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第六十二話、口を開けたままにせず、しっかり目を見て話すようにと言われたのに




オレたち二人のどうしようもない睨み合いの中。

そんなヘタレなオレたちの視線を遮るように割って入ってきたのは、やはり晶さんであった。


すっと近づいてきたかと思ったら、わたしを見なさい、とばかりに二人のオレの服の裾を掴んで見上げてくる。



「うん。そもそも前提がおかしいんだよ。どっちかが偽物で、もう一方が本物だなんてどうして言える? 二人とも偽物かもしれないじゃないか」

「おぉ、言い得て妙だな。最初から本物なんていなかった。実に深い」



それに対しオレたち二人は、晶さんの上目遣いに色々な意味で耐えられなくて。

多少なりともテンパって、らしいしゃちほこばったセリフを口にする。


何だか自分でもどっちがどっちだが曖昧になっていく感覚がそこにはあって。

問いかけにもなっていない、ひねくれたものだったけれど。




「本物のせぇちゃんはこっち。偽物は、とりあえず燃やす?」

 


二人のセリフが、はたして参考になったのだろうか。

ほんの少しも迷うことなく、晶さんはオレじゃないもうひとりの自分に向かって、炎ほとばしり、今にも無慈悲な暴虐が吐き出されそうな勢いのドラムスティックを突きつけた。


唐突に物騒というか、まさに『彼女』の無慈悲で止められぬ怒りを感じ取り震え上がるオレがそこにいたわけだけど。


 


「くっ、くかかっ。ヨクゾ、ミヤブッタァァ!!」


その、どうにも回避しようのない怒りと相対することとなったもうひとりのオレの方が、よりひとたまりもなかったらしい。


つい最近どこかで聞いたばかりの気もしなくもないセリフを口にしたかと思うと。

その身体から一瞬にしていくつかの色が落ち、赤色一色の粘土細工な人形になって。

同じように赤く変わり果てた、響さんと愛敬さんの偽物を引き連れ、脱兎のごとく駆け出し逃げ出していってしまう。


その、あまりにも潔い退却っぷりに、ここでの結果がどうあろうともこの退却はあらかじめ決まっていたことだったのかな、なんて思っていると。




「あきちゃん、すとーっぷ! そんなすんごいの、ここで使ったらみんな失格あつかいでここからはじき出されちゃうよう!」

「……分かってる。わたし、一回した失敗は、もうしない」



小動物……テンジクネズミの姿をとっていたのならば、全身の毛を余すことなく、しっぽをぴんと立てていただろう響さんが、身体を張って抱きつく勢いで晶さんを止めにかかる。


対する晶さんは、大げさだなぁ、冗談だったのに、とでも言わんばかりに。

あっさり炎つきのドラムスティックを、だいぶ慣れた様子で霧散させてみせて。

 


「これが噂の煉獄スティックか。生きた心地がしなかったぜ」

「まぁ、うん。色々な意味で助かった、かな?」

「……」


言葉通りに冷や汗を拭っているユーキに、さすがに笑みを僅かばかり曇らせて、疲れた様子を見せる理くん。

そして、そんな理くんを並々ならぬ決意をもって、見つめていた愛敬さんが印象的だったけれど。



「もうすっかり能力のコントロールはばっちりみたいだね」

「うん、まぁ」

「正直今の威嚇、威圧、ハッタリはすごく有用だと思うよ。戦わずして敵を追い払えたし」

「……うん」



それより何より気になったのは。

オレ自身ですら信じられなかったのに、どうして晶さんが迷わなかったのか、ということだった。



「ええと、こんなこと言うのもアレだけどさ。よくオレが本物だって分かったね」

 

故に、当たり障りのないというか未だテンパったままなのが丸分かりな会話のやりとりの後、思い切ってそんなことを聞いてみたわけだけど。



「いっしょに住むようになってから、せぇちゃんはわたしの目を見てくれないし」

「っ、そ、それはっ」


何だか凄く、聞かなきゃよかったって。

そんな後悔に襲われるも時既に遅しで。


『彼女』を直視したくないっていう気恥ずかしさと。

かつて自分で自慢していただけのことはある、オレのストライクゾーンど真ん中を通過する好みのタイプな晶さんを、そう言う経験が皆無というか、避けて生きてきたからしてまともに見ることすらできない自分をどう説明したらいいのか、迷ってしまって言葉が出てこなかったから。 



「さっきのにせものさんは、わたしに対してすごく好意的な視線を向けてきたから、何か違うって思ったの」

 

そう言い残し、オレから離れるように先へ……目的地である、誰だったか偽物がフリーフォールと呼んだ、物見やぐらのごとき方へと駆け出していってしまう晶さんに。


オレは何も言うことができなかった。



見ているようでちゃんと晶さんのこと見ていなかったからこそ。

晶さんがそんなにもオレのことを見てくれていたのだと、気付けなかったのだろうか。



つまるところ、偽物が『そう』であるのならば。

本物かどうかも分からないオレは『そう』ではないと、晶さんは言いたいのだろう。


 

好意の反対は無関心、なんかじゃない。

病的なまでの好意があったからこその、相反する苦手意識。

恐らくは、その辺りのことまで、晶さんにはしっかりお見通しだったのかもしれなくて……。



     (第63話につづく)








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