第二話、異世界初対面は、唯一無二の友人だと思ってたらどうやら違うらしい
「……」
オレは、何故か再び目を覚ましていた。
二度とないと思っていたはずの覚醒。
初めに視界に入るのは、お決まりの、あまり見覚えのない天井。
まぁ、病院の天井なんて見覚えがないに決まっているのだけど、そんな事を考えているうちに気づかされる違和感。
身体にガタがきているというか、どこもかしこも自分のものでないような嫌な感覚が消えていた。
ついさっき今際に立っていたはずなのに、まさか助かったのだろうか?
色々と複雑な感情に支配されつつも、オレは惰性で起き上がる。
そう、なんの躊躇いもなく起き上がる事ができたんだ。
(あれ? ……何でだ?)
不思議に思い辺りをキョロキョロと見回す。
すると驚く事に、そこは病院の一室でも自室でもなかった。
「知らない部屋だ……」
オレは変則的だが取り敢えずお約束の言葉を結局口にし、もう一度ぐるっと周りをよく見てみた。
そこは、明らかに見覚えのない他人様の部屋だった。
中々年季の入った勉強机に、細長いベッド。
漫画本と参考書と実用書がまばらに詰め込まれた本棚に、万年炬燵の丸テーブル。
部屋の大きさとしては、6畳くらいだろうか。
ここが自分の部屋だとしたら、いやに閑散としているな、なんてのが第一印象。
オレの部屋ならもっときたな……生活臭に溢れている事だろう。
「……」
時が経ち、自分の状況を理解すればするほど訳が分からなくなってくる。
オレは夢でも見ているのだろうか。
いや、夢であるならばこんないかにもごくありきたりなひねりのない展開はありえないだろう。
と言うより、これが夢ならつまらないと思ってしまったんだ。
―――不意に部屋の外から聴こえてくるかしましい子供達の声を聞くまでは。
(何だかやけに賑やかだな……)
咄嗟に壁に貼り付けられていた時計に目をやれば、8時を回るかどうかの時間帯。
オレにしてみれば朝っぱらから何だって感じだ。
今いるこの場所は普通の一軒家の一室だと思っていたのだが、その喧騒は小学校か何かのような、そんな雰囲気がある。
オレはその喧騒の正体を確かめる事にした。
ふと自分を顧みれば、病人怪我人の青白い服ではなく、黒をベースに白の三本ラインの入ったジャージを着ていた。
実の所、閉じられたタンスの取っ手にかけるようにして、きっちりとアイロンのかけられた藤色のブレザーと灰色のスラックスが目に入ってはいたのだが、この格好なら出歩いても違和感はないだろうと決めつけ、オレはよっこいせと立ち上がり、部屋の外に続くだろうノブへと手をかけようとする。
「お~い。セトっちゃん~。今日は大事な日じゃなかったのかー」
すると、聞こえてきたのは。
今の今まで薄情にもすっかり忘れてしまっていた、オレの感覚ではつい先ほどまで一緒にいたはずの、いやに聞き覚えのある、そんな声と呼び方だった。
オレの名前は政智と書いてセイトと読む。
だがそれを、セトっちゃんと呼び、それをあだ名として定着させたのが声の主であり、オレのロクでもなかった人生の唯一と言ってもいい友人だった。
―――透影・J・雄輝。
その名の通りハーフだが、日本で育ち日本語以外はさっぱり話せないと言う生粋の日本人である。
そんな彼……雄輝は、先に述べたオレが起こした事故の、同伴者にして被害者でもある。
基本的に全てがなあなあな雄輝ならば許してくれるだろうかと浅はかな気持ちでいたわけだが。
それにしても、どうしたって雄輝にしか聞こえないその声は、全くもってそんな事を気にかけていないような雰囲気があった。
もしかして、声がそっくりの別人だろうか?
だけどオレが、人の声を聞き間違えるなんてありえない。
なんてしょうもない自尊心を胸に抱きつつも、いい加減降ってきた声に応えるため、扉を開け放った。
「……雄輝、なのか?」
「おぅ、ユーキさんだぜ。心の友よ。何だ、寝ぼけてるのか? お前、今日大事な話し合いの日だって言ってたじゃねぇか。いつまでもそんなカッコでいいのかよ?」
そう言って笑うのは、雄輝のようでいて雄輝にありえなかった。
どう見ても目ヂカラのある白人系のイケメンで。
オレの突然の問いかけにもさほど動じた様子もなかった。
それに、自ら名を名乗るその発音が、オレのイメージしてるものとは違う気がした。
名前が同じなだけの、やっぱり別人だろうか?
だがそれにしては、オレの知る雄輝に似ている部分が多過ぎる。
「どうしたセトっちゃん。まさか緊張してるのか?」
そんな風に考え込んでいると、からかい半分にそう聞いてくる。
「あ、ああ。そうかもしれない」
これは夢か現か。
あるいは死後の世界か。
何もかも分からない状況でここにいるに等しいオレは、雄輝(ここでは暫定的に『ユーキ』としておこう)のセリフを参考に、適当な相槌を打って誤魔化す。
「ほうほう。図太さでは右に出るモノがいなさそうなセトっちゃんにそこまで言わせるとはね。……まぁ、無理もないか。任務先引き取り先に物凄い美少女姉妹が居る、なんて聞かされればさすがのセトっちゃんも動揺するというわけだ」
「ああ、いや……」
なんと返せばいいのか分からずに、オレは曖昧に口をもごもごさせるしかない。
任務? 引き取る? ……オレが? 何に?
今、注目すべき点は恐らくその辺りだろうが、とにかく情報が足りない。
目の前の彼が正しく雄輝ならば、いきなり記憶喪失という設定で分からない事を根掘り葉掘り聞き出すなんて手も使えたかもしれないが、オレはどうやら随分と慎重になっていたらしい。
それはもしかしたら、オレの知る所のない異なる世界へ足を踏み込んでいるという自分の立ち位置を、どこかで感じ取っていたのかもしれなくて。
「ま、心配すんな。今回はオレも近場に引き取られるし、学校も同じになるだろうしな」
「そ、そうか。それは頼もしいな」
聞いている感じでは、引き取るという言葉はオレの知っているものとはニュアンスが違うように思えたけれど。
それより強く思ったのは、本当に目の前のユーキが頼もしい、と言う事だった。
なぜならオレの知る雄輝は、例え心でそう思っていても、オレがいるから心配するな、なんて小っ恥ずかしくも頼もしい言葉なんて、口にしたたことがなかったからだ。
その事で判断するのも申し訳なくはあるのだが。
多分、オレはその時確信したんだと思う。
たとえこれが夢現だとしても、ここはオレが今まで過ごしていた世界とは別のものなのだと。
「おいおいおい。マジで大丈夫か? 今のところはお前なんかいたってしょうもないわっ、キリッってなる場面だろがい」
「いや、何となくその場のノリで」
そして、そんなお互いの齟齬は、目の前のユーキ自身も感じ取っていたらしい。
少々心配そうな雰囲気で苦笑するユーキに、オレも苦笑で返して。
「それじゃあとりあえず着替えようと思うんだが、そこにある制服で問題ないかな?」
目覚めてすぐ目に付いた紺のブレザーを指し示し、オレはそんな事を聞く。
「あ……うん。他に気の利いた服もねえしな。セトっちゃんは服のセンスも悪いし、いいんじゃね?」
「一言多いっての」
オレの知る雄輝なら、やっぱり思っていても言わないような軽口で。
新鮮さを感じつつ、早速着替えるとユーキを追い出し、早速寝巻きから真新しいブレザーに着替える。
そして、顔を洗い髪を整えるために自室らしきこの部屋に備え付けてあった洗面所に立って。
オレは改めてオレ自身の姿を見る事となる……。
(第3話につづく)