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戦略計画 『日の場合』-1

 『共和国』宇宙軍が去った後の惑星オルトロスの軌道上に、合計して5000隻以上の艦が浮かんでいる。これらの艦は全て、『連合』イピリア政府軍に属していた。


 8割は戦闘艦ではなく輸送や後方支援にあたる艦だが、それで十分だった。リントヴルム政府軍の主力は『共和国』領への侵攻のために出払っており、残っている軍艦は500隻に満たなかったからだ。



 

 巨大な艦隊の中には、一際異彩を放つ巨大な艦が200隻ほど混ざっていた。全長は世界最大の戦闘艦であるドニエプル級戦艦よりなお長く、横幅と高さに至っては段違いだ。船体前面には巨大な開口部が開いており、側面各所にはクレーンと小開口部が突出している。

 武装らしきものはどこにも見当たらないが、その異様な姿はある意味戦艦や空母以上に、『連合』という国の底力を感じさせるものだった。



 異形の巨艦は開口部を開けると、戦闘で損傷した戦艦や巡洋艦のうち被害の軽い艦を次々と飲み込んでいった。船体側面の小開口部には輸送船が横付けされ、クレーンと船外作業員が行き来している。

 彼らは円筒の内部から捻じ曲がった金属と炭素繊維の塊を運びだし、代わりにコンテナの山を運び込んでいた。





 「これが実際に使われるところを初めて見た気がするな」


 イピリア政府宇宙軍司令官のフェルナン・グアハルド大将は、巨艦の映像を眺めながら複雑な表情を浮かべた。『連合』の旧政府が膨大な資金と資材を注ぎ込んで完成させた兵器がやっと有効活用されたことを喜ぶべきなのか。

 それとも今まで死蔵されていた挙句、有効活用したのが旧政府から見れば叛徒に他ならないイピリア政府だったことを悲しむべきなのか。



 「皮肉なものですな。我々の手から取り上げられていたこの艦が、内戦の帰趨を決めるとは。もっと早くこの艦が我々の下にあれば、こんな内戦自体起こらなかったかもしれません」


 オルトロス星域会戦で最も活躍したダニエル・ストリウス中将が相槌を打った。『連合』政府軍の先見性、そしてそれを踏み潰してしまった政争と疑心暗鬼を象徴する兵器が、新しい『連合』を作り出すための切り札となる。歴史とは全く喜劇的かつ悲劇的に出来ているものだ。彼はそう思っていた。




 この巨艦は工作艦D型と呼ばれている。用途としてはその名の通り、損傷艦を前線で修理するために設計・建造された艦なのだが、他国の工作艦とは一線を画す能力を持っていた。


 普通の工作艦はせいぜい、機関の完全な停止と沈没を防ぐための応急修理を行える程度であり、艦を最寄りのドックまでもたせる為に存在するに過ぎない。

 対する工作艦D型は、艦を内部に収容して損傷個所をブロックごと交換し、艦の戦闘力を短時間で回復させるという機能を持っている。巡洋艦や駆逐艦だけではなく、空母や戦艦についてもだ。


 やろうと思えば内部に大型艦を収容した状態で航行できるし、果ては小型の宇宙艦船用ドックをそのまま運ぶことも出来る。まさに規格外の怪物であり、『連合』にしか作りえない兵器だった。

 国防予算額において2番手に当たる『共和国』でも、非戦闘艦にこれだけの予算と資材をつぎ込むことは出来ない。そんな余裕があれば戦闘艦艇の建造費や訓練費に回されてしまっただろう。




 

 無論『連合』は、ただ国力を見せつけるために工作艦D型を建造したのではない。同国が置かれていた戦略環境において、高性能の工作艦は必要不可欠だったのだ。


 軍事的に考えたときの『連合』の強みは、何といっても圧倒的な国力にある。その人口と工業生産力は人類世界全体の4割に相当し、他のいかなる国家をも上回る。

 また国土の縦深性はどの仮想敵国から見ても大きくて工業地帯も分散しているから、首都惑星リントヴルムを中心とする一連の星系を占領されない限り、何年でも戦争を続けられる。


 一方で弱点は、その国土が仮想敵国に包囲されているに等しい状態であることだ。直接国境を接している国同士の仲がいいということはまずあり得ないが、『連合』は殆ど全ての辺境国家と国境を接している。

 つまりは下手をすると、人類世界の残り6割が一斉に襲い掛かってくるということもあり得るのだ。



 このような戦略環境に置かれていた『連合』の高級軍人たちは、複数の辺境国家を敵に回しての戦争に備えて、『連続打撃戦』と呼ばれる用兵思想を作り出した。

 この用兵思想は各個撃破を旨としており、まずは敵国のうち1つとの戦争を短時間で終結させ、続いて別の国に取りかかっていくとしている。

 理想としては一連の連続攻撃で1つの国を屈服させ、その兵力を転用して別の国を撃破するというサイクルを繰り返し、敵国全てを1年以内に降伏させるとなっていた。



 ここで問題となるのは、1つの戦いで敵軍を全滅させるという形で敵国に城下の盟を結ばせるのは、事実上不可能であることだ。歴史的に見ても、会戦において敗北した側の損耗率が5割を超えたことは少ない。大抵の軍隊は敗北を悟った時点で後退し、出血を少しでも抑えようとするからだ。

 また戦争が始まれば軍事工廠と新兵訓練所がフル稼働を始め、最初の戦いで失われた戦力は短期間で補充される。よほど国力の小さい国でも無い限り、1回の会戦で敗北しても、それだけでは致命傷にならないのだ。



 このような事情から、宇宙時代の国家間戦争は泥沼の消耗戦が延々と繰り返された後、国境沿いの惑星を幾つか取引するという形で終わることが多い。『連合』の理想の対極である。


 


 

 その為、短期間で敵国の屈服を狙う連続打撃戦では、敵国の軍隊ではなく工業地帯を目標とし、戦力補充を不可能にして降伏に追い込むとしていた。

 敵軍を撃破するだけではいつまで経っても戦争は終わらない。ならばその元を絶ってしまえという発想である。

 

 連続打撃戦構想を基にした『連合』の戦争計画は、典型的には次のようなものとなっていた。まず軍の大部分を引き連れて敵国のうち1つの国境付近で会戦を挑み、最初に現れた敵軍を撃破する。続いて敵国がその会戦で失った戦力を回復する前に軍を前進させ、最寄りの工業地帯を占領する。

 このサイクルを繰り返すことで敵国から軍事力、そしてその基になる工業力を奪ってしまうのだ。

 

 

 しかしもちろん、連続打撃戦というコンセプトには一つ穴が存在する。『連合』軍の戦力回復は常に敵国軍より早く、戦えば戦うほどに彼我の戦力は『連合』優位に傾いていくという楽観的な前提だ。この前提が崩壊した場合、連続打撃戦は成り立たない。


 

 特に不安視されたのが、『共和国』や『自由国』のようなそれなりの縦深性をもつ国と戦う場合だった。これらの国は最初の戦いで敗北しても、まだ後退する場所があるためである。

 

 彼らの軍隊が焦土作戦を行いながら後退した場合、『連合』軍は戦争が進むごとに策源地から遠ざかる形となり、戦闘で消耗した戦力の回復が難しくなっていく。物資の補給はもちろんのこと、損傷艦がドックに移動してから修理を終えて戻ってくるまでの時間が長くなるからだ。


 全体で見た戦力回復は『連合』の方が速くても、最前線の戦力に限っては策源地が近い敵国の方が速く回復させる可能性がある。『連合』軍内部で連続打撃戦に批判的な者たちはそう指摘した。連続打撃戦に限らず、攻勢的な戦略にはつきものの不安要素である。


 この指摘に対し、連続打撃戦の考案者たちは金持ちにしか考え付かないような解決策を提示した。策源地が遠くなるのが問題なら、その策源地を艦隊や地上軍と共に前方に移動させればいい。彼らはそう唱え、しかもそれを実現するための兵器を本当に作ってしまったのだ。それが工作艦D型である。


 工作艦D型は「艦」と名がついてはいるが、実質的にはワープ能力を持つドックである。損傷艦を内部に収容して新品同様に修理する能力があるし、十分な原料さえあれば内部で新しい艦を建造することすら可能だ。

 これを艦隊に同行させることで、『連合』宇宙軍は他国の軍隊から見れば夢想としか思えないほどの長期作戦能力を獲得する見込みだった。

 



 

 だが工作艦D型は、同艦を生み出した旧『連合』政府に有効活用されることは無かった。何か技術的な問題が見つかったわけではない。『連合』内部の2つの軍の対立という政治的な問題によって、『連合』の技術の粋を集めた巨大兵器は費用ばかりがかかる無用の産物と化してしまったのだ。

 



 旧『連合』の軍隊は外国との戦争を担当する辺境部隊と、内乱への対処及び辺境部隊が敗北した時の予備として存在している首都防衛軍に分かれていた。大まかに言うと、イピリア政府軍の元になったのが辺境部隊で、リントヴルム政府軍の下になったのが首都防衛軍である。

 

 純軍事的に考えれば、工作艦D型のような兵器は当然辺境部隊に配備するべきだ。実際に外国領土に侵攻する可能性があるのは彼らだからだ。

 にも関わらず、実際に工作艦D型が配備されたのは首都防衛軍だった。

 


 こんな馬鹿げた浪費が発生したのは、簡単に言うと旧『連合』政府が辺境部隊を信用できなくなり始めたからである。

 首都防衛軍の士官が財閥出身者ばかりなのに対し、辺境部隊には時代が経ち、軍の規模が拡大していくに従って平民出身者が増えていった。この事実は自らも財閥出身者で構成される旧『連合』政府を疑心暗鬼に陥らせるに十分だった。


 辺境部隊の遠征能力を下手に向上させると、彼らは矛を逆さにして中央に攻め入って来るのではないか。 旧『連合』政府はそう疑い始めたのだ。





 この疑いはまず、工作艦D型とほぼ同時期に完成し始めていた宙兵部隊に向けられた。宙兵部隊は本来の持ち場である辺境部隊ではなく首都防衛軍に引き渡され、隊員たちは幻滅を味わった。外征の尖兵として訓練を受けてきたにも関わらず、その成果が実を結ぶことは無いと分かったからだ。

 

 首都防衛軍は攻勢作戦用部隊を必要としていない。それなのにこんな配置転換が行われたのは、辺境部隊から引き離して飼い殺しにする為に決まっている。

 もし実戦投入されるとしても、相手は外国ではなく辺境部隊になりそうだ。彼らは直感的にそう悟っていた。



 そして工作艦D型もまた、辺境部隊から取り上げられた。政府は同艦の性能が辺境部隊が中央に攻め込む場合にも有益だという(全くもって正しい)推測を行い、辺境部隊に持たせておくのはあまりにも危険と判断したのだ。


 首都防衛軍は当然、押し付けられた巨大工作艦を持て余した。彼らは工業設備が充実した『連合』の中央部で活動するため、応急修理用以外の工作艦など必要としていないのだ。

 しかも工作艦D型は自走機能を持つ分、同サイズの通常型ドックより格段に運用費用がかかる。使い道のない艦を与えられた首都防衛軍は、モスボール状態にして保管するか、あるいは航行に関わる設備を取り外した上で普通のドックとして使った。


 イピリア政府軍はこれまでに工作艦D型211隻をリントヴルム政府から鹵獲しているが、そのうち全機能が稼働状態だったのは25隻に過ぎなかった。浪費と愚行の世界大会があれば、決勝戦に食い込むであろう兵器の誤用である。








 そして今、本来そうあるべきだった持ち主の手に渡った工作艦D型は、生みの親に引導を渡そうとしていた。

 工作艦D型を初めとする補助艦船を活用して修理と補給を完了したイピリア政府軍部隊は、惑星オルトロスから人員と物資を回収して逃げていく『共和国』軍を無視して、現在リントヴルム政府の支配下にある惑星に向かっていったのだ。

 


 現在リントヴルム政府の宇宙軍は大半が『共和国』占領地域に展開しており、今すぐに取って返す事はできない。地上軍はまだかなりの数が残っているが、オルトロス星域会戦の勝利により、その半数以上とは既に密約が成立している。

 彼らはイピリア政府軍の艦隊が頭上に現れた瞬間、イピリア政府に鞍替えして現地の国家保安隊を排除する手筈になっていた。



 またイピリア政府軍の行動には、単に占領下の惑星を増やす以上の意味があった。

 イピリア政府軍は、リントヴルム政府軍の現在位置近くにある工業惑星全てを占領する事で、彼らの帰還を封じて投降に追い込むことをも意図していたのだ。

 

 リントヴルム政府軍は多数の補助艦船とともに『共和国』領内に出撃したが、大半は地上軍とその為の物資を輸送する艦であり、宇宙軍用の補給艦は意外に少ない。あの量では1回か2回の戦闘を行うのが精いっぱいだと、出撃した部隊の規模を通報した救世教のスパイたちは報告している。

 そこに移動それ自体による消費が加われば、リントヴルム政府軍には絶対に物資の追加補給が必要となるだろう。



 その状態で補給路を封鎖してしまえば、『共和国』軍と交戦した後で戻ってきたリントヴルム政府軍の艦隊はイピリア政府に投降せざるを得なくなる。

 部隊によっては輸送艦多数を引き連れるなり、イピリア政府軍が見張っていない星から物資を受け取るなりして帰れるかもしれないが、それが出来るのはせいぜい分艦隊規模の部隊。敗残の部隊の大半は捕獲できると、イピリア政府軍は考えていた。



 救世教第一司教がかつてリントヴルム政府のアディソン外務局長に放った、「イピリア政府はリントヴルム政府を敵とは考えない」という言葉は、非常に侮蔑的な意味において正しかった。

 リントヴルム政府の軍事的能力はイピリア政府に遠く及ばない。敵と言うより、これからイピリア政府が併合するべき土地の管理人に過ぎない。第一司教の真意はそのようなものだったのだ。


 ただリントヴルム政府軍に全力で抵抗されればイピリア政府軍もそれなりの被害を受け、『共和国』軍に漁夫の利を与えることになる。だから第一司教は、リントヴルム政府軍を『共和国』領内に誘い込み、『共和国』軍に彼らを攻撃させる事にしたのだった。




 


 オルトロス星域会戦の11日後、イピリア政府軍主力部隊は『連合』と『共和国』の国境地帯にある2つの工業惑星への降下作戦を決行、リントヴルム政府軍を完全な孤立状態に置いた。続いてその艦隊は、『連合』の各主要惑星に向かっていく。


 彼らを止めるだけの戦力は、どこにも存在しなかった。リントヴルム政府宇宙軍主力は『共和国』領内に閉じ込められ、『連合』内部の状況には介入できない。

 地上軍の方は懐柔されるか、救世教徒の破壊工作によって身動きが取れない状態にある。首都惑星リントヴルムをはじめとする『連合』の惑星たちは、事実上まったく無防備な標的として、イピリア政府軍の前に差し出されていた。




 『共和国』宇宙軍がまだ惑星オルトロス周辺にいれば、あるいはリントヴルム政府を助ける行動に出たかもしれない。


 リントヴルム政府は休戦協定を破棄して『共和国』への侵入を企てた相手だが、『共和国』にとってイピリア政府ほどの脅威ではない。そして2つの敵が存在するなら、取りあえずより弱い方に味方して真の脅威を潰すのが常道だ。


 だが現実として、『共和国』宇宙軍はオルトロス星域会戦による被害によって行動不能となり、『共和国』領内に後退中だった。

 実のところ、オルトロスで第2艦隊群が受けた被害は、イピリア政府軍と比較してそれ程大きかった訳では無い。しかし両者の状況はまるで違った。

 イピリア政府軍は多数の工作艦と補給艦を有し、策源地もすぐ傍にあった。対する第2艦隊群は、そんな条件を望むべくも無かったのだ。



 イピリア政府軍は戦闘後数日で再度行動できるようになったが、第2艦隊群には無理だったのだ。工作艦不足と策源地の遠さによる『共和国』側の回復困難はこの戦争を特徴づける現象だが、本格的に顕在化したのはオルトロスが初めてだった。


 この不利はその後の戦争において『共和国』側の作戦行動を阻害する大きな要因となるが、オルトロスにおいては『共和国』以上にリントヴルム政府に祟った。理によって懐柔できたかもしれない相手が、修理と再編成のために手の届かない場所に帰ってしまったからだ。


 未だ広大なリントヴルム政府の領内は、彼らにとっての味方はおろか「敵の敵」さえ存在しない真空状態となり、イピリア政府軍はその隙間を迅速に埋めていった。


 『日の場合』と呼ばれるイピリア政府軍の戦略計画の第一段階は、それを決定した救世教第一司教が驚くほどの成功を収めようとしていたのである。



 ただイピリア政府にとっても、唯一の誤算があった。リントヴルム政府軍が遠征先で予想外の大敗を喫してしまい、敗残の艦を待ち伏せして捕獲することが殆ど出来なかったのだ。


 

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