第三十三話、物語の主人公だからきっとイケメンボイス
「……あれはっ」
普段からスタイリッシュだけど、のんびりゆったりな面も併せ持ってる理くんの、初めて聞くような重くいろんな感情のこもった声。
思わずつられて、オレもそちらに視線を向けると。
剛司達のいるであろう校舎の上空に、小さな黒い人型……いつぞや目にした災厄の新種らしきものがいるのを発見した。
「わ、あれってもしかして、黒くて人の頭くらいの大きさの、粘土っぽい人型のやつだったりしない?」
オレは、懲りずにそれが再び現れた事よりも、ユーキや玲ちゃんにも見えなかったそれを見る事のできる理くんに対しての驚きの方が大きかった。
それは、当の理くんも同じだったらしい。
「……え? まさか政智君も見えるのかい?」
のんびりとした佇まいはどこへやら、がっと両肩を掴み迫る勢いでそう聞いてくる。
「お、おう。あれを見るの、初めてじゃないな」
「っていう事は、あれがなんなのか、政智君は知っているの?」
「ああ、一応ね」
思わず反応してしまって、慧さんとの秘密を口にする形になっちゃったけど、あの場にいなかった理くん……かつ黒い人型が見える人の場合はどうしたらいいんだろう?
態度を見る限り、あれがなんなのかよくわかってないみたいだし、慧さんの言っていた男の天使ってわけでもなさそう。
かと言って、もちろん災厄に取り憑かれてるのならこんな展開にならないだろうし。
……もしかして、オレみたいにイレギュラーな異世界人だったりするんだろうか。
「あれは、一体?」
「うん。教えるのはこの際やぶさかではないんだけど、あれって普通の人には見えないらしいよ? もしかして、理くんの能力だったりする?」
「あ、ああ。……曲法の力に目覚める前から、人に見えないものが見えたんだ。霊視ってやつだね」
詳しく聞く所によると、陰陽師的な存在が先祖にいて、それこそ曲法に目覚める前からいろんな超常の体験をしていたらしい。
まさに主人公ですな。
「政智君はどうしてあれを?」
「あーうん。オレは曲法の能力のせいかな。実はよくわかってないんだけど」
見えている以上はあれがなんなのか説明すべきだろう。
慧さんの言う秘密には当たらないはずだ、うん。
オレはそんな風に自分を納得させつつ、あれについて分かっている範囲で説明する。
黒い人型のあれは、この世界の人類を滅さんとする災厄の新種かもしれないこと。
どんな力を持っているかはわからないが、学園の警報などにはひっかからないこと。
何だか物騒な言葉を吐いてきたので、返す刀で攻撃したら、意外と大したことがなくて倒しちゃったこと。
オレ判断で言える範囲で、話下手ながらもなんとか知っていることを伝えると、向かいながら続きを話そうという事になって。
黒い人型がすっと吸い込まれるみたいに消えていった校舎へと入りつつも、一層重々しい雰囲気となった理くんが、今度は知っている事を教えてくれた。
「僕は最初、あれを悪霊か何かだと思ってたんだけど……そうか、あれが災厄。あんな小さな人型だとは知らなかったよ」
「新種みたいだしなぁ。あれって人に取り憑いたりするみたいだから、その辺りは悪霊っぽいよね」
「……実はね、僕はあれを追っていたんだけど、それはある人があの黒い人型に対して怖い思いをしていて、何とかしてあげたいって思っていたからなんだ」
オレの言葉に繋げるかのような理くんの呟き。
その繋がりで考えちゃうと、あの黒いのに取り憑かれている、あるいは取り憑かれそうになっている人が、理くんが大切に思っている人って事になってしまうんだが、それも分かって口にしているんだろうな。
理くんの想い人、愛敬麻子さんか。
慧さんの話を鑑みても、一つに繋がりそうではあるな。
春恵さんと愛敬さんって知り合いの女の子達の中でも特に昔馴染みで仲が良いそうだし、春恵さんも黒い人型に気づいていて刺激しないように語らないのは、よく分かる気がする。
そうなってくると、話は早いな。
オレは、理くんに正体を暴くような事をすると、暴走して愛敬さんに危険が及ぶかもしれない事を含めて、慎重に事を進めなくてはならない旨を告げた。
とりあえず複数いる事が分かったあの黒い人型。
取り憑く前のものであるなら撃退できるからいいんだけど、取り憑いたやつの対応はどうすればいいんだろう?
その辺りについては、慧さんともまた話し合う必要があるだろう。
とにかく今は、あの黒い人型の動向を追わなくちゃいけない。
オレは、理くんと頷き合い、校舎の屋上へと向かおうとしたわけだが。
どうやらあの黒い人型は、正しくも悪霊のごとき異形らしく、壁抜けなどもできるらしい。
よりにもよってというか、可能性は十分に考えられたわけだが。
剛司や春恵さん達のいる吹き抜けの廊下の一角。
その天井から染み出すようにして、獲物を探すように蟠っているのが見えて……。
(第34話につづく)




