ファブニル星域会戦ー6
「これまでに発見された敵の位置は、どこかおかしい」
「おかしいんですか?」
「まあ、後で教えるわ。艦長より航宙科。進路xマイナス1、z3、機関出力35%。その後、y1、z2。機関出力10%。それから通信科、あのミサイル戦闘群に意見具申。内容は…」
リーズの質問に答えている時間はないと判断したらしく、リコリスは進路変更を指示した。全長500m近いオルレアンの巨大な艦体が、やや急激に方向転換する。
その間にも戦闘は続いている。まず味方巡洋艦4隻が主砲の砲門を開いた。砲塔内の粒子加速器によって天文学的な速度まで加速された発光性粒子が、敵艦隊に向かって放たれる。
一方の敵も撃ち返す。ほとんど肉眼では捉えられない一瞬の閃光が味方巡洋艦部隊、そしてオルレアンもかすめた。リーズは思わず震えたが、双方が相手の射撃精度を落とそうとして電波妨害をかけているので、直撃はなかなか出ない。しばらく延々と、光だけが交差し続けた。
「やっぱりね。通信科、もう一回意見具申」
リコリスの方はというと、戦闘には目もくれずに3次元モニターを見て、納得したように再度の指示を出している。リーズは混乱したまま、さっきの味方ミサイル戦闘群の航跡を見つめていた。戦況モニターを見ると彼らは相変わらず、1列縦隊のまま進んでいるようだ。
(…!)
リーズは絶句した。不意にその側面の何もなかった場所、さっきリコリスが指した宙域の近くに、敵艦隊を示す赤い矢印が出現した。戦力は不明だが、数隻の巡洋艦を含むのは確からしい。
そして次に、オルレアンからもはっきり光学的に確認できるほどの強烈な光が、虚空の一角を照らし出した。ミサイル戦闘群が敵艦隊の砲撃を食らっているのだ。殆ど装甲を持たない駆逐艦に巡洋艦の主砲から放たれる荷電粒子の束が突き刺さり、外壁を破壊した上に艦内の設備をずたずたにしていく。
ひとしきり閃光が煌いた後、一際巨大な光の塊が出現した。砲撃を致命部に食らった駆逐艦の一隻が轟沈したのだ。一方の敵艦隊はほとんど何の被害も受けていない。
当然の結果だった。巡洋艦と駆逐艦では攻防性能に大差がある。ましてや先制攻撃を食らえば、万に一つも勝ち目はない。
(待ち伏せ!?)
リーズは味方の苦境に絶句した。最初に砲火を交わしていた敵は囮だった。本隊はミサイル戦闘群が接近するまで姿を潜めていて、必中の距離まで近づいた段階で初めて発砲したのだ。
「人の警告を聞かないから… せめて重点警戒だけでも命じておけば、少しは違ったでしょうに」
状況を見たリコリスは忌々し気に呟いた。信じがたいことだが、彼女はずっと前から予想していたらしい。あの位置に敵艦隊が待ち伏せをかけていることを。
「な、何で…!?」
「分かったんですか?」、リーズがそう言う前に、リコリスは面倒くさそうに返した。
「私は戦争だけは上手いから」
「は、はい。い、いいえ、その…」
考えてみれば何の説明にもなっていないが、リコリスはそれ以上何も言わなかった。ただモニターを監視している。
リーズは何となく恐縮しながら、自分もモニター操作と戦闘詳報作成の作業に戻った。考えてみれば、戦闘中の艦長に余計な質問をしたのはまずかったかもしれないと今になって思ったのだ。
(後で謝っておこう)
リーズはそう誓った。リコリスの方は何も言わず、モニター上の敵味方の動きを見つめている。そして不意に、その美しい顔に笑みが浮かんだ。
「進路y8、機関全速。敵部隊の中央を突っ切る」
(ええっ!?)
リコリスの新たな命令を聞いたリーズは反省も忘れて叫びそうになった。敵部隊は2隊、これまでの情報から総合すると恐らく合計6隻の巡洋艦を含んでいる。そんな所に正面から突っ込んでいくなど、それこそ自殺行為ではないのか。
だがリコリスは命令を撤回する様子を見せなかった。これまで10%に抑えられていたオルレアンの機関出力が引き上げられ、艦は一直線に敵部隊に向かっていく。
「よしよし。順調ね。これならいけるわ」
明らかにリーズと同じく愕然としている戦闘指揮所の皆を尻目に、リコリスは一人だけ満足そうに戦況を眺めていた。いったい何が順調なのかとリーズは疑問に思った。
敵艦隊はほぼ無傷で、味方はかなりの被害を受けている。味方ミサイル戦闘群は何とか態勢を立て直しつつあるが、どう考えてもこの状況は不利ではないのか。
リーズはぼんやりと、モニターに映る時間の位置を見つめた。全く意味が分からない命令に従い、オルレアンは死地に飛び込もうとしている。
そのオルレアンの横を数隻の味方駆逐艦が横切った。さっきの奇襲で駆逐艦2隻が沈没し、3隻が重大な被害を受けて後退したミサイル戦闘群だが、一応の再編を終えたらしい。
図らずも、編成を小規模にしたメリットが出た形だ。当初の計画のように60隻以上の艦で編制された部隊になっていたら、陣形の立て直しは容易ではなかっただろう。
さらに駆逐艦群の横を4隻の巡洋艦が進む。駆逐艦だけが突出して集中砲火を浴びたのを反省してか、今度はちょうど、駆逐艦をかばうような位置についている。
巡洋艦と駆逐艦、合わせて16隻に減少した部隊は機関出力を最大にして敵艦隊に接近していく。そして彼らは次々と艦体を翻し、光の矢を思わせる飛翔体を一斉に発射した。
(対艦ミサイル飽和攻撃だ)
リーズは状況も忘れて、目の前の光景に見入っていた。いろいろと混乱しながらではあったが、『共和国』軍の切り札である対艦ミサイル飽和攻撃が、宿敵の『連合』軍相手に実施されたのだ。
そしてリーズは、『共和国』のASM-15対艦ミサイルがこれ程の規模で発射されるのを見るのは初めてだった。演習でミサイルが使用されることは有るが、大抵は安価な模擬弾だし、発射数も1艦あたり1発か2発に過ぎないことが多い。
ASM-15は前型のASM-14に比べて数倍の有効射程と威力を誇る『共和国』自慢の兵器だが、それ故に高価であり演習で気前よく浪費するわけにはいかないのだ。先の戦闘でも、ASM-15がこの規模で発射されることはなかった。
演習では絶対に見られない数が発射された巨大な特殊合金の矢は、高圧反応炉搭載兵器特有の青白い閃光を引きながら、『連合』の部隊に突進した。100発以上の人工の流星が宇宙空間を照らす様子は、膨大な死と破壊を内在しているにも関わらず、あるいはそれ故に、非現実的なまでに美しい。
もちろん敵艦隊も応戦する。まずは隊形を組みなおしてミサイルに防御砲火を浴びせる。ASM-15は他国のミサイルに比べて遥かに飛翔速度が速いが、それでも撃墜不可能ではない。両用砲や機銃に主砲まで加えた砲火の大半は虚空を貫くが、何発かは迫りくるASM-15を直撃し、無意味な金属の破片に変えた。
破片の一部は尚も敵艦隊に前進を続けるが、無論頑丈な装甲で覆われた軍艦を傷つけることは出来なかった。
さらに敵艦隊はレーダー妨害をかけながら一斉回頭を行った。明らかにミサイルのセンサーを狂わせ、狙いをそらすための措置だ。
その狙いは的中した。防御砲火の直撃を免れたASM-15の多くが敵艦を見失い、何もない空間をすり抜けていったのだ。家一軒に匹敵するほど高価な『共和国』の高性能兵器が、ごく初歩的な艦隊運動によって空しく失われていく。
(ダメ?)
リーズは息を呑んだ。対艦ミサイルによる攻撃が躱されてしまえば、戦況は『共和国』にとって一気に不利になる。
『共和国』の艦艇は速力とミサイルの搭載力を重視した設計のため、正面切っての撃ち合いには向いていない。砲力はともかく防御力が不足していて、重防御で知られる『連合』の艦には撃ち負ける可能性が高いのだ。
不安げに前方哨戒用モニターを見つめる彼女の目に、これまでとは比べ物にならないほど巨大な光が映った。1つだけではない。10個近い爆発的な閃光が連続して走る。
「やった!!」
オルレアンの戦闘指揮所にいた将兵の何人かが歓声を上げた。味方艦隊が放った128発のASM-15の大半は回避されたが、それでも何発かは敵艦を捉えたのだ。
「敵巡洋艦3隻、駆逐艦6隻に命中を確認。全艦が戦闘不能に陥った模様!」
少し遅れて、通信科から戦果報告が届いた。これまで確認されていた敵戦力は巡洋艦6、駆逐艦19、対艦ミサイル攻撃はそのうち巡洋艦の半分と駆逐艦の1/3を一撃で葬り去ったのだ。
「艦長より砲術。主砲発射、目標は右舷前方の敵巡洋艦2番艦」
尚も歓声に沸く戦闘指揮所に、浮かれるなと言わんばかりにリコリスの命令が響き渡った。普段の穏やかと言うか迫力の欠片もない眠そうな声とはまるで違う、極地の氷塊を思わせる冷たく澄んだ響きだ。
あまりに目まぐるしい戦闘展開に自らも全体の状況を忘れかけていたリーズは、その声でオルレアンの現在の状況を思い出した。味方艦隊はミサイルの発射後に変針したが、この艦だけは今敵艦隊に向かっているのだ。
オルレアンは単艦での戦闘を開始した。艦長の命令を受け、艦が前部に集中装備する8門の対艦砲のうち、右舷前方に指向可能な6門が発射される。
原型のクレシー級はこの砲を16門装備しているのだが、通信能力と航空機運用能力を重視したアジャンクール級は、その半分の主砲火力しか持たない。防御力の低い巨大な航空機格納庫と並んで、アジャンクール級が難癖をつけられた部分だ。
その主砲はそれでも猛然と火を噴いた。砲塔内の粒子加速器で天文学的な速度にまで加速された発光性粒子の束が、敵艦に向けて投射される。
「敵巡洋艦に命中!」
3回ほど空振りした後、砲術科から歓声交じりの報告が来た。緒戦で敵駆逐艦に向けて砲撃を放った時より、直撃を得られるまでにかかった時間ははるかに短い。
相手が大きく、距離が近いということもあるが、砲員が先の戦いで実際の敵艦の動きを掴んだという理由もあるかもしれない。射撃訓練では当然ながら、『共和国』の技術で作られた標的艦を『共和国』の軍人が操作する。その訓練でどれだけ優秀な成績を収めても、実戦では通用しない可能性は常に存在する。
結局のところ、敵艦の本当の運動特性は実戦にならないと分からないのだ。未熟な兵も多かったオルレアンの砲員であるが、現実の敵艦を相手にすることで着実に腕を上げてきている。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。今年中の更新はこれで最後になります。正月中は更新できないと思いますが、皆さんよいお年をお迎えください。そして、来年もよろしくお願いします。