フルングニル星域会戦ー11
ダニエル・ストリウス大将は、最終的な被害集計を見て唇を噛んでいた。
第二十三艦隊と第二十五艦隊、『連合』宇宙軍の精鋭部隊は敵の巧みな罠によって大打撃を受けた。沈没だけで38隻、これ以上の戦闘が不可能な艦はその倍に達するだろう。戦力の1/3を一瞬で奪い取られた計算だ。
唯一の救いは、『共和国』側に十分な予備兵力がなく、ミサイル攻撃を食らって大混乱に陥った『連合』軍を追撃してこなかったことだ。そうなっていれば、さらに悲惨な結果になっていただろう。
「まあいい。これからの行動方針を決めよう」
ストリウスは一度深呼吸し、論題を切り替えた。第四統合艦隊は約900隻を以て戦闘に突入したが、これまでの戦いで250隻前後を戦列から失った。
引き換えに『共和国』軍に与えた被害は300隻と報告されているが、戦場の混乱による集計ミスを考えればそれよりやや少なめ、200隻ほどと推定すべきだろう。
一方、グアハルドの第一統合艦隊の状況は遥かに悪い。1300隻のうち600隻を戦列から失い、今や気息奄々の状態だ。
この状況において、『連合』軍が取りうる選択肢は2つある。1つ目は目の前の敵との戦闘を続行すること。2つ目は惑星フルングニルからの撤退だ。
普通に考えれば、選ぶべきは前者の戦闘続行だ。『連合』宇宙軍が惑星フルングニルから撤退すれば、その制宙権は自動的に『共和国』宇宙軍に移る。首都惑星リントヴルムの城門と呼ぶべき惑星に、『共和国』軍が展開する準備が整ってしまうのだ。
(だが…)
ストリウスは考え込んだ。出撃前、国家の最高指導者に言われた言葉を思い出したのだ。
「あなた方が率いているのは、我が国唯一の艦隊です。それを忘れないでください」、新政府最高指導者の救世教第一司教はそう述べ、「全滅を賭しても『共和国』軍の前進を食い止める」と言ったストリウスを窘めた。
厳密に言えば「唯一の艦隊」という表現は正しくない。『連合』国内には未だ4個艦隊相当の実働可能な宇宙軍戦力が残っている。
しかしこれらは分散されて国境警備のために張り付けられるか、現在編成中の新艦隊の核としてばら撒かれるかしている。『連合』が統一運用できる宇宙軍は、確かにフルングニルへ投入された9個艦隊がほぼ全てなのだ。
その9個艦隊がフルングニルで全滅してしまえば、『共和国』軍はリントヴルムにフリーパスで進んでくる。第一司教はそう憂慮し、敢えて士気を下げかねない言葉を口にしたのだろう。
(勝利を信じるか? それとも?)
第一司教の紅い瞳を思い出しながら、ストリウスは悩んだ。
『共和国』宇宙軍を撃退する、或いは少なくとも差し違えればこの戦いは『連合』側の勝ちになる。その意味で、戦闘続行という賭けに出る価値はあると言える。
だが賭けに負ければ、『共和国』宇宙軍に致命傷を与えられないまま『連合』宇宙軍が全滅すれば、最悪の状況になる。
防衛のための艦隊を失った首都惑星リントヴルムには『共和国』軍が侵攻。救世教の緑旗に代わって、白地に黒い星を描いた『共和国』国旗、または同じく白地に青い星を描いた『連合』旧政府国旗がはためくことになる。そして『連合』領は2つに分断されるだろう。
首都惑星を失っても新政府はイピリア周辺に落ち延びて戦いを続けるだろうが、問題は救世教の影響力が弱い惑星群がどのような反応を示すかだ。
『共和国』の傀儡政権を受け入れる星、これを機に独立を宣言する星、外国に火事場泥棒的に併合される星が続出し、『連合』領全体がカオスに陥る。出来て間もない新政権が首都惑星を外国軍に奪われれば、そのような状況が生じることが容易に予想できた。
第一統合艦隊との専用回線が開いたのはその時だった。モニターの向こうには、総司令官のグアハルド元帥がいる。不利な戦況のためか、普段は血色のいい顔が青ざめていた。
「率直に聞きたい。そちらは後15分以内に勝てそうだろうか?」
グアハルドは焦燥と屈辱を滲ませた声で聞いてきた。その質問の意味をストリウスは察した。
グアハルドの第一統合艦隊は今のところ何とか持ちこたえているが、戦力差を考えればいずれは崩壊する。グアハルド自身によれば持ちこたえられるのは15分だ。
この会戦を少なくとも引き分けに終わらせるためには、それまでに第四統合艦隊が現在交戦中の敵に勝利を収め、応援に駆けつけなければならないのだ。
「難しいと考えます。こちらの被害と同等の戦果は上げましたが、あくまで同等です。これから短時間で、目の前の敵を戦場から脱落させることは出来ません」
ストリウスは努めて冷静な口調で事実を指摘した。新兵器と熟練兵を揃えながら、同等の規模の敵に勝てなかったという屈辱が胸中を焼いている。
政府交代後初めての戦いにおいて、制度と装備を一新した新政府軍はかつての旧政府軍より遥かに善戦した。しかしそれは「善戦」に止まり、勝利を収めることは出来なかったのだ。
「…分かった」
グアハルドはうなだれると回線を切った。何も言われずとも、ストリウスにはグアハルドが何を決断したか分かった。
「各艦隊、交戦を中止せよ。第一統合艦隊と合流しつつ、当星域から撤退する」
ストリウスは血を吐くように命じた。
「司令官、それでは!?」
「最後の宇宙軍を失うわけにはいかんのだ」
リッターが声を上げたが、ストリウスは自らの意思を通した。第二十三艦隊と第二十五艦隊が大打撃を受けたこと、及び第一統合艦隊の支援に航空兵力を送り出したことで、第四統合艦隊の現戦力は大幅に低下している。
しかも敵の指揮官は恐るべき罠を仕掛けてきた稀代の名将だ。この状況で交戦を続ければ、勝利より敗北の可能性の方が高い。
そこに第一統合艦隊の窮状が加わる。このまま戦闘を続けても、『連合』側の勝ち目は限りなく薄かった。
「艦隊さえ残れば、希望も残される!」
ストリウスは撤退と聞いて動揺している戦闘指揮所の要員たちに対し、宣言するように言った。
『連合』は現在背水の陣と言っていい状態だが、まだ川に突き落とされた訳ではない。逆転の希望は残っている。
その希望を掴むには艦隊を維持しなければならない。例え敗北の屈辱に塗れ、重要惑星を失ってもだ。
「…分かりました」
不満そうな表情を浮かべていたリッター首席参謀が頷く。それに釣られて、他の幕僚たちも同意を示した。
(今は勝利に奢るがいい。『共和国』軍)
ストリウスは内心で宿敵に話しかけた。視線の先には、惑星フルングニルの軌道上に浮かぶステーション群、正確にはその跡地がある。
『連合』軍は『共和国』軍の侵攻が始まる前に、侵攻が予想される惑星の軌道上にある宇宙軍設備全てを移送した。設備は『共和国』及びその同盟軍の進撃線側面に移送され、新たな基地で稼働を開始している。これら基地群が、この戦争における『連合』の切り札だった。
「勝つには勝ったが」
ディートハルト・ベルツ大将は撤退していく『連合』軍艦隊を見つめながら、複雑な表情を浮かべていた。
フルングニル星域会戦と名付けられるであろうこの戦いの第1目的は、フルングニルの制宙権確保だった。
そして『連合』宇宙軍の撤退により、それは自動的に達成された。だから戦闘結果は『共和国』軍の勝利と見なしていい。
だが第2の目的だった『連合』宇宙軍の撃滅には失敗した。ベルツはそう認めざるを得なかった。
第1艦隊群は重層同時打撃の成功により敵に大打撃を与えたが、その後の空襲への対処を余儀なくされたため、全滅させることは出来なかった。
また第3艦隊群はどうにか敵を撃退したといったところで、交戦していた敵は完全に秩序を保って粛々と後退していった。勝利は勝利でも、不完全勝利と言うべきだった。
その不完全勝利と引き換えに、『共和国』軍は200隻近い沈没艦を出している。
会戦の規模の割には少ない損害とも言えるが、ほぼ1個艦隊分の軍艦を失ったのはかなり痛い。特に第3艦隊群は、この先3か月は使い物にならないだろう。
また現在の状況では、沈没のみならず損傷も大打撃だった。このフルングニルには当然ながら『共和国』軍の設備など無く、修理は全て数少ない工作艦頼みだ。
自力航行できる艦は本国に回航するとしても、機関に損傷を受けた艦は応急修理を待ち続けるしかない。戦線復帰にかかる時間は新造と大差ないのではないかと、ベルツは危惧していた。
ベルツの憂慮を余所に、戦闘が終わるまで後方に待機していた揚陸艦部隊が前進を開始したという報告が入った。宇宙軍が一応の勝利を収めたため、地上軍の降下作戦が始まるのだ。
「次は何か月かかるかな」
参謀長のポラック中将が呟いた。スレイブニル戦は敵の判断ミスによって早期に終結させることが出来たが、『連合』地上軍も戦訓から学んでいるはずだ。フルングニルにおける地上戦がどれ程の時間を要するかは、予断を許さなかった。
フルングニルで『共和国』宇宙軍は不完全ながら勝利を収めていたが、同時に攻勢を開始した『自由国』軍及び『連盟』軍は苦戦を強いられていた。
まず惑星カトブレパス侵攻を試みた『連盟』軍2個艦隊は、僅かな駆逐艦部隊と基地航空隊の奇襲を受け、軍艦91隻を喪失して遁走した。これは同国が保有する艦隊型軍艦の約1割に相当する。
一方、惑星イピリアに侵攻した『自由国』軍は、宇宙軍による迎撃は受けなかった。代わりに彼らを出迎えたのは、膨大な地上軍及び各都市を死守する民兵部隊だった。
降下した『自由国』地上軍は民兵部隊に阻まれて支配域を拡大できず、そこに突入してきた正規軍によって荒野に押し込められてしまったのだ。
『自由国』軍は『連合』のような宙兵部隊を持たないし、『共和国』のような宙対地攻撃技術すらない。結果、『連合』地上軍は好き勝手に行動できたのである。
最終的に降下第一陣の100万人強は砲弾が降り注ぐ包囲環に閉じ込められて動けなくなり、そのまま『連合』軍の捕虜となった。
近傍の都市にちなんで『ガイウス殲滅戦』と呼ばれるこの戦いは、開戦後の戦訓に合わせて改訂中の『連合』地上軍戦闘教令に、「対地攻撃能力を持たない敵軍に対する戦闘法の見本」として取り上げられることとなる。
このような惨状を見て、両軍についてきていた『共和国』軍観戦武官たちは青ざめると同時に内心で溜息をついた。
今回の戦争における2つの同盟国は当てにならない。前々から囁かれていた噂が事実であることを、2つの敗北ははっきりと証明してしまったからだ。
まず『連盟』だが、この国の軍事力に信用が置けないことは軍事顧問団が以前から報告していた。弱さの理由は技術的問題もあるが、根本的原因は社会制度である。
軍事顧問の1人の発言を借りれば、『連盟』は「財閥階級と奴隷階級しかいない国」だ。財閥階級に属さない人間の半分は字も読めず、人口のかなりの部分が自転車より複雑な機械に触れたことがない。
そんな人口プールの中から集められた兵を財閥出身の士官が指導するのだから、まともな軍隊が出来上がる筈もないのである。士官は兵を動物同然とみなして家畜のように扱い、兵の方はそれに応えて獣のように振る舞う。悪循環だった。
一方の『自由国』はまだましだが、2年前まで敵国だったこの国は反『共和国』感情が強いという別の問題がある。『自由国』人の大半は今回の戦争を、「旧敵国に強要されてやむなく参加した、全く意味の無い戦争」と見なしていた。
同国政府は反救世教プロパガンダによって前線及び銃後の士気を高めようとしているが、奏功しているとは言い難い。
前の戦争に負けたのが原因で『自由国』人は政府を信用しておらず、現体制の否定を唱える救世教に、内心では共感している者が多いからだ。
国境沿いの惑星の1つハンサでは軍の一部と民間人が結託して主要都市を占拠、『自由議会国』の成立を宣言するという事件まで発生した。
『連合』新政府では財閥代表からなる最高会議が廃止され、平民の代表からなる「国民議会」が新たに創設されているが、明らかにそれに因んだ名称だった。
反乱はすぐに鎮圧されたものの、ハンサ住民の大半が『自由議会国』を支持したことは、現政府に対する『自由国』人の信頼度を如実に物語っている。一般企業どころか警察や軍の一部においてもストライキやサボタージュが続発し、内務局直轄軍が何とか国を纏めている状態だ。
これらの欠点は最初のうちは表面化しなかった。両国がまず侵攻した『連合』との係争地には、治安維持を任務とする小部隊しか置かれていなかったためである。
両軍は容易く係争地の占領に成功し、戦勝の興奮によって国内対立も一時的に解消された。
だがその先に進み、『連合』軍とぶつかった瞬間に両国及びその軍隊の脆さは露呈した。
両軍は元々士気も練度も低いうえに、係争地の占領が終わったことでこれ以上戦争を続ける意義を感じていない。祖国防衛に燃える『連合』軍とまともに戦って勝てる筈が無かったのだ。
(何とか最低限の役割は果たして貰いたいものだが)
『共和国』軍人たちは苛立ちながら思った。彼らの視線の先には、ファブニルからフルングニルに向かって伸びる長大な航路があった。
『連合』首都惑星リントヴルムには、膨大な数の艦船が並んでいた。ドニエプル級戦艦、ガリラヤ級空母、コロプナ級巡洋艦、ピトケアン級駆逐艦、いずれも開戦後に就役が始まった新鋭艦が、合計3000隻以上もゆっくりと航行している。
巨大艦隊の周囲には、これまた膨大な数の客船が航行し、乗客が艦隊の雄大な姿に見入っていた。
これだけの軍艦がいるのなら、我が国はまだ大丈夫だ。『共和国』軍が攻め入ってきても、圧倒的な戦力で撃砕してやれる。新鋭艦の雄姿を眺めながら、乗客たちはそう確信していた。
なおリントヴルムの地上では、地上軍の戦車部隊が中央通りで行進し、上空を戦闘機隊から選抜されたアクロバットチームが飛んでいる。『連合』旧政府の名物だった観艦式と軍事パレードが、新政府の指揮下で行われているのだった。
これらの行事は名目上、地球時代の緑色革命記念日に因んで行われている。『連合』新政府は政権奪取成功後に、救世教時代の祝日を復活させたからだ。
各都市では救世教時代の慣習に因んで、自治体主催のバーベキュー等も行われ、市民を楽しませていた。
無論、新政府は単に緑色革命の日だからという理由で膨大な兵器を動かしたり、市民に格安の焼き肉を振る舞ったりしている訳ではない。観艦式をはじめとする行事の最大の目的は、フルングニル星域会戦敗北によって動揺している国内世論を落ち着かせることにあった。
「士気高揚の為とはいえ、何とも贅沢な話だ」
軌道上のステーションから観艦式を眺めつつ、フェルナン・グアハルド元帥はそんな感想を漏らした。 これだけの軍艦を動かすには膨大な予算が必要となる。幾ら国民の士気高揚の為とはいえ、やり過ぎではないかとグアハルドは思っていた
「国内統一に成功してから3か月も経っていない国にとって、国防力の誇示は死活的に重要です。軍事的に無力と見なされれば、国民が『共和国』の傀儡政権に鞍替えしかねませんから」
一方、参謀長のロル・ビドー中将の方は、大観艦式について肯定的な意見を述べた。
『共和国』はフルングニル星域会戦終了後、『連合』亡命政府なるものを立ち上げている。内戦終結時に同国に逃亡した旧政府要人を中心とした傀儡政権で、「救世教支配打倒」を訴えていた。
今のところ、亡命政府への国民の支持は無視できる水準にある。旧政府自体その無能と腐敗から国民の評判が悪かったし、それが『共和国』の手先になったとなれば嫌われて当然だ。
亡命政府の存在は現在、「『共和国』は旧政府と野合し、諸君らを再び支配階級の軛に繋ごうとしている」、という新政府系メディアの宣伝に逆用されている有様だった。
だが所詮、人間は力に従うものだ。新政府の軍事的能力についての疑いがこれ以上広まれば、まず旧政府下で権益を得ていた層が亡命政府に尻尾を振り、続いてその他の国民も「旧政府復活」を渋々受け入れるかもしれない。
亡命政府への支持を抑止するには、新政府の軍事力が健在であることを国民にアピールする必要がある。その為には観艦式や軍事パレードの費用位惜しむべきではないというのが、ビドーの考えのようだ。
「国防力か。地上軍はともかく宇宙軍は張子の虎だがな」
グアハルドは一見堂々とした艦隊を見ながら自嘲の笑みを浮かべた。
観艦式に参加している新鋭艦たちは実のところ、実戦に参加できる状態にない。艦が新品であるのと同様、それを動かす乗員たちも基礎訓練を終えたばかりだからだ。
各艦がごく低速で航行しているのも、実は観艦式だからではなく、高速航行の訓練が完了していないからである。
「我々としては、残った艦隊でしばらく支え続けるしかありません」
ダニエル・ストリウス大将が頷く。観艦式に参加している新造艦たちは将来の希望だが、希望だけで前線を支えることはできない。後何か月かは、フルングニル星域会戦を生き残った戦力で戦うしかなかった。
「既に準備は整っています」
「我々も、命令次第出撃できます」
グアハルドやストリウスが深刻な表情を浮かべる中、その下で部隊を指揮するハミルトン中将、エックワート少将、チェンバース少将らは意気軒昂だった。
『連合』軍と『共和国』軍との力の差は確実に縮まっている。彼らはその実感をフルングニル星域会戦で得たのかもしれない。
「分かった。期待しているぞ」
グアハルドは彼らに応えて言った。戦況は良くないが、絶望的ではない。フルングニルに残る地上軍と連携して時間を稼げば、リントヴルム侵攻を遅らせる事は出来るはずだ。
(それに、上手くすれば…)
グアハルドはかつて見た反攻作戦案の概念図を思い浮かべていた。フルングニルで膠着状態が発生した場合に発動される2つの大規模作戦だ。試案には、『紅炎』、『黒点』というコードネームが与えられていた。




