第三話、懐かしい再会なのに、我侭な不安ばかりが募る
「……オヤジ?」
思わずそう呟いてしまったのも仕方のない事だろう。
そこには確かに親父がいた。
男にしてはツヤツヤの黒髪に、ランニング使用の眼鏡。
痩せぎすだが、背は高め。
肉親の欲目があるが、イケメンと言うよりはダンディ(老け顔とも言う)な佇まい。
いや、正確には大分若い。
高校生くらいだろうか。
家の末の弟が、親父の子供の頃に似ていて、一瞬戸惑ったが……それは確かに親父の顔で。
似てなくもないとはいえ、オレの顔でないことは確かで。
目を見開き、驚き茫然としている目の前の人物。
それが自分自身である事に理解するのに、しばらくの時を要したわけだが。
このある意味理不尽な展開に、心当たりは確かにあった。
恐らく、今際のあの瞬間、親父が『ナニカ』をしたのだろう。
生まれてこの方、死ぬ寸前までまったくもって気付かなかったが。
どうやら親父は超常の、不思議な……あるいは魔法のような力が使えるらしい。
オレの、創作物に染まった脳は、そんな答えしか出てくれなくて。
それが一番納得できると思える自分が、本当におめでたいなぁと思わずにはいられなかった。
それと同時に、あの母親にしてこに父親あり、と思い知らされた気分ではあるが。
「セトっちゃん! 相手もう来てるぞ! 早くしろって」
「はいよーっ」
何て事を考えていると、こっちのユーキは思ってる以上に世話焼きな所があるのか、切羽詰まったそんな声が聞こえてくる。
流される事に関して言えば得意なオレは、一つ言葉を返し外に出る。
「せと兄、おはよ~」
「おはよう、にぃちゃ!」
「お? おはよう」
扉の向こうには、オレの腰程もない小さな子供達と、そう言えばちょっと若く見えなくもないむすっとしたユーキの姿。
「悪い、遅くなった」
「ほら、行ってこい」
自然とユーキに頭下げていると、いいからはよと言わんばかりに苦笑して、背中を押される。
されるがままに一歩踏み出しざっと見回すと、新しめの木造りの保育所……あるいは学校の廊下みたいな場所に出た。
なんとはなしに、身寄りのない子供達の住む施設か何かだろうかと当たりをつける。
どうやら、こっちの世界の『セイト』は、家族の庇護下にないようだ。
父には両親だけでなく弟妹がいたはずだが、こちらでは違うらしい。
まぁ、それならそれで気を使わなくていいかと楽観的な事を考えていたのがいけなかったのか。
促されるままに辿り着いた大きめの客間に座る夫婦を見て、ガツンと殴られたかの如き衝撃に襲われる。
そこにいたのは、オレの記憶より遥かに若い母方の祖母と、もう何年も前に亡くなったはずの……
働き盛りだと主張するほどに生気に満ちた祖父の姿があった。
沢田喜美照、敦子夫妻。
そんなよく知る二人が後に、オレの新しい父と母になるわけなのだが。
オレはその時、一番あってほしくなかった嫌な予感の事ばかりを考えていた。
引き取り手が彼らであるのならば。
きっと間違いなく……ようやく離れられると思っていた『彼女』と離れられなくなるのではないか、と言った予感を。
※ ※ ※
ぎこちなく内心テンパりつつも、対面に座って話を聞くところによると。
どうやら今回は、来春から高校生に上がる事でこの家を出なくてはいけない(そう言う体だと知ったのは後のことだが)らしいオレを、引き取るための顔合わせのようだった。
沢田夫妻も、初めは養子を迎えるなんて事、それほど強くは考えてはいなかったそうだが。
亡くなった親友の息子であることと、引き取る際の親戚の醜い争いを見て、一念発起したらしい。
ある意味、右も左も分からない世界。
そこまでしてもらって、感謝の気持ちはなくはないのだが……。
オレにとって最大のネックである不安事を考えてしまうと、どうしてもいい顔はできなかった。
それが我が儘である事、重々承知してはいるのだが。
こちらの世界ではどうだかわからないが、海軍の偉い人だっただけあって、体格とともに発せられる威圧感の凄いいお爺ちゃん……喜美照さんは、オレの瞳を覗き込むようにして口を開く。
「……今更、何をと言われても仕方がないが、私たちは君のことを息子のように思ってきた」
「生まれるはずだった長男がいたのよ。だから余計に、ね」
その話は、この世界でないオレの記憶にもある。
本当は私には兄がいるはずだったと、『彼女』によく聞かされていたからだ。
「今までは君の親族の手前、出しゃばる事もなかったが、園を出て……社会人として君を雇うという形にさせてもらう事にしたのだ」
「主人が八戸に転勤になってねぇ。私もついて行きたかったし、ちょうどいいと思って」
建前上はと、不器用にウィンクしてみせるお爺ちゃん……喜美照さんに。
やっぱり昔聞いた事のある、嫌な予感の増大するお婆ちゃん……敦子さんの言葉。
「雇うと言うと、何か仕事を?」
「うむ。あくまで建前であるがな。家を開けるのでその管理をしてもらいたいのだ」
「まぁ、一番の理由は娘たちの相手をしてもらいたいって事なのだけどね」
「ち、ちょっと待ってください。あなた方だけが家を空けるんですか? それでいきなりお邪魔するのは……その、どうかと思うのですが」
聞いた事はあったが、あれは確かお爺ちゃんの単身赴任だったはずだ。
どうにも抗えそうもない運命に反するがごとくそう言うも、返ってきたのは何を言い出すんだ、といった二人の苦笑だった。
「それこそ今更だろう? 既に家族なのだから、遠慮はいらないさ」
「もう娘たちもその気でいるのよ。お願いセイトくん」
「そ、そうですか……分かりました」
やけにあっさりとした雰囲気。
それほどまでに信頼されているのか。
それを思うと、ぽっと出のオレの口から反論の言葉は出ようはずもなかった。
オレはただただ、引き攣りそうになる笑顔をなんとかこらえ、頷くしかなくて……。
(第4話につづく)