第九話、フェイバリットソングの機会は、まだこれから
コンコン。
と。そんな事を考えていた矢先の控えめなノック。
「せぇちゃん。……夕御飯できたよ」
「はっ、はい。今行くよ」
戸惑いを隠せない呼び方に、びくっとなっておかしな返事をしてしまう始末。
『彼女』と同じ呼び方をする、『彼女』ではない人。
元々親しかったのかもしれないけど、今のオレにとってみればほぼ初対面に近い人。
距離感が分からなくてムズムズする。
それは、彼女も同じだったのかもしれない。
何だか申し訳なさうな、遠慮がちな笑い声が聞こえてくる。
青春はきっとすぐそこにあって。
だけど目の前の扉のように今は隔たりがある。
オレは、よしと一つ息をついて。
その隔たりを退けるように、扉を開け放ったのだった……。
―――信更安庭学園、入学式……あるいは始業式。
沢田家から学園まで、晶、玲姉妹を送迎、護衛する事。
それが、オレに与えられた第一の任務だった。
その際、クライアント……姉妹の両親に頼まれたのは。
守っていると言う事を二人に悟らせない、と言うものだった。
いらぬ不安を掻き立てないように。
そんな言い分も分からなくもないが、特に玲ちゃんは学年も違うし、同級生の友達と仲良くなったりすれば、別々に帰りたい時だってあるだろう。
護衛のごの字も知らない、役に立つのかどうかも分からないオレだから、もう一人増やしてほしいなと思う今日この頃である。
もっとも、学園の中はセキュリティがしっかりしているそうなので、四六時中ひっついていなければならない、なんて事にならなかっただけまだマシだろう。
部屋が分かれているとは言え、ただでさえ一緒に暮らしてるのに、常にうろちょろしてたらウザがられる……ような態度を取るような娘たちじゃないだろうけど、印象が悪くなって気まずくなるのは確かだろう。
『青空の家』にはもう戻れないし、沢田家はもう既にオレ自身の家といっても過言ではない。
記憶に懐かしい祖母の家とほぼ同じなので、余計にそう思えて。
追加人員の要望、ほんとにしなくちゃな、なんて思いつつオレは車のキーを回す。
見覚えのあるワゴンは、かつての世界で親父が使っていたものと同じものだった。
何が怖いって、オレ達がせっせと入れ込んで溜め込んでいた曲達が、しっかり入っている事である。
その割にこの世界では、一五歳で免許が取れるらしく、自分の荷物の中に免許証が入っていたりするから訳が分からなくなってくる。
そんな事をつらつら考えつつも、護衛兼アッシー(絶滅語)のオレは。
マンション備え付けの車庫から、もうすっかりマイカーのノリで銀色ワゴンをマンション入口へと横付けする。
文字通り、ドアトゥードアで自動に開いたドアからお嬢様二人が乗り込んでくる。
「お兄ちゃん、今日からよろしく~」
「よろしく。……ごめんね、せぇちゃん。運転までしてもらっちゃって」
「いえいえ。満員電車に揺れるくらいなら、こっちの方が楽だしね」
死因が車での事故なので安心して任せておきなさいとは言いにくいが。
一度の失敗が大きな楔を打っている今なら、細心の注意も払えそうだし。
……なんて一人ごちつつ、気分はお金持ちの運転手気分で、我が家を出発する。
普段なら、ドライブしながら音楽聞くのが大好きなオレは、当然好きな曲をかけながら運転するのだが。
まだ気のおけない間柄と言うには手探り状態の沢田姉妹がいる事を考えると、おいそれと手前の好み満載の曲をかけるわけにはいかなかった。
まぁ、この世界の音楽が、かつてのものと同じだったりそうでないものもあったりして、オレ自身がまだ手探り状態だから、というのもあるだろう。
それに、この世界の音楽はどちらかというと前の世界の宗教に近いようなのだ。
分かり合えない所なんか、まさにそう。
何やらよく分からないが、親父のノートによると、ジャンルによって派閥が出来始めているらしい。
そのうちの『喜望』と呼ばれるジャンルの派閥の偉い人が喜美照さんで、姉妹の護衛とはつまり、他の派閥がちょっかいをかけてくる、その可能性を見越しての事らしい。
それを考えると、随分本格的な要人警護になりそうな気配である。
本来なら、ど素人なオレはもっと焦って不安になる状況であるのに、何故だか緊張はあってもそれほど不安にはならなかった。
オレの持つ夢に見た超常の力が思っていた以上なのもそうだが。
親父がオレの好みに合わせてくれただけあって日々が楽しくて仕方がないからかもしれない。
まぁ、実際は、学園についてしまえば専門の警護の人がいるから、とか。
『曲法』の能力は、『異世』なんて言う隔離された異空間に入り込まなければ使えない、なんて理由もあるわけだが。
「そう言えば帰りはどうするんだ? 今日は入学式と始業式だけなんだろ?」
クラスや学年が違ったりで時間がズレる事もあるだろう。
もしかしたら、親睦会みたいな催し物を行うクラスもあるかもしれない。
……こう言う時間の決まり事と言うか、事前の連絡にうるさくなってしまったのは間違いなく『彼女』のおかげだ。
けっして悪い事ではないのだが、自分で自分の事を面倒くさいやつ、だなんて思う原因の一つでもある。
だったらここにいる晶さんはどうなのだろう?
顔を前に向けたまま返事を待っていると、それに答えたのは晶さんではなく、玲ちゃんだった。
「帰りの会が終わったら……ええと、多目的室? に集まろうよ。それから途中、どこかでお昼食べてけばいいんじゃない?」
「直帰でいいの? 友達とかと約束したりは?」
「初日だしねぇ。歓迎会とかやるにしてももう少し経ってからでしょ~」
言われてみれば確かにその通りだろう。
オレは頷き、それでも何か用が入ったら連絡してもらう事にして、今の今まで会話に加わっていなかった晶さんの事をミラー越しにそっと伺う。
するとすぐに目があって。
少しばかり恥ずかしそうに、でもどうしたの? と言った風に首を傾げ笑みを浮かべている。
どうやら玲ちゃんとのやり取りを聞いてなかったわけじゃなさそうだ。
その割に、晶さんはどうするの? なんて安易には聞いてならない雰囲気が漂っている。
それは、『彼女』に怒られる予感。
長年の経験で染み付いたものとよく似たもので。
結局何も言えず、誤魔化し笑いを浮かべて頷くのみ。
そんなオレ達のやり取りを、生ぬるい視線でニヤニヤと見つめている玲ちゃん。
そんな状況に背中が痒いというか、もどかしい思いをしていたけど。
それを解消する答えは、比較的すぐに出た。
考えてみれば、すぐに分かる事だったが。
晶さんとは同じクラスであり、基本常に一緒に行動する事が多かったからだ。
……聞かなくてよかったと胸を撫で下ろす。
もし、こんな事を口にすれば、オレ自身が離れたがっていると主張しているようなものだし。
基本、空気の読めないKY線持ちのオレだが、危機管理的な意味では結構気づくことができたりするのだ。
これも日々の賜物と言うか。
おかげさまですありがとうとコンプレックス持ちらしいセリフを内心口にしていて……。
(第10話につづく)