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ファブニル星域会戦ー5

 いずれにせよ、リコリスの評価はほぼ適切だった。『共和国』軍第33分艦隊を指揮するエゴール・コヴァレフスキー少将は、現状を確認したうえで最善の判断を下したといえる。


 第33分艦隊は戦隊ごとに敵の外郭部隊をすり抜けようとしていたが、敵のレーダーの性能を過小評価していた感は否めなかった。光学装置頼みで航行していた彼らは、敵艦の間の隙間に侵入しようとした時点でレーダーを全開にしていた『連合』軍の巡洋艦に発見されてしまい、そこからなし崩し的に交戦が始まった。

『共和国』軍艦船の強みである優れた光学装置と逆探設備を生かして敵哨戒艦を回避し、中央の戦艦部隊を奇襲するという作戦案は完全に崩壊したのだ。

 

 コヴァレフスキー少将はこの状況を踏まえ、手早く作戦方針を変更していた。遭遇した外郭部隊が戦闘隊形を整えないうちに速攻で撃破し、彼らが態勢を立て直さないうちに敵主力部隊に突入する。機動力で優るが、総合戦力で圧倒的に劣る部隊が取れる作戦はこれしかない。

 味方の被害も甚大なものとなるだろうが、一個分艦隊の犠牲で敵の一個艦隊を戦闘不能に追い込めばこちらの勝ちだ。残った敵は後続の第2艦隊本隊が始末してくれるだろう。

 

 

コヴァレフスキー少将の命令一下、第33分艦隊の各艦は機関出力を最大に上げて、目の前にいる『連合』軍部隊に襲い掛かった。そして彼らは2年前の『共和国』-『自由国』戦争の後半戦でも発揮した高速戦闘の能力を、遺憾なく示して見せた。

 

 『共和国』軍も『連合』軍も戦闘を予期していなかったという点では同じだったが、狼狽の度合いは前者のほうが低かった。『共和国』軍が敵に発見されることをある程度覚悟していたのに対し、『連合』軍は接敵をもっと先のことだと考えていたからである。 

  彼らは航空偵察で『共和国』軍第2艦隊を始めとする主力部隊を既に発見していたが、彼らが既に小規模な襲撃部隊を分離済みだとは気付いていなかったのだ。

 

  なおこの時点ではどちらも相手の戦力を知らなかったが、『共和国』軍はこの戦闘に6個艦隊1400隻、『連合』軍は8個艦隊1900隻を投入している。平均的な辺境国家なら、主力艦隊の全てを動員したレベルの兵力集中だ。

 この規模の艦隊が集結した状況で、たかだが合計67隻(オルレアン含む)の第33分艦隊を発見するのは不可能に近かった。彼らはほぼだしぬけに奇襲を食らったのだ。

 

  突然の接敵に驚いて隊列を組みなおそうとする『連合』軍の艦に、『共和国』軍から放たれる砲撃と対艦ミサイルの雨が降り注ぐ。特に後者の威力に、『連合』軍は衝撃を受けた。彼らの常識を上回る速度で飛んできたそのミサイルは、『連合』軍が使用するミサイルより明らかに大型で、威力も段違いに大きかった。

『連合』のエルブルス級巡洋艦やカラコルム級巡洋艦はやや速力に劣る代わりに小型戦艦と言ってもいいほどの防御力を持つが、『共和国』軍が放ったミサイルはその装甲をあっさりと貫通し、『連合』の巡洋艦を次々に戦闘不能にした。駆逐艦に至っては、運が悪い艦は一撃で轟沈し、僚艦に乗り込んでいた将兵を絶句させた。

20年ほど前のゴルディエフ軍閥領紛争では、『共和国』のミサイル攻撃は大した脅威ではないという戦訓が得られていたのだが、それが完膚なきまでに覆されたのだ。 

 

 『共和国』軍が最初の一撃を放った後には無意味な金属塊と化した損傷艦、金属粒子のガスと化した沈没艦が残された。軍艦の機関が爆発した時に出る大量の電磁波の影響で通信は混乱していたが、それでも双方が、何が起きたかを大体は理解していた。

 『共和国』軍の艦もそれなりに被害を受けたが、損害の程度で言えば『連合』軍の方が遥かに大きい。『連合』こそ経済面でも軍事面でも人類世界最強の国家と聞かされ続けていた将兵は、自分たちが辺境国家、『連合』人に言わせれば単なる大規模な軍閥、の軍隊に敗北したことに衝撃を受けていた。



 


 そして『連合』の将兵が呆然とする中、最初に遭遇した敵艦を蹴散らした第33分艦隊は、敵味方の損傷艦をその場に放置して敵主力めがけて突進した。この部隊の元々の兵力は巡洋戦艦1隻、巡洋艦17隻、駆逐艦48隻。この時点で巡洋艦1隻と駆逐艦4隻が脱落していたが、未だに侮りがたい戦闘力を残している。

 


そして偵察巡洋艦オルレアンもまた、臨時にその戦列に加わっていた。彼女に与えられた任務は単純だった。第33分艦隊の一部とともに敵の一隊を拘束し、コヴァレフスキー少将の本隊が突入するための時間を稼げ。

 

「周囲を警戒せよ。特に後部は重点的に」


 戦闘指揮所ではリコリス・エイブリング大佐が、初の戦闘で緊張しきっている乗組員たちにかなり詳細な指示を出していた。

 

「索敵科の士官、下士官は科員の疲労に注意。集中力を切らしている者がいれば、速やかに交代要員を呼ぶように」

 

 なおリコリスが後部を警戒せよと言っているのは、アジャンクール級巡洋艦の構造的な弱点を考慮してのことである。アジャンクール級は後部に主砲塔を持たないし、後部の両用砲の多くがクレシー級より大型化されたレーダーと光学観測機に場所を取られて撤去されている。

 設計上の必然ともいえる特徴なのだが、演習では、これがほぼ致命的な弱点であることが発覚した。強力なレーダーと通信機を持つアジャンクール級は、索敵能力が高い反面敵にも発見されやすい。


 そしてレーダー波や通信波をとらえた敵駆逐艦が後方から襲ってきた場合、アジャンクール級には打つ手がない。反撃のための砲はない上、駆逐艦に比べて小回りも利かないので、一方的に砲撃される。

そしてまた、後部にある無防御の巨大な航空機格納庫には、艦載機、予備エンジン、対艦ミサイルなどの危険物が大量に詰め込まれているというおまけ付きだ。

 

「こんな艦には怖くて乗っていられない」、最初の演習で艦長を務めた士官はそう抗議した。『共和国』軍が想定するような乱戦では、数隻の敵艦が後方から襲ってくるという事態が実によく発生する。そしてこの状況では、僚艦の援護がない限りアジャンクール級は確実に撃沈判定を食らった。

 数度の演習で似たような結果が出た後、アジャンクール級巡洋艦の建造計画はオルレアンを最後に全面的に凍結された。いくら通信能力が優れていても、駆逐艦一隻に撃沈される可能性がある巡洋艦など実戦投入すべきではないという意見が大勢を占めたのだ。


なおアジャンクール級が担うはずだった高速部隊旗艦としての役目は、同時期に建造されたブレスラウ級巡洋戦艦に受け継がれた。同級は同級で、あまりに巨大で大袈裟な代物だという批判も出ていたが、とにかくアジャンクール級よりは遥かに強力で、数隻の巡洋艦程度なら自力で追い払うことが出来た。

 


リコリスの隣に座る副官のリーズ・セリエール准尉はこの事実を全て知っていたわけではないが、オルレアンの構造とリコリスの指示から大体のことは想像できた。

だから彼女は戦闘詳報を作成する傍ら、戦闘指揮所中央のモニターを睨んでいた。そこにはオルレアンの索敵科の偵察結果とともに、他の味方艦からデータリンクで入手した情報が載っている。

 それによると、現在この宙域にはオルレアン以外に、味方の巡洋艦5隻、駆逐艦16隻が存在する。対する敵兵力は分かっている限りで、巡洋艦2、駆逐艦9。妙に数が少ないのが気にかかるところだが、とりあえず今だけは『共和国』軍の方が圧倒的な優位に立っている。

 

「今だ! 突っ込め。敵艦が集まってこないうちに蹴散らすんだ!」

 

『共和国』の指揮官の命令が、オルレアンの戦闘指揮所にも入ってきた。現在戦闘中の敵部隊の総兵力はおそらく200隻以上であり、長期戦になった場合第33分艦隊は敵戦艦への対艦ミサイル飽和攻撃を実施する前に溶けてしまう。

そのため、敵戦艦部隊への前進を妨げる位置にいる敵艦は速攻で粉砕しなくてはならない。指揮官はそう思っているのだろうが。

 

「この判断はあまりに安易ね」

 

リコリスが氷どころか液体窒素並みに冷たい声で、上官の命令を冷たく評価した。リーズは慌てて通信機の設定をチェックし、双方向通信モードになっていないのを確認して安堵した。

 

「その…どうしてですか? 艦長はコヴァレフスキー少将の事は高く評価していたのに?」

 

リーズの記憶では、第33分艦隊司令官が出した同じような命令をリコリスは褒めていたのだが。

 

「あれは大まかな行動方針の指示だったけど、今回は戦闘指揮。そして戦闘レベルでは、取りあえず目に付いた敵部隊目がけて全兵力を突撃させるというのは愚の骨頂よ」

 

リコリスはそう返答した。相変わらず苛立たし気な口調だが、その声は前よりは少し温かみを帯びていることにリーズは気づいた。

 この人はなんだかんだ言っても、リーズを始めとする部下には優しく接してくれることが多いのだ。他人への暴言癖がなければ、単なる「不器用だが基本的には親切な上官」だと思っていたかもしれない。


 そのリコリスはさらに、味方の行動に難癖をつけた。


「ましてや、今の敵はレーダー妨害をかけている。何を企んでいるか分かったものではないわ。あんな風にミサイル戦闘群を一斉に突撃させるのではなくて、何隻かを偵察に出して、敵に探りを入れるべきよ」

 


「あんな風に」とリコリスは称したが、モニターを見ると確かに味方のミサイル戦闘群が敵部隊に突っ込んでいっている。『共和国』特有の部隊であるこのミサイル戦闘群は巡洋艦1隻と駆逐艦16隻で編制され、敵部隊への対艦ミサイル飽和攻撃を主任務としている。

 『共和国』宇宙軍が本来欲しかったのはアジャンクール級と60隻以上の駆逐艦で編制され、敵一個分艦隊を遠距離から一撃で壊滅させることが出来るほどのミサイルを投射する大部隊だったのだが、結局その規模は約1/4に縮小された。

旗艦役のアジャンクール級は失敗作で、しかもそんな大規模な駆逐艦部隊の運用は平均的な『共和国』軍人の能力を超えていることが、演習で判明したためである。

 


そんなある意味不本意な編制が行われた部隊であるミサイル戦闘群は、それでも猛然と敵艦隊に突撃していた。その側方には『共和国』軍の巡洋艦一個戦隊が進撃し、敵駆逐艦の排除と敵巡洋艦の牽制を行う。 リーズの目にはまるで宣伝映画の「『共和国』宇宙軍精鋭部隊の突撃」のように見える光景だったが。

 

 「これも、あまり良くない動きよ」


 隣のリコリスは違う意見のようだった。その顔を何となく見たリーズは、思わず目を疑った。普段は眠そうに見えるリコリスの深い青色の瞳が大きく見開かれ、強烈な、凶暴と言ってもいい程の光を湛えている。

 平時の軍隊の事務には全く不向きな彼女が唯一生き生きとした様子を見せるのは演習の時だが、今のリコリスの表情はそれをも上回っていた。なまじ端正な美貌の持ち主であるだけに、正直恐ろしくすら見える。


 「ミサイル戦闘群が一塊で進んでいる。この状況ではむしろ、駆逐隊ごとに分かれて巡洋艦部隊の後に続くのが望ましいはず」

 「何故そんなことが?」

 

 リーズは緊張しながらもリコリスに質問した。彼女には、リコリスが味方の行動を批判した理由が分からなかった。ミサイル戦闘群による先制攻撃は、『共和国』宇宙軍のドクトリンに則った行動のはずだ。そして一塊とリコリスは批判するが、分散すれば各個撃破の対象となるだけではないだろうか。

 

 「見て」

 

 リコリスは戦況モニターに指揮棒を向けた。3次元モニターには味方を表す青い矢印と、これまでに発見された敵を示す赤い矢印が入り乱れている。指揮棒はそのうちの、敵がいないように見える一角を指していた。

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