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オルトロス後半戦ー8

 「これはもう、無理かな」


 リーズの目の前で、リコリスがそう呟いていた。戦闘指揮所のモニターには、斜め単横陣の形で突っ込んでくる敵巡洋艦4隻と、味方巡洋艦の針路を抑えるように動いている別の4隻が映っている。


 出だしは順調なはずだった。観測機が展開している宙域に敵艦を誘い込むというリコリスの計略は見事成功し、『共和国』軍は敵巡洋艦4隻に遠距離から一方的な砲撃を浴びせることに成功していた。

 敢えて正面からの砲戦という『連合』側有利の戦いを仕掛け、観測機の有無が生み出す命中精度の差を利用して、その実はこちらが優位を確保する。この戦術によって、『共和国』軍は『連合』軍を叩き伏せかけていたのだ。



 しかし敵将はすぐにリコリスが仕掛けた罠の正体を見破って、対処法を考え出していた。姿を隠していた観測機を対空砲火で追い払ったうえで変針し、観測機なしでも十分な射撃精度が確保できる距離まで、接近を試みているのだ。


 いったん追い払われた観測機は、一応対空砲火の有効射程外から射撃データを送ってきてくれているが、至近距離からの観測に比べ、精度が低下しているのは否めなかった。



 

 さらに、リコリスを含めた戦闘指揮所の要員を意気消沈させているのが、観測機から送られてきた敵艦の画像だった。


 「これが…新鋭艦の防御力」


 リーズは画像を改めて見ながら呻いた。これまでに『共和国』軍巡洋艦の主砲斉射を少ない艦でも5回は受けているにも関わらず、敵巡洋艦は戦闘力の大半を未だに保持しているらしかったのだ。


 味方の砲撃は、確かに敵巡洋艦に損傷を与えてはいた。これまでの『連合』軍巡洋艦より角ばった形状の艦体は、至る所が焼かれ、傷ついている。

 装甲板の表面はサンドペーパーで乱暴に削られた木工製品のようにささくれ立ち、艦体表面に設置されている艦載艇やクレーンも大半が破壊されている。機銃やアンテナ等、防御力の低い兵装も同様で、傷ついた艦体を飾る前衛オブジェのように捻じ曲がった無残な姿を各所で晒している。

 だがそれでも、敵艦の主要な機能は殆ど影響を受けていなかった。中央部に何度も被弾しているにも関わらず、機関は全速を発揮している。射撃精度が低下した様子もない。



 『共和国』軍艦なら、いや『連合』軍艦でさえ、同クラスの艦の主砲斉射を5~10回も食らえば、かなり深刻な損傷を受けるのが普通だ。沈没こそしないにしても、射撃指揮所や戦闘指揮所を破壊されて戦闘不能になったり、機関の半数近くを破壊されて戦列を維持できなくなる。

 砲戦において一方的に敵の斉射を食らい続けた艦には、そのような運命が待っているというのが、これまでの常識だった。



 だが目の前の『連合』軍巡洋艦は違う。手負いではあるが致命傷には程遠く、まだまだ戦いを続けることが出来そうだ。

 既に骨を断つ寸前まで行っていると思っていた敵だが、実際には皮か、せいぜい肉を浅く切っていたに過ぎなかった。まだまだ原型を留めている敵巡洋艦の姿はリーズたちにそんな無力感を与えていた。




 「敵を甘く見すぎたみたいね」

 「何をですか? 敵新鋭艦の防御力を、過小評価していたということですか?」

 

 戦況を観察しながら苦笑するリコリスに、リーズは真意を尋ねた。モニターの中には、『共和国』側の砲撃を物ともせずに前進してくる『連合』軍巡洋艦の姿が映し出されている。


 『共和国』軍巡洋艦4隻は、なおも敵巡洋艦に砲撃を浴びせ続けている。だがそれは猛牛の突進を投石で止めようとするような、勇敢だが虚しい作業に見えてならなかった。観測機が遠方に追い払われて命中精度が低下しているせいで砲撃の大半は空を切っているし、命中しても大した被害を与えることは出来ていない。


 最初に被弾し、最も多くの斉射を浴びた敵4番艦ですら、主砲塔2基を破壊されはしたが、機関に損傷は受けておらず僚艦と変わらない加速度を発揮している。

 『共和国』軍の常識ではとっくに廃艦になるだけの打撃を受けた艦が、相も変わらず前進してくるのだ。いくら新型艦とはいえ、予想を超えた恐るべき防御力だ。リコリスの読みが甘かったとすれば、敵艦の防御力を過小評価していたことだろうか。


 


「それもだけど、敵将の能力もね。せめて単縦陣での接近なら、そのまま丁字を描けたのだけど」


 戦隊単位での砲戦を行う場合、採用される隊形はよほどのことがない限り単縦陣だ。この陣形は艦の性能さえ揃っていればもっとも組みやすいし、運動もしやすい。


 実際、『共和国』側の戦術は、敵巡洋艦部隊が観測機の存在に気付いた後、他の4隻と合流して単縦陣もしくは2列縦陣で接近してくるという前提で組み立てられていた。



 だが敵将はどうやら、それを読んでいるようだった。4隻の巡洋艦は単縦陣ではなく、斜め単横陣という珍しい隊形で接近している。

 一般に単縦陣と比較して運動の自由度も火力の投射量も低いとされる斜め単横陣だが、今の位置関係なら有効だ。1隻ずつの砲戦を行う分には単縦陣と変わらない火力投射量を確保できるし、何よりも接近速度が単縦陣より速い。



「だったら側面に回り込むとか」


 リーズはおずおずと言った。士官学校で学んだ所によると、横陣に属する隊形で進んでくる敵に対する最良の策は、側面に回り込んで敵艦のうち1隻に砲火を集中することだ。



 「それも考えたのだけど、多分無理ね。この4隻のせいで、側面機動は不可能」


 リコリスは後4隻の巡洋艦の位置を示す赤い光点を指揮棒で指しながら、忌々しげにそう言った。リコリスによれば、その4隻がいるせいで、『共和国』側はこの戦術を採用できずにいるという。

 前進してくる方の4隻の側面に回り込もうとすれば、後4隻に丁字を描かれるか接近砲戦を挑まれてしまうからだ。



 


 「これはもう、撤退するしかないんじゃないでしょうか」


 状況を見ながら、リーズは思わずそう言ってしまった。このまま状況が進めば、『共和国』軍巡洋艦4隻対『連合』軍新型巡洋艦8隻という、やる前から勝負が決まっている戦いが始まってしまう。

 例えオルレアンが『共和国』側の戦列に加わろうと、『連合』側が擁する新鋭艦の防御力の前には焼け石に水以下だ。オルレアンは指揮専用艦として設計された艦であり、巡洋艦と正面から撃ち合うことなど出来はしないのだ。



 「その通りね。もう敵艦隊の旗艦を襲うのは不可能」


 リコリスは悔しそうな顔でそう言った。リコリス隊が攻撃に出たそもそもの目的は、敵艦隊を牽制して輸送艦部隊への攻撃を阻止することと、あわよくば敵艦隊司令官を仕留めることだった。

 前者については概ね成功した。だが後者の目的については、もはや達成できそうも無い。合理主義者たるリコリスは、そのことに気付いているのだろう。



 「ただし、問題はそれが出来るか、という事なのよ」


 リコリスはそう言いながら、今度は目の前の戦いよりも広い戦域についての情報を示すモニターを指した。そこには、オルレアン艦載機隊とは別の偵察機部隊からの情報が映し出されている。

 リコリス隊に過酷な牽制攻撃を命じた上層部は、罪滅ぼしもしくは「ただ捨て石に使ったのでは無い」という言い訳として、空母からRE-26多座偵察機を発艦させて支援に当たらせている。リコリスはこの偵察機隊を、広域の警戒に使用していた。


 その偵察機隊から送られてきた情報の内容を見たリーズは戦慄した。リコリス隊の背後から、戦艦2隻を含む30隻弱の『連合』軍部隊が接近中している。しかもその陣形の組み方は、どこかで見たことがある気がした。


 「この部隊って…」

 「その通りよ。おそらくは、緒戦で交戦した連中。短時間で突破するのは無理よ」


 リコリスが乾いた笑みを浮かべる。リーズは束の間釣られて笑いそうになったが、痙攣した唇の端から音が漏れただけだった。


 リコリスが率いる部隊は緒戦で第11艦隊本隊の支援を行っていた際、強力な『連合』軍部隊に遭遇した。その部隊はリコリスが仕掛けた罠を見切り、ほぼ無傷で戦闘を切り抜けて見せたのだ。

 その敵がまたもや出現し、今度は背後についている。目の前の敵だけでも持て余し気味だというのに、同等かそれ以上の戦力を持つ新たな敵が加わるわけだ。


 「ど、どうすれば?」


 リーズは自らの思考回路が過熱して焼き切れそうになるのを感じた。このまま戦闘を続けても勝ち目はなさそうだ。しかし撤退しようにも退路は既に断たれている。

 そのような状況から導き出される答えは、「全滅確実」という言葉だろう。



 「前に向かって逃げる」


 「は?」


 リコリスの返答に、リーズは自分の顔が引き攣るのを感じた。一体彼女が何を言いたいのか、ちっとも分らなかったのだ。


 「その通りの意味よ。後ろに逃げられなければ、前に向かって逃げるしかないわ。今の位置から前方に突破して斜めに抜ければ、味方の第10艦隊と合流できる」

 「し、しかし、そんなことをすれば…」


 リーズは一瞬、リコリスが血迷ったのかと思った。前方に逃げるというが、その前方というのは無人地帯でも何でもない。強力な敵が展開している宙域なのだ。

 もちろん、後方にいる戦艦とやりあうよりは、巡洋艦と駆逐艦だけの部隊を相手にする方がまだましというのは分る。また前方の敵の隊列はこれまでの戦闘で乱れているので、その意味でも後方の敵よりは戦いやすい相手と言えるだろう。


 しかしそれらはあくまで程度問題だ。「前に逃げる」、要は前方の敵と接近戦を戦ってから脱出するというのが、極めて無謀な行為であることに変わりはない。


 「せめて横に逃げるとか…」

 「そんなことをしても無意味よ。敵中に孤立している状況は変わらないから、問題を先送りにするだけ」

 

 リーズの意見を却下したリコリスは、続いて自信を示しているのか自暴自棄を示しているのか、判断に困るような不敵な表情を浮かべながら、巡洋艦部隊に命令を出した。


 

 「巡洋艦部隊、隊形を単横陣に変更。現在砲戦中の敵艦に対し、反航戦の形をとりながら前方に抜けよ!」


 数秒後、今まで単縦陣を組んでいた『共和国』軍巡洋艦が、接近してくる『連合』軍巡洋艦と同じような斜め単横陣を組んだ。これで両者は、互いを前部砲塔の射界に捉えながら、最大戦速ですれ違う形になる。


 「この陣形って…」


 リーズは互いの配置を見て目を回しそうになった。これが士官学校の戦術演習なら、教官が互いの愚行に対して激怒しそうな形だ。それくらい珍しい。


 戦隊レベルの戦闘において最も一般的なのは単縦陣対単縦陣、特殊な場合でも単縦陣対単横陣だ。今行われようとしている単横陣対単横陣などという戦いは、宇宙戦闘において殆ど例がない。

 いや宇宙時代どころか地球時代に遡っても、金属艦が主流になってからの海戦史においては単横陣対単横陣の戦いなど滅多に無い。軍艦同士の戦いにおいてそんな形が主流だった時代を探すには、海戦が木製の手漕ぎ船によって行われた時期まで遡る必要があるだろう。


 


 『連合』軍巡洋艦4隻は、微妙に変針した後、またもとの針路に戻った。どうやら『共和国』側の不可解な行動に困惑しているようだった。それはそうだろう。陣形を単縦陣に組み直しさえすれば、『連合』軍は『共和国』軍に圧勝できる。


 「でも、単縦陣への組み直しは不可能。何故なら、前にいる他の巡洋艦が邪魔になるから」


 リーズ、そして敵将の心を読んだかのように、リコリスは微笑とも嘲笑ともつかない笑みを浮かべた。

 

 

 リーズはその言葉で、リコリスがこんな無謀な陣形を取った理由を悟った。一般に最悪とされる単横陣対単横陣だが、今この場の状況では最善なのだ。

 

 敵巡洋艦は現在、斜め単横陣で前進してくる4隻と、その側方で単縦陣を組んでいる4隻に分かれている。前者が『共和国』軍巡洋艦に接近砲戦を仕掛け、後者は『共和国』側の側面機動を警戒しつつ、あわよくば丁字を狙う。敵の司令官は、そんな戦術を取っているのだ。


 この隊形は、戦力の半分が砲戦に参加できないという意味では悪手だが、その一方でとても手堅いものだ。前者に対抗し、横陣の側面に向かって機動すれば後者に叩かれる。後者に対抗して前者から離れれば、『共和国』軍は何よりも貴重な資源である時間を『連合』軍に進呈することになる。

 互角以上の戦力さえあれば突破は容易いのだが、残念ながら『共和国』側の戦力は『連合』側の戦力より大きく劣り、これから増える見込みも全くない。


 この隊形を見るとリーズは改めて、敵将に対するリコリスの高い評価を思い起こさずにはいられなかった。


 『連合』側が取っている隊形は、戦力が敵より多くて時間も味方しているという、特殊な状況でのみ有効なものだ。普通の条件でこんな戦術を使えば間違いなく敗北する一方で、その2つの条件が揃っている場合にのみ、圧倒的な強さを発揮するのだ。

 常識に囚われた指揮官では決して採用できない、イレギュラーな戦術と言っていいだろう。敵将はただ艦隊運動が上手いだけではなく、最も手堅く勝てる手を状況に応じて打ってくる人物なのだ。



 だがリコリスは、敵将のさらに一歩先を行った。単縦陣と単横陣の組み合わせという敵の非正統的戦術を、単横陣対単横陣の戦いを挑むという、さらにイレギュラーな手段で破ったのだ。


 横陣と横陣が向き合った時、普通の指揮官なら味方の隊形を縦陣に組み直すことを考える。一般的に言って、縦陣は横陣より火力の集中度が高く。砲戦において有利だからだ。『連合』側の全艦が横陣を組んでいるなら、敵司令官は迷わず単縦陣への隊形変更を命じただろう。



 しかし敵の隊形は単純な横陣ではなく、横陣と縦陣の組み合わせ。このような隊形を取っている場合、前者が隊形を横陣に組み直すことは出来ない。彼らの前方は、縦陣を組んだもう一つの巡洋艦部隊に塞がれているからだ。

 この状態でもし隊形の変更を強行すれば、前者は後者の隊列を分断する形になってしまう。行き着く先は団子状態と、運動も火力発揮もできない歪な隊形である。



 結局敵にとって可能な行動は、今の隊形を保ったままで艦を前進させ続けること位しかない。そうすれば少なくとも、団子状態や衝突といった最悪の事態は回避できるからだ。

 しかしもちろんそれは、縦陣を組んでいる方の遊兵化につながる。

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