第十話、そうしてオレは、天使(比喩でもなんでもなく)に出会った
とは言ったものの、晶さんとオレが離れることとなる時間がないわけでもなかった。
一応、二年生からの転入生扱いであるオレは、それぞれのクラスへ向かう沢田姉妹を見送った後、転入生として校長室へ向かう必要があったからだ。
そこでなんとなく予想していた通り、同じ転入生扱いのユーキと鉢合わせする。
「おいっす」
「うぃーっす。何だか久しぶりだなぁ」
お互いの事とか任務の事とか色々会話したかったけど、他にも一人転入生がいたので自重する。
と言うか、つい前世のノリで挨拶をしてしまったが、そんなに齟齬と言うか、違和感はなかったのが驚きだった。
親父はオレ以外の転生者またはトリッパーなんか知らんと言った態度だったけど。
もしかして向こうのユーキもこっちに来てるのだろうか。
最初に会って話した時は、そんな話題にはならなかった……そんな気配は全くなかったわけだが、その事も後で聞かなくちゃな。
ほぼ同時にあの世行きだっただろうし、オレがこうしてここにいるんだからユーキがついてきてる可能性は充分ありえる。
だとしたら道連れにしてしまった事も謝らなきゃいけないし。
……何て事を考えていると。
お呼びがかかってオレとユーキ、そしてもう一人の転入生……恐らく一年生であろう少女とともに、校長室へと入る。
前世では、小学校にあがるまでは、親父の表向き? の仕事関係で転校してばかりのオレだったが。
転校して校長室へとやってくるというシチュエーションは初めてに近かった。
ただ、自称ニート(働いてないとは言ってない)とは言え大人をやってきているので、気をつけなくちゃいけないのはこの世界の超常の力、『曲法』くらいだろう。
その事についても、無闇に人に使ってはいけませんとか、力試しをしたい時は許可が必要だとか。
校長先生が前世の職場の上司に似ていた事もあってか、スムーズに問題なく受け入れる事はできて。
それより何より。
目下と言うか、あったその瞬間から気になっていたのは。
もう一人の転入生……鳥海慧ちゃんのことである。
ふわふわの、前世ではまずお目にかかれないチョコレート色のボブカットや、青と紫の混じった瞳……ブルーベリィカラーと言うらしい大きな瞳。
惚れ惚れするくらい起伏のないしゅっとしたスタイルなどは勿論注目なのだが。
どうしたって彼女が気になってしまうのは。
横にいる事で目に見える背中の翼……おもちゃみたいなちっちゃなやつが浮かんでいたからだろう。
芸術……あるいは歌から派生した超能力の蔓延る世界。
その特性上、空を飛ぶ……あるいは翼を生やす能力が多いと親父ノートで知ってなければ、TPOをわきまえずにお嬢ちゃん可愛い翼だね、ぐへへ……なんて聞いていたかもしれない。
しかも、感情に合わせて動くらしく、小動物のごとくぱたぱたする様は、異世界トリップほやほやのオレにしてみれば目に毒でしかない。
よって、なるべく視界に入れないようにしていたわけだが。
「あ、あのっ……」
校長室での転入生としてのあれこれを終えて。
それぞれの担任の先生の元、いざ教室へと言ったところで、そんな遠慮がちな声がかかった。
それこそ学生くらいの頃は、自分が呼ばれたわけでもないのに呼び声や掛け声に反応してしまう、なんて失敗もそれなりにしていて。
懐かしくも微妙な気分になりつつ、そっと声のした方を伺うと、いつの間にやら羽付きの少女が間違えようもなくオレの事を見上げていた。
無駄だと理解し知りつつも反射的にユーキの助けを求める視線をやると。
案の定なユーキはこちらを一瞥し……にやりとした後、担任の先生らしき人と何やら世間話を始めてしまう。
「……あ、ええと。挨拶が遅れまして。二年一組に転入する万年政智です」
ぺこりと頭を下げた瞬間、先走ったか、なんて思ったけど。
ユーキと違って初対面なのだから、挨拶をするのは常識なのである。
……なんて、テンパっていたのをそんな言い訳で誤魔化していると、対する彼女もハッとなって一度二度と頭を下げてきた。
「一年三組に入る事となりました、鳥海慧ですっ。この度は、沢田玲さんにつくこととなりました、よろしくお願いいたしますですっ」
玲ちゃんと同じクラスかと思ったら、どうやらオレやユーキのご同輩らしい。
『青空の家』の子じゃなかったと思うが、他にもそう言う所があるのだろう。
自分自身も要人警護など向いているなんてまったくもって思わないが、高校生にはとても見えない彼女も大概だろう。
小学生です、と言われても納得してしまうほどには小柄だった。
まぁ、『曲法』とやらに体格や見た目が影響しないのは知っていたので、文句どころか気になっていた玲ちゃんを守ってくれる人がこんな可愛らしいだなんて、個人的にはプラスにしかならないわけだが。
「よろしくね、慧ちゃん。もしよければそこのユーキと任務? の擦り合せをしたいんっだけど空いてる時間ある?」
「あ……はいですっ。二時限休みに集まるようにと、透影さんが」
一緒に来たからそうだとは思ったが、ユーキは慧ちゃんととっくに自己紹介を済ませていたらしい。
「わかった。それじゃあ二時休みね」
「はいですっ」
丁寧に、元気溌剌と頷く彼女に、まさに天使だな、なんてほっこりしつつ。
それぞれの教室へと、向かうのだった……。
(第11話につづく)