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戦略計画 『日の場合』-6

 そして取り逃がした2機の偵察機は間違いなく船団の存在や、惑星フルングニル周辺の環境情報を詳細に収集し、母艦に持ち帰ろうとしているだろう。喪失した機数は『連合』が0で『共和国』が2だが、目的を達成したのは彼らの方だ。あまり喜ぶ気にはなれなかった。



 (早期警戒体制には、まだまだ改善の余地があるという事か)


 パレルモは戦闘の経過を反芻しながら内心で呟いた。パレルモの船団護衛部隊は、上官のケネス・ハミルトン中将が考え出した早期警戒体制を取っている。

 索敵能力に優れたスキップジャック電子偵察機を船団の外周部に展開させ、スキップジャックの周りにバラグーダ2個中隊16機を張り付けているのだ。

 バラグーダはスキップジャックからの情報を受け取って敵機の未来位置に移動し、撃墜する。



 このシステムは敵機の性能がRE-26やPA-25程度であれば上手く機能したはずだが、より高性能な敵新型機を全て捕捉する事は出来なかった。敵機は電波妨害でスキップジャックの目を眩ませながら高速で迎撃網を突破、船団をレーダーで解析して逃げて行ったのだ。

 このような事態の再発を防ぐには、電子偵察機の性能の改善、偵察機と戦闘機、そして艦隊の連携能力の強化が必要だろう。





 「逃がしてしまいましたか。問題は、どこまで掴まれたかですね」


 地上軍から派遣されて旗艦ガリラヤに乗っている連絡将校のラルス・ヘニング中佐も、『共和国』軍機が逃走したことを知って舌打ちしていた。

 いずれ予想される決戦において、このフルングニルは最重要惑星の1つとなる予定だ。そこに輸送船の大群が入港しているのを『共和国』軍に発見されたのはいかにも痛い。ヘニングはそう思っているのだろう。




 「左程問題はないでしょう。船団を発見しただけでは、わが軍の意図までは掴めません」


 パレルモはひとまずそう返答した。船団が軌道上に浮かんでいるのを見ただけでは、その目的が増援なのか撤退なのかすら分からない。失態は失態だが、そこまで悲観する必要はないとパレルモは考えていた。



 「それに『日の場合』計画では、『共和国』軍をこのフルングニル前面で食い止めることになっています。たとえ、フルングニルに多数の地上軍が輸送されていることに彼らが気づいても、降下が出来なければその情報は何の役にも立ちません」



 パレルモは付け加えた。この惑星フルングニルは内戦後期にイピリア政府領になった星だが、リントヴルム政府との密約の代償として非武装化されていた。フルングニルは艦隊を常駐させれば首都惑星リントヴルムを直撃できる位置にあるためだ。

 この約束が履行されたのを見てリントヴルム政府は安心したらしく、殆ど全軍を『共和国』領侵攻作戦に動員した。フルングニルからのイピリア政府軍撤退を見て、早期の首都攻撃はあり得ないと判断したのだろう。




 しかし実はイピリア政府の意図は早期の首都攻撃ではなく、出撃したリントヴルム政府軍主力の退路を断って孤立させ、降伏に追い込むことにあった。

 軍隊さえ撃滅してしまえば、首都はいずれ手に入る。せいぜい空っぽのフルングニルを見せてリントヴルム政府を油断させておけばいい。イピリア政府最高指導者の救世教第一司教は、軍の幹部に向かってそう述べている。



 このリントヴルム政府軍の退路遮断と殲滅が、イピリア政府の戦略計画である『日の場合』の第一段階である。なお『日の場合』の発動条件はイピリア政府軍が『共和国』軍に勝利することで、敗北した場合は『月の場合』と呼ばれる計画が実施されていた。

 『月の場合』ではリントヴルム政府との仮初の協力関係をもう少し延長し、『共和国』に対抗する手筈となっていた。そうしてこれまで支配した地域の支配を固守し、世界唯一の救世教国家の滅亡を防ぐ。



 しかし結果的にオルトロス星域会戦の勝利によって『日の場合』の発動条件が達成され、『月の場合』は廃案になった。イピリア政府はリントヴルム政府との協力を破棄し、内戦を再開することにしたのだ。

 

 道徳的に見れば裏切り行為かもしれないが、どのみち両政府は正式な同盟どころか休戦協定すら結んでいない。また両政府の争いは通常の国家間戦争を上回る規模とはいえ法律上「内戦」であり「対外戦争」では無いため、国際法の適応対象外だ。

 一時の協力関係など、状況が変化すれば瞬時に破棄されて当然だった。




 

 次に『日の場合』の第二段階として、リントヴルム政府の領土をイピリア政府側に組み込む。もっとも、これには大した軍事力は必要ないと見られていた。

 第一段階が成功した時点でリントヴルム政府の権威は完全に失墜し、『連合』国民と軍はイピリア政府の統治を歓迎しないまでも黙認すると考えられるからだ。


 かなり甘い予想だと批判する者も多かったが、この楽観論は結果的には概ね的中した。

 『共和国』軍に一応の勝利を収めたイピリア政府と、惨敗を続けるリントヴルム政府では、前者に味方するほうが明らかに望ましい。軍はそう考えて次々とイピリア政府に投降し、市民は緑の小旗を振ってイピリア政府の駐留軍を出迎えている。

 彼らが内心でどう思っているかは不明だが、少なくとも大規模な内乱の可能性は低い。イピリア政府の民兵組織兼政治警察を務める信仰防衛隊は、諜報活動の結果をそう総合していた。





 「問題はその『日の場合』計画が、予定通りに進むかです。第二次ファブニル会戦の結果として『共和国』軍は大量の輸送船を獲得したようです。わが軍の戦力回復前に、敵がフルングニルに攻め込んでくる可能性を否定できません」


 一方のヘニングは、『日の場合』計画における唯一の誤算を指摘し、パレルモの楽観論を批判した。 


 『日の場合』の第一段階は半分成功、半分失敗というべき結果に終わった。リントヴルム政府軍を壊滅させることには成功したが、彼らはイピリア政府軍ではなく『共和国』軍に投降してしまったのだ。

 機動力で勝る『共和国』宇宙軍が最終段階でリントヴルム政府宇宙軍を半ば包囲してしまい、逃げ帰ることすら許さなかったことが原因である。




 第二次ファブニル会戦と名付けられた大規模な宇宙戦闘の結果、リントヴルム政府軍戦闘艦艇1800隻の大半が沈没ないし投降し、地上軍300万以上も同じような運命を辿った。

 数隻ないし数十隻単位で脱出した部隊もいるようだが、彼らがどこに消えたのかは分からない。おそらくそのまま宇宙の塵になったか、イピリア政府が監視していない惑星を経由してリントヴルム政府領に逃げ戻ったのだろう。

 いずれにせよ、リントヴルム政府軍を撃滅するついでにその戦力を吸収しようという、ある意味虫のいい計画は失敗したのだ。





 それ以上に問題なのが、戦闘艦艇とともにリントヴルム政府軍が『共和国』領に送り込んだ大量の輸送艦や揚陸艦までが、『共和国』軍に捕獲されてしまったことだ。

 輸送力の不足により、『共和国』軍は半年以上経たないと大規模な攻勢に出られない。『日の場合』の前提だったその予測は崩壊し、『共和国』は『連合』領侵攻作戦に必要な輸送力を獲得した。

 これをイピリア政府は憂慮していた。『共和国』軍を迎え撃つに当たり、現在の『連合』は戦力が酷く不足していたのだ。




 現在の『連合』宇宙軍は開戦時に存在した戦力のほぼ全てを喪失、損傷から復帰した艦と新造艦で何とか2000隻弱の戦力を確保している。

 地上軍はまだましだが、それでも旧ゴルディエフ軍閥領をめぐる戦いと内戦、それにファブニルにおけるリントヴルム政府軍壊滅が原因で約3割を喪失した。現在両軍は必死で兵器の生産と新兵の訓練を急いでいる状態だ。




 『共和国』軍の侵攻時期によっては、敵国より劣勢な兵力での本土決戦を行うという『連合』始まって以来の悪夢が生じる。救世教第一司教および軍部は真剣にそう憂慮していた。

 もしそうなれば、政権交代したばかりの新政府は崩壊し、『連合』という国家そのものが歴史上の存在になってしまうかもしれないのだ。



 


 「宇宙軍は必ずや、フルングニルを守り抜きます。リントヴルムへの城門を『共和国』には渡しません」


 パレルモは力を込めてそう答えた。イピリア政府は現在その名の通り惑星イピリアを首都としているが、『連合』領掌握の暁にはリントヴルムに遷都する予定だった。

 

 700年に渡って首都惑星であり続けた星を首都にしてこそ新政府だという政治的な観点もあるが、実質的な意味のほうが大きい。イピリアもそれなりに重要な惑星だが、地理的な意味で『連合』全体の中心部から離れすぎており、首都機能の点でもリントヴルムには及ばない。

 『連合』を代表する新政権なら、その首都はリントヴルムに置くのが当然だとされていた。




 そしてその事は、リントヴルムが『共和国』に占領されればどうなるかをも暗示している。宇宙暦が始まって以来、リントヴルムは外国軍の手に落ちたことがない。もしそのような事態が起きれば『連合』新政府は交通と通信の要とともに、新政府にとっては是非とも必要な威信を喪失してしまう。

 最悪『連合』は、『共和国』の傀儡政権を含む複数の国家に分裂してしまうかもしれなかった。


 『連合』の滅亡を防ぐためには、このフルングニル、『共和国』から見てリントヴルムへの通り道にあたる惑星は死守されなければならない。それが宇宙軍の総意だ。



 「相手があることですからな。無論地上軍もフルングニル防衛に死力を尽くす所存ですが」


 ヘニングが肩をすくめた。宇宙軍がやがて訪れる決戦で敗北した場合に備え、非武装化されていたフルングニルは、現在急ピッチで再武装化されている。もともと存在した1個方面軍に加えて、他の惑星から2個方面軍と必要な物資が輸送され、地上軍800万が展開する要塞と化しているのだ。


 それだけではない。『共和国』が制宙権と制空権を確保した場合に備えて、工場設備の分散と地下化が進められている。全く増援が来ない状態でも半年は耐え抜いてみせると、現地の地上軍司令官は豪語していた。




 「いずれにせよ、対艦攻撃の結果待ちです。敵を母艦ごと葬ってしまえば、情報は秘匿されることになります」


 パレルモはそう言って、とりあえず会話を打ち切った。早期警戒システムには対空装備の機体だけでなく、対艦装備の機体も含まれている。

 彼らは同行するスキップジャックが偵察機を発進させた敵艦を発見次第、攻撃を行う事になっていた。














 


 



 反転してきた敵新型機はすぐさま、アリシアとエルシーに向けて機銃を乱射した。その密度と広がりを見て、エルシーは改めてぞっとした。

 スピアフィッシュやPA-25の銃撃が温帯気候におけるにわか雨とすれば、あの敵機の銃撃は熱帯のスコールだ。スピアフィッシュのそれより高威力の機銃を、スピアフィッシュより多数装備しているのだろう。



 だが2人が、その射撃に捉えられることは無かった。アリシアは機体を急旋回させ、エルシーはスロットルを急激に絞ることで、敵機の狙いを外している。





 それを見た正面の敵機は怒り狂ったようにエルシー機に接近を続け、アリシアを攻撃した機体も向ってくる。エルシーの方が弱いと判断し、先に片付けようとしているのだろう。


 しかし2機目の敵機が機銃の射程に入る前に、アリシア機がその背後に取りついた。敵機は悔しそうに反転して逃げていく。XPA-27に機銃が装備されていないと知らない敵パイロットは、撃墜を恐れていったん引き下がったのだ。



 アリシア機はそのまま、エルシーを攻撃しようとしていた敵に向かって最大出力で前進した。その敵機もまた、アリシア機を見ていったんは後退していく。


 「ありがとう、アリシア」


 エルシーはアリシアの援護に対し、手短に礼を言った。


 「どういたしまして」


 言うとアリシアは、エルシー機のやや前方に自分のXPA-27を位置させた。隊長機が前方を行き、僚機が後方から援護する。空戦の基本隊形の1つである。





 「はやく、味方機が来てくれないかな」


 大きな弧を描いて旋回している敵機を見ながら、アリシアが焦ったように言った。最初の攻撃は躱したが、無武装の試作機で敵新型機を相手にするという状況は変わっていない。

 さっさと応援のPA-25が来てくれなければ、せっかく追撃を行った2人の苦労も水の泡だ。最悪、撃墜される可能性もある。



 2人の焦りに気づいたように、敵機は再び向ってきた。戦闘機にしては異様にごつい機体が、肉眼では殆ど不可視なほどの相対速度で近づいてくる。



 それに対し、アリシア機は大きく加速しながら旋回し、敵機のうち先頭にいる方の斜め前方に向かって飛んだ。飛行中のカラスに襲いかかるオオワシを思わせる鮮やかな機動だ。その美しくも獰猛な姿を見ると、XPA-27が非武装の試作機に過ぎないことを忘れそうになる。


 対する敵機は自らも旋回し、アリシア機に機首を正対させた。残り1機は緩やかに旋回しながら、アリシア機の横腹を突こうとしている。



 「危ない、アリシア!」



 エルシーは叫ぶと、自らのXPA-27のスロットルバーを大きく踏み込みながら操縦桿を慎重に横に倒した。不安定な機体の機首がたちまち前後左右にぶれ始めるが、何とか抑え込む。

 エルシーのXPA-27はそのまま、先頭の敵機の横合いに向かっていった。




 先頭の敵機は虚を突かれたように再び旋回すると、機銃を乱射しながらエルシー機の上を通過していった。一方後方の機体は、アリシア機に銃撃をかけたが軽く回避されている。


 「ありがとう。エルシー」


 今度はアリシアが少し震えた声でエルシーに礼を言った。エルシーの機動が2機がかりの攻撃からアリシア機を救うためのものであったことに気付いたようだ。


 「やっと味方機が来るわ」


 答える代わりにエルシーは新たに入ってきた情報を伝えた。PA-25の2個中隊16機が、2人のいる宙域に向かってくる様子がモニターに映ったのだ。




 「後一回ね」


 性懲りもなくこちらに向かってくる敵機を見ながら、エルシーが続けて伝えようとした内容をアリシアがまたかすかに震えた声で不安そうに言った。彼我の位置関係を考えると、あと一度敵機の攻撃を回避すれば味方機が来る。


 たぶん大丈夫だろう。レーダー画面に映る敵機の機影を見ながらエルシーはそう思った。敵パイロットの技量はそれなりだが、アリシア程ではない。また敵新型機の加速性能はXPA-27に劣る。あと一回くらいの攻撃は何とか回避できるはずだ。



 ところで何故さっきから、アリシアの声には何故怯えが混ざっているのだろう。続けてエルシーはそんな疑問を覚えた。アリシアは戦闘機の操縦にかけては自信家だ。弱敵ではないにせよ、とんでもない強敵とも言えない相手に怯えることは普通無いのだが。



 そう思いながら何となくアリシア機を見ていたエルシーは、その加速度が急激に低下して後方に曳く航跡が小さくなったことに気付いた。何らかの意図があっての機動だろうか。いや、それにしては…



 そして数分の一秒後、エルシーはその意味に気付いて戦慄した。敵機が新型であることに気付いた時の恐怖など、今起きている事態に比べれば何ということもない。ファブニル星域会戦でレーダーが故障した状態で宇宙を彷徨いそうになった時と同じ位、全身に悪寒が走った。

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