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フルングニル星域会戦ー9

 「やむを得ない。残った予備兵力を投入して全力で叩く」


 ストリウスは困惑しながらも、小惑星帯内部から出現した艦隊への攻撃を命じた。

 ストリウスの手に残っている予備兵力は、『連合』軍最精鋭の第二十三艦隊とその他若干。敵艦200隻の出現という予想外の事態にも、何とか対処できるはずだ。


 「お待ちください。敵の行動はあまりにも不可解です。ここは偵察機を飛ばして正体を確認すべきです」

 

 そこにリッター作戦参謀が意見してきた。

 200隻もの艦を小惑星帯内部に隠しておくなど、あまりにも常軌を逸した行動だ。あの200隻はデコイか何かで、こちらの予備兵力を吸引しようとしているのではないか。リッターはそう思っているらしい。



 「そうするか」


 ストリウスはリッターの言を容れた。第一統合艦隊の支援に多数の航空機を振り向けた影響で、第四統合艦隊に残る航空兵力は残り少ないが、偵察程度の任務なら可能だろう。




 命令を受け、第二十三艦隊所属の空母部隊から戦闘機と偵察機で合計300機ほどの航空隊が出撃していった。偵察の結果は5分もすれば入ってくるはずだ。


 次にストリウスは第二十三艦隊の針路を、敵艦200隻が出現した方向に向けるよう命じた。

 あの200隻が本当に、リッターの言うようなデコイなのかは分からない。本当の艦隊だった場合に備え、現在交戦中の第二十五艦隊を支援する態勢を整えておく必要があった。




















 エルシー・サンドフォード飛行曹長は、ペアのアリシア・スミス准尉とともに、ストリウスを困惑させた「艦隊」の周囲を飛んでいた。

 なお周囲を警戒しているのは彼女たちだけではない。第3艦隊群が現在運用できる航空機の約1/3、700機が「艦隊」周辺を飛行している。そのうち300機がエルシーたちのような対空装備、残りは対艦装備となっていた。


 (とんでもないことをするものね)


 「艦隊」を眺めながらエルシーはつくづく思った。

 200隻の集団のうち、約70隻は各艦隊から抽出されたミサイル戦闘群である。しかし問題は残りだ。残りの130隻を占めるのは、『共和国』軍にとって何よりも貴重なはずの艦隊型輸送艦なのだ。


 一応、そういうことをした理由はエルシーにも推測がつく。艦隊型輸送艦は鈍足の軍艦程度の推力質量比を持つので、戦闘艦艇と混ぜてしまえばレーダーや熱源探知機では区別がつかない。つまり艦隊型輸送艦を混ぜることで、70隻の軍艦を200隻に見せかけることができるのだ。

 そんなことをする目的は下っ端のエルシーたちには聞かされていないが、恐らく敵にこちらの兵力を誤認させ、判断を誤らせる狙いがあるのだろう。



 だがそれにしても、艦隊型輸送艦を囮に使うというのはどうかとエルシーとしては思う。

 このタイプの艦は普通の輸送船に比べて高価であるため、正面装備優先で調達を行う『共和国』宇宙軍では常に不足気味だ。しかも不足気味でありながら、これからの作戦に不可欠な艦であるというおまけがついている。

 それを敵の前に差し出すとは、司令部は余程追いつめられているのだろうか。








 「エルシー、敵機が来た!」


 そんなことを考えているうちにアリシアが叫んだ。コクピットの計器を確認すると、確かにレーダーと熱源探知機に反応がある。


 2人はすぐさま、敵機が現れた方向に機首を向けた。戦闘機隊の任務はこの「艦隊」を敵機から守る事だ。上層部の行動に若干の疑問点はあるが、下っ端のエルシーたちとしてはとにかく命令を遂行するしか無かった。




 (あの時以来か)


 エルシーはふと思った。2人が実戦に参加するのは、惑星ファブニル周辺で行われていた試作機のテスト以来だ。あの時は試験飛行中に敵機が飛来し、2人は試作機で敵新鋭機と空戦する羽目になった。


 次にエルシーは全身に少し鳥肌が立つのを感じた。あの空戦で、アリシアとエルシーは共に空中分解する機体からカプセルで脱出する羽目になった。2人の技能云々ではなく試作機の欠陥が原因だったが、一歩間違えれば戦死していたという事実は変わらない。




 自分のことも無論だが、エルシーにとってはアリシアが戦死したかもしれないという事実が最も恐ろしかった。

 自分はどうか分からないが、空戦の天才であるアリシアは絶対にこの戦争を生き残ると、エルシーはあの時まで確信していた。アリシアの操縦技術は、そんな宗教じみた確信を周りに抱かせるほどのものだったのだ。

 だから少なくとも、自分がアリシアの死を経験することは無いだろうと、エルシーは安堵していた。自分はいつか戦死するかもしれないが、その時までアリシアはペアでいてくれる。アリシア機が敵の目の前で故障する時まで、エルシーはそう思っていた。


 だがあの事故は、そんな甘い考えを粉々に打ち砕いた。

 アリシアの操縦技術がどれ程優れていても、彼女は不死身ではない。空戦で撃墜されて戦死することは無くとも、他の理由で宇宙の塵になる可能性は十分にある。そのことを思い知らされたのだ。



 「どうしたの、エルシー?」

 「あ、いや。ちょっと考え事」


 黙り込んでいたエルシーを不審に思ったのか、アリシアが声をかけてきた。言葉に窮したエルシーは、答えにもなっていないような答えを返した。同時に恐怖を頭から追い出し、操縦桿を握り直す。

 もうすぐ空中戦に入る。そのときペアの片割れであるエルシーが恐怖や雑念に囚われていては、それこそ先ほど思い起こした最悪の事態が起きかねない。エルシーは努力して心を落ち着かせた。

 


 (大丈夫。この機体なら)


 エルシーは恐怖を遮断すべく、自らに言い聞かせた。

 今2人が乗っている機体は、操縦の難しさを露呈した上に試験飛行中に空中分解したXPA-27では無い。これまで『共和国』宇宙軍艦載機隊の主力だったPA-25Cの改良型であるPA-25Dだ。

 この機体はエンジンと構造材の改良によって推力質量比がC型より若干向上した他、重装甲の敵新鋭機バラグーダに合わせて機銃の装備数が増やされている。


 何よりありがたいのは、PA-25Dは十分に実績のある機体をもとに作られ、操縦性や信頼性に優れていることだ。惜しむらくは性能にも劇的な変化が見られない事だが、スピンや空中分解を引き起こしかねない飛行機よりはましだろう。



 



 「あれね」


 手足のように操れるほどに乗り慣れた機体で飛ぶときに特有の解放感を感じながら、エルシーは光学索敵装置に映る2つの青白い光を見据えた。

 レーダー及び逆探ではずいぶん前から表示されていた敵機だが、ここで光学的にも確認できたことになる。


 「偵察機かな?」

 

 アリシアがエルシーに敵機の正体についての推測を伝えてきた。敵の動きは新鋭のバラグーダはもちろんのこと、従来のスピアフィッシュと比較しても遅い。おそらくはスキップジャック多座偵察機だろう。


 「ええ、偵察機みたいね。でも、護衛はどこにいるのかしら?」


 エルシーはアリシアにそう返答した。動きの鈍いスキップジャックはすぐに落とせるが、偵察機が単独行動しているとは思えない。付近に護衛戦闘機がいるはずだ。




 しかし2人が敵偵察機に接近していっても、『連合』軍の戦闘機は姿を見せなかった。

 エルシーはコクピットの中で首を傾げた。護衛は逆探による発見を防ぐためにレーダーを切って飛んでいるのかもしれないが、こちらのレーダーや熱源探知機にはひっかかるはずだ。


 「まあ、護衛がいないならいないでいいわ。さっさと撃ち落として別の敵を探しましょう」


 アリシアが不思議そうな口調で言いながら、機体をやや加速させた。エルシーも合わせてエンジン出力を上げつつ、索敵用機器のモニターを一瞥した。やはり2機の偵察機以外、敵機の姿は見当たらない。






 2機ずつの『共和国』軍機と『連合』軍機は互いにほぼ正対しているため、距離は見る間に縮まっていった。初めは遥か遠くにある恒星くらいの大きさにしか見えなかった光点が、すぐに同じ星系に属する惑星程度の大きさになり、さらには有人衛星軌道上の衛星を地上から見上げた位の光になっていく。




 頃合いと見たところで、エルシーとアリシアは敵機の横合いに回り込むべく、機体をそれぞれ逆向きに旋回させた。


 『連合』軍のスキップジャック偵察機は機首とコクピット後方に防御機銃を装備しており、前または後ろから攻撃すればそれによって迎撃される可能性がある。

 偵察機に装備された機銃の命中率など大したことはないが、2人は念のため機銃の旋回範囲外からの攻撃を選択することにしたのだ。



 機銃のトリガーに手をかけたエルシーは、既に撃墜を確信していた。戦闘機に護衛されていない多座偵察機など、こちらの戦闘機にとっては単なる餌でしかない。

 一応搭載している電波兵器の出力が優る分、ジャミングでこちらのレーダーを麻痺させることは出来るが、光学照準は防げない。そしてエルシー機は敵を光学照準器で捉えている。もはや撃墜は既成事実も同然だった。

 



 だがエルシーは、その光学照準器に映し出された映像を見て瞬時に血の気が引くのを感じた。

 この距離なら敵機が後方に曳く高温ガスの帯だけではなく、大まかな機体形状も確認できる。その形状は、明らかにスキップジャックのものでは無く、2人にとって忌まわしい記憶と結びついている機体だった。

 

 「エルシー、気を付けて! あれはバラグーダよ!」

 

 エルシーがアリシアに警告する一瞬前に、アリシアの声がコクピット内に飛び込んできた。

 アリシアはエルシーより通常の意味での視力が良い訳ではないが、動く物体の形状を見極める能力は優れている。その動体視力により、アリシアは一足先に敵機の正体に気付いたのだ。

 

 その瞬間、敵機が2機ともエルシー機に向かって機首を向けた。先ほどまでは「偵察機」のようなのんびりした動きをしていた機体たちが、今では「戦闘機」としての凶暴性を剥き出しにした鋭い機動を行いながら向かってくる。

 


 「卑怯者! 何てことするのよ!?」

 

 アリシアの叫び声が聞こえる。彼女の言葉通り、『連合』軍のバラグーダは2人を見事に騙していた。

 彼らはまず偵察機のような低速飛行を行うことでこちらを油断させ、横合いからの攻撃を誘った。それが成功したと見るや否や、『共和国』側の2人のうち技量の劣る方を先に片づけに来たのだ。

 バラグーダは戦闘機としては異例の大型機であり、レーダー上ではスキップジャックのような偵察機と区別がつかない。それを利用した戦術だった。


 (相手も同じことを考えるということか)


 敵の行動に対するアリシアの罵詈雑言を聞きながら、エルシーは頭の片隅で思った。

 レーダーは光学策敵器や熱源探知機では発見できないほど遠方にいる敵を発見できる便利な兵器だが、弱点もある。分かるのはあくまでレーダー投影面積であり、相手の正体でも実際の大きさでも無いということだ。

 『共和国』側は輸送艦を戦闘艦艇に見せかけ、『連合』側は戦闘機を偵察機に見せかけることで、互いにその弱点を利用しようとしているのだ。



 


 エルシーは2機の敵機の動きを見据えた。相手はこちらから見て、ほぼ一直線に並んでいるようだ。まず先頭機が攻撃し、こちらが旋回して回避した場合は後続の機体が攻撃をかけるつもりだろう。


 (だったら)


 エルシーは敵の動きを確認すると、スロットルを一杯に踏み込んだ。前に乗っていたC型より若干出力が向上したエンジンが咆哮し、既にかなりの速度がついていた機体が更に加速されていく。

 

 ただでさえ正対しているため、互いの距離は恐ろしい速度で縮まっていった。敵先頭機の機影は、既に光学照準器からはみ出しそうになっている。まるでチキンレースだ。

 スロットルを踏み込んだ数分の一秒後、照準器の中に映る敵機の航跡がやや小さくなり、計器に表示される相対速度の伸びが低下した。敵はエルシー機とは逆にエンジン出力を絞ったのだ。衝突を危惧してかエルシーの狙いに気付いてかは不明だが、どちらにせよ好都合な動きだった。



 エルシーが見つめる中、敵先頭機から無数の光が吐き出された。バラグーダは『共和国』のPA-25シリーズより長射程の機銃を装備しており、先に発砲できるのだ。強敵といわれる所以の1つである。

 しかしエルシーはその動きを予測し、機銃発射と同時に機体をスライドさせていた。バラグーダが装備する機銃の射程は、前に戦った時に分かっている。何の工夫もない正面攻撃程度なら余裕で回避できた。



 自機の真横を通過していく光を見ながら、エルシーは自らも機銃のトリガーを引いた。なおPA-25Dは以前のC型より機銃の装備数が多く、瞬間火力が向上している。

 バラグーダには劣るものの、これまでより格段に数を増した光の束が敵に殺到していく様子はやはり壮観だった。



 「堕ちないか。やっぱり堅いわね」


 しかしエルシーは次の瞬間に舌打ちする羽目になった。確実に数発は直撃させた自信があるが、バラグーダが分解する様子はない。それどころか動きが鈍ることさえない。

 コクピット及びエンジン周辺に貼られた分厚い装甲が、エルシー機の銃撃を跳ね返したのだ。




 悔しがる暇もなく、両機は宇宙航空機の基準ではニアミスに分類される距離ですれ違った。バラグーダの逞しい胴体とPA-25シリーズのそれに比べて格段に太い航跡が、すぐ脇を掠めていく。相手が大型であることも相まって、手を伸ばせば触れられそうにさえ見えた。


 「次はあいつか」


 エルシーは次に接近してきた2番機を見据えた。その動きはどことなく戸惑っているように見える。なおすれ違った1番機はと言うと、遥か遠くで旋回を行っていた。


 

 「よし!」


 エルシーは自らの戦法が図に当たったことを知って歓声を上げた。

 機銃の射程で優る敵機を相手にする場合、普通はいったん旋回して躱す。しかし2機が一直線に接近している場合にそうするのは愚策だ。旋回すれば1機目の攻撃は回避できるが、同時に自らの横腹を2機目に対して晒す形となるからだ。

 

 そこでエルシーは敢えて最大出力で直進し、衝突するぎりぎりの位置で1番機の横をすり抜ける道を選んだ。

 2対1の戦闘で最も怖いのは、1度目の攻撃を回避して動きが鈍った直後に2度目の攻撃を受けることだが、こうすれば2番機はすぐ傍の1番機が邪魔になって撃てない。

 また至近距離ですれ違った1番機はしばらく戻ってこられないので、実質的に1対1の戦闘に持ち込むことができる。無論至近距離を通過すると衝突の危険があるが、2機による連続攻撃と比較すれば十分に許容できるリスクだった。


 エルシーは笑みを浮かべながら、バラグーダの機銃の射程に入る寸前で操縦桿を倒した。それを見た敵2番機もまた、慌てたように旋回する。

 このまま行けばエルシー機は敵に後ろを取られるが、エルシーは全く心配していなかった。エルシーがこの世で最も信頼する人物の乗機が、旋回した敵2番機の横腹を狙っていたからだ。



 「上手いわね。エルシー」


 その人物、アリシア・スミス准尉は喜びと安堵が入り混じった歓声を上げながら、敵2番機を攻撃しようとしていた。元々アリシア機は敵2番機を追っていたのだが、加速性能の差によって接近できずにいた。いかにアリシアが空戦の天才でも、機体性能は変えられないのだ。

 だが敵がエルシーの誘いに乗って旋回したことで相対速度が変化し、アリシア機は敵を攻撃可能になったのだった。




 「って、え!?」


 しかしエルシーとアリシアは、敵2番機の動きを見て同時に声を上げた。バラグーダの巨体は見た目に似合わない速度で再度旋回し、アリシア機から遠ざかって行ったのだ。


 「流石の高出力エンジン、素早いわね」


 アリシアが悔しそうに言った。バラグーダの恐ろしさは火力と装甲だけではない。大型エンジンの採用により、その攻防性能と高い機動性を両立させている事にある。敵機の機動は、2人に改めてその事を思い知らせていた。


 「なら、私が!」


 エルシーは宣言するように言った。敵機は確かにアリシア機からは遠ざかったが、それは同時にエルシー機に向かって接近する針路でもある。今度はこちらが連続攻撃をかける番だった。


 「当たれ!」


 エルシーは短く叫ぶと、自らエルシー機の前に飛び込む形になった敵機めがけて機銃を発射した。吹雪を思わせる発光性粒子の束が、戦闘機としては異様に巨大な機体を包み込む。命中を表す光が火花のように散り、敵機の姿が一瞬見えなくなった。




 そのまま敵機が爆発を起こすことをエルシーは期待した。先ほどは命中数が少なかったせいで落とせなかったが、今回は少なめに見積もっても数十発は当たっている。

 いかに頑丈な機体であっても、今度こそ耐えられなかったのではないか



 「ええっ、嘘!?」


 だが命中光の中から現れたものを見て、アリシアとエルシーはまたしても同時に叫ぶことになった。バラグーダの巨体が、爆発も分解も起こさずに悠々と出現したのだ。

 操縦系統の一部を破壊したのか旋回速度は鈍っているが、致命傷には程遠い。



 (ならコクピットかエンジンを狙撃してやる)


 未だ原型を留めている敵2番機を睨み付けながらエルシーは決意した。相手は遠ざかりつつあるが、攻撃出来るタイミングはもう1度くらいはありそうだ。そこで急所を攻撃して仕留める。

 さっきの一撃で敵機も弱っているはずだから、今度こそ落とせると期待した。



 「エルシー、もう1機が来てる!」


 しかしエルシーが攻撃をかける前に、アリシアの警告が聞こえてきた。レーダー画面を見ると彼女の言うとおり、先ほど至近距離ですれ違った敵1番機が近づいてきている。


 エルシーは唇を噛むと、敵からいったん距離を取った。自分の顔が紅潮するのを感じる。敵機を落とせなかった悔しさもあるが、それ以上に羞恥心の方が大きかった。

 「撃墜する瞬間は、そのまま撃墜される瞬間になり得る」、飛行学校の戦闘教習で最初に教えられることだ。敵機を照準器に捉えて発砲する瞬間はどうしても意識がそこに集中し、別の敵が忍び寄っていることに気付かないことが多い。そのことを戒める警句である。

 

 先ほどのエルシーは、まさにその過ちを犯していた。敵2番機への攻撃に心を奪われてしまい、1番機のことを失念していたのだ。

 アリシアとの共同撃墜が中心とはいえ、一応エースの称号を持つパイロットにあるまじき失敗だった。






 エルシー機が引き下がったのを確認すると、敵1番機は2番機を庇うようにして撤退していった。機体の性能で優るとはいえ、1機が手負いの状態で空戦を続けるのは得策ではないと判断したのだろう。




 (勝つには勝ったけど…)


 遠ざかっていく敵の航跡を見ながら、エルシーは疲労感と入り混じった危機感を覚えていた。敵機の接近を阻止して偵察を失敗させたのだから、戦闘結果自体はこちらの勝ちだ。だがその内容はとても喜べるものではない。


 アリシアとエルシーの分隊は、技量的に見て『共和国』宇宙軍の中でもかなり上位に入るはずだ。少なくとも、2人が模擬空戦で他の分隊に負けたことはない。オルレアン艦載機隊内部ではもちろん、他艦の航空隊との対抗試合でもだ。


 その2人が同数の敵機と戦い、1機も撃墜できなかった。敵の操縦員や偵察員の能力が優れていたこともあるかもしれないが、1番の原因は機体の性能だろう。

 PA-25Dのエンジンではより大型のエンジンを搭載したバラグーダに追いつけず、その機銃は分厚い装甲を打ち抜くには威力不足だったのだ。



 「考えてみると、あのXPA-27って悪くない機体だったのかもね」


 同じく疲れたような声でアリシアが話しかけてきた。

 危うく2人を殉職させる所だったXPA-27試作戦闘機について、アリシアとエルシーはこれまで散々非難してきた。

 実際、あのままでは実戦投入は不可能だろうと今でも思う。急旋回するとスピンからの空中分解を引き起こしかねない飛行機など、怖くて乗れたものでは無い。


 しかし一方で、XPA-27は性能だけを見れば素晴らしい飛行機だったことは否定できない。

 2人がXPA-27に乗っていれば、撤退していくバラグーダに追いついて撃墜できた。それ以前に、空戦に突入した直後に撃ち落せたかもしれない。



 「早く欠陥が改善されるといいんだけどね」


 エルシーは相槌を打った。PA-25シリーズがバラグーダに対して力不足であることは、今の空戦ではっきりと分かった。一刻も早く、後継機の配備が待ち望まれる所だった。


 


 だが2人が飛行試験中に聞いた話によれば、XPA-27は量産型どころか増加試作機の生産も未だ始まっていなかった。

 あれはオルトロス星域会戦の直後だったから今ではもう少し開発が進捗しているだろうが、それでも実戦配備にはまだしばらくかかるだろう。





 「後は他の宙域がどうなったかね」


 定位置に戻りながら、エルシーは何となく呟いた。

 戦闘機隊の任務は敵航空機による対艦攻撃を防ぐことに加えて偵察機を追い払い、こちらの正体を悟られないようにすることだ。正確にそう言われたわけでは無いが、輸送艦を戦闘艦艇に偽造して周囲に戦闘機を展開させるという行動からみて明らかだろう。

 エルシーたちは任務を曲がりなりにも達成したが、より技量の劣る他の隊はどうなったのだろうか。

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