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『連合』領侵攻ー4

 惑星リントヴルムは、宇宙から人類への贈り物と呼ばれた星だった。大気の組成や気候、重力や自転・公転の周期に至るまで地球に酷似しており、地下には膨大な資源が存在する。

 加えてこれまで人類が開拓してきた有人惑星群のほぼ中心部に存在するとなれば、『連合』の首都惑星になったのも当然である。



 青く輝く星の地上には戸籍にあるだけで25億の人間が居住し、それぞれの暮らしを営んでいる。特に『大内戦』の後で再建された『連合』首都ペリクレスは戸籍人口1800万を擁する世界最大の都市であり、人類世界に存在するありとあらゆる物が売られていた。


 


 市の中央部にある高級商業施設では平均的な労働者の年収を超える礼服を財閥階級の御曹司が買い漁り、その横では愛人が大きめの家一つが買える値段の宝飾品に手を伸ばしている。

 隣の店ではイピリア政府軍による産地の占領が原因で手に入らなくなったはずの高級酒が並べられ、やはり財閥階級に属する人間たちが今夜のパーティーの為に買い漁っている。

 戦争による物価高騰も、そもそも出費を気にする習慣を持たない彼らにとっては対岸の火事以下の些事に過ぎない。


 

 一方そこから500m離れた地下街では、浮浪者一歩手前の下層労働者が安価かつ危険な防腐剤が含まれたパンを齧りながら、酒場に向かって歩いている。

 本来財閥階級と平民階級の居住地域は厳密に二分されているのだが、現実にはペリクレス市の中央部は平民の下層労働者だらけだった。彼らは自らの足以外に移動手段を持たないため、仕事が見つかりそうな場所の付近に住まざるを得ないのだ。

 下層労働者たちは放棄された地下鉄や下水道を拡張して作った地下街に居住し、臨時雇いとして市内の清掃や簡単な工事に従事していた。


 なおこれらの地下街及びペリクレス市随所に散在するスラム街は目障りな上に、救世教徒の活動の温床になっているという指摘が以前から存在した。

 全てを撤去したうえで住民は新設の集合住宅に強制移住させるという案も出ていたが、『共和国』との緊張激化に伴ってこの政策は延期となっていた。

 軍の拡張のために多額の予算が計上された影響で、都市計画予算が軒並み削られたのだ。そのため相も変わらず、ペリクレス市の中央部はスラムだらけだった。



 一方郊外の一角では、また別の光景が見られる。国家保安隊に賄賂を贈ることで摘発を免れている闇市が開かれているのだ。

 闇市には違法薬物に始まり、財閥が他の財閥に対する中傷の為に流した文書集、更には敵国のプロパガンダ映画を収めた携帯端末までが売られていた。どれもかなりの値段だが、他では手に入らない商品とあって飛ぶように売れている。

 ちなみにこれらの商品は主に、ここ50年ほどで大きく数を増やした平民のテクノクラートに好まれている。財閥階級の上司の下で実務を切り盛りしている彼らは、本当に国を動かしているのは自分たちだという誇りと、その割に収入や社会的地位において報われていないという鬱憤を抱えている。

 違法な娯楽を楽しむことは、彼らにとって財閥と財閥が代表する社会制度への反抗心の表明なのだった。

 

 





 宇宙暦702年のこの日も、また同じペリクレス市の夜となる筈だった。

 昨日と同じように財閥はパーティーを開き、下層階級は本日の稼ぎを手に賭場や娼館に入り、中産階級は財閥に対する愚痴をこぼしながら闇市に集まる。

 数百年とは言わないまでも、後数十年は同じことが繰り返されるのだろう。リントヴルムの住民たちは漠然とそう思っていた。

 腐臭を含んではいるが抗いがたいほどに甘い空気が漂い、一部を除く全員がその空気に取り込まれている。『連合』首都惑星リントヴルムとはそういう星だったし、これからもそうあり続けそうに見えた。

 


 


 無論、そんなはずが無いことを、少なくとも中産階級以上の人間は頭では分かっていて然るべきだった。

 情報源によって数値に差はあるが、歴史的な『連合』領の6割から9割は、救世教徒を中心とする新政府の手に落ちていることが、船員及び宇宙港の労働者からの情報で伝わっている。

 またリントヴルムに残存する旧政府は殆どの宇宙軍戦力を失い、各地の地上軍は殆ど抵抗もせずに新政府軍に寝返っているという情報も、かなり広まっている。


 何しろ新政府軍の軍艦がリントヴルム軌道上に出現、爆弾の代わりに宣伝ビラを撒いて行ったことさえあるのだ。敵の宣伝文書を拾うことは重罪とされていたが、実際には市民の多くがビラを隠し持ち、その内容を概ね事実であると受け取っていた。

 首都惑星軌道上への敵艦侵入を許してしまったこと自体、旧政府が完全に追い詰められているという証拠だったのだ。

 



 だがそれでも、リントヴルムに漂う空気はどこか弛緩していた。新政府は領土を広げすぎているのでもうすぐ自壊するとか、『共和国』軍が助けに来るという無責任な噂が政府筋から流された挙句、流したほうも半ばそれを信じている有様だ。

 700年の歴史を誇る『連合』が滅びるはずが無い。『大内戦』さえ切り抜けたのだから、今回も何とかなるはずだ。リントヴルムではそうやってほぼ全ての人間が、自国の無事を根拠もなく確信していた。

 


 その理由はいろいろ言えるが、主な理由として大抵の人間は既得権を失うことはおろか、それを予測することにも耐えられないという点に求められるだろう。

 リントヴルムでは財閥階級は言うに及ばず、近頃数を増やしている中産階級でさえ、他国の他の惑星の平均的な住民が夢にしか見ることができない程の生活水準を謳歌している。『連合』の中心部には国中、いや世界中から物流が集中し、膨大な富が集まっているためだ。

 政府の交代によってその豊かな生活が永遠に失われるかもしれないことは、財閥階級はもとより口では財閥支配に文句を言っている中産階級でさえも望んでいなかったし、想像すらしたく無かったのだ。

 

 なお理論上、新政府軍が『連合』領の大半を制圧したことで既にリントヴルムは貧しくなっているはずである。

 リントヴルムとその周辺の惑星はかなりの生産力を持つが、莫大な人口による消費全てをカバー出来るほどではない。外からの流入が止まれば、物資が不足して大インフレが発生するのが自然だ。

 


 しかし実際には、多少のインフレこそ発生しているもののリントヴルムの物資は豊かなままだった。

 理由は簡単で、頻繁に寄港する貨物船がリントヴルムに備蓄されている貴金属と引き換えに、消費財を供給してくれているからである。国籍を隠して荷卸しをしている貨物船が間違いなく新政府の船籍であることは皆が承知していたが、皆一様に気づかないふりをしていた。


 外部からの消費財の供給が止まれば、リントヴルムで飢饉が発生するのが目に見えているからだ。

 ただでさえ新政府によって旧政府の腐敗や無能が暴かれている今、旧政府としては首都住民を纏めて飢餓に追いやった政府という、最悪に不名誉なレッテルを貼られる訳には行かないのだった。



 



 こうして新政府への大量の貴金属流出と引き換えにリントヴルムは今日も豊かであり、各都市のあちこちに展開している軍部隊でさえ、甘く弛緩した空気に取り込まれている。

 士官はもちろん下士官や兵に至るまで、演習場で土に塗れたことが一度も無いことを伺わせる真新しい軍服を着こみ、物憂げな表情で交代時間を待っている。中には勤務中にも関わらず、階級に見合わない程高価なアクセサリーをぶら下げている者までいた。


 リントヴルム駐留軍は実戦に巻き込まれる可能性が最も低く、一方で役得は最も多い。その為将兵の殆どは、賄賂を使ってこの部署に配属された連中だった。

 彼らは投資を回収すべく、訓練より多くの時間を利権漁りに割いている。麻薬の密売組織への軍の装備品横流し、開発業者に雇われての地上げ、あるいは使用料を取って軍用地で闇市を開かせるなど、彼らの活動は多岐に渡る。

 軍と言うよりマフィア同然の集団だったが、捜査と称して問答無用で財産を奪っていく国家保安隊よりは話が通じやすい組織として、市民から「愛されて」いた。

 

 





 そのためもあってか、ペリクレス市の住民の中で「それ」に初めて気づいた人間は軍人では無く、ただ望遠鏡でぼんやりと空を眺めていた少女だった。


 無論、本来は軍人であって然るべきだった。ペリクレス市の上空警備を担当する第一防空師団は多数の対空監視所及びレーダーを擁しており、理論的にはペリクレス市上空の異変を市内の一般人の誰よりも早く見つけられるはずだったからだ。


 しかし人間の営みにおいてしばしばそうであるように、ここでも理論と現実は食い違った。

 まず対空監視所群を監督している士官はその時間、リントヴルムを支配するフリートウッド家が主催するパーティー兼会談に出かけており、部下たちは持ち場を離れてトランプに興じていた。

 またレーダーの方はというと、基地内に潜入していた救世教の工作員によってコンピューターウイルスを組み込まれ、何が観測されても「異常なし」と表示するようにされていた。

 

 その結果、2万人の将兵と技術の粋を集めて作られた監視装備を擁する師団が、屋敷の隅で埃を被っていた一般向けの望遠鏡を持った1人の少女に後れを取るという珍事が生じたのだ。




 「…新政府軍」


 望遠鏡を覗いていた少女、ソニア・フリートウッドは、遥か上空の宇宙空間を横切る数多の光の筋を見て呟いた。無論航跡だけではそれがどこの所属かは分からないが、状況証拠は夜空に浮かぶ光たちが新政府軍に属していることを示していた。


 フリートウッド家の邸宅の一室に軟禁されているソニアは内戦の現況を知らなかったが、フリートウッド家の人々が軍の一部と会談し、国外逃亡の準備を進めていることは知っていた。

 と言うことは、内戦はこちらの負けなのだろう。


 また毎日夜空を見ていて気付いたが、ある日を境に惑星リントヴルム軌道上を訪れる艦船、特に軍艦は激減した。内戦が始まる前は少なくとも数百隻、場合によっては1000隻以上の軍艦が確認できたのに、今では数十隻単位の軍艦を見るのも珍しい。

 おそらくこちらの宇宙軍は、『共和国』軍もしくは新政府軍に敗れて壊滅したのだ。


 ならば今見えている軍艦と輸送船の大群は少なくともこちらの所属ではなく、多分新政府軍に属している。『共和国』軍と言う可能性もあるが、地理関係を考えれば新政府軍の方が本命だろう。




 (知らせに行くべきだろうか)、群れを成す青白い光の筋を眺めながらソニアは自問した。

 一般人向けのちゃちな望遠鏡でも確認できるだけの距離に新政府軍が近づいてきたということは、時間が残り少ないことを意味している。数十分後、遅くとも数時間後には、新政府の地上軍がペリクレス市に降下してくるはずだ。

 新政府軍が降りて来れば死刑は免れないフリートウッド家としては、その前に逃亡の準備を終えなければならない。


 しかしソニアは結局、外側から施錠されたドアを叩いて知らせを送る代わりに、紅茶を淹れることにした。

 フリートウッド家の主要人物はとっくに軍から連絡を受けているはずだという間違った認識と、知らせてもどうせソニア自身は報われないという正しい認識のためである。




 ソニアが属するフリートウッド家は現在の最高会議議長を務める家であり、惑星リントヴルムで最大の権勢を誇っている。

 だがそのことは、その成員全てが富や権力を握っていることはおろか、生きる権利を持っていることさえ意味していなかった。


 フリートウッド家を含む大抵の財閥の財産は、子孫のうちごく一部にしか相続されない。財産が分割相続されれば、家の力が弱まってしまうためだ。

 相続権を持つ条件は生まれた順番であったり、生殖相手の血筋であったりするが、膨大な財産を受け継ぐのは財閥の子弟のほんの一部でしかないことはどの家でも共通している。


 そして相続権を持たないその他大勢の運命は悲惨なものだ。放逐や飼い殺しくらいならまだ幸運な方で、大抵は「スペア」もしくは「残機」と呼ばれる責任処理係として使われる。

 早い話が、何か重大な失態を政敵に追及された際、実際の意思決定者の責任を被って処刑されるのがお役目である。ソニアもまた、その1人だった。


 ソニアは所詮消耗品に過ぎないため、フリートウッド家が国外逃亡する際もこの部屋に取り残される。はっきりそう言われた訳ではないが、周りの態度から見て明らかだ。


 おそらくソニアの役回りは新政府軍のリントヴルム占領後、「旧政府の責任者の1人」として公開処刑されることだろう。

 新政府軍はとにもかくにも旧政府の血筋に連なる人間を殺せば恰好はつくし、国外逃亡したフリートウッド家にとっては、名目上の責任者が罰を受ければその分追及が和らぐ。両者にとって損のない取引と言う訳だった。



 だからわざわざ、自分が新政府軍接近を知らせてやる謂れもないだろう。軟禁されている部屋の殺風景なコンクリート壁を眺めながら、ソニアはそう結論づけていた。

 知らせても知らせなくても、ソニアが新政府軍に処刑されることに変わりはないのだから。


 



 複数の銃声が聞こえ始めたのはその時だった。ソニアは首を傾げた。まだ新政府軍は降下していないのに何故だろう。

 新政府軍接近を知った使用人たちが、それにかこつけて謀反を起こしたのだろうか。或いは血筋的に脱出できるかどうかの境界線上にある連中が、宇宙船の座席を求めて殺し合いでも始めたのか。


 どちらにせよ、自分には関係ないことだ。銃声とともに、邸宅の地下にあるトロッコが緊急発進する音を聞きながら、ソニアはぼんやりと思った。

 ソニア自身は国外逃亡どころか、この部屋から出ることも出来ない。部屋は外側から厳重に施錠されており、許可がなければ出られないからだ。

 久しぶりに部屋を出る事が許された際、倉庫に転がっていた望遠鏡を見つけて持ち込めたのも奇跡のようなものだ。


 だから銃声の理由やトロッコで逃げて行った人物の正体について、ソニアが考えても仕方がない。自分ではどうにもならないそんなことを思い煩うより、人生最後の紅茶を上手く淹れられたかを確認する方がずっと有益だ。



 ティーポットからカップに紅茶を注いだソニアは、再び窓に嵌った鉄格子の隙間から望遠鏡を突き出すと、さっきに比べて幾分大きさを増した光の筋を眺めた。

 新政府軍、遠からずこの部屋に乗り込んでソニアを殺しに来るであろう集団。


 しかしソニアは、彼らに恐怖も恨みも感じなかった。「スペア」、「残機」であるソニアは、今の政権がずっと続いてもどうせ殺される運命だった。彼らは運命を少しばかり早めに来ただけだ。


 


 不意に背後で金属音が鳴り響いた。その音の正体をソニアは知っていた。ドアの電子錠が外側から解除されたのだ。

 と言うことは先ほどの銃声はフリートウッド家同士の殺し合いではなく使用人の反乱で、勝利を収めた彼らが新政府軍の前にソニアを殺しに来たのだろうか。


 


 しかし振り向いた先にあったのは、予想もしていなかった光景だった。確かに最初に入ってきたのは開錠のためのカードを持った若い使用人だったが、彼は銃を構えているのではなく後方の集団に銃を突きつけられていたのだ。


 「ソニア・フリートウッドさんですね」


 使用人に拳銃を突きつけている男たちが、割と紳士的な口調で言った。一様にがっしりとした体格に隙のない所作は、彼らが本職の軍人でないにせよ何らかの武装組織に属していることを示唆している。


 「はい。私がソニアです」


 ソニアは素直に答えた。相手の正体も意図も不明だが、この期に及んで嘘をつく意味もメリットもない。



 「では、我々にご同行願います」


 続いて集団のリーダーと思われるやや年嵩の男が続いて言う。それを聞いたソニアは、何とか状況を整理した。

 どうやら新政府軍の別動隊と思われるこの集団は、本隊より一足先にフリートウッド家に奇襲をかけてその構成員を確保しようとしているらしい。

 彼らがどの程度の成功を収めたのかは不明だが、ソニアにとってはどうでもいいことだった。事態がどう転んでいようと、ソニアの運命は変わらないのだ。



 ただソニアには、目の前の集団に対して2点ほど要求したいことがあった。


 「同行については分かりました。ただ少し、お願いがあります」

 「はあ? 我々に出来ることであれば」


 リーダーが困惑の表情を浮かべる中、ソニアは自分の要求を伝えた。


 「まず、彼を離してあげてください。ただこの家で働いているだけの一般人で、何の罪もありませんから」

 「いいでしょう」


 銃を突きつけられている若い使用人を指しながらソニアが言うと、武装集団は呆気なく彼を解放した。顔立ちや体つきの特徴から、フリートウッド家の血を継いでいないことが明白だったからだろう。


 やや小太りの愛嬌のある顔をした青年は一目散に逃げ出すかと思いきや、恐怖のあまりその場にへたり込んでしまった。ソニアは少し呆れたが、無理もないと思い直した。

 ソニアは生まれながらに、いずれ殺されることが確定している身だ。対して使用人を務めているだけの青年は、他者の暴力によって自分が死ぬことなど想像もしてこなかったはずだ。

 それがいきなり、重武装した人間たちに銃を突きつけられる等と言う、一般人にはまずありえない経験をしたのだ。恐怖のあまり腰が抜けるのも当然だろう。




 「それから、これは出来たらでいいのですが…」


 無様に腹這いになりながら部屋を出ていく青年を見送ってから、ソニアは第2の要求を伝えることにした。


 「出来れば刑場までは、目隠しなしで連れて行って頂けませんか? 私はこの窓以外の場所から外の景色を見たことがないのです」


 窓の鉄格子を指さしながら、ソニアは恐る恐る頼んでみた。

 ソニアが軟禁されている部屋は、邸宅の中で最も眺めの悪い場所にある。鉄格子の向こうに広がる風景は大半が隣の建物に遮られ、空が僅かに見えるだけだ。


 一度でいいから、他の場所から景色を見てみたい。それがソニアの以前からの願いだった。財閥出身の死刑囚は目隠しされ、車の中央部に入れられて公開処刑場まで送られるから、この夢が叶えられる可能性は低い。

 だがそれでも、頼めば特例が認められるのではないか。ソニアはずっとそう思っていた。正確に言えば、そうでも思わなければ恐怖と閉塞感で発狂していただろう。





 「…ええ、いいですよ。と言うよりも、最初から目隠しする気などありませんでしたし」


 リーダーの隣にいた副官と思しき人物がソニアの指した鉄格子を見つめつつ、やや困惑した声色でそう告げた。

 口調とは裏腹に、鉄格子を眺める彼の眼には怒りと思しき光がある。邸宅内部を捜索する中で、フリートウッド家の犯罪の証拠でも見つけたのだろうかとソニアは思った。

 実際フリートウッド家は、ソニアが1万回銃殺されても足りない程の罪をこれまでに犯しているが。


 


 「何か持っていきたいものなどはありますか? あまり大きな物や危険物は困りますが」


 しかしソニアに対する彼の言葉はごく穏やかなものだった。もちろんソニアに暴力を振るう様子もない。公開処刑するまでは生かしておけと、上から命令を受けているのだろうか。


 「えっと… 特にありません」


 ソニアは一瞬、愛用していたティーセットを持っていこうかと思ったが、意味がないことに気付いて結局はそう答えた。

 数十分後、遅くても数時間後には処刑されるのだ。紅茶を淹れている暇などあるはずがない。



 (一度くらいは、他の誰かのためにお茶を淹れてみたかったな)、先ほど淹れた紅茶、ほぼ確実に人生最後となるであろう1杯を急いで飲み干しながら、ソニアはふとそんなことを思った。

 しかし彼女はすぐに、その考えを頭から追い出した。他の景色を見てみたいという願いを、神だか運命だかは叶えてくれたらしい。これ以上何かを要求しても、裏切られるだけだろう。



 ソニアはカップを置くと、微笑みながら立ち上がった。生涯で初めて、彼女にとっての監獄だったフリートウッド家邸宅の外に出られるのだ。これ程嬉しいことは無かった。

例えその先に待ち受けているのが、群衆に罵倒されながらの死であっても。




 もちろんソニア・フリートウッドは知る由もなかった。

 この先に待ち受けている運命はもちろんのこと、フリートウッド家の成員のうちソニアを除く15歳以上の者全員が既に死亡するか逃亡して行方不明になっており、彼女が現時点でのフリートウッド家の最高責任者、すなわち『連合』旧政府の指導者となっていることさえも。

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