第十二話、魔王的であるからして、いきなり好感触が理解できない
「やっぱり、一緒に暮らしてるって言うのは……」
そこでぼそりと。『彼女』からの遺伝で耳だけはいいオレにかろうじて聞こえるような声が、我屋さんの背後に隠れるような形で聴こえてくる。
そこにいたのは、こちとら前世ではまずお目にかかれない生成り色とでも言えばいいのか、白とも銀ともつかない長い長い髪の少女だった。
愛敬麻子と名乗った彼女は、物静かで大人しいオーラを全開で纏っている。
表情変わらず口数の少ない晶さんとかぶる点がなくもないが、引っ込み思案な晶さんとは違い、オレが感じたのは異性お断り的な警戒心であった。
青みがかったその瞳には何だか強い力があって、扱いに困りそうだな、なんて思ったのは正直な所で。
「晶さんとは昔からの馴染みでして。沢田家の一部屋を貸していただいてます」
愛敬さんの呟きに答えると言うよりは、自身の言葉の続きとしてさっさと話題を流そうとする。
その際、晶さんが目に見えて頬を膨らませていたので、何か失敗したかと内心で頭を抱えていると。
まさにダメだった部分を指摘する形で口を開いたのは、実の所一番気になっていた鳥海春恵と名乗る少女だった。
「晶や玲ちゃんの幼馴染なのでしょう? そんな他人行儀じゃなくてさ、もっとフレンドリーに接してもらいたいところね」
その、偉そうというか実際偉いのを自覚しているらしい喋り方も注目点ではあるのだが。
校長室で会った慧ちゃんと名字が同じだし、きっと姉妹なのだろう。
やはりどうしても背中に常常と浮いている小さな羽が気になってしまう。
先程同様、周りが気づいている……あるいは気にかけている様子はない。
……もしかしたら、この世界ではクラスに一人くらいは背中に羽があったりするのは当たり前なのかもしれない。
あるいはイヌミミやネコミミ、モフモフのしっぽ、なんてものが付いてる人たちだって存在する可能性がある。
全く、夢が広がるね。
「いやぁ。こんなに沢山の可愛い娘達と接する機会なんてあまりなくてね。正直緊張してたんだ、そう言ってくれると助かるよ」
オレにとってみれば、画面の向こう的な意味でも、視線を向けられる事さえおこがましいと思える娘達ばかりだ。
恐縮と言うか、下手に出てしまうのはどうしても止められないだろうが、相手からのその一言は結構救われるものだよね。
特にオレなんかの場合、先輩とかでも親しくなればなるほどボロが出て、タメ口と言うか素になったりする事が多かったから尚更だ。
「本気で言ってる……みたいね、どうやら」
「ちょっと、政智君ってば、照れるじゃないの」
眉をひそめ、どこか呆れつつも感心した様子の愛敬さん。
背中の羽がパタパタと自己主張甚だしい鳥海……春恵さん。
「おいおい。そこはあきちゃんに対して言うせりふでしょーに、カンチガイしちゃうよ?」
「もう……ひびきってばっ」
怒りから来るものなのか、はたしてそれ以外のナニカか。
顔をますます膨らませ赤くした晶さんが、これは楽しくなりそうだな、なんて言わんばかりの満面の笑みを浮かべている我屋さんを追いかける。
一気に騒がしくなるその場。
一教室なわけで、より一層周りに注目される羽目になるわけだが。
(……なんで、こんなに好感触なんだ?)
何度も言う割に自慢にもならないが、生まれてこの方まともに女の子と関わった事のなかったオレ。
前世の仕事柄、年の離れた小さな子達と接する機会があったと言えど、自分的にもちょっと滑ったかな、なんて思った一言だったのだ。
実際問題、前世のオレならいたたまれない空気になっていたに違いない。
(やっぱり、見た目か……)
あの晶さん……じゃなかった、『彼女』を落とすようなつわものだ。
モテたという話は『彼女』の手前耳にした事はないけど。
なんだかんだ言っても『彼女』を支え続けた甲斐性、頭の良さなんかも加わるのだ。
きっと人生ウハウハとまでいかなくとも、青春が暗黒に染まり、魔法使いを超え魔王にまでなる勢いであったオレとは違い、充実した人生を送っていたに違いない。
(オレもそうなるといいなぁ……)
はたして、いつまでボロが出ずにやっていけるか。
なんとなく、そんな先ではないだろうと確信しつつ。
オレは儚い願いを胸に秘めるのであった……。
(第13話につづく)