第八十七話、コンプレックスの秘めたる力こそとんでもなく度し難い
期せずして、もう一つどころか複数の物語を背負うことになってしまったオレだけれど。
きっと、与えられし能力はそのためにあったのだという納得と。
こうして一度死んで異世界転移してきた時点で予感めいたものがあったことと。
それでも帰ることができるかもしれないといった希望のようなものがあって。
みゆちゃんに案内されて新たな世界へ向かう冒険の日まで、自分でも驚くくらい穏やかな日々を過ごすことができた。
それぞれの物語……使命にならって『ドッペル・ヒィロ』により分身したオレたちは。
いくつもオレの中で内包し続け救っていたコンプレックスを分け合うようにして存在していた。
ひとつあるだけでも度し難いのにそれらこそが、きっと分けられても有り余る力が衰えない理由であろうと、オレの中で納得させていて……。
異世界の超常なちからを持つ子たちとの、見るもの全て物珍しく新鮮で、前世界ではとんと経験できなかった青春を十二分に堪能できた文化祭。
今日は、その最終日である。
みゆちゃんが気をつかってくれたようで。
本日の後夜祭が終われば、生まれた頃から救っている一番大きくてしぶとくて消えそうもないコンプレックスを秘めたオレは、この世界から旅立つこととなるわけだが。
いくつかのコンプレックスが欠けてしまって、空虚感というか、自己愛甚だしい寂しさのようなものがあったのは確かで。
視点を分割することで、分たれたオレの様子を伺うことができるのだから。
そんな肝心なオレは新たなどこかもわからない世界への冒険の準備でもとは思ったのだけど。
未練のようなものがあったようで。
数あるコンプレックスの中でも最も手ごわくて問題あるオレは。
新たに生み出した……影となり縁の下の力持ちとなり、物語をめでたしめでたしに導こうと暗躍する使命を持ったオレにとりついている状況であった。
どうやら『ドッペル・ヒィロ』という能力は、いろいろ融通がきくらしく。
一度分身したオレをグループわけして融合できたりすることがわかったので、その辺を試しておきたかったという理由もあったのだけど。
影の支配者的キャラになりたいオレは、今現在玲ちゃんと行動を共にしている。
表には出られない日陰者な出不精なオレを気遣って。
『お祭りのお面でもかぶっていれば後夜祭の参加くらいはできるでしょ、だから付き合ってよ』、などと涙ちょちょぎれるくらい嬉しいお言葉をもらったので、こうして甘酸っぱい青春を堪能している次第である。
「みっちゃん! お姉ちゃんが伝説の樹の方へ向かったって情報を入手したよ、さぁさぁ、レッツ出歯亀っ!」
「個人的には自分の恥ずかしい場面を傍目から見ることになるのか。……なんとも複雑だけど、従いますよお姫様」
『みっちゃん』とは、妹愛甚だしいコンプレックスを持つオレに与えられし名である。
未来の物語には存在していなかったが、前世界では確かに存在していた玲ちゃんの『つれあい』の名前で。
その道行きはどうなるか分からないけれど、前世界と同じように幸せな未来が訪れるようにとつけられた名でもあった。
うきうきな様子で実に自然な流れで二の腕を取って引っ張ってくれるのを見るに、これからきっと、うまくいきそうかなぁ、なんて気もしていたけれど。
いくつかの出店や、教室に誂えてある出し物、体育館などで行われていたイベント。
十分に堪能して、気が付けばもうすぐ後夜祭の時間帯。
一体どこからそんな情報を入手したのか、ノリノリな玲ちゃんに引っ張られてやってきたのは。
つくりものの学園にありがちな、樹齢うん百年は経っていそうな大木が座す中庭めいた場所であった。
「ほら、みっちゃんはただでさえ目立つんだから、あの茂みあたりに待機するよっ」
「……了解」
実際のところ、これからデバガメする先にもオレがいるからして何処に潜んでもバレバレではあるのだが。
こういうのはノリが大事であると、玲ちゃんと共に行動するようになって学んだ次第で。
どこぞの夜を駆ける怪人のごとき極彩色のフェイスマスクは確かに目立ってしょうがなく。
全然潜んでないなとひとりごちつつ、玲ちゃんと一緒になってドウダンツツジの茂みへとしゃがみ込む。
そんな二人の視線の先には。
実の所複数のコンプレックスを持つ強者……この世界のオヤジとして表舞台に立つオレと、晶さんの姿がある。
どうやら、テンプレめいた告白をする直前のようで。
間に合ったのはいいやら悪いやらだけれど。
そう言えばなんの告白をするんだっけかと。
今更過ぎる事実に気づかされるオレがそこにいて……。
(第88話につづく)
次回は、11月3日更新予定です。




