夫ですか?」
「鶴っちが読んでいる本の題名を見て思ったの、口が悪いの舌ベラ食べたら治るかなって。」
「…医食同源は知ってる…でも由宇のじゃ意味無いと思う…」
「それもそうね。悪いもの食べても良くはなりそうにないわね。」
「舌が切れるだろうが!」
「由宇、世の中にはスプリットタンって言うのもあるのよ?」
「横に切れているとは斬新だな!!」
「何ですか?スプリットタンって?」
「…世の中には知らない方が良い事がある例え…」
「全く。由宇と晶くんの罰ゲームのせいであたしにまでとばっちりが来たわ。」
「…因果応報って言葉は知ってる…」
「断る事も面倒だから勇者が現れない事を祈るわ。」
「なんか、魔王を倒す為に勇者を募集したけど弱い奴ばかりが集まってきたのを断りまくる王女様って言う感じのライトノベルになりそうだな。」
「…英雄召喚で自称勇者ばかり引く巫女…」
「他にも色々かんがえられそうですよね。」
「もう良いわよ!今日の部活はここまで!!」
八日目
今日も司と由宇が部室に入って来たところで四人が揃う。
いつも陽気な由宇が暗い顔をしている。
晶は気になり声を掛けた。
「栗戸さん。顔色が悪いですが、どうかされましたか?」
「聞いてくれ、晶。メイド服が……メイド服が届いていない……」
「そっそれは残念でしたね。」
「…発注はいつ?…」
「一昨日の夜かな?」
「…昨日発送準備、移送、今日到着…」
「そうね。あたしもそんなところだと思うわ。」
「お前は、今朝俺にメイド服が届いたかを一番に確認してきただろうが?」
「パーン!」と良い音が鳴り響き由宇の顔が90度回転する。
「事案拳続ける?」
「いや、止めておく。それでメイド服が手に入るなら続けるが手に入らないからな。」
「メイド服は届いていないから、今日は緊急会議を開くわ!」
司がホワイトボードにでかでかと「いったいこの部活で何をすれば良いのか?」と書く。
生徒会に提出した部活の名目をぶち壊す議題だ。
「先日の騒動で生徒会から文句がでたの。それで緊急会議よ。まずは、晶くん!」
「それが分かれば僕達も苦労しないと思います!」
「そうね。まさにその通りよ。でも答えにはなっていないわ。次、鶴っち!」
「…大丈夫。下校時間まで好きに過ごせば良い…」
「そうね。まさにその通りよ。あたしも同じ事を感じているから会議しているの。由宇は?」
「俺の理想のショートボブに理想の黒髪ロング。俺のハーレムに決まってい……ぐぼぉぉ。」
「事案拳。二ノ型。正拳突き。押忍!!」
「…司は?…」
「由宇以外と同じ意見よ。あたし達が部活で何をすべきか、分かれば苦労しないし、何をやっても問題は無いと思っているの。つまり、普段通り好きにやるって事ね。」
「…普段?…」
「そうですよね。普段がわかりませんよね。普段が僕の女装じゃないと良いですよね!?」
「生徒会が問題にしたのはそこかも知れないしそうじゃないかも知れない。何にしても他の部活ではやっていけない人間が集まった部活だからね。あたしも由宇が生徒会に提出した部活立ち上げの名目なんてもう忘れちゃったし、する気も無いわ。」
「…ここなら部活の時間も好きな事をしていられる…」
「あたし達はこれからもこの部活が続くのを祈るだけね。」
「…ん…」
「じゃあ、今日の部活も終わり。生徒会には適当に報告しておくわ。」
揃って帰宅するため部室を出ようとする四人。
最後に司が由宇に向かって水平にピースサインを出した。
「一子相伝事案拳!押忍!!」
「めがぁぁぁー!めがぁぁぁー!!つかさっぁぁあ、俺、何もしてないよなぁぁ!?」
床を転げまわる由宇に対して、司が締めの言葉を投げかける。
「中途半端って良く無いと思わない?」
「…これからも各自が好きな事をやる為に毎日部室へ集まる事は変えない…」
「あたしも今日の会議をまとめるとそういう結論よ!!」
九日目
いつものように先に部室で二人の到着を待つ、晶と鶴。
二人きりの様子は三日目で確認済み。
今日は司と共に、昨日とは打って変わってニコニコ顔の由宇が部室へと入ってくる。
衣装が入っているであろう薄く長いボール紙を片膝をつきながら鶴に差し出す由宇。
「…届いたの?…」
「はっ。こちらでございます。その前に御御髪を王女編みさせて下さい。」
「…由宇が?…」
「はっ。その腰まで届いた綺麗な黒髪を触れるだけでも幸せでございます。」
「…司も同じ…」
「いえ。司は髪を切るのが面倒で自分で切りやすい腰の位置まで伸ばしているだけのなんちゃって、ワンレングス。黒井さんの完璧に整えられた黒髪とは全く違います。」
「東海林さん。本当なのですか?」
「まあ嘘は無いわね。こうやって髪をまとめて、『じゃき』っとハサミを入れてお終い。」
「長さが揃わないじゃあないですか?」
「そう。そこが良いのよ!昔一直線に綺麗に切ったら、後ろからこっそり付いてくるストーカーみたいなのが増えたのよね。それ以来、『じゃき』っと一発で切っているわ。丁度良い感じで髪の毛の長さがばらけるのよね。」
「…由宇の頭は?…」
「だいたい、司がバリカンで坊主だな。大分伸びてきたからそろそろ刈り時かな?」
「…バリカン…今度はわたしがやってみたい…」
「じゃあ、王女編みする代わりに頭を刈ってくれ。」
「…分かった…」
鶴は髪の毛が長いし、完全な直毛なので三つ編みにして巻くだけの簡単王女巻き。
「…三つ編みを頭に巻いただけ…」
「一刻も早く黒井さんのメイド服姿を見たいのです!」
「…なら良い…」
「では、早速お着替えを。」
「…?…」
「どうぞ。お着替えを。」
「…出て行かないの?…」
「一刻も早くみたヴぁらっぶぁー」
司のハイキックが由宇の側頭部をとらえる。
完全にスカートがめくれ中が丸見えの蹴りだがスパッツを穿いた司には羞恥心は無い。
勢い余って、くるりと一回転するくらいに由宇の側頭部を完全に蹴り抜いている。
「由宇ゲダウト。教室の自分の机にハウス。準備出来たら携帯で呼ぶから。」
「分かった。出来たらすぐ呼べよ。」
「それは約束するわ。晶くん。鍵締めてきて。」
「僕も男です!栗戸さんと一緒に出ていきますから!」
「晶くんは別に出て行かなくても良いのに。」
「…体は女…」
「体も心も男です!!行きましょう栗戸さん!!」
由宇の手を引いて部室から出ていく晶。
普段は教室の隅で極力目立たないようにしている晶。
だが、由宇が隣にいるとそれは一変する。
大きな体の由宇の隣に小さな体の晶が居ると男子制服を着ている女子生徒にしか見えない。
この事が再び、由宇二股説を再燃させるのだが、今回語られる事は無い。
現在部室に居るのは司と鶴。
鶴は現在、黒色のヴィクトリアンメイド服を着用している。
華美な装飾は一切無く機能性を重視しているのに上品さも損なわれずに仕上げられている。
白いエプロンは過剰にはならない程度のフリルが肩に付いている仕様。
メイド服と一体型では無く別に用意されていた。
ホワイトブリムと呼ばれる頭飾りも服に合わせてクラシックに室内帽である。
素晴らしく仕立てが良く化学繊維の不自然なてかてかは無い。
間違いなく昔ながらの自然素材100%の品物だろう。
ただ鶴の身長ではロングドレスの裾は地面を引き摺ってしまう。
全てがぶかぶかで鶴の体の大きさに全然合っていない。
これではせっかくのメイド服も仕事着としての役割は全く果たさないだろう。
鶴がメイド服に着替えたので司が由宇と晶を呼び戻す。
「40秒で戻ってきな!」
由宇は37秒で晶をお姫様抱っこしながら戻ってきた。
「おい。俺だ。鍵を開けろ!!もう一秒も我慢出来ん!!!」
鶴が部室の鍵を開けて、引き戸も開ける。
「…おかえりなさい。旦那様…」
どこで覚えたのか分からないが鶴が由宇に深々と頭を下げて出迎える。
「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
廊下で由宇が吠える。
完全にご近所迷惑だ。
頭を上げた鶴が晶をお姫様抱っこした由宇を確認する。
引き戸は閉まり、鍵が掛けられた。
「…おかえりください。旦那様…」
「黒井さん?」
「…おかえりください。旦那様…」
「黒井さん。少し言葉が違うように聞こえるのだが?」
「…おかえりください。旦那様…」
「ふむ。聞き間違いでは無いようだな。だがメイド服姿の黒井さんを見たいという俺の夢。そいつを止める事など出来ないと知れ!!」
廊下から「うぉぉぉぉぉ」と廊下を遠ざかる由宇の声が聞こえると、鍵と引き戸が開いた。
「…おかえりなさい。お嬢様…」
「黒井さん。僕男だよ?」
「うんうん。鶴っちは何も間違っていないわよ。」
「東海林さぁん。僕は男です!」
「…男の娘…」
どこで覚えたのか、鶴の腐っていくスピードが加速している。
「さて、由宇のとりそうな行動なんて読めるし、ちょっと暑いかも知れないけど、窓とカーテンを閉めるわよ。ガムテープで止めて覗ける隙間を無くすからね。」
「…画鋲と安全ピンが楽…」
カーテン同士を安全ピン、壁との隙間を画鋲で止める。
画鋲には「タヒね」と頭に書かれていた。
世論調査で使われた画鋲だった。
「司。窓を開けろ!俺が黒井さんのメイド服を見れないだろうが?」
カーテンの間から顔だけ出す鶴。
「…そんなに見たいの?…」
「見たいです。黒井さん!王女編みに室内帽は最高です。黒縁眼鏡がメイドのお堅さを更に上げて、もう至高であります!!」
「…由宇が敬語は変…後、今日の部活は終了したから…」
カーテンが閉まり再び中が見れなくなる。
「由宇。帰るわよ。メイド様が怒ってるから今日の部活はおしまい。」
司と晶が部室の下を歩いていた。
カーテンの向こうで鶴が着替えている気配を感じ取る由宇。
「後生だ。黒井さん!メイド服を着替えているところを俺に見せてくれ!!」
中からの返事は無かった。
扉を開け閉めした後、かちゃりと鍵が閉まる音がする。
その場で落胆する由宇。
数分後、部室の下を下校する王女編みをしたままの鶴が一言、由宇に声を掛けて行く。
「…またあした…」
十日目
メイド服が届いて二日目。
晶は危機に瀕していた。
部室に二人きりだと言うのに鶴が会話を晶にしている。
「…晶。メイド服を着る…」
「僕は着ませんよ!それは黒井さんが着るようにと栗戸さんが用意したものです。」
「…晶。メイド服を着る。着ないと大変な事になる…」
「メイド服を着た方が大変な事になりますよ!」
「…そう。仕方ない。先日のセーラー服姿を学校裏サイトにアップする…」
「本当に大変な事になりますね!!着ますからアップしないで下さいね!!」
「…晶が最初から着れば面倒が無かった…」
晶が、部屋の隅でメイド服に着替える。
服の大きさも、ロングスカートの丈もぴったりだ。
「黒井さん。着ました。」
「…エプロンとホワイトブリムがまだ…」
「分かりました。付けます!」
サイズも完璧なメイド様が出来上がった。
白のハイソックスも清楚で良い。
唯一残念なのは学校指定の上履きだ。
だが先日の鶴が着た時と違い、仕事着としての機能も十分果たせそうだ。
「…やはり、晶にぴったりだった…」
「もう良いですか?二人が部室に来る前に着替えたいです!!」
晶が叫んだところで、引き戸が思いっきり開かれる。
司と由宇の登場だ。
「二人とも、待った!!部活を始めるわよ!?」
「おおおおおおおおっ!晶、メイド服似合うじゃないか!!これはこれでありだな!!!」
「…やはり晶に用意したメイド服だった…もうわたしは着ない…」
「違うんだ!聞いてくれ黒井さん。俺は一番小さいサイズを頼んだんだ。」
「つまり、鶴っちには一番小さいサイズでもぶかぶかだったって訳?」
「そうなんだ。それが……それが……一番小さいサイズだったんだ!」
「…晶の為に買ったのじゃないの?…」
「探したんだ。ネットの海を深く深く潜って探してもそれよりも良い物が無かった……」
「栗戸さん!最後まで、希望を捨ててはいけません!!」
「…由宇はあきらめた…」
「鶴っちにメイド服を着せるのは終了ね。」
「黒井さん……!!メイド服姿が見たいです……」
鶴へと土下座をして頼み込む由宇。
「…晶よりも?…」
「はい!」
「…司よりも?…」
「聞くまでもなく!!」
「…そう…なら考えても………」
「晶は晶で超似合っているけど!流石俺の理想のショートボブ!!」
鶴が上履きを脱ぐと、土下座する由宇の手の甲を踏む。
だが鶴の体重で重心は後ろ脚。
由宇にとっては黒タイツで踏まれるだけのご褒美にしかなっていない。
「黒井さん。ありがとうございます。ありがとうございます。そのまま頭を踏んで頂けたら、更に俺の幸せ度数がスカウターを破壊する勢いで上昇します!」
「…由宇は変態…」
「栗戸さん、ひどいです!」
「何度も言っているだろう?そこは是非『由宇先輩、ひどいです!』でお願いする。」
由宇が鶴へと土下座して以降、司が黙々と鶴が脱いだ上履きの加工をしている。
晶はまだまだ危機に瀕していた。
メイド服を脱がせてもらえない。
由宇が土下座中の手を鶴に黒タイツで踏み踏みされるご褒美をいただいている。
そして司が鶴の上履きの工作を完了させた。
「出来たわ。これなら鶴っちでも由宇にお仕置きが出来るわね。」
「ちょっと待て!なんだ、その靴底に画鋲を並べた上履きは?」
「ちょっと布ガムテープに画鋲を刺して靴底に張っただけの簡単な工作よ。」
「いや、作り方を聞いているのではなくてだな。何に使う気だ?」
「鶴っちが由宇をお仕置きするにはこのくらいの道具が必要かなって。」
「いや、もう、踏むのも全然本気で体重掛けてこないし、黒タイツですよ!ご褒美ですよ?」
「…釈然としない…けど…この上履きで人を踏む事は出来ない…」
「うんうん。鶴っちは優しいね。」
「普通は出来ないからな!」
三人がお仕置きの問答をしている中、晶はメイド服を持て余していた。
「僕はもうメイド服を脱ぎますからね!?」
「待て晶!せっかく着たのだ。せめて写真を撮らせてくれ。絶対他人には見せないから!」
「信用できません!」
「本当に大丈夫だ。前回の司の一件で懲りている……」
「…珍しい…由宇の言葉に重みがある…」
三人でメイド服を着た晶の写真を撮りまくる。
鶴が一番写真を撮っているのが意外だ。
晶にポーズを指定しながら三人が満足するまで撮影会は続いた。
「…この服可愛い…わたしも着たいのに…」
「それじゃあ、僕は脱ぎますからね。」
メイド服を脱ぎ始める晶の写真を更に撮ろうとする由宇。
鶴が司の工作した画鋲が靴底に並べてある上履きを履いて由宇の尻を蹴った。
「ぎゃぁぁぁぁっ!!」
「…由宇…ゲダウト…」
「黒井さん。それで人は蹴らないのじゃなかったのですか?」
「…人は蹴らない…変態は蹴る…ゆえに由宇は蹴る…三段論法…」
「黒井さん。それ三段論法になって無いからな!?」
「…知ってる…やっぱ由宇は頭良い?…」
「由宇の頭が悪いか悪すぎるか空っぽかは置いておいてもゲダウト!」
司に廊下に蹴りだされる由宇。
きっちり鍵を掛ける。
外からは「着替えシーンを撮らせてくれ!」と由宇の懇願が聞こえるが無視である。
しばらくして晶の着替えが終わり部室の扉が開いた。
落胆した由宇が部室へと戻ってくる。
「…由宇…メイド服持って帰っても良い?…」
「それは良いけど。何するんだ?」
「…わたしが着ても綺麗になるように少しだけ改良してくる…」
「黒井さんの為に買ったものです。それは是非お願いします!!」
「…ん…」
「うんうん。これで一件落着ね。」
「もうメイド服も着ませんからね!」
「晶。安心しろ。来て欲しい服はまだいくらでもあるからな?」
三人揃ってサムズアップ。
「今日の部活は終わり。みんな、帰るわよ。」
鶴がどんどん司と由宇の二人に染まってきている。
ついに部活唯一の良心となった晶に明日はあるのか?
明日は鶴のメイド服姿(完全体)は見る事が出来るのか?
最終日
今日は深刻な顔をした三人が会議室の机へと座っていた。
由宇だけは口に腕に足にガムテープで固定されて床に転がされている。
「今日は残念なお知らせがあるわ。」
「…何?…」
「あたし達の部活が終わるの。」
「そんな!まだ四月も終わっていないのですよ?」
「だからよ!!」
「…部活動の仮入部期間が終わる…」
「そうなの。あたしには生徒会を説得できなかったわ。もう無理なの……」
司が、がくりと肩を落とす。
「…わずか2週間でも楽しく部活出来た事に感謝すべき…」
「一度も顔を出さなかったけど顧問になってくれた先生には感謝しかないわ。」
「そうですよ。2週間だけでも楽しく過ごせた事に感謝すべきです。」
「…これからどうするの?…」
「仮入部期間が終わって、あたし達が他の部活にあまりにも馴染めなければ、この部活が復活する可能性もわずかにあるわ。」
「その時に部室がもらえるかは疑問ですね。」
「…まず有り得ない…2週間で問題しか起こさなかった部活…」
「むしろ問題を起こすから、あたし達が他の部活から弾かれてこの部活が復活するかも。」
「他の部活で問題を起こすのは真面目に部活をしている人達に失礼です!」
「…それは本当に失礼…」
「そうね。言い過ぎかも知れないけど他の部活では、あたし達が問題を起こすのも事実よ。だから生徒会も一度は部活を立ち上げる決意したの。」
「仮入部では無くて仮創部だった訳ですね?」
「…少し納得…」
「とにかく今日が部室を使える最終日になるわ。けどね。一つだけ良い事があるの。今日だけは何をしてもお咎めなしよ!この部活が始まって以来、初めての事よ!」
「…最終日…」
「初日から今日まで好き放題していましたよね?」
「一般生徒は生徒会長には勝てない良い教訓を得たわ。今回は負けたけど次回は勝つ!」
「…その時はわたしも協力する…ぐうの音も出させない…」
「分かってるね。鶴っち!!」
鶴が部室でメイド服に着替えている。
司がそれを手伝い、由宇と晶は部室の外で待機をしている。
「今日でこの部活も終わりか……」
「ええ。残念ですね。僕は女装しかしませんでしたが……」
「晶にもっと色々着せたかった。俺好みのポニーテールもツインテールもサイドテールもベリーショートもセミロングもハーフアップもカーリーヘアもその他もろもろ出てない……」
「…えっえっと…残念ですね……」
「晶はやり残した事は無いのか?」
「突然でしたから。もっとみんなと遊びたかったですね。」
「そうだよな。」
「鶴っちの準備が出来たわよ。二人共くだらない事言ってないで入って来なさい。」
「くだらない事は無いだろ!」
「凄く残念だけど、この決定が覆る事は無いの。由宇が生徒会長を説得してくれるの?」
由宇の脳裏に、セミロングにインテリ眼鏡を掛けた泣き黒子がチャーミングポイントの全く融通が利かない生徒会長が浮かぶ。
外見だけは、なかなか由宇の理想を備えていた。
だが司と同じで我が道を突き進むタイプだ。
由宇は自分で説得出来る想像が全く出来ない。
「確かにこれ以上悔やんでも仕方ないよな。メイド服が俺を呼んでいるし、行くか晶。」
「はい!」
「いざ行かん!理想のメイドが待つ俺のラストパラダイスへ!!」
「…おかえりなさい。旦那様…」
頭を深々と下げて二人を出迎える鶴。
部室の奥へと移動した司も何故かドヤ顔だ。
頭を上げた鶴に由宇が吠える。
「おおおおおおおお!!完璧だ。完璧だよ黒井さん。嫌、敢えて『鶴』と呼ばせてもらう!」
髪型はシニヨンだろう。
シニヨンと言う髪型は長い髪を一つに纏めてねじって後頭部で留めて固定した髪型だ。
前髪は眉毛の上でぱっつんだが、長い部分は完璧に纏め上げられている。
シニヨンと呼ぶには少し纏め上げた髪が高い位置にある。
お団子と呼ばれる位置としては低い位置にあるので、あえて由宇はシニヨンと呼ぶ。
生え際が綺麗に後れ毛まで処理してあるのだ。
そのうえで纏め上げた髪を室内帽できっちり隠してあると由宇は踏んだ。
あの司のドヤ顔は後れ毛の処理に一役噛んでいると見た。
実際に由宇の読み通りだった。
鶴にはぶかぶだだったメイド服もオーダーメイドで作られたように彼女の体に合わせて綺麗なラインを描いている。
だからこそ、肩にしかフリルが付いていないエプロン姿が素晴らしく美しい。
黒のメイド服に対してエプロンは白では無く、白銀に見えるほど美しく輝いて見える。
袖口の長さも、ロングスカートの丈もぴったりだ。
そして自分で用意したのだろう。
わずかに覗く足元はこげ茶色の革製編み上げブーツ(ヒールの高さ約5センチ)。
ヒールがある靴を履くのが初めての鶴は少しだけ不安定でそれが尚更魅力的だ。
真面目なのにドジっ娘眼鏡メイドの匂いを自然と醸し出す。
「鶴。どうやって、このような完璧なメイド服を?」
「…胴体部分はエプロンの下に余った分を折って仮縫いして止めてある…袖は肩のふわふわを一つ増やした…スカート丈はエプロンの腰紐が来る場所で折って仮縫いしたの…」
「エプロンを取ると少し残念になるのよね。けど上手に隠したわ。すっっごく素敵よ!!」
「…頑張った…」
「鶴。写真撮らせてくれ!」
「…どんどん撮って…これからも鶴って呼んで…」
「任せろ鶴!今日この日の為に一眼レフを用意した!」
「…ん…」
由宇と鶴がサムズアップをすると各々のカメラで撮影会が始まった。
由宇が鶴を撮るのに夢中になっている間に、晶は司にセーラー服を着せられている。
最初から晶にセーラー服を着させる気だったのだろう。
司はワンピース型の競泳水着だ。
ポニーテイルにした髪型も良く似合っている。
胸の無さも目立つがハイレグが司の美しい脚のラインを引き立てる。
由宇も短パン一丁となり、自慢の筋肉を披露する。
狂乱の撮影会は混沌の中、規律も秩序も無く行われた。
4人だけの秘密の写真がメモリー一杯になるまで撮ったところで撮影会が終わる。
「…掃除する…」
「せっかくの美しいメイド服が汚れるじゃないか!?」
「…これは家事をする為の服…」
「そうね。最後だし掃除しましょうか?」
「良いですね。賛成です。」
由宇が裏も表も綺麗に窓を拭き、晶がホワイトボードや机を綺麗にする。
床を鶴が掃き、司が雑巾をかける。
掃除の終わった部室が夕日で赤く染まっている。
由宇が「綺麗だな」と言おうとした時、司に制服を廊下に放り投げられ、蹴り出された。
「ほら。あたし達着替えるから、あんたは外で着替えなさい!」
「おい!もう少し最後の余韻があっても良いんじゃないか?」
「僕も男です!外で着替えますから!」
「晶くんは良いの。あなたがセーラー服を脱いでいるシーンを由宇に見せたら、今度は由宇の鼻血で汚れた廊下を綺麗にしないといけなくなるでしょう?」
「セーラー服だけ脱いで行きますから!あとは僕も外で着替えます!!」
「司。ナイス判断だ。体操服姿でも晶の姿は俺好み過ぎる……本当に鼻血出そう……」
「…由宇は最後まで変態…」
「栗戸さんも!僕は男ですからね!!」
着替えが終わると、司は全員を部室の扉の前に整列させた。
部屋の中をぐるりともう一度見回す。
ホワイトボードと会議用の長机、そしてパイプ椅子が4つ。
それだけしかない部室だが司の両眼には涙が溜まってきた。
涙が落ちる前に最後の挨拶を部室へと行う。
「短い間でしたけど、ありがとうございました。」
「「ありがとうございました。」」
「…ありがと…」
こうして「主に会話で成り立つ世界」は終わりを迎えた。
「いつか必ず戻って来るんだからね!!」
司が生徒会室がある方向へ向かって最後に吠えていた。
最後まで私の妄想を読んでいただいた事に感謝しております。
「主に会話で成り立つ世界(全20話)」は私が想像していたよりも多くの方に読んでもらう事が出来た幸せな作品でした。
2話以降は読者減少もほとんど無く最後まで読んでもらえたのが嬉しかったです。
私の個人的な事情により中断せざる得なかった事には謝罪の気持ちしかありません。
連載中止の発表をしてからのアクセス数の増加には偶然かも知れませんが驚きました。
最終日は普段の10倍を越えるアクセス数に感謝の気持ちしかありません。
応募版を作るにあたり、アクセス数を確認した所、完結後も現在まで一日も『アクセス0』が無いという奇跡が起きていました。
こればかりは望外の喜びでした。
いつかは読者様にお礼の挨拶をしたいと思っていましたが、どこでお礼をしたら良いかも分からずに、このような所でする事をお許しください。
この妄想に最後まで付き合っていただきありがとうございました。
2018/10/27 何遊亭万年