第三十四話、開き直ってお互いありがちな役を演じよう
「ど、どうしたんだ? 二人して血相変えて」
「……っ」
当然、おっとり刀で駆けつけたオレ達のただならぬ様子に剛司が気づく。
春恵さんは、さらに面倒なのが増えたと嫌そうな顔。
その表情を見ても、天井のそれに気づいているのかいないのか、気づいていないふりなのかは判断はできなかった。
まぁ、顔見ただけで女の子の内心が分かるようなら、紆余曲折あって今こうしてここにはいないんだろうけれど。
「おう。また懲りずにこうちゃんがアタックしてるのが見えてさ。じゃま……もとい、助っ人に来てやったぜ!」
「つ、つきそいです」
「いらねーよぉっ! しかも今邪魔って! 邪魔するってはっきり言っちゃってるじゃん!」
春恵さんが関わっているにしろそうでないにしろ、天井に現れたあれに、今は気づかないふりをすべきだろう。
オレはそう判断し、視線交わせずとも理くんと剛司に悪乗りしてちょっかいをかけるモードへと切り替える。
「いや、違うって。お邪魔虫的な障害があった方が、結果的に盛り上がるって意味さ」
「実際お二人はお似合いだと僕も思うけどね」
「そうなんっ? 嬉しいこと言ってくれるじゃない。でもなんで今日に限ってそんな事を」
ちょっとずつ呪詛を吐きながら近づいてきている黒い人型を、視線の端で最大限警戒しつつ、そんなわやくちゃなやり取り。
春恵さんは、そんなオレ達に呆れ返ったため息なんぞ吐きつつ、しかしオレの方をにっくき敵でも見つけたかのように睨みつけてきた。
「そんな事より、あ、アナタっ! 私の大切な妹を誑かしたわねっ。晶や玲ちゃんだけじゃ飽き足らずっ……このひとでなしっ!」
「そんなことってひどい! ……って、セイちゃん何それぇっ。初耳なんだけど!」
そこに、剛司が詰め寄ってきて、何故か理くんまで驚きで目を見開いている。
ある程度は予想してはいたけど、慧さん一体何て言って誤魔化したんだろうか。
きっと、そんな嘘というか隠し事というか、誤魔化すような事したことなかっただろうから、苦労したに違いない。
その必死さが、このオレを人でなしにしてしまったわけだ。
誤解と言うか、色々自分にフォローしたいのは山々ではあったが、ここはぐっと我慢。
甘んじて受け入れ、むしろ助長してやろうじゃないか。
春恵さんが思っているような事が可能なら、目指してやろうぜ。
何て男の本能みたいなものもそこにはあって。
「フハハ、人でなしでけっこう! 大事なのはお互いの気持ちさ。お互いがその関係を良しとしているのだから、周りが口を挟む余地はないと思うがね!」
「あ、アナタっ。開き直ったわね!」
最早、やけっぱちで胸張って堂々とそう宣言するオレに、怒りか、あるいは別の何かをまとわせ、ふるふると全身を実は背中でずっと感情を主張していた翼を震わせる春恵さん。
完全にこちらをロックオンしている。
チャンスだ。今のうちにあの黒い人型を……って、あれ? いねぇっ!? いつの間にっ?
思わず誤魔化すのも忘れて理くんを見ると、こっちを巻き込まないでくれなんてひきつった顔で、それでも天井に視線をやってはっとなっている。
……ふむ、仲間を倒した事のあるオレに気づいて逃げ出してしまったのだろうか。
つまるところ、どうにかこの場は大事にならないで済みそうだ、なんてオレの中でまとめかけた時。
「女の敵! 成敗してくれるっ」
「うわっ」
「ひぃぃ! はるちゃんがガチ切れしてるぅっ!」
悲鳴を上げて脱兎の如く逃げ出す勢いの、つれない男友達二人を脇目に、いつの間にやら真っ赤でキラキララメのついた派手派手なギターを構えた、怒髪天を突く勢いの春恵さんがそこにいて。
「ちょっ、ここで能力使っちゃうの!? もちつ、落ち着くんだっ。周りの事もやっぱり考えて!」
「言われなくてもっ!!」
狼狽の末出た言葉は、ヤブヘビだったらしい。
春恵さんの身体から曲法の力……ピンク色の光のもやが吹き出したかと思ったら、いつに間にやら世界が一変していた。
剛司や理くんどころか、何事かと集まりだしていた野次馬出歯亀のみなさんの姿すらなくなっている。
気づけばそこは、実践授業などで使うような、ただっ広いダンジョンのワンフロアみたいな場所に変わっていて。
「ず、随分と準備がいいんだね?」
「ふん。こんな事もあろうかと、しっかり許可まで取って備えておいたのよ!」
それはすなわち、どうしたってオレに対し鬱憤を晴らしてやりたい、なんて思っていたわけで。
「心にギターがある限り、滅っ!! 【ブラッド・ギター】っ!」
「ちょ、ちょっ。脈略っていうか、洒落になってないってーっ!!」
こっちが構える暇があればこそ。
どこかで聞いた事があるけどつながりのない、物騒すぎる言葉とともに。
オレはおどろおどろしい赤い力の波に飲まれていく……。
(第35話につづく)




