戦略計画 『日の場合』-5
それは突然だった。アリシアとエルシーがXPA-27を基地に戻そうとして機首を傾けた瞬間、機内に警告ブザーが響いたのだ。
「不審な電波を探知、敵機の可能性あり? 現在飛行中の航空機は迎撃に参加せよ?」
電子音声及び戦況表示モニターに浮かぶ文字という形で機内に送り込まれた情報を見て、エルシーは声を上げた。この惑星ファブニル、『共和国』軍の大侵攻作戦の根拠地となる星に、『連合』軍機が現れたというのだ。
しかも続いてモニターに表示された敵の予想位置は、現在建設されつつある基地群にごく近い。常時100隻以上の軍艦と、500機以上の戦闘機が基地周辺を警戒しているはずなのに、敵機はそれを突破してきたというのだろうか。
「近いわね。これなら多分追いつけそう」
一方のアリシアは、距離の近さを見てまた別の感想を抱いたらしい。普段の穏やかで優し気な態度からは想像もできないような好戦的な口調で、彼女は機体を敵機が発見された方向に向けた。
「追いつくって言っても、この機体には武装が無いのよ」
エルシーはそのアリシアを諌めるように、重大な事実を指摘した。2人が乗るXPA-27は未だ非武装の試作機だ。新開発の機銃と射撃用レーダーが据え付けられるはずの位置には、同重量のバラストが入っているだけなのだ。
航法用や索敵用のレーダーと写真銃なら装備されているが、そんなものは敵機に対して何の役にも立たない。
「撃てなくても、何か出来ることはあるはずよ」
「何かって?」
「行ってみてから見つければいいわ。そんなことは」
言うとアリシアはXPA-27のエンジン出力を全開にした。エルシーは仕方なく彼女に続いた。アリシアを1人で向かわせるのは危険すぎると思ったのだ。
使い慣れたPA-25ならともかく、今アリシアが乗っているのは信頼性が怪しいうえに武装さえ無い試作機。しかも相手はファブニルの厳重な防空網を突破してきた手練れだ。幾らアリシアが天才的なパイロットでも、単機での戦いはリスクが大きすぎる。
待つほどのこともなく、2人が乗るXPA-27は敵機が確認された宙域に到着した。周囲には既にPA-25が10機ほど集まっており、敵機を迎え撃とうとしている。
一方の敵機はたった2機、10機で挟み撃ちにすれば容易く撃墜できそうに見える。
「え、何…」
だがエルシーは、次に起きた出来事に言葉を失った。2機の敵機が途轍もない短時間で増速すると、前方に待ち構えていた6機のPA-25に正面から突っ込んでいったのだ。
敵の思わぬ機動を見た6機のPA-25は慌てたように機銃を乱射した。敵の加速があまりにも早かったため発射された発光性粒子の大半は敵機後方をすり抜けるが、ごく一部は敵機を捉える。
「そんな!?」
しかし次に起きた光景を見て、エルシーは更なる衝撃を受けた。何発かは確実に当たった筈なのに、敵機は何ら損傷を受けていないように見えたのだ。
爆発しないどころか、エンジン出力が低下することさえなく、相変わらずの高速飛行を続けている。
全て急所を外れたという可能性も無いことはないが、確率論的に見て殆どあり得ない。だが敵機が何事もなかったように飛んでいるということは、その悪い冗談のような事態が現実化したのだろうか。
エルシーの当惑を余所に、今度は敵新型機が射撃を開始した。PA-25やスピアフィッシュの射撃より遥かに密度の高い発光性粒子の雨が敵機から吐き出され、正面にいた2機のPA-25を捉える。
2機のPA-25はひとたまりもなく爆散し、レーダーに巨大なノイズを走らせた。
「な、何なの、あの機体!?」
エルシーの隣を飛行するアリシアも、目の前の光景に驚きの声を上げていた。『共和国』軍主力戦闘機PA-25は取り立てて特徴のない平凡な機体とよく言われるが、それは駄作機であることを意味しない。むしろ『共和国』軍パイロットの間では、扱いやすく各性能のバランスが取れた良作という意見が支配的だ。
実戦でもそのことは証明されている。PA-25は『共和国』-『自由国』戦争において『自由国』軍主力戦闘機のF-30を圧倒し、勝因の1つとなっている。
また対『連合』戦争においても、PA-25は『連合』軍主力戦闘機のスピアフィッシュと互角に戦い、『共和国』の航空機開発技術が世界トップレベルであることを遺憾なく示した。
だがあの敵機は10:2 という劣勢にも関わらず、そのPA-25を完全に圧倒して見せた。もちろんパイロットの腕もいいのだろうが、明らかにそれだけではない。
「噂の新型…」
エルシーは敵の正体を予測して呻いた。あの敵機はこれまでのスピアフィッシュとは明らかに違う。スピアフィッシュはあれ程速くなかったし、あの速度を出しながら火器の照準を合わせることも出来なかったはずだ。
ということは、答えは一つ。『連合』領内への偵察作戦において、時々現れて偵察機を迎撃してきたと報告されている新型機だ。『連合』軍はその機体を、この惑星ファブニルへの偵察作戦に使っている。
(まずい。この状況だと数的優位が機能しない)
エルシーは内心で焦った。現在PA-25と敵新型機の数の差は8:2、このまま正面切った空戦に突入すればおそらく前者が勝利する。幾ら高性能な機体でも、4倍の『共和国』軍機に袋叩きにされれば勝てないのだ。
だが問題はまさにそこだ。目の前の敵機が正面切った空戦などという行為を行うとは思えない。敵機の目的はあくまで情報を持ち帰ることであり、『共和国』軍機を撃墜することではないからだ。
敵機はおそらく既に情報を集めてしまっている。ならば彼らにとっては、逃げ切りさえすれば勝利ということになる。つまり戦闘は正面切った空戦ではなく、追撃戦になるということだ。
そして追撃戦においては、数の差は問題にならない。逃げる側の機体の方が速ければ。追う側が何倍の戦力を持っていようと戦力としては無効なのだ。徒歩の警官が何人いても、犯人が車で逃走すれば追いつけないのと同じである。
エルシーの予測を裏付けるように、敵機は立ちはだかる残り4機のPA-25の間を相変わらずの高速ですり抜けると、一目散に逃走していく。
PA-25は反転して追おうとするが、それは状況を無視した空しい動きでしかなかった。ただでさえ加速性能に差があるのに、反転という余分な動きに時間を使えば追いつけるはずがないのである。もちろんその後からついてきた4機、挟撃のうち追う方を担当した側も同じことだ。
『共和国』軍機から離れた後、敵機は蛇行しながらレーダーを大出力で稼働させ始めた。もちろん追加情報を採集しているのだろうが、まるでこちらを嘲笑っているようだ。
「悔しかったらここまで来てみろ」、遠ざかっていく彗星のような青白い航跡は、『共和国』側にそう告げているように感じられる。
「追いましょう、エルシー! PA-25じゃ、あの敵機に追いつけない。あたし達が行くしかないわ!」
「追うって、でも…」
アリシアの言葉に、エルシーは一瞬耳を疑った。非武装のXPA-27に何が出来ると言うのだろうか。
「写真銃で敵機の形態を撮影。さらに尾行して母艦の位置を突き止める。この機体でもその程度のことは出来るはずよ」
対するアリシアは、驚くほど冷静な口調で行動方針を伝えてきた。同い年ながら普段はエルシーよりやや子供っぽい印象の彼女だが、こういう時の判断力は優れている。やはりエルシーより1つ上の階級を持っているだけのことはあるようだ。
「分かった」
エルシーは手短に返答すると、アリシア機に合わせてエンジン出力を最大にした。試作機の予期せぬ故障及び燃料の残量に関する不安はあったが、軍人としてあの敵機に一矢を報いたいという感情と、アリシアを1人で行かせる訳にはいかないという思いがそれに勝った。
「よし、追いつける!」
しばらくしてエルシーは歓声を上げた。計器上にはPA-25では決して発揮できないような速度と加速度が表示され、さらに敵機との距離は段々と縮まっている。未完成の試作機とはいえ、流石は新型機というべきだった。
XPA-27の接近を見た敵機は慌てたようにレーダーを止め、蛇行から直線飛行に移った。しかしそれでも、両者の距離はじわじわと縮まっていく。敵新型機の出力重量比はPA-25を上回るが、XPA-27には及ばないようだ。
(そろそろか)、エルシーは彼我の距離を確認すると写真銃で敵機の姿を撮影した。『共和国』が誇る優れた光学機器類が稼働して熱源パターンを処理し、青く輝く航跡に紛れて肉眼ではよく分からない敵機の真の姿を映し出す。
「かなりごついわね。それに、複座?」
一足早く撮影に成功したアリシアが、敵機の姿を見て驚きの声を上げた。エルシーも彼女に続いて、写真銃で撮影された画像をモニターに表示してみた。
アリシアが言うとおり、それは非常に無骨な印象の機体だった。XPA-27より2回りほど大きく、直線が多用されている。胴体も翼も異常に幅が広く、ヘビー級ボクサーの肉体のようだ。もちろんその内部には巨体に見合った大出力エンジンが内蔵され、あの加速性能を与えているのだろう。
またコクピットと思われる部分が単座機にしては異様に長いし、外部に突き出している電子機器の数も1人の人間が操作するには多すぎる。宇宙暦700年代の宇宙航空機としてはややイレギュラーだが、複座機と考えるのが自然だった。
「戦闘機? それとも偵察機?」
エルシーは首を捻った。敵機の種類が分からなかったのだ。
普通の宇宙軍では補給の手間を省き限られた格納庫スペースを最大限有効活用するため、空母艦載機を単座のマルチロール機に絞っている。1種類の機体にガンポッドを取り付ければ戦闘機、対艦ミサイルを取り付ければ攻撃機になるのだ。
一方他国に比べて偵察に力を入れている『共和国』宇宙軍では、マルチロール機用の偵察ポッドを保有しており、偵察専用機も開発した。だから『共和国』軍空母には2種類の艦載機が乗っている。
最近では『連合』も『共和国』に学び、スキップジャックと呼ばれる3座の偵察専用機を実戦投入している。交戦国である両者だが、戦闘攻撃機1機種と偵察機1機種を空母艦載機としている点では同じなのだ。
問題はあの敵機が戦闘機なのか偵察機なのかだ。これまでの行動からはどちらとも取れる。
あの敵機は迎撃に出たPA-25を鎧袖一触で撃墜し、余裕綽々で逃走していった。その機動は明らかに戦闘機のものだ。
一方で敵機は、高出力レーダーを使ってファブニルの情報を探るという動きも見せた。また機外に多数のセンサー類を持つ複座機という形態は、偵察機の特徴だ。
考えていられる時間は長くなかった。敵機が突然、アリシアとエルシーに向かって反転してきたからだ。XPA-27を振り切れないと判断した敵パイロットたちは、こちらを空戦で撃墜するという形で排除しようとしているらしい。
「…しょうがないわね」
エルシーは眉をひそめながらも、操縦桿を慎重に倒した。出来ればこんな未完成の飛行機で敵、しかも新型機とは戦いたくなかったが、ここは受けて立つしかない。
惑星ファブニルにおいてアリシアとエルシーが敵新鋭機との戦闘に入っていたころ、惑星フルングニル周辺でも殆ど相似形を成す光景が繰り広げられていた。双方の新鋭機同士が空戦を行っていたのだ。
ただ一つの違いは攻守だった。ファブニルでは『共和国』軍機が『連合』軍機を迎撃していたのに対し、フルングニルでは『連合』軍機が『共和国』軍機を迎撃していたのだ。
微妙に色合いの異なる8つの青白い光が交錯し、時折それよりずっと小さな光が瞬く。一見蛍が群れ遊んでいるような美しい光景だが、実際には生死をかけた闘争に他ならない。『共和国』側は情報を持ち帰るために、『連合』側はそれを阻止するために自らの技能と機体性能の限界を尽くして戦った。
当人たちにとっては無限とも思えるが、実際にはごく短い時間光が乱舞した後、空戦の結果は出た。戦闘機にしては異様に大柄な『連合』軍機が2機、偵察機にしては華奢な『共和国』軍機を照準器に捉え、光の豪雨を思わせる密度の銃撃を加えたのだ。
『共和国』側の2機はほぼ一瞬で爆発し、後方に曳く航跡とは比べ物にならないほど大きく鮮やかな光とともに消滅した。
「やったぞ!」
2機の『共和国』軍機が撃墜される様子を見て、『連合』イピリア政府宇宙軍の新鋭空母ガリラヤの艦内で歓声が上がった。ガリラヤの戦闘指揮所に流れる空気が緊張から安堵、そして歓喜に変わっていく。
惑星フルングニルに飛来した形式不明の『共和国』軍偵察機を、ガリラヤが搭載する新鋭戦闘機バラグーダは見事に撃墜してみせたのだ。
バラグーダは旧政府時代から開発が進められていた機体で、現用主力戦闘機スピアフィッシュの後継機に当たるが、その性格はかなり違っている。
スピアフィッシュがオーソドックスな単座戦闘機だったのに対し、バラグーダは最初から単座型と複座型の両方が開発された。しかも生産されるのは複座型が大半という、異例の生産計画が立てられていたのだ。
航法員やレーダー員を乗せなければならない偵察機とは異なり、主力戦闘機は単座とするのが常識だ。複座機は重量が嵩んで性能的に不利な上に、撃墜された時の人員の損失が倍になるからだ。にも関わらずバラグーダが複座とされたのは、同機が戦闘機と言うより長距離攻撃機として開発されたからだった。
『連合』軍航空部隊は旧政府時代から、アウトレンジ攻撃という戦術思想に魅了されていた。敵より行動半径の大きい戦闘機を用意して先制攻撃をかけ、敵空母を叩き潰すことで航空優勢を確保、その後の戦闘を優位に進めようという発想である。
オルトロス星域会戦で行われた先制航空攻撃も、基本的にこの戦術思想の延長線上にある。
だがスピアフィッシュ、もしくは先代の主力戦闘機スティングレイ等の性能では、アウトレンジ攻撃を行うことは困難だった。これらはいずれも単座であり、長距離飛行を行った場合迷子になりやすかったからだ。
敵をアウトレンジできるほどの長距離から発進したのでは敵艦隊を捉えるどころか、攻撃隊が戦闘もせずに丸ごと消えてしまいかねない。これが航空戦の現実だった。
『連合』宇宙軍航空部隊はまず航法システムの改善という形で問題解決を試みたが、これが奏功することは無かった。航法システムの開発における最先進国は『共和国』だが、同国は『連合』にとって古くからの仮想敵国だ。
当然『共和国』は航法に関わる技術や研究成果を『連合』に売るどころか、それに少しでも関わる情報は絶対に公開しようとしなかった。
『連合』と『共和国』が仮初の友好中立協定を結んでいた宇宙暦690年代でさえ、『共和国』は『連合』に武器はもちろん、軍事に転用できそうな技術は絶対に輸出しようとしなかった程だ。
正確に言うと、大型艦の建造に関わる技術を『連合』が公開するなら『共和国』は航空技術を公開してもいいという誘いが一度来たが、宇宙軍主流派からの反対で潰された。かくして航空部隊は最先進国の協力なしでのシステム開発を強いられ、アウトレンジの夢はいったん頓挫してしまったのだ。
だが航空部隊は諦めなかった。『連合』の技術では、『共和国』のそれに比べて効率の悪い航法システムしか作れないという現実を見た彼らは、発想を変えたのだ。
システムの効率が悪いなら大型化すればいい。操作が面倒なら複座化して専任の航法員を乗せればいい。バラグーダはこのような設計コンセプトの元で誕生した。
バラグーダは体積にしてスピアフィッシュの6割増しにもなる巨大戦闘機で、索敵および航法に必要な装備多数と専任の操作員を乗せている。さらに特筆すべきはコクピットやエンジン回りに強固な装甲が施されていることで、敵艦隊の防空網を強引に突破しての長距離先制攻撃を可能にしていた。
なおバラグーダのこのような特徴は対艦攻撃だけでなく強行偵察にも有効であり、『連合』軍は『共和国』領への偵察作戦に実戦配備が始まったばかりのバラグーダを使用し始めている。
その航法性能や索敵範囲は流石に専任の偵察機であるRE-26やXRE-27には及ばないが、或いは総合性能ではバラグーダこそ現在の人類世界で最良の偵察機と言えるかもしれない。
『共和国』が偵察に使っている両機種が無装甲で直線的な機動しかできず機銃さえ装備していないのに対し、バラグーダは迎撃に来た敵機に反撃する能力を有していたからだ。
しかしもちろん、バラグーダは単なる偵察機兼攻撃機ではない。大きく重い機体のデメリットを打ち消してあまりある大型エンジンを搭載することで、スピアフィッシュを完全に凌駕する機動性能を得ている。
その戦闘機としての実力は、たった今撃墜された『共和国』軍機の姿が証明していた。かつて『共和国』軍兵器開発部は万能長距離機RPA-26を開発しようとして挫折したが、彼らの夢は敵国である『連合』がバラグーダという形で現実化していたのだ。
「浮かれるな。敵機の半分は逃がしてしまった。情報戦で言えば、むしろわが軍の敗北だ」
だがガリラヤを旗艦として船団護衛部隊の一隊を率いるベルトランド・パレルモ少将は、浮かれ気味な乗員たちを敢えてそう窘めた。
(これまでの『共和国』軍機ならほぼ確実に落とせたはずなのだが)
戦闘指揮所要員たちに注意を促しながら、パレルモは考え込んだ。バラグーダは純粋な制空戦闘機ではないにせよ、その加速性能と運動性能はこれまでのスピアフィッシュを遥かに凌駕している。
また大型レーダーを積んだ複座機だけに、索敵範囲はそれ以上に伸びている。敵機が『共和国』軍の主力偵察機RE-26なら、相手がかなり遠距離にいても追跡して全滅させる事ができたはずだ。
しかし輸送船団の撮影に来た敵新型偵察機は、RE-26を遥かに上回る性能を持っていた。ガリラヤの艦載機隊はそのうち2機を撃墜したが、残り2機は身重の偵察機とは思えない加速性能を発揮して姿を晦ましてしまったのだ。
開戦から1年も経たないうちにあのような高性能偵察機を投入してくるとは、『共和国』の技術力は侮りがたい。パレルモはそう感じていた。




