第四十二話、ひとのものは死んでもとらないよ、本当だよ
「万年さんっ、いま翼がっ、だいじょぶですかっ!?」
「つばさ?」
「……ひびき、無事?」
そんなオレにどこか勘違いしたのか。
泣きそうな勢いで駆け寄ってくる慧さんに、やっぱりそれが見えなかったのか、首を傾げている玲ちゃん。
晶さんは、オレの腕の中でぐったりしているテンジクネズミさんが気になるようだったけど。
「無問題だよ、慧さん。それより我屋さんを看てやって欲しい」
もふもふ動いているし、翼はオレが受け取ったから大丈夫だとは思うが。
その辺りは詳しいだろう慧さんに、そっと我屋さんを手渡す。
「……響っ!!」
そこに、今にも死にそうな(ちょっと初めて見たかもしんない涙目だった)雄輝がやってくる。
「すまん政智。いつもはこんな事なかったのに、変身したと思ったらいきなり暴れだしたんだ。俺には何が何やら」
ふむ。剛司には見えていたから状況によっては雄輝にも黒い翼が見えるんじゃないかと思っていたが、あてが外れたらしい。
取り込まれて焦っていたというより、取り込まれたことにより暴走したことが雄輝の心を痛めたようだ。
やっぱり、護衛につくようになって、雄輝のとってみれば彼女がそれだけ大事な存在になっているという事なのだろう。
「……響先輩はだいじょぶですね。自分の意識外で激しく動いたから疲れて気を失ってるだけみたいです。あ、でも一応回復しますね」
『は』の部分を強調し、後できっぱり説明してもらいますからねと、あつぼったく見つめてくる慧さん。
説明もなにも見たまま以上のことはないんだけどな。
新しい情報と言えば、ラスボス? が女の子でオレが嬉しいって事くらいしかないってのに。
「……あ、ひびき起きた」
そんな事を考えている間に、慧さんの能力の一部らしい天使っぽい癒しの光と、晶さんのなでなでが功を奏したのか。
黒の中にワインレッドのような赤みを忍ばせたぱっちりお目目が開くのがわかる。
「……ちゅっ?」
「響、よかった。心配かけやがって。何が起こったかと思ったぞ」
「……っ、ち゛ゅぅっ!」
「はわわっ」
そこに、安堵のため息をついて、慧さんから手渡すように我屋さんの小動物な体が雄輝に渡ろうとしたその瞬間だった。
ぼふんと、結構大きな音と煙が立って、慧さんがらしい悲鳴を上げる。
どうやら人型に戻ったことでさすがに重さに耐えられなかったらしい。
どうしてこのタイミングで戻ったのか。
能力切れかな、なんて思っていると。
思ったより元気そうに、我屋さんがすっくと立ち上がる。
そして、流れで抱きしめに行くような雄輝の手を……あろうことか我屋さんは、ばしんと払ったではないか。
「ひ、響?」
「……―~っ!?」
それでも、気分を害した様子もなく語りかける雄輝を、我屋さんは見ようともしなかった。
その顔は真っ赤で湯気がたつようで。
初めは今の今までの雄輝の行動が恥ずかしかったから、なんて思ってたんだけど。
ほんの一瞬だけ、オレの方を見た我屋さんが、大丈夫かなって思うくらいまずます顔を赤くさせて再び踵を返すように逃げ出していくからたまらない。
「お、おいちょっと! またかよ、待てって!」
そう言って追いかけていく雄輝は気づいていなさそうなのがいいやら悪いやら、だけど。
(おいおい、何だ今の反応は! オレみたいなのが勘違いしちゃうじゃんよっ)
例えるならば黒い翼の新種のあの娘に(今はもうその気配を感じないのが残念だけれど)内心で口にしたくっさいセリフが聞こえてしまったかのようなリアクション。
雄輝に申し訳なくていたたまれない。
あんまりよろしくない妄想がオレの心中を支配する。
……いやいや、ありえないって。
こんな、あの黒い翼を受け渡すことで心が通じてオレのことが気になっちゃうだなんて、オレ求めてないよ? ほんとだよ?
「……いたいっ!?」
そんなオレの妄想は。
熱に浮かされたように動かないオレに何かを悟ったらしく、ジト目でぎゅっと二の腕をつねり上げる、晶さんのそんなアクションがあるまで続いていて……。
(第43話につづく)
次の投稿は、7月6日予定です。
しばらくは、一日おきに投稿します。




