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オルトロス後半戦ー4

 ストリウス中将の言う「例の部隊」と最初に交戦した『連合』軍部隊、巡洋艦2隻と駆逐艦8隻は一瞬で壊滅した。その旗艦が展開した罠に正面から突っ込んだのだ。

 

 


 10隻の艦の乗員の大半は、一体何が起きたのかさえ理解できなかった。敵の動きに合わせて何回か変針を行い、ようやく増援が来るまで敵の行動を抑え込める位置についたと思った瞬間、敵艦の位置と全く違う方向から突然対艦ミサイルが飛んできたのだ。

 

 そのミサイルの速度は、同時代において最高の性能を誇る『共和国』軍自慢のASM-15に比べれば遅かった。『連合』軍のホーネットよりは速かったが、逆に言えばその程度。もし同じミサイルが砲戦距離外にいる「例の部隊」から放たれたのなら、余裕をもって回避できただろう。


 だが問題なのはまさにそこ、発射された位置だった。通常対艦ミサイルは艦船から発射される場合は巡洋艦の砲の射程程度、航空機から発射される場合でも両用砲の射程程度の距離から放たれる。対してそのミサイルは、両用砲の射程の遥か内側、対空機銃の射程に近い距離から出現した。

 


 『連合』軍将兵にとって救いがあったとすれば、恐怖がせいぜい数秒で終わったことだろう。索敵科がミサイルを発見して報告を出すか出さないかのうちに、巨大な運動エネルギーを与えられた金属塊が、彼らの乗艦を直撃していた。


 高速の質量体が船体の外板を構成する金属とセラミックと合成繊維を貫く時に生じる重いがどこか甲高い音が乗員の耳を貫き、同時に不快極まりない振動が彼らを打ち倒す。

 運悪く被弾位置にいた者は白と赤が混ざり合った光を見たと感じた瞬間に蒸発とも圧潰とも付かない形で消滅し、炭素化合物の微粒子と化して破孔から宇宙空間に放出されるか、砕け散っていく外壁に黒い残滓となってこびり付いた。


 散乱していく炭素化合物は幾億年か先には新たな生命体の構成物資となるかもしれないが、その事実が元の所有者だった知的生命体にとって、何か意味を成すということは無い。

 ミサイルが放つエネルギーは二等兵も提督も、新兵も古豪も、卑劣な行為で悪名高い鼻つまみ者も高潔な人格者も平等に破壊し、太古の昔にそうであったのと同じ状態に還していく。ただそれだけだった。



 その少し外側にいたある意味もっと不運な者たちは、被弾の衝撃で剥離した外壁や機器の破片を全身に縫い付けられた。無数の機器の残骸と縫合した疑似サイボーグと化した彼らは、寸断された身体の残った機能を使って苦痛を表明し続けた。

 宇宙暦700年代の医学はここまで破壊された人体さえ修復可能だったが、だからと言って彼らの苦痛が和らぐ訳では無い。駆けつけた衛生兵が麻酔薬を投与して気絶させるまで、負傷兵たちは全身の組織が圧潰して寸断される激痛で白くぼやけた視界のなかで敵と上官を呪い、ついでに軍に入るという決断をした過去の自分を罵倒した。

 

 普段は綺麗に磨き上げられている艦内の白い壁と床に、摩擦熱で半ば焼けた人体組織の赤と黒が撒き散らされ、血と内臓と未消化物が発する臭気が充満している。

 どれだけ文明が進歩しても、人間は人間に暴力を加え続け、人体は攻撃に対して脆く壊れやすい存在であり続ける。技術の粋を集めた宇宙船の内部に散乱する人間と元人間は、この悲しい事実をこれ以上ないほどにはっきりと示していた。  



 同じような光景は被弾した7隻の艦内全てで見られたが、そのうち3隻においてはさらに悲惨な事態が発生した。その3隻では、ミサイルが反応炉自体を直撃するか、あるいは応急科員が周辺設備に損傷を受けた炉を緊急停止させるのに失敗したのだ。



 結果としてこれら3隻では、人類が実用的な宇宙航行技術を手に入れて以来、宇宙船乗員の頭上にぶら下がったままでいるダモクレスの剣が落ちた。制御不能になった高圧反応炉から閉じ込められていた熱エネルギーが暴走し、出口を求めて最も弱い部分に向かって溢れ出したのだ。

 1つの炉から溢れた熱と圧力は、無傷だった機器を破壊した挙句に隣接する炉をも暴走させ、連続した爆発を起こす。事態を察した将兵が絶望という感情を覚える前に、彼らの神経系は無に帰し、人体を構成する他の部分とともにガスとなって放散した。



 暴走した反応炉が破壊したのは自艦とその乗員だけに留まらない。轟沈した艦から放たれた小規模な太陽を思わせる光が光学機器の感度を落とし忘れた僚艦の索敵科員の目を焼き、同時に発せられる不可視の電子線が一部の電子機器をも停止させる。消滅していく艦と乗員が未だ生きている仲間を妬み、道連れにしようとしているかのようだった。



 被弾した各艦の乗員にとっては悲劇そのものの出来事だったが、真の悲劇はこのような出来事がありふれ過ぎていることだったかもしれない。宇宙時代の歴史において同様の事態はこれまで何万回となく繰り返されてきたし、またこれからの歴史においても発生し続けるであろうことが予測された。












 「機雷、敵艦に命中し始めました!」


 『連合』軍にとっての悲惨は、『共和国』軍にとっては栄光だった。部隊を構成する艦の内部には例外なく索敵科員の歓声が響き、他の部署に属する将兵が続く。艦内各所に存在するモニターには、報告が間違いでないことを示すため、問題の方位と場所で起きている出来事が映し出されさえした。


 そこには、小さな白い光、続いて発生する遥かに巨大な青白い光が何度も明滅している。その中で数千の人間が蒸発していることさえ考えなければ、この世のいかなる視覚芸術より美しい光景だった。

 実際、非番の兵は魅入られたように、敵艦の最期を示す光景を見物していた。単純に見とれている者もいれば、美しさに魅入られながらも、自分たちも一歩間違えばあのように消えるのだという恐怖を感じている者もいる。



 


 「ようやく、あの取って付けたような装備が役に立ったわね」


 一方、部隊の最高指揮官が下した評価は実に散文的なものだった。彼女自身は何故軍人などやっているのか不思議な位に美しい容貌の持ち主だったが、詩的な感受性と外見的な美しさは必ずしも一致するものではないらしい。

 彼女にとって敵とは処理すべき問題、戦闘風景は問題解決の際の付属物に過ぎなかった。


 「戦闘敷設艦の建造計画が進みかねないですね。これだと」


 その隣にいる副官、やはり若く美しいが司令官より柔和な印象を与える女性も、彼女に合わせてそんな感想を発した。こちらは上官よりもずっと感受性が発達していたが、これまた上官と違って戦闘中にそれを持ち出さない常識を持ち合わせてもいた。




 「だとすると問題ね。本艦に搭載された機雷が役に立ったのは、あくまで少数だったから。戦闘敷設艦の大集団が戦闘中に機雷を撒き散らしたりすれば、収拾がつかないことになる」


 司令官、リコリス・エイブリング准将はとりあえず最初の敵を撃破したことを喜びながらも、自軍のこれからの装備調達について不安の意を表明した。副官、リーズ・セリエール少尉の方は、それは今持ち出すべき話題なのかと疑問を抱いたが、少々の安堵を覚えもした。


 リコリスはリーズが知る限りで最も有能な軍人の1人だが、最もその愛国心が疑わしい軍人の1人でもある。直属の部下、特に傍で補佐をするリーズには愛情じみたものを向けてくれることも多いが、『共和国』という国家自体は「自分の雇い主」程度にしか考えていないのではないかと思うことがよくある。


 そのリコリスが『共和国』の将来を心配するような発言をしている。前に言っていたイピリア政府軍の膨張に関する懸念を含めて、彼女も何だかんだ言って愛国者ではあるのだろう。リーズはそう思ったのだ。

 ただしその考えは、リコリスが続いて口にした言葉によって大きく揺らいでしまったのは否めない。


 「少尉、機雷という兵器は、少数の艦による戦闘にしか使えないことを戦闘詳報に明記しておいてね。馬鹿が釣られて戦闘敷設艦を建造した挙句、艦隊レベルの交戦で機雷を撒いたりしたら大迷惑だから。いくら私でも、機雷の海の中では艦を動かせないし」


 「…司令官。司令官にとって大事なのは健全な建艦計画ですか? それとも次の戦いで味方が撒いた機雷に引っかかるのが嫌なだけですか?」

「どちらかと言うと後者ね」


 リコリスは即答し、リーズは頭を抱えたくなった。結局のところ、リコリスとはそういう人なのだった。





 ちなみにリコリスがいう「取って付けたような装備」とは、後部に設けられた機雷庫とその運用設備である。これまでオルレアンは、艦載機格納庫の内部にASM-15対艦ミサイルの保管施設を持っていたが、機雷運用設備はその後釜だった。


 オルレアンの対艦ミサイル保管庫は、もともと艦載機による対艦攻撃を行うために取り付けられていた。だが搭載予定だったRPA-26長距離戦闘偵察機が開発中止に終わったため、無用の長物に近いものと化していたのだ。

 ファブニル星域会戦では一度だけ使用されたが、特異な条件によって引き起こされた偶然に近い。


 同会戦の後、使い道がない割に保守点検が面倒で危険なミサイル格納設備を撤去しようという意見が出たのは自然な流れで、艦長のリコリスもこれに同意した。次に問題となったのは、撤去した跡地に何を装備するかだ。


 リコリスは新型の通信機と射撃指揮装置を要求したらしいが、オルレアンに回せる余分が無いという事で、この案は没になった。代わって行われたのが、対艦ミサイルの代わりに機雷を搭載し、航空機用カタパルトを使って射出できるようにするという奇妙な改装だった。


 機雷の射出機とカタパルトはほぼ同じ構造を持った機械であり、制御するソフトウェアを少し改良すれば両方の用途に使える。後は格納設備の機器を少しだけ変更すればいいだけで、改装としては実に安上がりに済んだ。

 こうしてオルレアンは、航空機運用機能に加えて機雷戦機能を持つ世にも珍しい巡洋艦となったのだ。

 

 


 なお宇宙戦闘でいう機雷とは、海戦における機雷とは全く異なる構造を持つ兵器である。海戦でいうところの機雷、敵艦が接触するか至近距離を通過しなければ起爆しない物体を広大な宇宙空間に撒いても、命中する確率は天文学的に低いからだ。


 宇宙戦における機雷とは、要するに長距離赤外線センサーが付いた対艦ミサイルだ。近づいてくる敵艦が発する熱を探知するとミサイルの反応炉が起動、その方向に向かって進み始める仕組みになっているのだ。

 通常の運用法では専用の機雷敷設艦に搭載され、敵国の宇宙港周辺に散布される。


 この機雷だが、使われる方にとっては実に不愉快で厭らしい兵器の一つだ。レーダーや光学装置で捉えるのは困難だし、発見しても正体を見極める事は難しい。それでいて大損害を与えるポテンシャルを持つからだ。

 いったん機雷が撒かれると、存在が予測される場所全てに大量のデコイを撃ち込んで暴発させる以外に処理法は存在しない。




 だが機雷は、艦隊戦では滅多に用いられない兵器でもある。理由は扱いにくさ、そして味方を巻き込む可能性の高さだ。


 まず小さな機雷に搭載できる程度のセンサーでは、遠方の敵艦を探知する事が出来ない。敵艦を機雷で攻撃するにはその針路をかなり正確に予測する必要があるが、『共和国』宇宙軍が重視するような高速戦闘において、それは不可能に近い。

 むしろ軍艦自体が接近してASM-15対艦ミサイルを発射する方が、遥かに確実性が高い。演習および実戦で得られた戦訓はそのようなものだった。



 しかも機雷は敵と味方を区別できないので、的を外した機雷は味方への脅威として残る。敵国の港に使用する場合ですら、以前に撒いた機雷に敷設艦自身が引っかかるという悲喜劇が、稀にだが起こるくらいだ。

 敵味方が高速で入り乱れる艦隊戦においては、危なくて使えたものでは無かった。これらの理由から、艦隊戦用に設計された大抵の軍艦は機雷を装備していない。





 にも関わらずオルレアンに機雷戦装備が導入されたのは、『共和国』宇宙軍内部に「戦闘敷設艦」なる新兵器の建造計画があるためだ。この新兵器はわざと寿命を短くした機雷を大量に搭載した高速艦であり、敵艦隊前方に接近してその予想針路に機雷原を作り出してから離脱する。

 こうして敵の隊列を混乱させれば、戦闘を有利に運べるのではないかという構想があるのだ。



 だが『共和国』宇宙軍上層部は、貴重な資源を使ってそんな汎用性の低い兵器を作っていいのかという点に疑問を感じてもいた。失敗だった場合に手元に残るのは、「駆逐艦並みに速くて航続距離の短い輸送艦」という、ほとんど何の役にも立たない珍兵器でしかない。


 そこで宇宙軍は取りあえず、新規の建造ではなく既存の艦の改装で手を打った。戦力としてあまり期待されておらず、しかも構造的に改装がしやすいアジャンクール級を「戦闘敷設艦」のプロトタイプとし、実戦テストを行うことにしたのだった。



 だが戦闘敷設艦が実際に建造されることは無いだろう。機雷が戦果を上げたにも関わらず、リコリスとリーズは結果を見てそう感じた。

 

 32発放出した機雷のうち10発が稼働して7隻の敵艦を戦闘不能にしたが、問題は残りの22発だ。外れ機雷がどこに流されていったかについては、非常に大雑把な予測しか出来ない。

 つまり広範囲の宙域が、もしかしたら機雷に引っかかるかもしれない危険宙域と化し、機雷が時限装置で無力化するまで通行できなくなってしまったということだ。


 たった32発でこれでは、戦闘敷設艦の集団が数千発単位の機雷を撒けば、どんな惨事が発生するかは簡単に予想がつく。敵艦隊の隊列を混乱に陥れることは出来るかもしれないが、それと同じくらい味方の艦隊運動も困難になる上に、自軍が撒いた機雷に引っかかる艦が続出するだろう。

 リーズはリコリスの意見に従い、戦闘詳報にそう記載した。



 




 「新たな敵部隊、わが方に接近中。戦力は巡洋艦8、駆逐艦20」


 さっきまで機雷の戦果に歓声を上げていた索敵科員が、一転して緊迫した口調で報告を出した。恐らく警戒部隊として展開していたさっきの10隻に代わり、大兵力を擁する部隊が立ちはだかってきたのだ。


 「この連中…」


 リーズの隣でリコリスが小さく呻いた。作り物じみた美貌に、微かな焦燥の色が浮かんでいる。


 「司令官、どうなさいました?」

 「速い。この短時間で戦闘隊形を作ることができるのは普通では無いわ」


 言いながらリコリスは、敵艦を示すモニターの赤い光点群を指揮棒で指した。赤い光点は『連合』軍の軍艦が出しうるほぼ最大速力を発揮しながら、リコリス隊の前に立ちはだかろうとしている。



 その動きの巧妙さを見て、リーズはリコリスが言わんとするところを察した。敵部隊は後方から接近しているリコリス隊に対し、全艦がほぼ180度一斉回頭しながら同時に戦闘隊形を作っている。


 本来これは、絶対にやってはいけない艦隊運動の典型である。高速での一斉回頭という時点で危険だし、ましてや同時に隊形を組みなおすなど正気の沙汰ではない。10隻以下の小集団ならやれないことは無いが、それ以上の数で行えば隊列がばらばらになるか、逆に密集して団子状態になるかだ。


 そしてそうなれば、例え全艦が無傷でも軍部隊としては死んだも同然だ。艦隊とは相互支援ができて初めて艦隊になるのであり、過度に分散または密集した軍艦の集団は艦隊とは呼べない。前者の場合は距離が遠すぎて、後者の場合は僚艦が邪魔になって相互支援ができなくなるからだ。


 だが接近中の『連合』軍艦28隻は、あくまで艦隊として動いていた。高速機動しているにも関わらず、各艦の位置関係は崩れていない。ある艦が攻撃されれば、すぐに他艦が援護を行える状態を維持したままこちらに接近し、しかもそうしながら各艦の並びを微妙に調整している。神業としか言いようがない。




 「敵先鋒、あと2分でわが隊と交戦に入ります!」

 「了解。各艦は電波妨害を開始。隊形変更については追って指示を出す」


 リコリスがどこか焦ったような口調で、戦闘準備命令を出す。その意味に気づいてリーズは寒気がした。

 リコリスですら、あの敵が隊形を変更する隙を衝くことは出来なかったのだ。


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