第二十九話、世間は広そうに見えて、意外と近場で回っている
結局、万年政智はヘタれである、だなんて情報を晒しただけの、切ないお昼が終わって。
午後の授業……身体を使う実践授業や、課外活動(軽音部と言う名の別の何か)とは別に、ごく普通の体育(その日はバスケだった)があって。
そんな得意なものでないながらも、久方ぶりの学校の授業を堪能していたわけだが。
何故か、その普通の体育だけ男女別だった。
今はそう言う所多いらしいけど、なんでなんと不満はありつつも、これはこれで楽しかったりする。
その日は、ユーキのクラスと合同で。
オレはクラスメイトの菅原剛司や、彼の紹介で仲良くなった、
スタイリッシュとスマートが服を着て歩いているイケメン、竹内理くんとともに、今日のプレーについての反省と言う名の雑談を交わしていたわけだが。
着替えのために体育授業用の、異世に飛ばされる事のない、多目的ホールを出ようとした瞬間。
少し重めの引き戸が開け放たれ、揺れるちっちゃな翼とともにひょっこり覗き込むようにとびきり可愛い天使が顔を出したではないか。
言わずもがな、天使妹こと、鳥海慧さんである。
しかも、青色のジャージを着ている。
うむ、これはこれでギャップがあってよし。
体のラインがはっきりしちゃうの、いいよね。
なんて邪なことを考えていると、そんなオレに気づきピンポイントに声をかけてくる。
「あ、政智さん。ちょうどよかったです、話したい事があるのです」
しかも、みんな帰りがけで、入口付近にいたので注目されるされる。
ほかのみんなは天使な翼は見えないみたいだけど、もげろ、爆発しろ系の視線がびしばしぶつかってくるのが分かって。
「お、ケイちゃんじゃん。なに、セイちゃんと知り合いだったんだ」
「あ、剛司さん。こんにちわです」
「こんにちわ~」
かと思ったら、茶髪チャラ男風の剛司が、何だか顔馴染みらしく気安い様子で挨拶していた。
後で聞く所によると、鳥海家とは苗字は違うのに『同姓』などと言われる遠い親戚で、幼馴染とはいかずとも、よく会う機会があったそうで。
ちゃら男に見えて結局真面目さが滲み出てしまう剛司は、天使姉……春恵さんの事を狙っているらしい。
「そっか。結局妹さんもこっちに来る事になったんだっけ……」
続き、スマートで理知的な佇まいで、そんは二人のやりとりを眺めつつ呟く理くん。
慧さんたちとは、直接面識があったわけじゃないそうだけど、幼馴染みだという剛司に、天使な姉妹の話をよく聴かされていたらしい。
剛司が春恵さんにぞっこんだって言うのも、理くんからの情報だ。
逆に、剛司くんによると、理くんの運命の相手は、愛敬さんらしい。
普段はおっとりクールでスタイリッシュなのに、彼女の事となると人が変わってしまうのだとか。
いやはや、世間は狭いというかなんというか……まぁ、剛司や理くんと知り合って仲良くなったのも、晶さんの友人繋がりで、彼女たちからオレに接してきたからなのだから、必然であると言えばそうなもかもしれないけれど。
「ええと、その。政智さん。先程話せなかった、お話の続きをしたいんですけど、これからちょっとお時間よろしいですか?」
「……お、おう」
周りの妬み嫉みがぐっと大きくなって、慌てふためきつつもなんとか返事。
この短い日々で、一体どうして気にいられてしまったのか。
小さな浮かんでいる翼が忙しなく揺れていて、周りに見えていないとはいえ、告白の返事でもされそうな雰囲気が醸し出されているような気がして。
何だかいたたまれなくなったオレは、当たり前のようにユーキを巻き込む事にする。
「ああ。わかった。また、下級生棟のテラスか何かでいいかな。ほら、ユーキも行くぞ。護衛の仕事の話だって」
「うぇっ!? お、おれもか?」
「そりゃそうさ。仕事の話だもの……いいよね、慧さん?」
「あ、はいです」
おれを巻き込むなと。
一瞬情けない顔をしたけど、オレだけ妬み嫉みの視線にさらされなくて済んで、ユーキグッジョブである。
実際、同じ立場のユーキにもいてもらった方がいいだろうしな。
オレは先に帰っててくれと剛司と、理くんに声をかけて。
ユーキとともに慧ちゃんの後についていって……。
所変わって下級生棟、地下のカフェテラスと言う名の学生食堂。
ここは進路相談などもできるらしく、席ごとにパーテーションが高めに設置されていて。
集中して、周りを気にせず議論を交わすには、もってこいの場所なのだとか。
「……で? 仕事の話って? わざわざこうして機会を設けるって事は、何かあった?」
ユーキは、それが当たり前だと言わんばかりに主導権をとって、そう聞いてくる。
それだけでこっちのユーキは凄いな、なんて思ったりしつつ。
オレもそれに頷き、確認する形で言葉を繋いだ。
「慧ちゃんが話したいのって、あの黒い人型のファミリアっぽいけど違う何かの事でしょ?」
ファミリアでないからなのか、学園の結界……警戒網にひっかからない、だけど見た感じあまりよくない類のものだ。
あんなのがいるなんて、オヤジのノートには書いてなかったような気がするし、まぁ気になるよね。
お姉さんたちには話せないって事を含めてさ。
そんなニュアンスを含みつつ、慧さんを伺うと。
慧さんは、意を決したように深く頷いて語り出すのだった……。
(第30話につづく)




