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戦略計画 『日の場合』-4

「少なくともファブニル星域会戦の時点では、小惑星帯内部にいかなる軍事施設も存在しませんでした」

 

 相手のジョン・ウィルキンス元『連合』宇宙軍准将はそう答えた。惑星ズラトロクをめぐる戦いで捕虜になった人物で、惑星フルングニル周辺の環境についてのアドバイザーとして、アジャンクールに乗り込んでいる。

 なおウィルキンスの今の階級は『共和国』宇宙軍義勇准将で、概ね同階級の『共和国』軍人と同じ待遇が与えられていた。

 


 


 捕虜が敵国で名誉階級を与えられて軍艦に乗っているというのは奇妙な話だが、これは『共和国』の政策の結果だった。反救世教感情が強い『連合』人捕虜を集めて反救世教義勇軍を作り、救世教政権である『連合』イピリア政府に対抗させることが、『共和国』の公式の政策となっているのだ。

 

 これまでの戦争で、『共和国』軍は『連合』軍人多数を捕虜にした。特に1か月半前の第二次ファブニル会戦では、『連合』リントヴルム政府軍の地上軍人と宇宙軍人合わせて400万人近くが乗艦とともに捕らわれている。

 

 彼らは準有人惑星の鉱山に送られて労役に使われる予定だったが、しばらくして『共和国』政府は考えを変えた。高度な訓練を受けた軍人をただの労働力として使うのは勿体ない。むしろ『連合』軍人の能力を『共和国』軍のために使わせるべきだと思ったのだ。

 具体的には、現時点で既に『連合』領の8割以上を占領し、実質的には『連合』の新政府となっているイピリア政府の打倒のために。

 



 かくして『共和国』政府は、白衛艦隊および白衛軍団と呼ばれる部隊の編成に着手した。反救世教の立場をとる『連合』人捕虜からの志願者からなり、鹵獲された『連合』製兵器を使用する部隊である。

 これらの部隊は訓練における敵役を務める他、降下作戦など『連合』の方が進んでいる分野についての指導役を務めたりもする。将来的には『連合』軍相手の実戦に投入することも検討されていた。




 『連合』人の反『共和国』感情を考えれば白衛艦隊や白衛軍団への志願者を集めるのは容易なことでは無いと思われたが、意外にもそれなりの数の入隊者が集まった。捕虜の大半がリントヴルム政府軍出身で、軍内で反救世教のプロパガンダを叩き込まれていたせいと、内務局による勧誘活動の賜物である。



 このまま内戦が進行すれば、『連合』は救世教国家になる。それを防ぐためにはあなた方の力が必要だ。『共和国』内務局直轄軍から派遣された勧誘担当者は仮収容所の捕虜たちにそう呼びかけ、『共和国』への協力を要請した。

 『共和国』には『連合』を滅ぼす意図はない。むしろ『連合』人を救世教の桎梏から解き放つ解放者として進軍する。救世教を憎む真に愛国的な『連合』軍人は、『共和国』に協力すべきだ。捕虜たちはそんなプロパガンダを浴びせられ続けた。



 直接的な勧誘だけではない。仮収容所における唯一の娯楽である映画鑑賞では、内務局が急いで作成した教育映画ばかりが上映された。ストーリーはどれも似通っており、邪悪な宗教国家から逃亡した青年が、隣国と力を合わせて神政政治を打倒するというものだ。

 脚本自体は単純で陳腐なものだが、内務局が潤沢な予算を注ぎ込んだだけあって映像は非常に壮大で美しく、収容所という退屈で変化に乏しい環境では圧倒的な力を発揮した。

 





 これらの努力が実を結び、これまで100万人近くの『連合』人捕虜が『共和国』軍への協力を申し出ていた。

 彼らは白衛軍団、白衛艦隊の要員として『連合』製兵器の使い方や対処法を『共和国』軍人に教える他、『共和国』軍に同行して必要な情報を提供する役目も果たしている。アジャンクールに乗り込んでいるウィルキンスは後者だった。

 





 「旧『連合』の軍事戦略は旧ゴルディエフ軍閥領、もしくはせいぜい惑星スレイブニルでの戦いを予定していました。この惑星フルングニルの基地はほとんど要塞化されていません」

 

 そのウィルキンスは、小惑星帯内部が本当に安全なのかというウィルキンスの疑問に対し、続けてそう言った。微妙に阿るような言い方だとケプラーは感じた。『共和国』軍の快進撃が旧『連合』の予想を超えたものだったと、言外に主張しているからだ。

 

 もっとも、それも当然かもしれない。義勇准将という階級は名目上ケプラーより上だが、所詮ウィルキンスは協力と引き換えに鉱山行を免れた捕虜に過ぎない。現在の雇い主である『共和国』及び、自らが乗り込んでいる艦の最上級者に対する心証を良くして自らを守ろうとするのが道理だ。

 



 「救世教徒がフルングニルの占領後に、この惑星の防備を固めた可能性はありませんか?」

 

 ケプラーは微妙な疑念を含めた声でウィルキンスに質問した。大抵の『共和国』軍人と同じく、ケプラーも心から元『連合』軍人を信用する気にはなれないでいた。

 またウィルキンスが誠心誠意で答えていたとしても、彼が持っている情報は半年以上前のものだ。その時から状況が変化している可能性は大いにあった。

 

 「彼らは『連合』政府を騙すため、一時はフルングニルを非武装化しています。それから2か月もしないうちに、長大な小惑星帯全てに係留機雷や砲台を設置するといったような大工事を行えたとは思えません」

 「成程、それはそうですな」

 

 ウィルキンスの答えに、ケプラーは一応納得した。惑星フルングニルは『連合』首都惑星リントヴルムの付近にあり、それ故に『カラドボルグ』作戦における最重要目標の1つとなっている。

 

 また『連合』イピリア政府はそれを逆用して、リントヴルム政府を引っかけた。既に確保していた惑星フルングニルから軍を撤退させて基地の設備をも撤収することで、首都攻撃作戦、ひいてはリントヴルム政府に対するこれ以上の敵対行動を行わないと示して油断させたのだ。

 逆に言えばオルトロス星域会戦の当時、実はフルングニルには地上軍も宇宙軍もいない状態だった。リントヴルム政府軍捕虜からそれを聞かされた『共和国』軍上層部は、絶好の機会を逃したことを知って切歯扼腕したものだ。

 


 それはともかく、イピリア政府がリントヴルム政府に対する敵対行動を再開したのは、オルトロス星域会戦の直後からである。それからまだ1か月半しか経っていない以上、フルングニルの大規模な要塞化は確かに困難だろう。

 



 「それに惑星の要塞化という発想自体、前世紀のものです。今の宇宙軍において主力となるのは、あくまで艦隊。少なくとも私が亡命する前は、『連合』の宇宙軍拡張計画は艦隊戦力及びそれに付随する設備の拡大に予算の大半が振り向けられていました。今更、要塞などというものが再考される可能性は低いかと」

 「まあ、それはわが国でもそうですが」

 

 ケプラーは頷いた。宇宙暦500年代以前には、重要惑星周辺に大量の軍事衛星を浮かべて敵国の侵攻を防ぐ、という国防方針が各国の宇宙軍で流行っていた。

 軍艦で最も高価な部品は機関であり、軍事衛星はその機関を持たない分、軍艦よりかなり安く作れた為である。

 


 しかし現在では、軍事衛星というものは概念自体が陳腐化し、以前に建設された衛星は次々に解体されているのが現状だ。これは機関製造技術が進歩して軍艦と衛星にかつてほどの価格差が無くなったこともあるが、それ以上に経済構造の変化が大きい。

 

 宇宙暦500年代以前には恒星間輸送及び恒星間通信技術が未熟だったため、経済活動は1つからせいぜい3つ程度の惑星間でほぼ完結していた。つまり数十の有人惑星を持つ大国でも、実質的には小国の集合体だったのだ。


 余談だがこれまでの歴史において、小国が大国に併呑されることが意外なほど稀だったのは、おそらくこのためである。恒星間輸送技術が未発達である以上、他国を併合してもそこを市場および資源供給地にするのが難しく、戦費と比較した時のメリットが乏しかったのだ。

 各国政府は国内をまとめる為に他国への憎悪を煽りつつも、実際には対外戦争をあまり行わない。行っても国境付近での小競り合いをやるだけ。それがこれまでの歴史だった。




 それはともかくこのような封建制の経済構造では、軍事衛星で重要惑星を守ることには大きな意味がある。経済が少数の惑星だけで完結しているので、ある惑星群を守ればいつまでも抵抗を続けられるからだ。

 だが恒星間輸送技術及び通信技術が発達した現在では、輸送船団に国中を駆け回らせて大規模な国内分業を行うのが主流になっている。この現象は世界初の中央集権国家である『共和国』で最も顕著だが、『連合』を含む他国でも程度の差こそあれ分業は確実に進みつつある。

 原料が安価に採掘できる惑星Aで採掘活動を行い、水資源が豊富な惑星Bで鉱石の精錬を行い、大規模な工業設備を持つ惑星Cで製造を行う。しかも各惑星は宇宙暦500年なら航行に片道2か月かかった位置にある。等ということも現在では普通なのだ。


 こうなると、軍事衛星で特定の惑星を守るという軍事戦略は成立しなくなる。特定の惑星を守っても、産業において密接につながったほかの惑星を占領されれば、国家全体の経済活動にとって大打撃になってしまうからだ。

 全ての惑星を要塞化するという考えもあるが、その費用は間違いなく艦隊より高くなる。そして設置された惑星から1歩も動けない軍事衛星よりも、恒星間を自由に動き回る艦隊は遥かに汎用性が高い。各国で軍事衛星が続々と解体され、施設要員が軍艦の乗員として再教育されているのも当然と言える。




 ウィルキンスとケプラーの予測を裏付けるように、アジャンクールは小惑星表面に作られた軍事施設から突然砲撃を受けることも、遠隔操作式機雷に引っかかることも無かった。全長約500mの艦体は、巨大な岩屑の中を悠々と航行している。

 


 



 「航空科より艦長、2番機から入電です。『フルングニル周辺に大規模な艦隊もしくは輸送船団を発見』、以上です」

 「艦隊もしくは輸送船団…か」

 

 航空科の報告の後で戦闘指揮所に送られてきた画像を見て、ケプラーは唸った。惑星フルングニルに接近したXRE-27が、一瞬だけレーダーを広域モードで稼働させて得た情報だ。

 そこには宇宙艦船の存在を示す光点が1000以上も映し出されている。しかもレーダーの探知範囲外にも、まだまだ艦船が存在しそうだ。

 

 続いて3番機が別の場所からのレーダー画像を送ってきた。そこにもやはり大量の光点。

 


 「新政府軍だな。恐らく」

 

 艦隊もしくは船団の規模を見て、ウィルキンスはそう予測した。『連合』リントヴルム政府軍、今では旧政府軍と呼ばれることも多い軍は既に歴史上の存在になりかけている。これだけの艦船を用意することは出来ないはずだ。

 と言うことは艦船の群れは『連合』イピリア政府軍、リントヴルム政府軍との力関係が完全に逆転した今では新政府軍と呼ばれる集団だろう。

 



 「リントヴルム攻撃の予兆かもしれませんね」


 映像を見たウィルキンスがそう呟いた。この惑星フルングニルは艦隊が途中補給なしで、旧『連合』政府の首都惑星リントヴルムに到達できる位置にある。

 そこに艦船が集結しているということは、新政府軍はいよいよリントヴルムを占領して内戦にけりをつけるつもりなのかもしれない。ウィルキンスはそう思っているようだ。

 

 「だとすればまずいですね。『カラドボルグ』作戦発動までまだ2か月近くあります。それまでは旧政府に持ちこたえて欲しいものですが」


 ケプラーは顔をしかめた。『連合』領侵攻作戦『カラドボルグ』は、宇宙軍10艦隊と地上軍3個軍集団が投入される『共和国』軍史上空前の作戦だ。当然準備にかかる手間も膨大なものとなり、策源地となる惑星ファブニルには未だ必要な物資と設備が出揃っていない。

 

 さらに『共和国』政府は、隣国を対『連合』戦争に踏み込ませるための外交交渉を進めている。対象は『共和国』-『自由国』戦争以来、『共和国』の半属国となっている『自由国』と、『連合』との間に係争地を抱えている『連盟』だ。

 どちらの国も軍事力で『共和国』や『連合』に遠く及ばないが、それでも合計して宇宙軍6個艦隊、地上軍5個軍程度の戦力を外征に投入できる。装備が『共和国』基準で1世代から2世代前のものであるのが不安だが、助攻程度の役には立つだろう。

 


 これらの準備が終わるまでは、旧政府に持ちこたえて欲しい。それが『共和国』側の総意だった。

 敵国が分裂した状態での侵攻作戦と、統一された状態での侵攻作戦では難易度が違う。旧政府要員のうち信用できそうな者を中心に傀儡政権を作る上でも、侵攻時に僅かでもその領土が残っている方が宣伝上有利だ。

 





 「3番機より入電、『敵機発見!』」

 

 だがそこで、航空科からの報告がケプラーの思考の流れをいったん断ち切った。XRE-27の乗員は極力身を隠して飛んでいるはずだが、やはり惑星フルングニルの警戒は厳重だったらしい。

 

 



 「3番機、通信途絶! 撃墜された模様です。あ、続いて4番機もやられました」

 「XRE-27が撃墜されたのか?」

 

 ケプラーは驚いて反問した。XRE-27は『共和国』のこれまでの主力戦闘機であるPA-25を加速性能で上回る。それは同時に、PA-25と同程度の性能を持つ『連合』のスピアフィッシュ戦闘機をも、加速性能で上回っている事を意味するはずだ。

 それなのに、2機も撃墜されたのだろうか。

 

 「あるいは、待ち伏せ攻撃を受けたのかもしれません。もっと可能性が高いのは、予期せぬ故障です」

 

 航空科員はそう答えた。XRE-27は直線飛行すればスピアフィッシュを引き離せるが、偵察機であるため急激な機動が出来ない。待ち伏せ攻撃を受けて回避する間もなく撃墜された可能性は確かに存在する。

 ただその可能性というのは、あまり高いものでは無いというのも事実だ。3座で電子装備が充実したXRE-27は、単座のスピアフィッシュより遥かに早く、相手を発見できるはずだ。

 

 彼我の乗員の能力に大差があるなら別だが、アジャンクールは今回の任務のために技量の高い乗員を借りている。

 彼らが単座機に奇襲を受けて、殆ど一瞬で撃墜されるとは考えにくい。そのため2機は予期せぬ機械的なトラブルで失われたのだろうと、航空科は推測しているらしかった。

 



 「同時に2機が故障するものかな?」

 

 だがケプラーは、どうも納得できないものを感じていた。XRE-27は制式採用前とはいえ、既に数百回の飛行試験が行われている機体だ。いずれの飛行でも、機の喪失につながるような重大な欠陥は発見されていない。

 1機ならまだ頷けるが、2機も故障で墜落するだろうか。

 

 (まさか?)

 

 ケプラーはかぶりを振った。今まで散々出現が噂されているが、正式には存在が確認されていないもの。それが姿を見せ、XRE-27を撃墜したのではないだろうか。

 「それ」と遭遇したと主張するパイロットたちは、スピアフィッシュとは比べ物にならない程に速かったと報告している。俊足のXRE-27をも狩れるほどに。

 



 ケプラーの疑念は、最悪の形で証明される事になった。数十秒後、航空科が切羽詰った口調で次の報告を送ってきたのだ。

 

 「1番機より入電、『我、敵新型機と遭遇す。加速性能極めて大』、以上です!」


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