表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/138

戦略計画 『日の場合』-2

 オルトロス星域会戦が勃発した6日後、惑星ファブニルにほど近い宙域では、『連合』リントヴルム政府軍が断末魔のあがきを見せていた。


 

 『共和国』宇宙軍第1艦隊群司令官のディートハルト・ベルツ大将は、同第3艦隊群を指揮するゲミストス・ベサリオン大将と共に、目の前の光景を見ながら顔を見合わせていた。

 膨大な宇宙船舶が、降伏を表す発光信号を瞬かせながら、『共和国』宇宙軍による接収を待っている。多くが輸送艦、工作艦、揚陸艦と言った非武装または軽武装の艦船だが、戦闘艦艇の姿も散見された。

 

 これら3000隻近い船舶全てが『連合』リントヴルム政府軍、かつて『共和国の宿敵だった軍隊のなれの果てだった。




 第1艦隊群と第3艦隊群は、卑劣にも休戦協定を破棄して侵攻してきたリントヴルム政府軍に対して未曽有の勝利を上げた。そう誇ってもいい状況だったが、ベルツやベサリオンの表情は晴れないままだった。 

 大勝利がやや苦いものになっている理由の1つには、最も厄介そうな敵の1つが『共和国』軍の重囲を突破中であることが挙げられる。


 


 「どうやら、取り逃がしそうですね。これは」


 ベサリオン大将は、リントヴルム政府軍の中で唯一奮戦し、『共和国』軍に一泡吹かせた艦隊が撤退してゆく様子を眺めながら、ベルツに話しかけた。同格の大将ではあるがベルツのほうが先任であるため、丁寧な口調になっている。


 彼らの視線の先にあるリントヴルム政府軍艦隊はこれまでの戦闘で既に130隻前後まで減少していたが、その司令官は恐るべき能力を発揮して、『共和国』宇宙軍を翻弄している。

 撤退を阻止しようとした『共和国』宇宙軍第15艦隊は、敵の主力を務めるドニエプル級戦艦の反撃に遭い、手痛い打撃を受けて後退を余儀なくされていた。



 「まだ分からんよ。第2艦隊もいることだしな」


 ベルツのほうは、多少の自信を込めてそう答えた。『共和国』宇宙軍第2艦隊は、第1艦隊と並ぶ『共和国』軍最精鋭の艦隊として知られており、ファブニル星域会戦で最も活躍した艦隊でもある。開戦直前に編成された部隊で、実戦経験の無い新兵が多い第15艦隊などとは物が違うのだ。

 その第2艦隊の力を持ってすれば、小癪な敵を撃滅できるだろう。ベルツはそう信じていた。


 ベサリオンの方はそれを聞いて微妙な表情を浮かべた。第2艦隊はベルツの第1艦隊群に属する部隊である一方、第15艦隊はベサリオンの第3艦隊群に属する。

 ベルツに悪気は無いにしても、指揮下の部隊を遠回しに侮辱されているように感じられたのは事実だった。



 


 最高指揮官同士の間に生じた微妙な不和とは関わりなく、2つの艦隊は激突を始めた。まずは『共和国』軍第2艦隊の先鋒を務めるミサイル戦闘群が大きく突出し、敵艦隊の側面に襲い掛かっていく。


 この攻撃が通れば、『共和国』側の勝ちだ。ベルツとベサリオンは共にそう思った。敵艦隊は何故か、戦艦を艦隊の外周部に配置するという奇妙な隊形を取っている。つまりミサイル戦闘群が側面から攻撃すれば、敵艦隊は戦艦部隊の半分近くを失うことになるのだ。

 そして戦艦部隊がいなくなった『連合』軍艦隊など、利き腕をもがれた剣士も同然であり、如何様にも撃破できる。



 

 だが攻撃を敢行したミサイル戦闘群指揮官たちの勝利を確信した笑顔は、途中で凍りついた。戦艦部隊の陰から30隻以上の巡洋艦と駆逐艦が突然出現したかと思うと、こちらに突進してきたのだ。

 そのような機動を成功させたこと自体、敵指揮官の高い能力を示していたが、衝撃はそれだけに留まらなかった。思いもかけず近くから『連合』軍の補助艦艇が出現したことで、今度はミサイル戦闘群の方が危機に晒されたのだ。


 ミサイル戦闘群は主に戦艦への襲撃のために作られた部隊であり、その名の通り強力なミサイル戦能力を持つ一方、砲火力は非常に低い。一気にミサイルを発射して逃げるのは得意でも、巡洋艦や駆逐艦との戦闘はそれほど得意ではないのだ。

 敵巡洋艦と駆逐艦は、明らかにその弱点を衝こうとしていた。


 


 まず『連合』軍新鋭巡洋艦コロプナ級の砲撃がミサイル戦闘群旗艦を務める巡洋艦に襲い掛かり、他の巡洋艦と駆逐艦は『共和国』軍駆逐艦を砲撃する。

 ミサイルによる瞬間的な火力はともかく持続的な火力においては『連合』軍が圧倒的に有利であり、『共和国』軍艦は為すすべもなく撃ち負け、戦闘力を喪失していった。


 ミサイル戦闘群の支援に当たっていた巡洋艦部隊、および少数の巡洋戦艦部隊は『連合』軍の巡洋艦と駆逐艦を阻止すべく突出したが、彼らの目の前にはミサイル戦闘群の真の目標だったもの、すなわち戦艦が待っていた。




 『連合』軍が誇る世界最強の戦艦ドニエプル級、及びこの時点でも残っていた少数の旧式戦艦から、凄まじい密度と速度を与えられた発光性粒子の束が吐き出される。

 しかも『共和国』軍の周辺にはいつの間にか、『連合』軍のスキップジャック電子偵察機が展開しており、長距離射撃に必要なデータを戦艦に向かって送り込んでいた。


 なお『共和国』側は知らなかったが、このスキップジャックは『共和国』領侵攻の対価の一つとして、イピリア政府がリントヴルム政府に密輸したものである。

 保守的、と言えば政治的保守派に失礼なほど頑迷なリントヴルム政府軍高級指揮官たちは同兵器を有効活用できないことが多かったが、最後の最後でスキップジャックは持ちうる人を得て、真の力を発揮した。


 スキップジャックからの情報を得た『連合』軍戦艦部隊から放たれる砲撃は、その距離からは信じられないほどの命中率を発揮して、『共和国』軍艦を次々に捉えていく。被弾した巡洋艦は一撃で艦の奥深くまで貫通されて戦闘力を喪失し、運の悪い艦は機関に直撃を受けて轟沈した。

 巡洋戦艦でさえ例外では無い。ドニエプル級戦艦の砲撃は粒子が拡散する遠距離からでさえ、ブレスラウ級やブライテンフェルト級といった『共和国』軍巡洋戦艦の装甲を貫通する威力を持っていた。


 



 「何という醜態だ!」


 ベサリオンとベルツは、声を合わせて呻いた。戦艦へのミサイル攻撃は不可能と判断したのか、『共和国』側の各部隊は前方の巡洋艦と駆逐艦にミサイルを発射し、慌ただしく後退している。

 しかしそんな状況で統制の取れた攻撃など出来る筈もなく、戦果は巡洋艦と駆逐艦合わせて10隻前後の撃沈破のみ。こちらが戦艦の砲撃で20隻前後を喪失していることを考えれば、到底割に合う取引ではない。



 戦艦こそが宇宙戦闘の王者だという考えは航空兵器の発達、及び『共和国』軍が生み出した対艦ミサイル飽和攻撃という戦術によって、徐々に覆されつつある。

 しかし未だ、戦艦はその価値を失っていない。かつてのような絶対的な存在ではないかもしれないが、他の兵器と協力すればまだまだ艦隊戦における主力として戦場に君臨できる。敵戦艦部隊の活躍は、そのことを如実に示していた。



 「第2艦隊、一時攻撃を中止し、敵艦隊に対しては触接を維持するに留めよ」


 状況を見たベルツ大将は、苦虫を噛み潰したような表情で命令を出した。

 ファブニル星域会戦での大勝利はノーマン・コリンズ首席参謀の智謀と『連合』軍の自滅に支えられた点が多いが、ベルツ自身も豊富な実戦経験を持つ名将として知られている。前線勤務を中心に30年近くに渡って軍歴を務め上げること自体、無能な人間には到底不可能なことだ。


 そのベルツの実戦経験は、あの敵艦隊に対して無理押しをすべきでは無いと告げていた。もともと定数未満の状態でこの戦いに参加した第2艦隊の戦力は、今の戦いで142隻にまで減少している。

 敵は120隻前後に減っているが、この程度の戦力差では危ない。負けるかもしれないし、勝てたとしても犠牲が大きくなる。



 「敵艦隊を見逃すと仰いますか?」


 少将に昇進しているコリンズ首席参謀が少し不満げな顔をした。『共和国』の国力が『連合』に比べて劣る以上、戦力の消耗は出来るだけ避けるべきというのは分かる。

 しかしだからと言って、強力な敵とそれを指揮する名将を生かしておくのはどうか。ここで多少の犠牲を払ってでも、将来の禍根は摘み取っておくべきだ。コリンズとしてはそう思っているのだろう。


 「許可を頂ければ、小官自らが部隊を指揮し、あの敵艦隊を討ち取って参ります」、秀麗な顔に興奮の色を浮かべたコリンズは、今にもそう言いたげだった。

 彼の適正はあくまで参謀職にあると人事部は見ていたしベルツもそう思っていたが、コリンズ自身は参謀ではなく司令官をやりたがっている所があった。 

 士官学校時代の戦術演習で同期のリコリス・エイブリング現准将に敗れ、卒業後も昇進はともかくプロパガンダでの取り上げられ方ではリコリスに及ばない所が、そのような願望を生んだのかもしれない。


 「首席参謀」

 「は!?」

 

 コリンズは呼びかけに対して何かを期待するような顔をしたが、ベルツには彼の願望に付き合う気は無かった。


 「敵艦隊が現在の針路をとり続けた場合、及び右舷方向に変針した場合の両方について、第2艦隊と合同での攻撃計画を立ててくれ。敵船団の監視から引き抜いていい戦力は250隻までとせよ」


 コリンズは微妙に不満そうな顔をしたが、すぐに作業に取り掛かった。ベルツはそれを確認して満足した。

 コリンズがこれまで上げてきた実績は参謀としてのものであり、彼が本当に指揮官として通用するかは未知数だ。人材の活用は適材適所を旨とするべきだった。






 数分後、コリンズが作成した計画に基づき、『共和国』軍は逃亡を試みる『連合』軍艦隊に再度襲い掛かった。船団を監視していたいろいろな部隊の一部が投入されたことで、その戦力は第2艦隊と合わせて313隻に膨れ上がっている。


 さしもの敵艦隊も、この数の暴力には勝てなかった。四方八方から飛んでくる砲撃とミサイルの雨によって、その戦力は徐々にやせ細っていく。

 やがてその後方にいた集団が、機関を停止して発光信号を出し始めた。


 「敵艦30隻前後、こちらに降伏を求めています!」


 ベルツの旗艦アストライオスの通信科員が歓声を上げる。残り90隻の敵艦のうち、1/3が投降したのだ。

 これで勝負はついたかとベルツは思ったが、その後に起きたことを見て顔をしかめた。モニターに映る赤い光点群のうち前方の集団は、却って速度を上げ始めたのだ。


 

 「残り60隻前後の敵艦は、尚も逃亡を図っています。その加速度、顕著に上昇!」

 「そうか!」


 ベルツは敵の意図に気付いた。敵の後方集団は鈍足の旧式艦や、これまでの戦闘で機関を損傷した艦で構成されていた。

 彼らが降伏したのは、必ずしも負けを認めたからではない。高速の新鋭艦で構成された先頭集団の、足手まといにならないようにするためだったのだ。


 


 「すぐに降伏させるとは、妙な真似をするものですな。小官なら徹底抗戦して玉砕するよう命令して、僅かでも相手に損害を与え、かつ時間を稼がせるものですが」


 コリンズが敵の行動を見てそう呟いた。ベルツが彼を司令官として使う気になれない理由の一つが、この辺りの判断である。

 

 確かに純粋な軍事的合理性で見ればその通りなのだが、それは軍隊が人間ではなくロボットで構成されている場合の合理性だとベルツは思う。

 生還率0%の作戦に100人を送り出す方が、生還率99%の作戦に1万人を送り出すより、遥かに非人道的に感じられる。不合理であろうが、人間とはそういうものなのだ。

 

 いくら軍隊でも確実な死を強要するような命令は、命令を受けた部隊だけではなくその他の部隊の士気をも低下させてしまう。コリンズという人物は間違いなく有能な軍人なのだが、その手の配慮に欠けるところがあった。





 アストライオス艦上での一幕に関わりなく、戦闘は続いていた。低速艦を切り離した敵艦隊は、ドニエプル級戦艦を前面に出して『共和国』軍を強引に突破しようとしている。

 世界最強の戦艦の火力はやはり凄まじく、運悪くその主砲射撃をまともに受けた『共和国』軍艦は、次々に大損害を受けて後退するしか無かった。



 戦艦の主砲射撃を受けて逃げ去っていく『共和国』軍の内部を、今や50隻強に減少した『連合』軍艦隊が堂々と突破していく。

 もっと綿密に協同した攻撃なら仕留められたかもしれないが、所詮は数分で練り上げた計画。300隻の艦を敵艦隊の針路上に集めるのが精いっぱいであり、攻撃の時間的な調整までは出来なかった。

 結果、最後まで抵抗を続けた『連合』軍艦隊は、ぼろぼろになりながらも何とか逃走に成功したのだ。



 

 「とうとう、逃がしてしまったか」


 ベルツは溜息をついた。全体的に見れば間違いなく大勝利ではあるのだが、画竜点睛を欠いた感は否めない。

 もっともその程度は些細なことだ。どうせリントヴルム政府軍の命運は、この戦いで尽きた。たかが50隻の部隊が脱出しても、戦局全体に何ほどの寄与も為しえないのだ。



 『共和国』宇宙軍が今回の勝利を素直に喜べないのは、別の、ずっと深刻な理由によるものだった。




 「本当にここまでの大勝をして良かったのでしょうか、この戦いは?」


 再び通信を求めてきた第3艦隊群司令官のベサリオン大将が、事の本質を突いた不安を口にした。敵に勝利を収めるためにこれまで奮闘してきた将兵に対して失礼とも言うべき発言だったが、ベルツは内心で頷かざるを得なかった。


 『連合』リントヴルム政府は『共和国』の味方では全く無いが、それでも『連合』イピリア政府の敵ではある。また『共和国』に対する脅威度と言う点では、既に崩壊しかかっているリントヴルム政府よりも、民心を得ているうえに好戦的なイピリア政府の方が遥かに高い。


 そして『共和国』軍がリントヴルム政府軍を撃滅すれば、得をするのは間違いなくイピリア政府だ。彼らが行おうとしている『連合』領土、そして人類世界の再統一に向けての障害物が一つ消えた事になるからだ。

 言わば『共和国』は、真の敵の目的達成を助けてやったも同然である。そう考えると、大勝利の味も苦いものになるのが否めなかった。



 「国防局から受けた命令はあくまで、来寇した敵軍を殲滅することだ。我々が勝手に判断して手心を加えるわけにもいくまい」


 ベルツは取りあえずそう答えた。宇宙軍実戦部隊における最高の地位である艦隊群司令官と言えども、『共和国』軍全体でみれば所詮は駒の一つに過ぎない。休戦協定を破って侵攻してきた卑劣な敵を徹底して撃滅しろと上から命令されれば、黙って従わざるを得ないのだ。


 「それに、リントヴルム政府軍の艦隊を適当に痛めつけた状態で帰してやったとして、彼らがイピリア政府軍と戦ってくれるという保証もない。そのままイピリア政府に降伏でもされれば、目も当てられないことになる」


 続いてベルツはそう付け加えた。リントヴルム政府の体質が旧『連合』政府時代から変わっていない事は、彼らの裏切り行為によって明らかになった。

 その彼らの軍隊を帰してしまっては、これからもリントヴルム政府による反『共和国』的活動が行われる可能性がある。撃滅はやむを得ない処置だったと、ベルツは考えていた。



 「ただ問題は、後をどうするかだ。オルトロス星域での被害が回復した後の戦略計画については国防局に諮る必要があるが、我々の間でも計画を練っておくべきだろうな」


 ベルツは言うと、取り敢えずベサリオン大将との通信を切った。その手には『カラドボルグ』と名付けられた作戦の計画書があった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ