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オルトロス後半戦ー5

「強い敵と戦うのは、私の趣味には合わないのに」


 リーズの目の前で、リコリスが完璧な隊形を取って進んでくる28隻を見ながら舌打ちしていた。

 彼女が得意とする奇襲によって敵の隊列を分断する戦術は、全く隙の見られない目の前の敵に仕掛けることは出来なかった。これはかなり面倒な戦いになりそうだと判断したらしい。


続いてリコリスは、戦闘指揮所の誰もが思っても見なかった命令を出した。


「艦載機隊、全機発進準備」

「艦載機ですか、ミサイルも無いのに?」


 命令を受けた航空科長は発艦準備作業を指揮しながらも疑問の声を上げた。リーズも同感である。最初にあったような空襲への迎撃ならともかく、艦隊戦でオルレアンの艦載機隊を発進させても、戦力にはならないのでは無いだろうか。


 オルレアンの搭載機はたった8機だし、対艦ミサイル格納庫は機雷庫に代わっている。追加のガンポッドなら搭載できるが、軍艦を戦闘機の機銃でいくら撃っても殆ど効果はないのだ。せいぜい艦上のアンテナを破壊できる位だし、その前に対空砲火で撃墜される可能性の方が遥かに大きい。

 


 



 「別にミサイルを撃ち込むだけが、航空機の存在意義ではないでしょう」


 リコリスはそう返答した。どうやら彼女は、艦載機を直接的な対艦攻撃とは別の用途に使う気のようだ。


 「後ひとつ、懸念があります。戦闘が長引いた場合、艦載機をどこに着艦させるかです」


 艦載機の装備と意図についての説明を受けた航空科長が、もう一つの問題を提起した。戦闘中の軍艦への艦載機着艦は不可能だから、発進したオルレアンの艦載機が燃料を消耗しつくした場合、別の母艦に着艦させざるを得ない。

 しかし、現在リコリスの指揮下にいる艦の中で母艦機能を持つ艦はオルレアンしか無いのだ。



 アジャンクール級巡洋艦の建造が2隻で打ち切られたのも、まさにこの問題があってのことだ。偵察の為に艦載機を撃ち出すのはいいが、戻ってきた艦載機は駆逐艦を率いて戦っている途中であろうアジャンクール級に着艦させる訳にはいかない。

 後方に軽空母を待機させるという案もあったが、そんなことをする位なら、最初から軽空母に偵察させた方が効率的なのである。



 「大丈夫よ。この戦闘はそこまで長引かないし、艦載機に急激な機動をやらせるつもりは無いから」

 「それにしましても…」


 航空科長はなおも逡巡しているようだった。リコリスの戦術家としての才能は認めるが、全てが彼女の予想通りにいくわけでもあるまい。そう感じているのだろう。

 

 「あまりに物事を都合よく考えすぎている」、少佐と准将という階級差が無ければ、そんな言葉を付け加えていたかもしれない。


 「成程、上官を盲信しないのは感心ね」

 

 リコリスはそう言って笑った。


 「別に私も、全部が予測通りにいくと考えているわけでは無いわ。もしかしたら艦載機は急機動を余儀なくされるかもしれない。そちらの可能性は否定しないわよ」

 「それなら…」

 「だけど、戦闘が短時間で終わるというのは、99%確実なことよ。この状況を考えればね」


 リーズ、そしておそらく航空科長はその言葉で、リコリスが言いたいことを理解した。確かにそうだ。この戦闘は、艦載機の燃料を気にする前に終わる。


 理由は彼我の戦力である。リコリスの指揮下にいるのは巡洋艦5隻と駆逐艦18隻。対する敵は巡洋艦8隻と駆逐艦20隻だが、これはあくまで現在の戦力だ。時間が経てば経つほど、周囲にいる100隻近くの『連合』軍艦が戦闘に介入してくる。

 対してリコリス隊は孤立無援である。戦闘は終結しつつあり、リコリスの23隻を支援しようとする『共和国』軍部隊はいないからだ。


 つまりこの戦闘には3種類の結末しかない。リコリスが短時間で敵を殲滅するか、敵が粘って撤退を余儀なくされるか、あるいはリコリスの部隊の方が殲滅されるかだ。

 長期間に渡る戦闘という可能性が無いに等しい以上、艦載機の燃料など気にする必要はないのだった。






 艦載機の発艦を確認したリコリスは、航空科との通信を切った。かと思いきや、通信回線を開いたままで、こんな状況になったそもそもの原因についての暴言を吐いて彼らを慌てさせた。


 いや彼女の意図は、艦載機が戻れなくなることを心配する航空科を安心させることだったのかもしれないが、完全に逆効果だったのも確かだ。何しろ大抵の人間には、上級司令部への誹謗中傷にしか聞こえなかったからだ。


 「もしものことがあれば、後方で遊んでいる空母に誘導電波の発信と収容を依頼しましょう。いつも喧伝している軍人精神とか良心とかいうものが連中に少しでもあるなら、尻拭いをやっている私たちに、その程度のことはしてくれてもいいはず」

 「そ、それは?」

 「何? 連中には良心も軍人精神も期待できないと言いたいの? 確かにそうかも知れないけど、連中の道徳性についての責任まで私は持てないわ」



 「し、司令官…」


 リーズはリコリスの袖を引いた。明らかに、高級軍人が部下に放つべき言葉では無いだろうと思ったのだ。内容的には割と正しいのが困りものなのだが。



 リコリスが指揮する23隻は第11艦隊所属の臨時部隊だが、同艦隊は緒戦で敵精鋭艦隊の襲撃を受け、戦力が半減している。

 そしてそれ故に、第11艦隊はより多くの戦力を残す他の艦隊を守るための捨て駒として使われていた。「敵精鋭部隊を牽制し、艦隊型輸送艦への攻撃を阻止せよ」、他の艦隊が徐々に戦場を離脱する中、第11艦隊に対してだけはそんな命令が下されていたのだ。


 こんな過酷な命令を受けた第11艦隊司令部は、やむなく敵精鋭に対する攻撃の構え(だけ)を見せる一方、敵旗艦襲撃のための尾行を行っていたリコリスに対して、もっと過酷な命令を出した。他の部隊が牽制のみを行う中、リコリスの部隊だけは本格的な攻撃をかけろと命じたのだ。 


 「牽制と見抜かれるような牽制では意味がなく、あくまで攻撃の意思が本気だと相手に思わせなければならない。だから敵の中核に最も接近しているリコリス隊だけは、相手を怯えさせて防御の姿勢を取らざるを得なくさせる程の猛攻をかけろ」、第11艦隊司令部はそう指示してきたのだった。

 言わば捨石の艦隊の、さらに捨石である。



 残り少ない第11艦隊の戦闘可能艦が大損害を受けようと、或いはリコリスの23隻が全滅しようと、これからの戦争遂行に不可欠な資源である艦隊型輸送艦数百隻の安全を買う代金としては安いもの。それが上級司令部たちの理屈である。

 一応は正しいのだが、支払いを実際にやらされる方としては素直に納得できるものでは無い。



 艦隊戦で勝つことしか頭に無かった上級司令部が輸送艦への退避指示に失敗したことによって生じた危機を、下級部隊に貧乏籤を引かせることで切り抜けようとするとは… 第11艦隊の面々は内心でそう思っていたし、その第11艦隊の中でさらに貧乏籤を引いたリコリス隊はもっとそう思っていた。



 


 ただし『共和国』側の士気にとっては幸いなことに、リコリスやリーズに命令の内容を議論している時間はあまり無かった。艦載機が発艦していった直後に、通信科から緊急信が来たからだ。


 「第183駆逐隊より入電。敵駆逐艦4隻と交戦状態に入ったということです」

 「巡洋艦部隊、直ちに戦闘に介入して敵駆逐艦を攻撃せよ」


 リコリスは素早く命令を出した。


 「初手から巡洋艦部隊の投入ですか?」


 リーズは驚いた。リコリスが言う巡洋艦部隊とは、空襲で旗艦を失ったり僚艦と逸れていたところを編入したクレシー級2隻とマラーズギルト級2隻を、先任艦長の下にまとめた部隊のことだ。リコリス隊の中では最大の砲火力を持っており、砲戦における切り札と言っていい。

 その巡洋艦部隊を、たかが前衛の駆逐艦を排除するためにいきなり投入する。いくら速戦に持ち込むべき戦いとはいえ、非常に大胆な命令だった。



 「おそらく、心配は無いわ。あの部隊は基本的に、戦理に則った戦い方をする。巡洋艦が対処しきれないほどの駆逐艦が、電波妨害に紛れていつの間にか前面に出ていたということは無いはずよ」


 リーズの懸念に対し、リコリスはこれまでの敵の運動に関するデータを指しながらそう応えると、敵に対する評価を苛立たしげに付け加えた。


 「本当に、こういう堅実な相手は厄介なのよね。敵の艦隊司令官もそうだけど。なかなか罠に引っかかってくれないから」


 リコリスによると、目の前の敵の機動は大胆に見えるが、実のところ非常に堅実なものだという。同じ部隊との過去の交戦記録によると、敵の司令官は自らの艦隊運動能力を、正面切っての砲戦という『連合』側絶対有利の戦いに持ち込むためだけに使用している。

 また可能な限り戦艦部隊と協力して、利用できる最大の火力を戦闘に投入するという原則を守っている。艦隊運動の才能に自信がある者がやりがちな、隊列が整っていない状態での奇襲や単独での戦果拡張という行動を、あの敵部隊は一切行っていないのだ。


 自分の能力に溺れて戦理を無視するような人物なら相手にしやすいが、目の前の敵はあくまでも隊列を維持しながら堅実に戦おうとしている。それが厄介だと言いたいらしい。



 「索敵がしっかりしているから摺り抜けられないし、かなりの駆逐艦が後方に待機しているから迂闊な行動は出来ない。本当に面倒な…」



 リコリスが愚痴る中、前衛の第183駆逐隊の後方に展開していた巡洋艦4隻は、一斉に最大戦速で前進して主砲の砲門を開いた。駆逐艦の両用砲とは比べ物にならないほどの密度と初速を誇る発光性粒子の束が放たれ、前方の敵駆逐艦に向かっていく。


 所在不明だった『共和国』軍巡洋艦が思いがけないほど近くにいたことに気付いた敵駆逐艦は回避を行おうとしたが、時すでに遅かった。リコリスは戦術的常識を無視し、主力であるはずの巡洋艦を、前衛の駆逐艦と殆ど変らない位置に展開させていたからだ。



 巡洋艦の主砲は荷電粒子の射出速度が速い分、駆逐艦の両用砲より有効射程が長い。そんな兵器が駆逐艦同士の戦いにおける砲戦距離から放たれれば、結果は明らかだった。

 流石に第1射は外れるが、次々に繰り出される試射が、普通の条件ならあり得ない速度で『連合』軍駆逐艦に接近していく。回避運動もこの至近距離では効果が薄かった。



 そして僅か4射後には、駆逐艦のうち1隻の艦上に両用砲ではあり得ないほどの巨大な光が出現した。被弾した駆逐艦は取りあえず距離を取ろうと急回頭を始めるが、その直後に再び直撃が発生する。

 飛び散った光が消えたとき、駆逐艦はただふらふらと動いているだけの無意味な金属塊と化していた。薄い装甲を容易く貫通した荷電粒子の雨が戦闘指揮所を直撃、艦長以下の要人を一瞬で抹殺したのだ。



 続いて被弾した1隻は、さらに悲惨な運命に見舞われた。直撃の閃光が走った数秒後に、それとは比べ物にならない程爆発的な光が艦の内部から放たれたのだ。砲撃が反応炉もしくは制御施設を破壊し、致命的な爆発を引き起こしたのだろう。



 『共和国』軍巡洋艦の砲力が弱いと言っても、それはあくまで『連合』軍巡洋艦と比較してのことだ。相手が小さな駆逐艦なら、ライト級と対戦したミドル級ボクサーのような鎧袖一触の戦いを展開できる。2隻の『連合』軍駆逐艦の運命は、そのことを如実に示していた。



 「残りの敵駆逐艦、遁走しました!」

 「巡洋艦部隊より入電、敵駆逐艦の遁走方向に、艦種不明の敵艦を発見したということです」


 遠方で行われている戦闘を、アジャンクール級特有の巨大な光学機器で観察していた索敵科員が報告し、続いてそれでも拾いきれない情報を通信科が伝えてくる。

 1隻が戦闘不能になり、1隻が轟沈する被害を受けた敵駆逐隊は、取りあえず味方と合流するという選択をしたようだ。



 「成程、流石に下級指揮官については玉石混交と言ったところね。お蔭で助かったけど」


 それを聞いたリコリスは、敵駆逐隊の指揮官についてそう評した。どうやら彼女の眼には、敵駆逐艦の行動はあまり評価できるものでは無いらしい。


 「でも、他に取れる行動なんてあったんですか?」


 リーズはリコリスに質問した。敵の立場で言えば、駆逐艦が至近距離から巡洋艦に撃たれたのだ。逃げ回る以外の選択肢など、リーズには思いつかなかったのだ。


 「問題なのは、最初に回避運動を選択した後、しばらくしてようやく逃げたこと。あの状況ならとにかく逃げるか、あるいは逆に突撃をかけるべきだった」

 「突撃?」


 リーズは眼を剥いた。すぐに逃げるというのはまだ分かる。見敵必戦の軍人精神には反しているが、時にはそうすべき場合もあるのだ。

 だが突撃とはどういうことなのだろう。無謀な行動をしない合理主義者を自認しているらしいリコリスの口から出た言葉だけに、一層衝撃的だった。


 「あの距離なら、20秒ほど砲撃に耐えれば、巡洋艦を対艦ミサイルの必中界に入れることができたのよ。そうなれば巡洋艦は全滅。もちろんこちらは第183駆逐隊で妨害するけど、敵にとって賭けてみる価値はあったと思うわ」

 「つ、つまり味方の巡洋艦も危なかったと?」


 リコリスの返答に、リーズは愕然とした。取りあえず巡洋艦が介入した時点で緒戦は必勝だと思っていたのだが、そんな綱渡りのような状況だったとは。


 「まあ、敵は多分、突撃は選ばないと思っていたけどね」

 「何故ですか?」

 「戦力は敵の方が多いからよ」


 「?」

 「いや、だから…」


 リーズがあまりに手短な回答に混乱したのを見て、リコリスは丁寧に説明してくれた。

 彼女によると戦力で上回る側は賭けに出るより、堅実に勝とうとするものだという。普通に戦えば勝てるのに、敢えて余計なリスクを取る必要は無いからだ。


 分かりやすく言うと、貧乏人が宝籤を買う一方で金持ちは株や債券に投資するのと同じということだ。 貧乏人には元手が無いので、意味のある額の金を稼ぐ為には当たった時の膨張率が極めて大きい宝籤を選ばざるを得ない。賭けとしてどんなに分が悪くてもだ。

 一方で十分な元手を持っている金持ちにその必要は無い。還元率の低い賭けをやるより堅実な資産運用をした方が遥かに得だ。

 この原則は戦力において豊かな側と貧しい側にも、そっくりそのまま当て嵌まる。故に、敵駆逐隊が賭けに出て来る可能性はもともと低かった。リコリスはそう解説した。



 特にああいう隊形を組んでいる人間が、部下にハイリスクの行動方針を与えるとは思えなかった。続いてリコリスはそう付け加えた。

 

 全く冒険の無い隊形の組み方やこれまでの行動パターンからすると、敵司令官は前衛の駆逐艦に対し、敵の戦力を確認して勝てなさそうなら後退しろと指示しているはず。リコリスは戦闘開始前からそう踏んでいたらしい。

 だから敢えて巡洋艦を危険なほど突出させ、敵の駆逐艦戦力を少しでも削っておこうとしたというのだ。



 リーズは黙って感服するしかなかった。リコリスは敵の慎重な行動パターンをただ愚痴っているように見えたが、同時にその裏をかいた戦術を組み立てていたのだ。


 そう言えば、基本的に怠惰なリコリスだが、敵艦の性能特性や敵指揮官の癖などについては話が別だ。 自分が交戦した相手であれ他の部隊が交戦した相手であれその特徴を、『共和国』最難関試験として知られる、航路統括官候補生採用試験の受験生も顔負けの集中力で学習しようとする。はっきり言って、味方の新戦術を研究するより余程熱心にだ。


 それはこういう時に、敵が取りうる行動や取りそうな行動を予測し、出来る限りリスクを減らした状態で戦闘を行う為なのだろう。

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