第八十一話、帰りたいけれど、帰れる先があるのか、本当は分かっていて
―――それから。
不意に零れた涙を誤魔化す暇もあらばこそ。
まるで図ったかのように、観覧車は一周を終えて、降車場についた時には。
目論見通り、三輪ランドの正真正銘の外、最初に集まっていた場所へと戻ることができた。
初めにそのアーチのある所に集まっていた時には、確かに降車場らしきものはなかったはずなのに。
そこはさすが、時間の流れすら違う異世とその外界、一度足を踏み入れたもの以外には見えないというご都合主義仕様になっているようで。
中へ入っていく順番があったとはいえ、そんなオレ達は上位から数えた方が早い位置で脱出できたらしい。
アンタッチャブルな晶さんの、運営さんからしても想定外過ぎる暴れっぷりがどういった評価になるのかは難しいところだろうが、とりあえずは脱落者もいなかったし、前回の試練試験の汚名返上はできたと言ってもいいだろう。
ここで過去にあった物語でも、ランド内の異世から脱出することによって失われた仲間などが戻ってくるなんてオチがあるけど、途中リタイアになった人たちは、このスタート地点で待たされる羽目になるらしい。
先にも述べた通り時間の流れが違うから、運良くそんな仲間はずれが出なかっただけ、試験試練の成績としたら優秀だったと言えよう。
そんな感じで満足のいく結果を引っさげて。
いくつもの思い出を胸に、春の実地体験学習も無事に終了して。
オレたちは、また来たいねぇと後ろ髪引かれつつ、学園へと帰ることと相成った。
その際、晶さんには後で、夏前の文化祭の時にでも話したいことがある、だなんてうっかり口にしたことをしっかりきっかり覚えていたらしく、期待に満ち満ちた視線がすごく痛かったわけだけど。
そこに来て気付かされる、そんな事は絶対口にはできないけれど、話したいことってなんだっけってな感じのどうしようもない疑問。
学園の一番大きな樹の下で愛の告白でもするつもり……だったわけじゃあるまいにと首をひねりひねり考えて。
思い出したのは、そう言えばあの冗談みたいなオレ自身の真実と言うか、正体を隠したままだったのがいい加減いやになって、すべてを洗いざらい話してしまいたかった、ということだった。
オレはこの世界のセイトとは違う。
異世界からやってきた、あなたの子供です。
ついでに、神様にも等しいオヤジさまによるお力で連れてこられてきました。
それは。
よくよく考えてみると、観覧車の中で冗談交じりに曖昧ながらもぶっちゃけたものに等しくて。
それ故に今更口にしようとは思えなかった。
そんな告白が恥ずかしいというか、晶さん自身そんな事言われたってどうしようもないといった理由もあったけれど。
オレに与えられし超常な能力により、余計なことを語らなくても済む方法を見出したからだ。
オレの能力、【博中夢幻】のもはやお馴染みの三番目、『ドッペル・ヒィロ』。
自身とほぼ似通った分身を創り出すことのできるその力は、オレ自身の魂的なものや意志を分割することにより、なんとはなしに本来の自分の力も分けたぶんだけ減っていくものだと思っていたのだが、どうやら違うらしい。
オヤジがこの世界に来るにあたって、そのための身体を用意してあるなどと嘯いていたのも、オレ能力の真実、その一面だったんだろう。
この、生まれいでた分身一人一人は、こことも故郷とも違う世界線の『オレ』なのだ。
つまるところ、このままこの世界のセイトとして晶さんとともに未来へ向かうオレと。
故郷へ帰るためにどうにかして世界を渡り、冒険に向かうオレは別物であるからして。
晶さんが期待している告白は、この世界に残るオレに任せておけば全てが無問題なわけで。
この世界のオレ、あるいは過去のオヤジとしては、本当はまだ晶さんに出会うのは先だったはずだけど。
もう賽は投げられ、出会ってしまった。
元々あった筋書きは壊され消されて。
どうなるかは分からない、だけどより良い未来が待っていることだろう。
それを知ることができるのは、この世界に残るオレだけの特権で。
たぶんきっと、スマートでイケてるオレは、晶さんの期待に応えて一世一代の告白をかましてくれるはずで。
そんな人生最大のハイライトを共有できないのはひどく残念だけれど。
いい加減コンプレックスが疼き、ホームシックにかかってしまった『オレ』は。
三輪のおじいさんの助言を受けて、早速帰るための術を求めて、学園で繰り広げられる物語、世界を管理する者に会いに行くことを決意したわけだけど。
ひとつだけ問題というか、不安なのは。
なんだかんだ言って、一度死んでいるオレが、その死んだはずの世界に戻り帰れるのか。
オヤジにお伺いをたてようと思ったのに、その術すら分からない、ということで……。
(第82話につづく)
次回は、10月16日更新予定です。




