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『連合』領侵攻ー3

 ベルツの第1艦隊群が突然現れた『連合』宇宙軍部隊と接触しようとしていた頃、惑星スレイブニルの表面では、地上軍同士の本格的な衝突が始まっていた。

『連合』軍の戦車と歩兵戦闘車が、降下した『共和国』地上軍陣地の最外周部に突入し始めたのだ。 


 一方、 降下した『共和国』地上軍は既に砲撃によってかなりの損害を被っていたにも関わらず、勇敢に反撃を開始した。

 蛸壺に隠れた歩兵が、機関砲と迫撃砲を乱射しながら前進してくる歩兵戦闘車に、重擲弾発射機から対戦車榴弾を撃ち込んで次々に擱座させる。

 進撃速度を重視して歩兵を下車させていなかった歩兵戦闘車はこのような攻撃に対して極めて脆く、車両の狭い視界では敵兵の姿を確認することもできずに虚しく破壊されていった。


 それを見た後続の戦車は、激怒したように前方に主砲を撃ち込んだ。蛸壺への直撃は極めて稀だったが、砲撃は意外なほど大きな打撃を『共和国』地上軍に与えた。

 至近距離で爆発した砲弾の衝撃波で内臓を損傷したり、巻き上がった大量の土砂によって生き埋めになる兵士が続出したのだ。一連の砲撃で、先頭に立って歩兵戦闘車を迎撃していた兵士たちの約半数が抹殺された。


 


 しかし勝ち誇ったように前進を開始した戦車隊にも、悲劇が訪れた。

 『共和国』側の応急陣地、というのもおこがましい貧相な蛸壺と機銃座を乗り越えようとした瞬間、その下部に次々と閃光が走ったのだ。


 「対戦車地雷か!?」


 『連合』側の指揮官は、履帯を切断されて停止していく味方車両を見て愕然とした。こんな短時間で意味のある数の地雷を敷設できるとは思えなかったので強行突破を命じたが、それが裏目に出たことに気付いたのだ。

 『共和国』地上軍工兵部隊の地雷敷設能力は、『連合』地上軍より高いらしい。

 



 「やむをえない。攻撃法を急襲から強襲に変更する。歩兵戦闘車から兵を降ろし、さらに砲兵で前方への弾幕射撃を開始。敵陣地を確実に押しつぶす」

 

 彼は仕方なく、攻撃手段の変更を命じた。短い準備砲撃の後で車両を着陸場所に突入させ、一気に敵を薙ぎ払うつもりだったが、『共和国』側の防御は思ったより固い。

 ここは工兵で地雷を処理し、さらに歩兵と砲兵で塹壕を掃討させながら進むしかない。


 命令を受け、兵士たちは次々と下車すると分隊ごとに散らばり、『共和国』軍兵士がいそうな場所全てを探索し始めた。その脇では工兵部隊が地雷を探って無力化する作業を行っている。

 下車した兵士が敵の対戦車兵器を掃討した後、戦車や歩兵戦闘車が突入する。教科書的な攻撃手順である。


 下車した『連合』軍兵士の一部は『共和国』軍の銃撃によって射殺されたり、重擲弾の爆発を至近距離で受けて倒れ伏したが、その割合は決して多くはなかった。

 そもそも数が違うのだ。『連合』側にとって、降下に成功した『共和国』軍兵士の総数は今もって不明だが、少なくとも今この場では『連合』軍兵士の数が『共和国』軍兵士の数を20:1以上で上回っている。

 特定の場所に戦力を集中できるという攻撃側の優位、及び『共和国』地上軍の戦闘教義では陣地の外周部の役割を主に警戒と時間稼ぎとしており、あまり大きな戦力を置いていないためだった。


 『連合』軍兵士が倒れるたび、攻撃を行った『共和国』軍兵士がいる場所には20倍以上の報復が返される。『共和国』側から銃声が響くか重擲弾発射機からの発射炎が上がるたびに、周囲にいた『連合』軍兵士が集中砲火を浴びせるのだ。

 圧倒的な数の敵を相手に反撃を試みた勇敢な『共和国』軍兵士たちは、ほぼ例外なくその直後に戦死する運命にあった。奇跡的に生き延びた一兵士の言葉を借りれば、「我々は『連合』地上軍の海の中で溺死していった」のである。




 後方の『共和国』軍部隊が第一線部隊の援護に向かおうとしたが、彼らには『連合』軍砲兵部隊の弾幕射撃が浴びせられた。

 無数の砲弾とロケット弾が現在の戦場と、他の場所にいる『共和国』軍部隊の間に炸裂して鉄の壁を形成し、『共和国』軍の前進を阻んだのだ。

 急ごしらえの浅い塹壕から立ち上がって前方の援護に向かおうとしていた将兵たちは、鉄片と爆風で文字通り粉砕され、赤い霧となって戦場に散乱した。



 「よし、いいぞ」


 戦況を見ながら、『連合』側の各指揮官たちは満足の笑みを浮かべた。『共和国』側の第一線陣地は、徐々にだが確実に突破されつつある。

 彼らが持っている武器は対戦車用が中心らしく、歩兵による攻撃には弱いのだ。敷設されている地雷も対戦車地雷ばかりで、歩兵や工兵にとっての脅威にはならない。


 「そろそろ、車両による攻撃を加えろ」


 しばらくして、『連合』側総指揮官は新たな命令を出した。『共和国』軍の第一線陣地には数ヵ所の破孔が形成され、その破孔は広がりつつある。

 そこから戦闘車両を突っ込ませ、『共和国』軍工兵部隊が現在中央部に建設中の、軌道エレベーター発着場まで到達して蹂躙する好機だった。




 形成された裂け目の近くにいた『連合』軍部隊は、後方から送られた予備隊とともに集合すると複数の梯団を形成し始めた。歩兵と砲兵が歩兵戦闘車に再び乗りこみ、近場に空いた車両がいなかった者たちは戦車やその他の車両の外側に袴乗する。

 車両外部への袴乗は大量の戦死者を生み出しかねない進撃法だが、歩兵が車両の前進についていけないよりはましだとして、『連合』地上軍の戦闘教義では容認されていた。


 戦場近くのなだらかな高地から指揮を行っていた『連合』軍士官たちは、目の前の光景に一瞬見とれた。

 数千の装甲車両が密集して砲身を天に向け、その上には装甲服に身を固めた兵士たちが乗り込んで陽光に照らされている。まるで地球時代に戦場の花形だった重騎兵部隊が、新たな力を得て現代に蘇ったような光景だ。

 この軍隊が進撃すれば、あらゆる敵を粉砕できる。ましてや降下直後で準備の整っていない『共和国』地上軍など敵ではない。装甲部隊の雄姿は、彼らにそう錯覚させるに十分だった。



 だが彼らにとって残念なことに、密集した装甲部隊は遠い祖先である重騎兵と同じ弱点を抱え、同じような兵器を苦手としていた。『連合』軍はそれを思い知ることになる。


 まずは上空から黒い影のようなものが、殆ど視認できないほどの速度で落ちてきた。その数は恐らく数万に達する。

 さらに『共和国』軍後方から突如として風切り音が接近し、悪魔が奏でる協奏曲のように空中で重なり合ったとき、装甲部隊の姿を頼もしげに見つめていた上官たちは一転して顔を引き攣らせ、これから始まる光景を思い浮かべた。



 数瞬の後、彼らが予想した光景はほぼ現実のものとなって出現した。数えきれないほどの炎の矢が黒い影のようなものとともに落下し、攻撃直前で密集していた『連合』軍装甲部隊は閃光と硝煙の中に包み込まれた。















 「そろそろ始まるか?」


 ディートハルト・ベルツ大将は時計を見ながら誰に言うとでもなく呟いた。もうすぐ前衛が敵と接触する。

 その後に起こるのは、完全なワンサイドゲームだろう。少数での奇襲攻撃をかけようとしているということは精鋭部隊なのかもしれないが、1隻あたり9隻の艦を敵に回して、まともな戦闘が成立するはずもない。




 「第3艦隊司令部より入電、敵味方不明部隊、全艦が降伏信号を掲げた状態で停止しました。さらにわが軍司令部に通信回線を開くよう求めているようです!」


 しかし続いて飛び込んできた報告は、あまりにも予想外のものだった。


 「降伏? 通信回線? 一体どういうことだ?」


 ベルツは思わず頓狂な声で叫んだ。敵が『共和国』軍に近づいてきたのは、戦闘ではなく降伏のためだったのだろうか。

 しかし軍艦が100隻単位で投降してくるほど、『連合』新政府軍の士気が低いという話は聞いたことがないが。



 「司令官。取りあえず要求通り回線を繋ぎましょう。もしかしたら、停戦及び講和条約の交渉に来たのかもしれません」


 隣のポラック参謀長が、ベルツと同じく非常に怪訝な顔をしながらも言った。現在『共和国』政府は侵攻作戦を計画する傍らで、『連合』新政府に講和を呼びかけている。


 要求事項は主に4つある。旧ゴルディエフ軍閥領全域及び惑星スレイブニルの割譲。惑星フルングニルの非武装化。『連合』旧政府の現国境での領土保全。戦時賠償金の支払いである。

 これらを全て飲ませることができれば、『共和国』は戦時にはいつでも『連合』の領土を分断できる体制が整う。

 無論『連合』が簡単に受け入れるとは思えないが、最低でも現在の両軍の前線をそのまま国境線にすること。『共和国』最高指導者のローレンス・クラーク政務局長は、中立国で交渉にあたる外務局員たちにそう命じていた。

 これには地政学的な理由もあるが、それ以上にクラークが気にしているのはおそらく国内政治だ。

 長年の戦時体制で国民に窮乏を強いたクラーク政権は、領土の拡大という分かりやすい形で成果を提示しなければ、国民の不満を抑制できないのだ。



 しかし今のところ、交渉はうまく行っていない。『連合』新政府側の担当者は、「無併合」、「無賠償」、「内政不干渉」という3つの言葉をオウムのように繰り返すばかりだという。

 『共和国』がこれまで占領した領土を全て無償で『連合』に返還し、新政府と旧政府の内戦の結果に一切の干渉を行わないこと。簡単に言えばそれが、『連合』側の要求である。


 無論『共和国』側としては、こんな条件を呑めるものではない。これまでの戦いで、『共和国』軍は宇宙軍と地上軍を合わせて200万人近い戦死者と、その数倍の負傷者を出した。

 そこに惑星ファブニルの内戦による死傷者が加わる。これ程の犠牲を出して、結果が旧国境の固定では絶対に国民が納得しない。


 こうして両者の主張が噛み合わないままに、交渉は平行線を辿り続けているらしい。しかし『共和国』のスレイブニル侵攻開始を機に、『連合』もとうとう現実を悟って交渉のための軍使を送ってきたのではないか。ポラックはそう期待しているらしかった。


 「どうでしょうか? それなら正規のルートで交渉すれば良さそうなものですが」

 「新政府も一枚岩ではなかろう。政府内の穏健派が、主流派とは別に交渉を持ちかけてきている可能性もある」

 「それなら、150隻も連れてくるのは不自然です。秘密交渉なら、せいぜい数隻で人目につかないように行動するのが常識でしょう」


 「取りあえず、議論は終わりにしておけ。もうすぐ回線がつながる」


 例のごとく論争を開始したポラックとコリンズを、ベルツは制した。相手が何の目的で『共和国』軍のもとにやって来たのかは不明だが、とにかく会談は始めなければならない。

 この場における最高責任者ではあるが所詮は前線の一司令官に過ぎないベルツに、処理できるような内容かは不明だが。




 

 数十秒後に旗艦アストライオスのモニターに現れたのは、端正な顔立ちをした中年の男だった。一見地味だが見る者が見れば高価だと分かるスーツを着込み、黒い髪は丹念に撫でつけてある。

 その隣には、『連合』宇宙軍の士官用制服を着た男がいた。童顔で小柄なため若そうに見えるが、階級章を見ると少将らしい。彼がこの部隊の指揮官なのだろうか。


(やはり講和交渉の使者か?)

 

 相手の姿を見て、ベルツはそう推測した。スーツ姿の男は明らかに文民だ。コリンズが言うとおり、『連合』新政府から外交官が派遣されてきたのだろうか。


 しかし次の瞬間、ベルツは全身が凍りつくのを感じた。旗艦アストライオスのコンピューターには、現在判明している『連合』の要人の姿と名前、地位などが保存されている。

 そしてスーツの男の容貌が、そのうちの1つにぴったりと一致することに気付いたのだ。黒い髪に蒼い眼と色白の肌、非常に細い鼻筋とやや尖った形状の耳、長身の痩せた体格。


 「私はサイモン・フリートウッドと申します」

 

 スーツの男は男性としてはやや高い声で自己紹介してきた。


 「ご存じかもしれませんが、現在の『連合』正当政府において最高会議議長を務めております。かつての最高指導者が行った、貴国への不正で無謀な攻撃に反対した功績が評価されまして…」


 男、サイモン・フリートウッドは延々と、媚びと自己賛美を交えた自己紹介を続けている。だがベルツの頭には殆ど入って来なかった。

 サイモンの話の内容などより、彼がここに来た理由の方がずっと重要だ。しかもそれは、前線の一指揮官が対応できる次元を遥かに超えている。



 「それで、ご用件は?」


 アストライオス戦闘指揮所の一角に表示されている星図、正確にはその中の『連合』首都惑星リントヴルムを眺めながら、ベルツは殆ど意味もない質問を発した。

 そう、聞かなくても分かる。2つに分かれていた『連合』、そのうち1つの政府の最高指導者が『共和国』軍と接触してきた理由など、1つしか考えられない。


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