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第三十六話、今は昔ほど、歌の中に愛は出てこないらしい



「そもそも私達が災厄に打ち勝つ方法が何なのか知っている?」

「さいやく? 急いで避難するとか」



いよいよピンポイントに秘密の部分に触れられて、流石に誤魔化すのも苦しくなってきた。

だけど、ここまでくるとオレのリアクションなどどうでもいいらしい。

オレの苦しい返しをスルーして、春恵さんはあくまでマイペースに答える。



「いろいろ、細かなやり方があるのだけど、一言で言えば愛情なの。だけどこれが難しくてね。普通、自らの命を脅かそうとするものに対し、人間が愛情を持つ事なんてなかなか出来ることじゃないでしょう?私達翼あるもの……天使には愛情と言うものがなんなのか根本的に理解が難しいところがあるしねぇ」



戦って倒すのではなく、愛を持って御する……か。

この世界の天使が愛が分からないって、初耳というかイメージと違ってびっくりはしたけど。


確かにそれはオレつえーで戦って勝つより、遥かに難しそうではあった。

ついでに、剛司……あるいはオレが目指す山が、とてつもなく高いって事も。



「だけど、私は諦めないわ。私が絶対に救ってみせる。だからどうか、下手に刺激せずに、見守っていて欲しいのよ」


僅かに翼をはためかせながらそう言う春恵さんは、どこまでも真剣だった。

その言葉を全て信じるならば、災厄に憑かれている人が、少なくとも春恵さんではないって事になるわけなんだけど。



「分かったよ。好きな人がいるんだね。しっかり見守るとも。刺激物の剛司にはご愁傷様と言っておくから」

「……なっ。も、もう! まだ続ける気? そんなんじゃない……とは言い切れないんだけど」



最後までボケを貫き通しつつ、オレは春恵さんの言葉を信じる事にした。

後半小さくなっているのを鑑みるに、災厄に憑かれた人はやっぱり春恵さんにとって大切な人なんだろう。

何ていうか別の意味で聞きたくなかったというか、いたたまれないなぁ。


この後外に出たら異世で何をしていたのかとか、剛司に根掘り葉掘り聞かれるのは決まっているだろうから、

どうにも『もうらしく』て、また色々と面倒な事になりそうで。


オレは深い深いため息をつくのだった……。





         ※      ※      ※





外から見えた、剛司と春恵さんとのやり取り。

その時既に春恵さんはオレと話を付ける気でいたらしく、そのせいで剛司が嫉妬して、ちょっともめていたらしい。


逆転の発想で、結局憑かれた人物って剛司じゃないだろうな。

それならそれで、いいような悪いようなだけど、とりあえず戻ってきてオレは生暖かく剛司の背中を叩きつつ頑張れよなどと応援しながら、その場は誤魔化した。


理くんも話を聞きたがっていたけど、こうなってくると誰が春恵さんの言う人物なのか分からなくなってきたので、やっぱり曖昧に誤魔化す事にしったわけだが……。


学園どころか、住む家まで一緒の二人は、そうもいかないようだ。

晶さんと玲ちゃんでは、聞きたいことの中身に少々ズレがありそうだけど、はてさてどうするべきかと、その日の下校時間考える。


まぁ、色んな所で口止めされたりしているわけだし、結局は何とか誤魔化すしかないんだけど……。

災厄の事を詳しく調べたいって、図書館などの然るべき場所によるにしたって、護衛仕事をほっぽっておくわけにもいかないしなぁ。

と言うか、学園にいるからって、一人で自分勝手に動きすぎな事に対してはおおいに反省すべき所だろう。


現に、安全な所と言われながら、それが意味をなさない事を重々理解したし、晶さん達が嫌がらなければなるべく近くにいようと思い立ったわけだ。

……これは、まずオヤジのノートを見返す所から始めるかな。



「……」


なんて思いつつも、下校の車までの道すがら。

後ろから抓る勢いで、服の裾を離さずくっついている晶さんの無言の圧力が、オレの前世の『彼女』から受けたトラウマを刺激してくる。


一体誰が広めたのやら、春恵さんが異世を使ってまでの折檻の件が彼女にも伝わっているらしい。

申し開きというか、なんとかうまい言い訳したいものだけど、現状どこか申し訳なさそうにしている慧さんもいるわけで、なかなかどうしてどうしようもない。


っていうか、このメンバーじゃ春恵さんの時みたいに誤魔化す事すらできないじゃないか。

もしかしなくても、地味にこれってピンチだったり?


今更な事に逃げ出す事も出来ずに冷や汗をかいていると、そんなオレに気づいていないのか……いや、気づいていて敢えてテンションが高いんだろう。

玲ちゃんが、今この場にいられて最高とでも言わんばかりな満面の笑みでぶんぶんと手を振って近づいてくるのが見えた。



「やぁやぁきたねごりょーにん! さん? 噂はかねがね、周りから色々きいてるよん。今回はケイちゃんも、セイトお兄ちゃんの車で一緒に帰ってくれるっていうからさ、私が表立ってセイトお兄ちゃんの本音をビシバシ聞き出しちゃうよ~」

「……っ」

「……むぅ」



頭を抱えたくなるくらい嬉しそうだ。

本当にこう言うゴシック的な話題、大好きなんだなぁ。

前世のでの彼女のイメージは、うちのモンスターとは真逆なくらい物静かで大人びて女性らしかったけど。

同じように見えて違う世界であるからして、どこかはっちゃけてしまったのだろうか。

あるいは、『彼女』とは逆で、大人になる事で変わっていったのかもしれないけれど。




オレはそんな玲ちゃんを後でねを基本路線に宥めるみたいにあしらいつつ。

家までついてきてくれるという慧さんに一つ頭を下げて、さっさと駐車場へと向かう事にする。


その一方で、晶さんと慧さんの間でも、いつの間にやら何かやり取りがあったようだった。

と言っても火花散る、みたいなものではなく。


慧さんはひたすら申し訳なさそうなままだったし。

最近とみに拗ねて口数が足らなくなってしまっている晶さんは、じぃーっと慧さんを見つめて(本人はきっと睨んでいるつもりだったに違いない)、敢えて見せつけてくるみたいに顔を寄せて内緒話をしていて……。



        (第37話につづく)







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