ファブニル星域会戦ー7
「敵艦発砲!」
今度は悲鳴じみた報告。敵艦隊はようやくオルレアンを発見し、反撃の砲火を浴びせてきたらしい。戦闘指揮所からは何も感じることが出来ないが、現在オルレアンの周辺の空間を荷電粒子砲のビームが次々に貫いているはずだ。
だが不思議なことに、その砲撃は全く命中しなかった。いつまで経っても直撃弾によって艦内の照明が消えることも、被害報告が届くこともない。
「な、何で当たらないんだろう!?」
リーズは思わず声に出してしまった。オルレアンは現在、敵の隊列の真ん中を突っ切るように動いている。おそらく複数の艦から集中砲火を浴びているはずなのに、なぜか被害を受けていないのだ。
「敵には私たちが見えないのよ。撃沈された艦から出る電磁波のせいで」
独り言のつもりだったが、それを聞いていたらしいリコリスが答えてくれた。
確かに周囲にはASM-15の直撃を受けた艦が何隻も散らばっている。爆発四散して金属粒子のガスと化した駆逐艦や、反応炉の大部分が停止して完全に戦闘力と自力航行の能力を失った巡洋艦の付近から、敵艦隊は砲撃を行っているのだ。
そして宇宙船舶の機関が爆発した場合、大量の電磁波が放散されてレーダーや通信機が不調になるという情報は、確かに士官学校で聞いていたし、今日の戦いでも既に体験した。最初に駆逐艦を味方と合同で仕留めたとき、敵艦が沈没した瞬間にレーダーにノイズが走ったのだ。
あの時艦が沈んだのはずっと遠方だったが、今の敵艦隊は同じ隊列を組んでいた艦の爆沈に見舞われている。レーダーが受けたダメージは遥かに大きかったに違いない。
「ちなみに本艦の砲撃も命中精度は落ちているけど、大げさな光学機器を積んでいるお蔭でそこまで悪影響は出ていないわ。というか、嫌がらせ程度に命中すればそれでいいし」
リコリスが丁寧に解説してくれる中(その愛想の良さを少しは上官にも向ければ、この人はもっといい立場につけるのにとリーズは思う)、オルレアンは主砲を連続斉射しながら敵艦隊の中央に突っ込んでいく。
接近に伴って敵の射撃精度も上がり始めていたが、直撃弾が出る前にリコリスは新たな命令を出していた。
「対艦ミサイル発射、発射数4、目標は現在砲撃中の敵巡洋艦。光学測距器の感度を落とせ」
命令一下、これまで出番がなかったオルレアンのミサイル発射筒が左に旋回すると、4条の青白い閃光を吐き出した。先ほどの飽和攻撃とは比較にならないほど小規模な攻撃だが、通信が混乱し、砲撃で損傷を受けた敵艦に対しては過剰と言っていい程の打撃力だ。ほぼ至近距離と言っていい位置から発射された4発のASM-15は、そのまま吸い込まれるように、敵巡洋艦を直撃した。
命中した瞬間には、『連合』のエルブルス級巡洋艦の巨大な艦体は微動だにしないようにも見えた。ASM-15はミサイルとしては大型だが、宇宙巡洋艦の巨体と比較すれば一本の針のようなものだ。その針が4本程度突き刺さったところで、地上のいかなるビルより巨大な建造物は揺らぎもしないのではないか。
だが無論、それは錯覚だった。命中の数秒後、ミサイルが後方に曳く高温ガスの帯はおろか、艦船の航跡より格段に巨大な閃光が膨張し、敵巡洋艦が存在したはずの宙域を埋め尽くす。
「敵巡洋艦轟沈!」
索敵員が歓声を上げる。それを遮るように、リコリスの指示が兵装科に飛んだ。
「光学測距器の感度を復旧。その後、砲撃開始! 目標は右舷の敵巡洋艦」
オルレアンの主砲、及び両用砲のうち右舷に指向できる砲すべてが素早く旋回すると、新たな敵巡洋艦めがけて火を噴く。
レーダー射撃より命中精度が劣る光学射撃とはいえ、相手は至近距離だ。砲撃は面白いように命中した。直撃を示す閃光が走るたび、敵巡洋艦の艦体の一部が抉られ、兵装の一部が吹き飛ばされていく。流石に轟沈とまではいかないが、戦闘力にかなりの打撃を与えているのは確実だった。
一方の敵巡洋艦の射撃精度は見ていて同情したくなるほどに低かった。まず目の前で轟沈した僚艦から放たれた閃光が、光学射撃の為の兵員及び射撃指揮装置を一時的にダウンさせた。そこに放たれた至近距離からの砲撃が、射撃のための装備、及び砲そのものを徐々に破壊していく。
各砲塔の兵員は自己判断で砲撃を続けたが、いかに相手が近くにいるとはいえ、まともな射撃データがない状態で命中弾を出すのは困難だった。
砲員たちが屈辱的な砲戦の展開に悲憤慷慨する中、オルレアンのどこか不格好な艦体は無傷のまま『連合』の部隊の隊列を通過していった。
1隻の巡洋艦が何ら損害を受けずに、十数隻の敵の中を通過していく様子を、敵味方の将兵は信じられないといった表情で見ているしかなかった。それどころか、オルレアンの乗員ですら大半が信じられないという顔をしている。
続いて敵艦隊は、我に返ったかのように次々と変針した。レーダーが使用不能になっている宙域から抜け出し、オルレアンを追撃しようとしているらしい。
だがリコリスはその報告を聞いても、全く慌てた様子がなかった。それどころか、何とも愉快そうな笑みを浮かべている。
「かかった!」
リコリスはついに声に出して笑い始めた。貴族的な美貌が興奮と喜悦で歪んでいる。
リーズはその姿を頼もしく思う一方、正直言って少々薄ら寒いものも感じた。リコリスがこの3ヶ月で最も楽しそうだったからだ。戦闘突入前はあれだけ嫌がっていながら、いざ戦闘を行うとなるとやりがい、あるいは楽しみを見出すのがリコリスという人物らしい。
ところでリコリスは何がそんなに嬉しいのだろう。リーズは続いてそう思った。敵の隊列を突き抜けたオルレアンは現在、弱点である後部を砲撃に曝している。現在のところ、敵のレーダー射撃が不可能になっているおかげで命中弾は出ていないが、追撃を受け続ければ危ないのではないだろうか。
「よしよし。流石にそこまで無能ではなくて助かったわ」
リコリスの方はというと、そのような失礼極まりないセリフを上官に浴びせながら、戦況モニターを嬉しそうに眺めていた。そこには、味方の巡洋艦と駆逐艦が整然とした隊形を組むと、敵艦隊に砲撃戦を挑もうとする様子が映っている。
リコリスが嘲笑する中、味方艦隊はいきなり増速すると、敵艦隊に光学照準による砲撃戦を挑み始めた。閃光がさっきのミサイル攻撃で大幅に数を減らした敵巡洋艦、駆逐艦に突き刺さり、艦上構造物を吹き飛ばし、艦内の設備を破壊する。
よく見ると1隻の敵艦に対して3隻ないし4隻の艦が集中砲火を浴びせているようだ。艦数ではそこまで優越していないはずなのに、何故そんなことが出来るのか一瞬疑問に思ったが、すぐに理由が分かった。敵の隊列がばらばらであり、味方は孤立した敵艦に砲撃を集中することが可能なのだ。
何故そうなったかというと、対艦ミサイル飽和攻撃の影響もあるがオルレアンのお陰でもある。オルレアンはさっき敵艦隊の真ん中を通過し、隊列を乱した。
そしてさらに、敵は慌てて変針したせいで自らの陣形を一層混乱させる形になったのだ。分断され、相互支援が不可能になった敵艦隊を、味方は今各個撃破している。
(すごい…)
ここでリーズはやっとリコリスの「敵艦隊の中央を突破しろ」という一見無茶な指示の狙いを理解し、ただ感嘆するしかなかった。
リコリスはまず味方がもうすぐミサイル攻撃をかけると判断し、その攻撃直後には敵の射撃精度が著しく落ちることを予想した。だから彼女はあの特定の状況で行う限り、中央突破に危険はないと分かっていたのだ。そしてそうすることで、敵の混乱を誘えることも。
リコリスは敵味方の位置関係から自身の取るべき行動を即座に判断し、全く犠牲を出さずにそれを成し遂げた。『共和国』-『自由国』戦争の時、僅か2年で少尉から中佐まで駆け上がる程の活躍を見せ、『共和国』英雄の称号を受けた軍人は、再び実戦で恐るべき戦果を挙げてみせたのだ。しかも、失敗作扱いの巡洋艦を駆って。
数隻で一隻に火力を集中するなぶり殺しのような戦闘はしばらく続いた。『連合』の艦は重防御だが、自艦と同等の火力を持つ艦3隻以上に砲撃されれば、粘りにも限界がある。オルレアン付近の宙域は、漂流するだけの金属塊と化した巡洋艦や、機関の爆発によって轟沈した駆逐艦の破片が漂う墓場になりつつあった。
もちろん『連合』側も隊列を立て直そうとするが、無駄な努力でしかない。ある艦が戦列に加わるころには集中砲火を浴びた他の艦が戦闘不能になっているという体たらくであり、戦力の逐次投入の見本と化していた。
一方、オルレアンは砲撃戦に加わらず、戦場を少し遠巻きにしていた。その理由はリーズにも理解できた。現在、味方の他の艦は戦闘に夢中だ。それだけならまだしも、沈没艦が散乱し、レーダーの機能が著しく制限される宙域にいる。だからオルレアンは彼らにとっての「目」の役割を果たさなければならないのだ。
「索敵科より艦長。敵部隊接近中。艦種は不明なれど、30隻以上と判断」
噂をすれば影だった。第33分艦隊が相手にしている敵艦隊の総数はおそらく200隻以上。艦数だけを取ってもこちらの3倍の戦力であり、次から次へと新手が出てくるのが当然だ。
「艦長より通信科。味方艦隊に敵の接近を通告。それと意見具申もしてあげて。全艦の撃沈に拘らず、脅威を取り除くだけで切り上げるように」
リコリスがどこかうんざりしたような声で命令を発する。どの道、今交戦中の敵部隊は既に大打撃を受けているのだ。すぐに止めを刺し、新手に対処できると思われたが。
「まずいわね。これだと…」
リコリスの口調が少し焦燥を帯びた。その視線の先を見たリーズは事態を悟った。敵艦隊から高速の駆逐艦が分離し、最大戦速で接近していたのだ。
愚かな兵力の逐次投入という見方も出来るが、それなりに脅威ではある。何しろ、味方はまだ敵艦隊の無力化を終えていない。ここで20隻以上の駆逐艦が突っ込んで来れば、対艦ミサイル飽和攻撃をやり返される恐れすらある。