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第三話

『あら、言ってなかったかしら』

「しらばっくれるな、糞婆」

『家賃を十倍に上げるわ』

「……失礼致しました、奈々子お姉さま」

 僕は携帯電話を持ちつつ、平謝りする。

 ……金を盾に取るのは正直ズルいと思う。



 取り敢えず状況を確認する為に奈々子叔母さんに至急連絡を取ってみたところ、どうやら相田さんの言っていた僕が白峰館に置ける雑務係だというのは本当らしい。


『実際、私はお姉ちゃんにちゃんと言って置いた筈だけれどね。……さては椛ちゃん、お母さんに売られたわね』

「くッ……。揃いも揃って汚い大人達ばかりだ」

 僕は切腹を言い渡された侍のように項垂れるばかりである。切ない……。


『まあ、お姉さんが出した条件は家賃をほぼ免除する代わりに椛ちゃんが白峰館に住んでいる住人のお世話をする事。それで家賃、光熱費、その他雑費を全てがタダになるのであれば安いものだと、そう思わない? 椛ちゃんのお母さんは喜んで快諾してくれたわ』

「そもそもなんでまたそんな……」

 大家である奈々子叔母さんが元より皆の世話を引き受けている寮監のような立場ならまだしも、この白峰館は特別そう言った世話役など存在しない普通のアパートだと、先程相田さんに聞いている。


 ならばどうして急に住民の世話役などという立場を作ったのだろうか。


『うーん……。細かい説明は面倒だから省くけど』

「省くなよ」

 説明を省いた挙句、積もり積もった面倒が全て僕の元へ迷惑として降りかかっているのだ。ならば奈々子叔母さんにその説明をさせない訳にもいくまい。


『簡単に言うと、そのアパートに住んでいる住民はみーんな駄目人間なのよー』

「すっげー、バッサリと切り捨てますね!」

 そもそもあんたがそれを言うなよ。

 三十九歳で自分の事をお姉さんとか呼んじゃう未婚独身女は駄目人間でない筈がない。


『そこに住んでいる住民って基本長い事居てくれて、大家の立場としては非常にありがたいのだけれど。同時に生活能力皆無過ぎて家賃何度も滞納するわ、迷惑トラブル起こしまくるわでお金を運んでくれる爆弾みたいなものでね。ひじょーに扱いに困る方々なのよ』

「…………へー」

 僕はちらりと横で欠伸をしている相田さんを見る。


 彼も奈々子叔母さんの言う通り駄目人間なのだろうか。……いや、他人の話を素直に真に受けて評価するなんてさすがにどうかと思うし、そもそも奈々子叔母さんの言う事を信用するなんて事は愚の骨頂である事は先刻、身に染みて感じているし……。



 取り敢えず評価を下すのは後々に回し、僕は奈々子叔母さんの説明に耳を傾ける。


『そんで私はどうにか彼等が真っ当な人間になって、お姉さんに安心と信頼とお金を齎してくれないものか、と考えた訳』

「びっくりするぐらい自分の利益優先ですよね」

『大人ってそういうものよ』

 嫌な大人だ。


『兎も角、私は考え付いたの。なら彼等の世話をしてあげれば、駄目人間部分をカバー出来て尚且つちゃんと家賃を滞りなく払ってくれるんじゃないか、と。ついでに家賃を少しだけ上げる交渉も出来るんじゃないかと』

「…………家賃上げたんですか?」

『ギブ&テイクよ。皆、一万で自分達の世話係を雇えるならって快諾してくれたわ』

「そういうものですか……」

 確かに真っ当な取引のように思えるが……。この人が言うとどうしてこうも印象が悪く聞こえるのだろう。……あ、分かった。全然悪びれてないところだ。


『さて、そんな感じに住民との交渉は成功に終わったけれど、肝心の世話役がいない。当の私は自分の仕事が忙しいし……。そこに飛び込んできたカモ…………じゃなくて優秀な世話係こそ椛ちゃんなのよ!』

「おい、テメェ。今、僕の事カモって言いやがったな」

『良いじゃないの。ねえ、椛ちゃん。この話は誰にとっても悪い話じゃないのよ。まずさっき言っていた通り家賃の滞納が減る。住民は世話役が居る事により楽出来る。そして椛ちゃんはタダでアパートを借りる事が出来る。皆が皆、ハッピースマイル、幸せ沢山にっこにっこー、なのよ。素晴らしいとは思わない?』

「た、確かに誰も得こそすれ損はしていませんが……」

 どうにも納得出来ない。上手く丸め込まれているという危険信号が僕の内側よりアラームを鳴らしまくっている。


『それに椛ちゃんならこの白峰館の世話係としてこれ以上無いくらい適役なのよ。こっちに来る前に家事の基本はお姉ちゃんにしこたま叩き込まれたんでしょう?』

「まあ一通りは熟せるように習いましたが……。あのもしかして……」

 世話役を引き受けるだけのスキルを磨く為に僕は母親に三ヶ月もの間、必死にしごかれたの!?


『そ、の、まさかよー! ぱんぱかぱーん! 椛ちゃんの三ヶ月にも及ぶ実習期間はこれにて終了! これより実践で技を磨いて貰うわ!』

「つまり、その、何ですか……。僕が有翅学園に合格する前から、この白峰館に入居する事は決まっていて、尚且つその時に備えて僕は訓練されていた、という事ですか?」

『それもまたギブ&テイク。この世の中はお互いがお互いを支え合って形作られているのよー! また一歩大人になったわね、椛たん』

「あの、子供に対して大人になる前にトラウマを植え付けるの止めてくれませんか?」

 大人の汚い世界を垣間見るには僕はまだ世間を知らなさ過ぎる。


『……と言うか、そもそも椛ちゃんには選択の余地無いんじゃない? なんなら免除してあげている家賃自分で払う?』

「酷い脅しだ……」

 新しい生活を前にしてそういう希望も何も無い物言いは僕に得難い経験値を与えてくれる。金に関わる交渉は他人に任せず自分で結べという教訓を僕は今、切々と得ている。


『きっまりー! 宜しくね、椛ちゃん。お姉さんも暇な時は出来るだけ様子を見に行くようにするし、そっちの住民には宜しく言ってあるからさ。気負わず自分に出来る事だけ一生懸命やってくれればそれで良いの』

「分かりましたよ、引き受けました、その仕事……」

 囚人のジレンマって奴だ。金に縛られた亡者には結局、選択肢など一つしか示されてはいないのである。白峰館の壁が冷たい鉄格子に見えてくる。


『実際、色々な意味で椛ちゃんはそっちの世話役に適役だと思うし。しっかりやって頑張るんだよー。では、ばーい』

 ぷーぷー、という味気ない電子音が耳に届き、通話が切れた事を知る。僕は肩を竦めながら携帯電話をしまうと、口からリストラされた中年オヤジみたいな溜息が自然漏れ出た。


「お前も大変だなぁ……」

 僕の様子を見て大体の事を察したのか、相田さんは肩に手を置いた。


 同情するなら金をくれ。それであの婆に反旗を翻すから。


「さて、まあ事情は大いに察するが、俺とて一万の金を毎月払って雑務係であるお前を雇うんだ。どぶに金を投げ捨てる訳にもいかない。……悪いが、飯を買ってきてくれ」

「……ういーす」

 早速スーパーに買い出しに出かける。そして帰って来るなり僕の自室で待っていた相田さんに簡単な食事(ご飯、ワカメの味噌汁、秋刀魚の焼き魚)を作ってやった。



 中々美味い、と言って食べてくれた相田さんの笑顔が責めてもの救いだった。

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