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ファブニル星域会戦ー4

「第33分艦隊からのレーザー通信入りました。味方艦隊はこれより7分後、敵艦隊に一斉ミサイル攻撃を敢行する模様」

 「何とかここまでは来たのか…」

 

 敵に先制攻撃をかけるために第2艦隊から分離された味方高速部隊との邂逅に成功したという報告を受け、リーズはさらに緊張した。

 レーザー通信は敵に傍受される危険が低い代わりに、普通の無線通信より交信可能距離が遥かに短い。そのレーザー通信が入ったということは、味方艦隊が予定通りの位置に付いたことを意味する。


 多数の航空機で索敵を行って敵艦隊の位置を捕捉、完全無線封鎖を行った高速部隊で襲撃するという作戦は今のところ成功しつつある。あくまでこの宙域に限ってのことであり、無線封鎖中の他の部隊がどうなっているかは分からないが。

 


 後7分、後7分で『共和国』と『連合』の艦隊決戦が始まる。おそらく『共和国』史上、最も手ごわい敵との戦いが。

 そしてリーズが士官学校で学んだ内容を、もう一度反芻しようとした瞬間、何の前触れもなくその報告は来た。

 

 「第24 駆逐隊より入電、我、敵艦隊と交戦中」

 (え?)

 

 一瞬頭が真っ白になったリーズを無視して、艦全体に耳障りなブザーが鳴り響いた。敵のレーダー波を探知したことを示す警報である。

 

 「無線封鎖を解除、友軍とのデータリンクを開け。レーダーも全力で稼働」

 

 一方で彼女の上官の方は報告を受けるや否や、いきなりの戦闘開始に混乱している乗組員たちに矢継ぎ早に命令を出していた。年齢は5歳しか違わなくとも、指揮官としての実績が全く違う。リーズは麻痺しかけていた脳の片隅で、そのことを実感した。

 

 リコリスの命令で無線封鎖が解除された数十秒後、新しい情報が中央モニターに表示され始めた。『共和国』軍第2艦隊の先鋒を務める第33分艦隊は何とか敵前方哨戒艦をやり過ごして『連合』軍艦隊の側面に回り込んだものの、そこで戦艦部隊の護衛を務めていた敵巡洋艦と接触して交戦を始めてしまったらしい。



 今や『共和国』軍第33分艦隊は、随所で連合軍と交戦を開始していた。オルレアンの光学装置にも、時折ミサイルが直撃し、荷電粒子の束が艦体を抉るとき特有の巨大な閃光が映る。

 今のところ全般的には優勢なようだが、それが覆されるのは時間の問題だろう。第33分艦隊の艦艇数は敵艦隊の1/3しかない上に、機動性を重視した編成のせいで主力である戦艦を欠いているのだから。


「砲撃開始、目標は左舷前方の敵駆逐艦一番艦」

 

 リコリスは手早く戦況を確認すると、オルレアンが竣工してから初めてとなる実戦での砲撃を行うよう命令した。目標は今しも味方の一個駆逐隊の前に立ちはだかろうとしている、10隻ほどの敵駆逐艦だ。


 オルレアンの前部に設置された主砲塔群が、モーターの鈍い音と共に旋回し、敵駆逐艦に狙いをつける。とかく火力が弱いと批判されてきたアジャンクール級だが、前方に向けられる主砲の数はクレシー級と変わらない。オルレアンの主砲は、これまで散々悪評を受けてきた鬱憤を晴らそうとするかのように初めての砲撃を行った。

 

 もとが指揮専用艦であるオルレアンの戦闘指揮所は、原型のクレシー級より遥かに大規模で、並みの戦艦や空母を上回るほどの広さと設備を誇る。所狭しと並ぶモニター群のひとつを、リーズは凝視した。そこには左舷前方、リコリスが砲撃を指示した場所の光学情報が表示されている。

 画面の大部分は単なる暗闇と星だが、そこには異質なものが10個ほど動いている。青白い炎のようなものと、その先の小さな点。『連合』軍の駆逐艦部隊だ。

 

 駆逐艦と言ってもその全長は300mを超え、地球時代の主力艦に匹敵するか上回るのだが、この距離ではとてもそうは見えない。目立つのは後方で光る高温ガスの帯だけであり、艦それ自体はちっぽけな漂流物にしか見えなかった。

 その小さな点の一つに、さらに小さいが鋭い光が走った。一度だけではない。数秒ごとに行われている砲撃のうち、2~3回に1回の割合で小さな閃光が宇宙の一角を照らす。

 

 それは見る者にとっては呆気ない、政府のプロパガンダ映像にあるような華やかさには全く欠ける光景だった。遥か彼方で小さな閃光が点滅している。ただそれだけのことだ。

 もちろんこの素っ気ない光景の向こう側では、凄まじい破壊が発生している。超高速の荷電粒子は敵艦の外壁と装甲材を貫通して艦内に突入し、進行方向にあるもの全てを打ち砕くとともに高熱を発生させ、そこにいる不運な乗員を破壊するか蒸発させる。砲撃が艦を捉えるごとに、確実に何人かが跡形もなく消滅し、艦の機能が損なわれていく。

 

 だが敵艦の位置情報を送るレーダー員にも、照準をつけて引き金を引く砲員にも、自らがその破壊を引き起こしているという意識はない。彼らに見えるのは彼方の小さな閃光の連続ですらない、ただの数字の羅列とモニター上の点だ。


 そして彼らはその「点」を消滅させることに、全神経を集中していた。そうしなければ、自分が消滅させられる側に回る。オルレアンのレーダー員と砲員はその事実に突き動かされながら、自分の目の前にある機械の操作を続けていた。

 士官や下士官はともかく兵員は基礎訓練を終えただけの者がほとんどのため、射撃間隔は間延びし、照準もどこか甘くはあったが。

 

 ちなみに敵艦からオルレアンへの砲撃も行われているが、こちらは全く命中していない。駆逐艦の射撃用レーダーの管制距離では、この位置にいる艦に正確な射撃を浴びせるのは不可能なのだ。



 一方、『共和国』軍の駆逐艦の砲撃は、的確に敵を捉えていた。オルレアンが有する強力なレーダーと情報処理能力、そして通信能力が味方駆逐艦に的確な射撃データを送り、駆逐艦単体では不可能な遠距離砲撃を可能にしている。理想的なアウトレンジ攻撃だった。

 

 駆逐艦が装備する両用砲は威力では巡洋艦の主砲に劣るが、発射速度では大幅に上回る。対航空機モードでの発射速度は地球時代の機関銃に匹敵するし、対艦モードでも毎秒一発を発射できる。

 『連合』の駆逐艦は遥か向こうから降り注ぐ荷電粒子砲の雨を一方的に浴びる形になった。もちろん彼らも反撃するが、相手はオルレアンよりは近くにいるとはいえ射撃用レーダーの有効範囲外。命中弾はまぐれでしか期待できなかった。

 たまに敵艦への命中弾らしきものが確認されて艦内に歓声が上がるが、その声はすぐに数倍する命中弾によって打ち消される。

 

 「へえ、流石に第33分艦隊は精鋭が揃ってるわね」

 

 リコリスはやや無責任な口調で、味方駆逐艦部隊の戦闘をそう評価した。『共和国』軍の駆逐隊が浴びせる砲撃は、はっきり言ってオルレアンからの砲撃よりずっと効果的だった。

 オルレアンと違って彼らは2射目か3射目では直撃弾を経て、そこからは切れ目のない連続斉射を行って、1射ごとに必ず一発は命中弾を得ている。『連合』の駆逐艦部隊は、徐々に戦闘部隊から宇宙を彷徨う廃墟に変わりつつあった。

 

 もちろん臨時に彼らを指揮統制する形となったオルレアンも、どこか超然とした状態で戦闘、というよりも一方的な砲撃を続けている。

 砲術の基礎訓練を受けたばかりのような砲員しか配置されていないために、支援している駆逐艦と比べて明らかに劣る射撃精度しか出せていないが、それでも連続斉射を続ければ何%かは命中した。虚空に閃光が走るたびに、砲術科員が歓声を上げる。

 

 そして十数回目の砲撃で、目標となった敵艦に変化が生じた。艦の後方に伸びる光の帯が小さくなり、さらにオルレアンから見えるその形状が変わる。敵駆逐艦は砲撃で機関に打撃を受け、撤退を余儀なくされたのだ。

 

 「敵駆逐艦撃破!」

 

 すぐに艦内放送でその事実が全乗員に知らされ、艦内のいたるところで歓声が上がる。偵察巡洋艦オルレアンは、生涯初めての戦果を挙げたのだ。特に新米の乗員は、自分たちが成し遂げたことに歓喜していた。

 


 その時には、ほかの敵駆逐艦の過半数が『共和国』軍駆逐艦部隊の砲撃とミサイル攻撃で沈没するか、損傷を受けて後退していた。敵駆逐艦6隻の撃沈破に対してこちらの被害は駆逐艦2隻がまぐれ当たりによって軽い損傷を受けたのみ、『共和国』の勝利だ。

 ある意味で皮肉な話だった。失敗作扱いだったアジャンクール級巡洋艦が、「味方駆逐艦の支援と指揮統制」という建造目的に叶った働きが出来ることを、実戦の場で証明してしまったのだから。もちろん、アジャンクール級の弱点が表に出ない状況であればこそだが。




 「第33分艦隊司令部より命令です。『この宙域の部隊はx2、y19、zマイナス3に存在する敵部隊を攻撃せよ』とのことです」


 敵駆逐艦部隊が後退した後、通信科から情報が届いた。現在オルレアンは臨時に第33分艦隊の指揮系統に入っている。本来オルレアンは第2艦隊の本隊に所属しているのだが、その本隊は無線封鎖中で現在連絡が取れる状態にない。

 そして『共和国』軍では、本来の司令部と連絡が取れず、またその命令を受けて行動しているわけでもない部隊が存在する場合、通信可能な最高司令部がその部隊を指揮下に入れて構わないとしていた。


 「流石はコヴァレフスキー少将」

 

 その臨時司令部からの命令を聞いたリコリスは感心したように、第33分艦隊指揮官の名を呼んだ。

 

 リーズは正直驚いていた。リコリスが他の士官を褒めるとは珍しいこともあるものだ。基本的に自分にも他人にも辛辣で無関心、特に上官や同僚に対しては、故意に反感を抱かせようとしているとしか思えない態度を当然のように取る人だと思っていたのだが。


 「私は褒めるべきものは褒めるわよ。単に褒める気にさせてくれる人間が少ないだけで」

 

 リーズの驚愕に気づいたらしいリコリスが素っ気なく言った。全く持って正直な人ではあるとリーズは思う。演習で散々実感したが、戦闘指揮に関するこの人物の意見はとんでもなく無遠慮で、なおかつ内容的に正しい。それが問題なのだ。

 

 たとえ事実でも言っていいことと悪いことがあるという考えは、彼女の中にはないらしい。こういう言動がなければ、リコリスは准将に昇進するか少なくとも戦艦の艦長くらいにはなっているのではないかとリーズは思うのだが。

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