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戦略計画 『日の場合』-9

 「な!?」


 リントヴルム政府が自らの首都惑星を取引材料にする、その言葉にエックワートが驚愕の表情を浮かべた。

 まあ驚くのも無理はない。国境沿いの惑星ならともかく、『連合』700年の首都惑星を『共和国』に譲渡するなど、常識的に考えればありえないと考えるのが普通の感覚だ。



 だがそれを言えば、『連合』が救世教国家として統一されつつあることの方が、遥かに常識を超越した事態なのだ。市井の歴史家などはイピリア政府の勃興と伸長を、「『大内戦』以来、最も重要かつ最も予想外の事件」などと呼んでいる。

 救世教国家成立と比べれば今から説明する構想などは、内戦に外国が介入した場合にしばしば起こる事態の規模を大きくしたものに過ぎなかった。



 「意外かもしれないがこの取引には、両者にとってメリットがある」


 ビドーはエックワートに言うと、モニターに新しい画像を映し出した。『共和国』領が青、リントヴルム政府領が赤、イピリア政府領が緑に着色されているのは同じだが、3者の領土には大きな違いがあった。


 まず『共和国』領から青い突出部がファブニルからリントヴルムまで伸び、『連合』領土を分断している。突出部はカトブレパスやナーガと言った、『連合』領のうち地球側にある惑星の1/3をも含んでいた。また地球側の惑星の残りは、赤に染まったリントヴルム政府領となっている。

 対するイピリア政府領の緑は、『連合』領のうち惑星イピリアを中心とする地域のみになっている。若干の変動はあるが、概ねオルトロス星域会戦当時のイピリア政府領と同じである。


 総合すると、イピリア政府領を犠牲に『共和国』とリントヴルム政府が領土を拡大し、膨張した『共和国』領が残りの『連合』領を、リントヴルム政府領とイピリア政府領に分離している。



 「これは?」


 図を見た軍の高官たちが一斉に声を上げた。この図は今まで、最高幹部と救世教関係者を除いては軍に公開されていなかったのだ。


 「政務局と外務局が『3つの大国』と呼んでいる構想です。リントヴルム政府が『共和国』と本気で取引をするなら、将来図としてこれを提示すると思われます」


 ビドーは図を初めて見る高官たち全員に説明を始めた。この『3つの大国』構想はある当然の前提から出発している。

 すなわち戸籍人口280億人の『共和国』が、戸籍人口870億人の『連合』を完全に併呑することは出来ないということである。



 例え軍事的には圧倒できても、元からの自国民の3倍もの敵対的な住民を統治することなど絶対に出来はしない。全『連合』人に『共和国』の統治を受け入れさせるには数十年単位の時間がかかるだろうし、それが成功するより先に治安維持費用で『共和国』の国家予算が食い尽くされる。


 完全占領が無理なら次は属国化だが、これも難しい。自国の3倍の人口を持つ国を属国にするなど、文明レベルにかなりの差が無いと不可能だ。国力が回復次第、『連合』が再び『共和国』に牙を剥くのは目に見えている。




 だから『共和国』は今回の戦争にあたって、次のような出口戦略を取ると思われる。まずリントヴルムを中心とした中央惑星群を『共和国』の直接統治下に置き、『連合』領を2つに分断する。この地域の総人口は100億人ほどだから、飴と鞭を使い分ければ何とか統治は可能だろう。


 切り分けられた『連合』領のうち地球を中心とする地域については、リントヴルム政府を元にした傀儡政権を打ち立てる。この地域は救世教人口が少なく、旧政府への忠誠心が比較的強い。リントヴルム政府は地球に遷都し、旧政府の継承国家を名乗ることになるだろう。


 最後に惑星イピリアを中心とする地域は最も統治しにくいので、取りあえず新政府の手に残しておく。いずれは周辺国と協力しながら、その領土を少しずつ切り取って救世教国家を消滅させる。





 「『共和国』の国家戦略は恐らくこのようなものでしょう。『連合』領を分断して弱体化させた後、時間をかけて我が国を滅ぼしていく。そしてやがては『連合』に代わる超大国として人類世界に君臨するのです」


 ビドーは水を一口飲んだ後、続けざまに説明した。中央惑星群の支配と地球を中心とする地域の傀儡化に成功すれば、人類世界に国力と軍事力で『共和国』を上回る国はなくなる。『連合』はせいぜいが大国の1つに転落する一方、『共和国』は超大国に上り詰めるのだ。

 やがては『共和国』が『連合』に代わって、人類世界全体の統一を成功させるかもしれない。



 


 問題はリントヴルム政府が誇りを捨てて地球を中心とする地域の支配者に甘んじるかだが、おそらく彼らは『共和国』の提案を受け入れるとビドーは見ていた。

 現在のリントヴルム政府が掌握している人口は120億人ほどで、しかも新政府軍によってそのなけなしの領土も奪われようとしている。

 そこに、国家の存続に手を貸すばかりか支配人口を300億人以上に増やせるという提案が来るのだ。たとえ首都惑星を放棄してでも受けるべき、魅力的な誘いだろう。





 会議室に集まった軍人および政治家たちは、愕然とした表情で赤と青と緑に色分けされた星図を見つめていた。この構想がかなり現実的なものであることに気付いたのだろう。


 


 「宇宙軍参謀長の説明通り、我が国は未曽有の危機にあります。ファブニルーリントヴルム軸は脅かされ、一刻の猶予もありません」


 ざわめきが収まった後、第一司教が話を引き継いだ。リントヴルム政府はもはや弱小国家に転落しているが、それ故に『共和国』にとっては絶好の同盟相手、ないしは傀儡となる。

 まだ膨大な国力を残していたオルトロス星域会戦時とは異なり、今のリントヴルム政府は『共和国』に楯突くことなど不可能だからだ。かつての軍事力も威信も残骸と化している以上、少なくとも10年は『共和国』に尻尾を振りながら与えられた領土の統治に全力を注ぐしかない。

 その間、『共和国』は好き勝手に行動できるわけだ。この展開は新政府にとっての悪夢である。



 


 「それでは、『彗星』作戦を?」


 エックワート少将が今度は期待を込めた表情で、第一司教に尋ねた。『彗星』作戦とは、エックワートを中心とする若手士官のグループが国防局に提出した作戦計画である。どちらかと言えば慎重な性格のエックワートには珍しく、非常に投機的かつ攻撃的な作戦だった。



 『彗星』作戦では『共和国』軍が集結している惑星ファブニルに、宇宙軍の全力を投入した奇襲攻撃をかけて停泊中の艦隊を殲滅し、さらに設備と物資を焼き払うとしている。『連合』領侵攻作戦を行おうとする彼らの出鼻を挫き、最低でも半年間は外征を不可能にしてしまうのだ。


 これが成功すれば、戦略環境は一転して新政府に有利となる。主力の『共和国』軍さえ撃破してしまえば、『自由国』軍や『連盟』軍など恐れるに足りない。すぐにでも粉砕できるばかりか、彼らの方から講和を持ちかけてくる可能性が高い。




 「それも一案ですが、『彗星』作戦はあまりに投機的に過ぎると私は思います。 失敗すれば全てを失いかねません」


 第一司教は紅い瞳を煌めかせながら、慎重な口調で言葉を返した。ビドーも、彼女に釣られるように頷いた。


 『彗星』作戦は成功すれば大戦果が見込めるが、第一司教の言う通りあまりに投機性が高いとビドーは思う。未だ再建途中の宇宙軍全てをファブニルに投入して、もし失敗すれば取り返しがつかない。

 宇宙軍壊滅などという事態になれば、せっかく成立しつつある新政府、世界唯一の救世教国家もまた消え去ることになるのだ。


 もう一つの問題として、『彗星』作戦の構想はオルトロス星域会戦の二番煎じに近い。目標とする惑星こそ違えど、艦隊泊地を襲撃して敵艦隊を行動不能にするという根本は全く同じである。

 そして『共和国』軍は何度も同じ手に引っかかるほど無能ではない。『共和国』暮らしが長かった第一司教、それに一時期『共和国』の捕虜になっていたビドーとグアハルド大将はそう考えていた。

 彼らはオルトロスの戦訓を踏まえ、兵力集積地には最大限の警戒態勢を布いているはずだ。そこに全宇宙軍を突っ込ませるのは、あまりに危険すぎる。


 またもちろん、基本構想をそのままに参加兵力を少なくした案、作戦名『小惑星』は論外だ。戦力の逐次投入であり、無駄な消耗を引き起こすだけである。



 


 「それでは、スレイブニルでの艦隊決戦ですか?」


 今度は第四統合艦隊司令官の、ダニエル・ストリウス大将が質問した。『連合』第4の工業惑星スレイブニルは惑星ファブニルの近傍に位置し、『共和国』軍が侵攻してくるとすれば第一の目標になると推測されている。

 当然軍としては、総力を挙げて同惑星への侵攻を防ぐべきだとストリウスは考えているのだろう。


 ストリウスの発言に、軍幹部及び産業局の高官たちは揃って賛同の声を上げた。スレイブニルの重要性は、単に工業力の大きさに止まらない。スレイブニルが攻略されれば次は惑星フルングニル、そしてその次は首都惑星リントヴルムなのだ。

 リントヴルムに残存する旧政府がフルングニルにまで進んだ『共和国』軍と連携すれば、『連合』の国土は2つに分断され、『3つの大国』構想が現実化することになる。

 『共和国』は人類世界最大最強の国家となる一方、『連合』新政府は単なる大国の1つに落ちぶれ、しかも周囲を敵国に包囲されることになるのだ。



 「いえ、それも危険すぎます。率直に申し上げると、今の我が宇宙軍は『共和国』宇宙軍に勝てない。オルトロス星域会戦の結果を見る限り、そう考えざるを得ません」


 しかし第一司教は、口調だけは丁寧だが内容的には侮辱といっても過言ではない言葉で、ストリウスの提案を否定した。

 

 ビドーは一瞬、第一司教の発言に危機感を覚えた。『連合』新政府と軍の関係は、完全に円満とは言い難い。最高指導者が軍を批判するような発言をするのは危険だった。

 

 元々『連合』新政府とその軍隊は一心同体というより、異質な有機体を無理やり縫い合わせたキメラ生物という方が実態に近い。新政府の最高指導者は救世教第一司教なのに対し、軍人の多くは非救世教徒で、旧政府の軍事的無能と腐敗に失望して新政府に加わっただけだからだ。

 

 

 一応軍人たちは第一司教を指導者として尊敬はしているようだが、それはあくまで旧政府への反乱を成功させた指導力と、獲得した領土の治安と経済を短時間で回復させた行政能力に対するものだ。救世教徒が向けるような、無条件の崇拝ではない。

 そこに「今の軍は『共和国』軍に勝利できない」という第一司教の発言である。『共和国』軍に惨敗した旧政府への失望から新政府軍に加わった軍人たちが、どんな反応を示すかは知れたものでは無かった。




 ビドーは恐る恐る、ストリウスの顔色を窺った。ビドーより20㎝近く背が高いストリウスは、黙って灰色の瞳を瞬かせている。その胸中にどのような感情が存在するのか、他人が推し量ることは出来なかった。


 「確かに…そうかもしれません」


 やがてストリウスの口から出たのはその言葉だった。それを聞いた周囲の軍人たちには、納得の表情を浮かべる者もいれば、明らかに激昂した様子を見せる者もいる。

 しかし後者の反応はだんだんと収まっていった。現実を直視できる者は、第一司教及びストリウスの言葉が真実であることを認めざるを得なかったからだ。




 オルトロス星域会戦における『連合』宇宙軍は、地の利を味方につけて兵力も優勢、しかも完全な奇襲に成功するという好条件下で『共和国』宇宙軍と交戦した。これだけ有利な条件で戦えば、普通なら大勝利を収めて当然である。


 だが現実の交戦結果はと言うと、戦略的には勝利だが戦術的には引き分けに終わった。『共和国』宇宙軍は予想以上に強靭であり、奇襲から短時間で立ち直ると熾烈な反撃を加えてきたのだ。


 圧倒的に有利だったオルトロスにおける結果がこれでは、スレイブニルで『共和国』軍を迎え撃ち、劣勢な戦力で艦隊決戦を行うなど自殺行為。旧政府軍とは異なって能力本位で集められた高級軍人たちは、感情はともかく、理性ではそう認識出来たのだ。




 「それでは?」


 ストリウスは次に疑問ないし詰問の表情を浮かべた。スレイブニルでの艦隊決戦が却下された理由は分かった。しかし代案はあるのかと言いたげだ。

 スレイブニル失陥が『連合』に与えるであろう打撃を考えれば、当然と言える質問だろう。




 「スレイブニルでの決戦より今の状況に相応しい案は、既に存在します。『共和国』の侵攻まで後1か月はあるのですから」


 対する第一司教は微笑を浮かべながら、ビドーに現在前半部分を実行中の『日の場合』計画の全貌を表示するよう指示した。『日の場合』はただ単に『連合』領土を掌握するだけの計画ではない。『共和国』の出方に応じた迎撃作戦計画を、最初から含んでいたのだ。


 「宜しいのですか、猊下?」


 ビドーは念を押した。『日の場合』計画は新政府の最高機密であり、これまで軍人や政府高官にさえその断片しか伝えられていなかった。もし全貌を知る者が捕虜になれば、戦争遂行に重大な影響が出るからだ。 

 なおビドーは全貌を伝えられていたごく少ない人間の一人であり、万一『共和国』の捕虜になるような状況であれば自決する覚悟を決めていた。


 その『日の場合』の全体図を今ここで開示するのは危険ではないか。ビドーはそう思っていた。もう少し後、例えば実際に『共和国』の侵攻が始まってからでもいいのではないか。


 「構いません。そろそろ全員が内容を把握しなければ、実行にあたって混乱を招くかもしれませんから」


 第一司教がそっけなく答えたため、ビドーは緊張しながらもコードを解除し、『日の場合』の概念図を表示した。

 『連合』奥地に疎開していく工業設備と労働者、中央航路を切断された場合の産業再編計画、敵軍の進撃線に沿って作られていく軍事基地、そこから伸びていく緑色の矢。そうしたものが次々と、立体モニターに表示されていく。



 全貌を見た軍人と政府高官たちからは、賞賛とも呆れともつかない声が上がり始めた。「よくもこんな計画を思いついたものだ」、賛成、反対のいずれであれ、彼らの顔にはそんな表情が浮かんでいる。

 実際今までの『連合』の常識から言えば、それは極めて異質な、もっと言えば異端的な計画だった。宇宙軍と地上軍を問わず『連合』軍士官学校でこんな答案を出せば、確実に落第生のレッテルを貼られるほどの。


 しかし一方で、確かに実行は可能なのだ。利害関係の異なる財閥の集合体だった『連合』旧政府には出来ないが、地球時代の救世教国家及び『共和国』に範を取った中央集権国家である新政府には出来る。


 


 「『共和国』の素早い戦力集結は予想外でしたが、『日の場合』の前提を覆す程ではありません。段階を経て防御から限定攻勢、最終的には全面攻勢に移転していきます」


 第一司教が宣言するように言った瞬間、場の流れは決まった。後の会議は、『日の場合』計画の細かな修正及び実行にあたっての調整に移り始めたのだ。

















 目を開けて最初に見えたのは、白い天井とそこに取り付けられた照明だった。息を吸い込むと、微かな消毒液の匂いを感じる。


 続いて気づいたのは、自分が仰向けに寝ていて体に薄い布団がかけられていることだった。その布団から右手を突き出してみる。特に異常は無さそうだ。手足の他の部分も正常に動いている。


 「ああ、目を覚ましたみたいね」


 横からそんな声が聞こえた。透き通っているがどこかに威厳を秘めた声。前に聞いたことがあると感じた。


 「良かったですね。一応、検査結果は正常でしたけど、もしものこともありますし」


 ほぼ同じ方向からまた別の声が聞こえた。同じく若い女性の声だが、こちらは最初の声よりやや柔らかい。この声も聞いたことがある。



 その方向に顔を向けた。深い青色をした瞳と、鮮やかな緑色の瞳がこちらを見ている。黒を基調にしたスマートな服を着た2人の若い女性が、ベッドの横に置かれた椅子に座っていた。


 「リコリス准将、それにリーズ少尉?」


 しばらくその顔を眺めた後、急に2人の名を思い出した。自分の所属部隊の最上級者とその副官だ。

 続いて自分の名前と階級を思い出す。そうだ確か自分は、彼女たちの下でパイロットとして勤務していたのだ。


 「ああ、敬礼はしなくていいわ。しばらく寝ていなさい。エルシー飛行曹長」


 飛び起きようとした所を、リコリスが優しく止めた。隣のリーズも頷く。


 「え、えっと、私は…」


 エルシーは困惑しながら聞いた。聞きたいことは大量にある。そもそもここはどこなのか。何故自分がこの部屋に寝かされているのか。


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