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第三十七話、今何でもするって言ったよねって追い詰められたらどうするの



そんな三人を、なんとか馴染みの青い車に乗せて。

それぞれが定位置についたのを確かめると、早速学園を出ることにする。



こう言う特殊でファンタジーな技能を身に付けるための学園って、テンプレだけど全寮制なのが多いはずなのに、こうして車で送り迎え(通っている学生が運転している事実はともかくとして)している事を思うと、何だか不思議な気分になってくるよね。

ここ最近になって自分を出す……自分の好きな音楽を流すようになったから、余計にそう思う。



実際、しっかり生徒のための寮はあって、慧さんも寮暮らしだそうなのだが、ある意味沢田家が特別扱いというか、我が儘を言っているといえるのかもしれない。


寮にも憧れるけどさ。

大学で経験してるし、今の美人姉妹と親無しでのひとつ屋根の下は、それこそテンプレっぽいと言えなくもなかった。

敢えて何の、とは言わないけれど。




「んじゃ早速だけどさ、どストレートに聞いちゃっていい? セイトお兄ちゃんは我らが姉妹だけでは飽き足らず妹の親友にまで手を出して、おれのハーレム宣言までしてるって話を学園界隈で耳にしたわけなんだけど、真偽のほどは?」



……玲ちゃん。そもそも慧さんとオレがそんなんじゃないって分かっているはずなのに、面白いからだけでそんな事言ってるでしょう。


オレと晶さんと慧さん、それぞれの反応を見て楽しんでいるのに違いない。

よくよく聞くと、そんな男の妄想めいたゴシップに自分も含めようとしているから、単純にからかうだけが目的ではないと思うけど。



「まぁ、他人の話のネタになるような事は、真実じゃない場合が多いよね。だからオレとしては、自分がどう思っているのか、自分で分かっていればそれでいいと思うんだ」

「ほほう。つまりセイトお兄ちゃんがどう思っているのか聞かせてもらっても?」

「ふふ。男は大なり小なり、そう言った夢を持つものさ。現実として叶えれれるかどうかは話が別だけど、オレはこの世界を、今この状況を夢だと思っているからね。夢が叶えられていると言ってもいいかな」



イエスかノーか。

玲ちゃんとしては、当人たちの前ではっきりさせたかったんだろう。


だが、そうは問屋が卸さない。

男は……いや、オレはそう言う答え出しちゃうの嫌な人なのだ。

好いてくれる人が、奇跡的にそれこそ夢のように複数いたとして、どちらかを選ぶなんて我慢できない人なのだ。

どっちか選ばなくてはならないのなら、その前段階のなぁなぁのままでいたい。



現実なら、それって中々厳しいだろうけど、複数の人の好意を持たれること自体もう現実じゃないし、現実じゃないのなら是非に夢を叶えてみたい。


……そんな風に曖昧で小狡い答え。

まだ戯れあっている慧さんと晶さんを脇目に、そんなある意味苦し紛れの誤魔化しに、しばらく言葉を失っていた玲ちゃんは、やがて何かを諦めたかのように深く深く息を吐いて。




「……そんな言い方ずるいよ。諦められないじゃん」


後半は、独り言であるかのように小さな声だったけど。

地獄耳部分を『彼女』から受け継いでいて耳だけはいいオレには、はっきりとそれが聞こえていて。



「いいんじゃないかな。この流れで玲ちゃんだけ仲間はずれにするのもおかしいでしょ」

「……あぅっ。こ、このせっそーなしっ!」



おお、前世で言われたことなど一度たりともなかったセリフだな。

しかも照れた表情付きだ。

思わず満足気に頷いていると、助手席とその後部座席でメンチの切り合いと見せかけた可愛らしいにらめっこ(一方的)をしていた晶さんが、それでもオレ達の会話をちゃっかり聞いていたのか、はっとなって運転しているオレの太ももを、ペちんと叩いてくる。




「……慧ちゃんいい人。可愛い。玲もいっしょ。……だから今度、郊外実地体験学習で勝負する」



やっぱり、前世の彼女を知っていると、違和感しかない言葉足らずな晶さんの一言。

『彼女』の言う控えめで大人しいってこういうことだったのかなと首を傾げるオレ。

……まぁ、そこが可愛いって言ってしまえば、それまでなんだけどさ。




「えっとですね。今、春の郊外実地体験学習について話してたのです。試験でいい成績をおさめて、誰が一番バンドのパートレギュラーになれるか、勝負するです」

「勝ったひとは、お願いをひとつきいてもらえる。……わたし、ちょっと燃えてきた」



睨み……見つめ合っているだけかと思ったら、なんだか随分と仲良くなっているようだ。

どうやらその流れで、勝負事を持ちかけてきたらしい。


慧さんも晶さんも、争いごとというか、勝負事に向いてなさそうに見えるのに、随分と乗り気のようだ。

晶さんにいたっては、思ってたより小さな拳を握り締めていて、その瞳には実際炎が見えるほどで。



まさかこれをきっかけに『変わって』しまうんじゃなかろうか。

自らそう思い自らフラグを立ててしまったオレは、焦りを隠す事も出来ずに詳しく聞いてみる。




「そ、それってオレも参加できるんだよね?」

「とうぜん」

「私は? 私もいい、お姉ちゃん」

「さっきそういった」


なるほど、少なくともここにいる四人は参加するようだ。

学年やパートがそれぞれ違うのはお構いなしな雰囲気。

純粋に楽しみにしてそうな慧さんはともかく、晶さんはきっと自分がパートリーダーになることしか考えてないな。



負けた時の事など考えない。

それはさっぱりしていて悪くはないんだろうけど。



「お願いって? 具体的に聞いても?」

「……? 具体的もなにも、なんでもいい」


おそらく、晶さんとしては勝者がその時に自由に決めればいい、なんてお手軽な感じにその言葉を口にしたのだろう。


「な、なんでもですかっ」

「ほほう。さすがお姉ちゃん。大胆不敵っ」

「……?」



何でもだなんて、軽々しく口にするもんじゃないよ。

何て言っても通じないんだろうなぁ。


テンパってる慧さんや、オレを見てにやにやを深める玲ちゃんに、何かおかしかったのかと首を傾げている晶さんを見ていると、危うさとともに感心すらしてしまって。




「それはそれは、実にわくわくするね」


パートリーダー決めにおいて、元々負けるつもり(晶さんが『彼女』と化すのを止める、という意味合いで)は毛頭なかったけれど。


結果的に上手く話が逸れた事に胸をなで下ろしつつ。

もしかしなくても、どう転んでもオレにとってマイナスにはならないじゃないのかと、そんな夢心地な、お気楽な事を考えているオレがいて……。



     (第38話につづく)







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