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『連合』領侵攻ー1

惑星スレイブニル上空に、『共和国』史上未曽有の規模の艦隊が展開している。戦闘艦艇だけで2100隻、輸送船、揚陸艦、工作艦と言ったそれ以外の艦船をも含めれば、その規模は5000隻を超えていた。


 「出て来ないのか? 『連合』宇宙軍は?」


 この巨大な艦隊の最上級者、第1艦隊群司令官のディートハルト・ベルツ大将は怪訝な顔をしながら、これまでに旗艦アストライオスに寄せられた情報を確認していた。


 『共和国』宇宙軍が揚陸艦に乗った地上軍の第一陣とともに惑星スレイブニルに到着してから、今や1日が経過しようとしている。それなのに、『連合』軍の戦艦どころか駆逐艦1隻すら姿を見せていない。旧政府軍と新政府軍を問わずだ。


 またスレイブニル軌道上にはかなり大規模な宇宙軍基地が存在するが、陸戦隊が突入したところ、中はもぬけの殻だったという情報が来ていた。

 兵員や工員が全くいなかっただけではない。使えそうなものはスパナ1本、携行糧食1セットに至るまで持ち出され、内部は完全に空だったらしい。

 当然基地と地上を結ぶ軌道エレベーターも周辺設備ごと撤去されており、『共和国』側が新しく作る必要があるという。




 「『連合』新政府は手が回らないのではないでしょうか?」


 参謀長のポラック中将が慎重な口調で言った。

 現在、『連合』新政府は4つの敵を抱えている。『共和国』、その同盟国としてやはり『連合』領への侵攻を開始している『自由国』と『連盟』、そして未だ『連合』領の中心部を押さえている旧政府だ。

 これだけの敵を抱えている以上、『連合』新政府軍はスレイブニル防衛にまで手が回らないのではないか。ポラックはそう思っているようだ。


 「それはいかがなものでしょうか? 同盟国を誹謗するようなことは言いたくありませんが、他の3国は軍事力で『共和国』の足元にも及びません。『連合』軍の主敵はあくまで我が国のはずです」


 首席参謀のノーマン・コリンズ少将が異議を唱えた。彼の言葉通り、幾らかの味方を加えたとはいえこの戦争の本質は『共和国』-『連合』戦争のままだ。他の3国の存在は申し訳程度のものでしかない。


 

 まず『自由国』はかつて、『共和国』に次ぐ3番手の国力を持つ国だった。しかし今は違う。その軍事力の大半を『共和国』-『自由国』戦争によって破壊された上、大量の工業設備と原材料を戦時賠償として『共和国』に引き渡しているからだ。

 現在の工業力は戦前の7割、軍事力に至っては戦前の5割に過ぎず、1流半の国から2流国に落ちている。仇敵である『共和国』の言いなりになっているのもそのためである。


 

 次の『連盟』は戸籍人口70億人程度の小国であり、軍事力も人口相応でしかない。またその装備と軍制は旧式の一言で、『共和国』から派遣された軍事顧問は本国に対して散々文句をぶちまけていた。

 曰く、攻撃用兵器は1世代前、電波兵器と光学兵器は3世代前のもので現代戦に対応できない。将校用の食料と下士官兵用の食料を別の倉庫に保管して別の厨房で調理するという、不合理かつ不可解な習慣がある。士官用はともかく下士官兵用の兵舎の環境は、我が国の兵舎より強制収容所に近い。

 軍事顧問からの報告書にはこのような言葉が延々と続き、内容が流出すれば外交問題になりそうな文書が山を築いていた。


 最後に『連合』旧政府だが、今や名目上の存在でしかない。国土の殆どを新政府の統治下に置かれ、その軍隊は新政府軍に加わっているか『共和国』の捕虜収容所にいるかだ。『共和国』軍内の『連合』人部隊である白衛艦隊及び白衛軍団の方が、今の旧政府軍より規模が大きいかもしれない。

 

 この先旧政府が国家として存続できるかは、彼らの努力ではなく『共和国』軍の進撃速度に懸かっている。『共和国』内部では頼りにならない盟邦に対する皮肉と、自国軍の強さに関する誇りを交えたそんな言葉も囁かれていた。

 新政府が『連合』領を完全に併呑してしまうのが先か、『共和国』軍が首都惑星リントヴルムに到達して旧政府を「救出」するのが先か、という意味である。




 つまり4か国同盟対『連合』新政府と言っても、新政府に対抗できる軍事力を持つ国は『共和国』だけなのだ。『自由国』と『連盟』には『連合新政府軍の注意を多少なりともそらすための助攻、『連合』旧政府に至っては政治的な大義名分の提供者としての役割しか期待できない。

 だから『連合』宇宙軍が惑星スレイブニルに現れないのは、他の3国への警戒などとは違った何か別の理由があるはずだ。コリンズはそう思っているらしい。





 「地上軍より入電、準備爆撃完了。今より降下を開始するということです」


 3人が議論する中、通信科員が報告をよこした。

 軌道上に展開する『共和国』軍揚陸艦部隊は、12時間以上に渡って大規模な準備爆撃を行ってきた。宇宙空間から確認できる地上の滑走路や対空砲陣地、兵舎や格納庫と思しき建物に爆弾の雨を降らせ、降下作戦における障害を出来る限り取り除くのだ。

 その準備爆撃が完了し、いよいよ大気往還艇の降下が始まるらしい。


 


 「事前にどの程度、対空火力を撃破できたかですね」


 ポラック参謀長が当然のことを意味もなく口に出した。大気往還艇は巨大で運動性が鈍い脆弱な構造物であり、もし敵の対空砲が多数残存していた場合、壊滅的な被害を受ける可能性がある。また航空機も大敵だ。


 「小官としてはやはり、白衛軍団を投入するべきだったような気がしてなりません」


 一方のコリンズ首席参謀はまた別の意見を述べた。白衛軍団とは反救世教の立場をとる『連合』地上軍捕虜で編成された義勇軍で、現在は『共和国』国内で仮想敵役を務めている。


 その白衛軍団だが、一部の部隊は『共和国』地上軍が持たない技能を持っている。すなわち、大気往還艇に乗らず、特殊な装甲服を着込んだ状態でそのまま地上に降下するという能力である。

 

 


 その存在が明らかになったのはオルトロス星域会戦と同時期、『連合』旧政府軍が『共和国』領侵攻を行った時のことだった。

 彼らの艦隊は最初、惑星ニーズヘッグに出現して降下作戦を行った。その折に、『共和国』いや『連合』以外の国が全く保有していない部隊が姿を見せたのだ。

 

 その部隊は比較的短い準備爆撃の後、身一つで『共和国』側の重要拠点に降下してきた。ニーズヘッグに駐留していた部隊はかなりの対空火力を持っていたが、それは大気往還艇への対処を目的としたもので、装甲歩兵が単独で降りてくるなどという事態は想定していなかった。

 結果として、『共和国』側の重要拠点多数が占領された上に軌道エレベーター発着場を作られてしまい、ニーズヘッグは『連合』旧政府軍の手に落ちかけたのだ。


 その後の第二次ファブニル会戦で『連合』旧政府宇宙軍が壊滅したため、ニーズヘッグは救われた。同時に降下済みだった『連合』地上軍もほぼ丸ごと捕虜になったため、『共和国』はこれまで知られていなかったその部隊の正体を把握した。



 捕虜の供述によるとその部隊は「宙兵」と呼称される降下作戦専任部隊で、『連合』軍内部ではエリート部隊とされていたらしい。

 その任務は敵重要拠点を急襲して敵軍の機能を一時的に麻痺させ、本隊の効果を容易にすること。ニーズヘッグで起きた出来事は、まさに宙兵降下作戦の成功例だったということだ。


 結果的にニーズヘッグ失陥を防いだとはいえ、宙兵の威力に深い衝撃を受けた『共和国』は宙兵出身の捕虜を好待遇で白衛軍団に編入し、『共和国』地上軍との合同訓練に参加させていた。

 『連合』軍がこれからも行うであろう宙兵降下作戦に対する対処法の研究、および将来的には『共和国』でも宙兵部隊を編制するためである。

 『共和国』及び他の辺境国家では降下作戦に大気往還艇を用いているが、的として大きすぎるために損害が多い。その損害を減らすためには宙兵部隊が有効であることを、『共和国』はニーズヘッグで身を以て思い知ったのだ。



 しかし今のところ、『共和国』軍の宙兵部隊はとても実戦投入できる状態ではない。

 地上軍兵器開発部は鹵獲した降下作戦用装甲服のリバースエンジニアリング、兵員については鹵獲品で訓練を行っているが、どちらも基礎さえ完了していないためだ。

 だからこのスレイブニル攻略作戦は、従来通りの方法で降下作戦が行われている。


 だが必ずしも、宙兵をこの作戦に投入できないということは無かったはずだ。コリンズはそう思っているようだ。宙兵出身の白衛軍団兵はかなりいるのだ。それを投入すれば良かったのではないか。彼はそう言いたいらしい。


 

 「どうかな? この段階で宙兵を投入すれば、我が国が宙兵部隊の保有を進めようとしていることが『連合』軍に分かってしまう。機密はここぞという時まで隠しておいたほうがいいのではないかな?」

 「ニーズヘッグで宙兵部隊を捕虜にしたことは、新政府軍も把握しているはずです。そして有用そうな技術をデッドコピーするのは、戦時下では当然のこと。そんなものは機密とは言えますまい」


 ポラックの反論に対して、コリンズが再反論を行う。ポラックがそれに対して何か言おうとする前に、通信科が再度の報告を送ってきた。


 「地上軍より報告。大気往還艇の第一陣が、スレイブニルの大気圏に突入を開始しました」


 続いて揚陸艦から撮影された映像が、アストライオス戦闘指揮所のモニターに流される。白い耐熱タイルに覆われた葉巻型の物体が、翼を広げながら大気圏に突入していく姿が粗く映っていた。


 「大丈夫ですかね、これは?」


 ポラックとの論争をひとまず中止したコリンズが、映像を見ながら呻いた。そこには巨大な光が幾つも、惑星スレイブニルの大気圏内で爆発する様子が映し出され始めていた。









 


 『共和国』地上軍降下部隊の第一陣に属するアンドレイ・コストフ曹長は、自らが乗る大気往還艇の艇内で小銃を握りしめて立っていた。より正確に言うと、装甲服のアタッチメントと艇内の金具を固定していた。

 大気往還艇に窓はないので、外の様子は見えない。ただ大気が濃くなるに従って聞こえてくる轟音、巨大な艇体が超高速で風を切る音と、減速を行うためのエンジン音が聞こえるだけだ。



 しばらくはその2つの音が聞こえているだけだったが、やがて3種類目の音が聞こえ始めた。最初の2つの音と違ってその音は疎らにしか聞こえないが、遥かに大きく不吉なものを孕んでいる。

 『共和国』-『自由国』戦争後半に生起したゲリュオン攻防戦に参加したことがあるコストフは、その音の正体を知っていた。大気往還艇に搭載された低圧反応炉が大気圏内で爆発し、超高温の気体と無数の破片をまき散らすときに出る爆音だ。

 それが意味することもコストフは知っている。敵軍に多数の対空砲が残存しており、大気往還艇が次々に撃墜されているのだ。




 「ぶ、分隊長殿!」

 「騒ぐな! 騒いだところでどうにもならん!」


 これが初陣となるアラン・イザード二等兵が甲高い声を上げたが、コストフは敢えて彼を一喝して黙らせた。作戦中は無駄口を叩かないのが、地上軍の規則だ。それにこのまま喋らせておけば、彼の弱気が分隊全体に拡散する恐れがある。


 「それから、命令するまで固定金具は絶対に外すな! 訓練でいつも言っているだろう!」


 叱責を受けたイザード二等兵が今度は無意識に固定金具をいじり始めたのを見て、コストフは再び彼を一喝した。

 初めての実戦、傍で撃墜される僚艇という状況では本能的に逃げたくなるのも無理はないが、この場合本能に従って行動するのは愚行だ。固定金具を外した状態で艇が大きく揺れれば、機内の突起物に叩きつけられて装甲服が故障する恐れがある。


 それに固定金具を外していても、艇が撃墜されれば脱出は不可能だ。エンジンに被弾すれば数秒で全員粉々だし、脱出したとしても装甲服に降下装置は装着されていないのだ。

 噂に聞く宙兵部隊ならともかく、普通の歩兵は運を天に任せて大気往還艇に身をゆだね続けるしかないのだ。





 コストフがイザード二等兵を叱っている間にも艇は降下を続け、大気が濃くなるにつれて音はますます大きくなっていく。

 いや音の大きさだけではない。味方の大気往還艇が撃墜される頻度もだ。高度が下がるにつれ、『連合』軍の対空火器の狙いも定まりやすくなっているのだろう。


 そして不意に、これまでになく巨大な爆音が聞こえた。これは近いと判断したのとほぼ同時に艇の姿勢が大きく崩れ、固定金具が軋み、これまでなく甲高い金属音が艇内を貫く。

 それだけではない。金属やセラミックでできたナイフのようなものが数十本、艇の壁から突き出してきた。


 

 コストフは内心でぞっとした。付近を降下していた艇が撃墜され、その破片がコストフたちの艇に刺さったらしい。

 見たところコストフたちの周囲ではぎりぎり外板で止まっているが、他の場所ではどうだろう。エンジンや翼に異常は無いだろうか。


 一瞬後、右横から絶叫が聞こえてきた。コストフは音の発生源に向かって首を捻り、瞬時にそれを後悔した。別の分隊に属する兵2人が、飛び込んできた破片によって上半身と下半身を分断されていたのだ。


 1人目は両脚を膝のやや上で切断され、上半身側に残った挽肉状の残骸を振り回しながら泣きわめいている。状況によっては治療可能な傷だが、降下中の大気往還艇内では致命傷になることが明らかだった。


 もう1人については、恐らくどんな状況でも致命傷になるであろう傷を負っていた。腰から下を完全に粉砕され、衝撃で金具から外れた上半身が夥しい量の血と肉片の中に埋まっているのだ。

 赤黒いプールの中にはそこだけやや白っぽい腸管が流れだし、それ自体の生命を持つもののように蠕動運動を続けていた。


 なおよく見ると破片はさらにもう1人を直撃していたが、彼はある意味では他の2人よりは幸運だった。首から上を一瞬で切断されて即死していたからだ。

 他の2人よりはやや綺麗な切断面からは血液が間欠的に噴出しており、脳の機能が停止しても心臓は数秒間鼓動を続けるという医学的事実を証明していた。




 「あ、ああ…」

 

 コストフに釣られるように右を見てしまったイザードが、うめき声を発すると装甲服のヘルメットを外して吐き始めた。血と内臓が発する金気と汚臭に混じり、酸を含んだ悪臭が周囲に充満する。


 (新兵にしてはまあ上出来か)


 彼を見ながらコストフは内心で思った。すぐ傍で死体を見ても気絶したり無意味に暴れだしたりしていないのは、初めて実戦に臨む新兵の反応としてはましな方だ。

 これから実戦を潜り抜ければ、或いは優れた兵士になるかもしれない。もっともそれはこの艇が撃墜されず、またその後の戦闘をも生き延びればだが。



 

 致命傷を負った2人が完全に動きを止めるのとほぼ同時に、艇は急激な減速を開始した。一応簡易的な慣性制御機構は設けられているが、それでも吸収しきれない衝撃が乗り込んでいる兵たちを貫く。


 「いよいよだ。全員覚悟を決めろ」


 コストフは分隊員全員に言った。急減速が始まったということは、後十数秒で艇は地上に降り立つ。

 そして降下作戦で最も危険なのがこの段階だ。周辺に敵砲兵部隊や航空部隊がいた場合、地面に降り立った瞬間を見て砲爆撃を浴びせてくるからだ。


 戦死の可能性を少しでも小さくするには、一刻も早く艇から脱出して散開する必要がある。「脱出を1秒早めるごとに、生存率が1%上がると思え」、『共和国』地上軍ではそう訓示していた。


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