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オルトロス後半戦ー3

「敵戦艦、本艦に対して発砲しました!」

 

 索敵科員が注意を促す。第二十三艦隊旗艦ベレジナを含む4隻のドニエプル級戦艦が、敵戦艦部隊との砲戦に突入したのだ。

 

 『共和国』のヘバト級戦艦が放つ砲撃が、旗艦ベレジナを掠めていく。気の弱い者なら卒倒しそうな光景だが、訓練及び実戦で高い能力と胆力を示した将兵を中心としている旗艦乗員は、モニターに映る光の列を涼しい顔で眺めていた。

 堂々としていようが怯えていようが戦死の確率は変わらない。そして何より、ドニエプル級戦艦が『共和国』軍戦艦の砲撃で沈むことはまず有り得ない。その事を確信した表情だった。

 

 そして彼らの考えは概ね事実だった。敵戦艦から放たれる光の束は、時折ベレジナを直撃するが、致命的な損傷を与える事はない。大半が装甲板の表面を削るだけで終わるか、あるいは機銃やアンテナなどの脆弱な構造物を破壊するだけだった。

 

 一方でドニエプル級戦艦が放つ砲撃は、敵戦艦に深刻な損害を与えていた。4隻が発砲するたびに、敵戦艦がいる場所に巨大な光が爆発する様子がモニターに映し出されている。

 そして十数回目の斉射が行われた時、これまでより遥かに膨大な光と電波が確認された。

 


 「敵戦艦1隻轟沈。さらに1隻が脱落しました!」

 

 見張り員が歓声を上げる。ファブニルで『共和国』軍最強のクロノス級を完膚なきまでにたたき伏せ、ゴルディエフ軍閥領を巡る戦闘でも無敵の活躍を見せたドニエプル級戦艦が、新たな戦果を記録したのだ。

 


 僚艦の沈没や脱落で混乱状態に陥った残り4隻に、ドニエプル級戦艦の砲撃が容赦なく降り注いでいく。新たに1隻が爆沈し、更に1隻が完全に戦闘能力を失って離脱していった。

 

 「後2隻か」

 

 もはや戦闘と言うよりなぶり殺しに等しい光景を眺めながら、ストリウスは企画が日程通りに進んでいる事を確認する管理職のような心境で呟いた。

 ドニエプル級の性能をもってすれば、あの程度の敵との戦闘はただの作業に等しい。出来ればこの会戦で姿を現したという新鋭戦艦と手合わせし、性能を確認してみたいが、どうやら現在交戦している敵艦隊に、新鋭戦艦は含まれていないらしかった。

 


 「敵戦艦、遁走します」

 

 続いて慌てたような報告が来た。敵戦艦の生き残り2隻が、針路を大きく変えている。現状での勝利は絶対に不可能と判断し、遁走しようとしているのだろう。

 


 彼らに続いて、ベレジナを含む『連合』側の4隻も一斉に回頭する。ドニエプル級戦艦はヘバト級戦艦を出力重量比で上回る。敵に追いつく事は難しいにせよ、引き離される事は絶対にない。

 このまま追撃しながら砲撃を続行して敵戦艦を全滅させるべきだと、戦艦部隊を指揮するフラマリオン准将は考えているのだろう。

 


 特に悪い判断でも無いので、ストリウスはこの命令を追認しようと考えていた。だがふと、疑問が脳裏に差し込んだ。

 

 『共和国』軍戦艦は1対1の砲戦では『連合』軍戦艦に勝てない。その事は彼らも知っているはずだ。にもかかわらず、この場にいる『共和国』軍艦隊は第二十三艦隊に正面から立ち向かってきた。

 

 単なる将兵の敢闘精神の表れとも考えられるが、ストリウスはどうも納得できなかった。彼らの振る舞いは、『共和国』宇宙軍戦闘教令で力説されている戦術、機動による局所的優位の確保と完全に矛盾している。 

 もちろん実戦で教科書通りの戦術を常に取れる筈もないが、これまでの彼らは、戦闘教令に記された原則に概ね則った戦い方をしていたのだ。

 


 (時間稼ぎ?)

 

 その言葉が思い浮かんだ。敵が明らかに勝てない勝負を挑んできた場合、その理由は2つ考えられる。こちらの兵力を過小評価しているか、敗北と引き換えに時間を稼ぐ事でより重要な部隊を守ろうとしているかだ。

 そして目の前の『共和国』軍について、第一の理由は当てはまりそうもない。

 

 「作戦参謀、この辺りに何か重要そうな敵部隊が確認されたという報告は無いか? 例えば艦載機を発進させている途中の空母部隊とか?」

 「特にいません。ああ、そう言えば少し遠いですが民間船舶と思われる船が多数いるという報告が、艦載機隊から来ています。多分、リントヴルム政府に属する船…」


 作戦参謀のフランツ・リッター中佐は杞憂だと言わんばかりにそう返答したが、彼の声は段々と緊張したものに変わり始めた。その指はモニター上にいる「民間船舶」の集団の軌跡をなぞっている。

 


 「どうした?」

 「この船団は妙です。具体的には逃げ足がやたらと早い。経済性から考えて、こんな高速の商船を建造するメリットがあるとは思えません」

 

 リッターは険しい面持ちで答えた。ストリウスが確認してみたところ、確かにその船団が発揮している加速度は妙に大きかった。

 

 商船は通常、軍艦に比べて遥かに小さな機関しか搭載しない。軍艦が大型機関を積むのは戦闘で敵艦に対して有利な位置に付くためだが、商船にその必要は無いからだ。それどころか経済性を考えれば、倉庫を圧迫して燃料を大量に消費する大型機関は邪魔にしかならない。


 対して問題の船団は、商船と言うより軍艦のような機動性を発揮できるようだ。観測された加速度は巡洋艦や駆逐艦並とは言わないまでも、戦艦に匹敵する。民間企業が建造・運用を行って利益を出せるような船とは思えなかった。



 「司令官、これは多分」

 「ああ、『共和国』の艦隊型輸送艦だ」


 ストリウスはリッターに向かって頷いた。艦隊型輸送艦とは遠征時に艦隊に随伴し、消耗物資を供給するための艦だ。

 戦闘艦艇は民間船に比べて、乗員数や機関出力当たりの食料や燃料の搭載量が少ない。だからこれら輸送艦が随伴していないと、すぐに行動不能になってしまうのだ。地味ながら艦隊の機能を維持するのに不可欠な艦と言える。 


 また艦隊型輸送艦の機動性は、その国の主力艦と同程度に設計される。それより遅ければ艦隊の行動についていけないし、一方で輸送艦が主力艦より速くても意味が無いからだ。

 

 そしてあの船団の機動力は、大体これまで確認されている『共和国』軍戦艦と同じくらいであり、ドニエプル級を除く『連合』軍戦艦より明らかに高い。

 民間船では無いのは明らかだし、『連合』リントヴルム政府の艦隊型輸送艦なら、あれよりもやや遅いはずだ。消去法的に言って、『共和国』軍の艦隊型輸送艦と判断すべきだった。

 



 「敵戦艦への追撃を中止しろ!」

 

 続いてストリウスはフラマリオン准将に戦闘中止命令を出した。撤退しつつある、と言うよりこちらを引き付けようとしている旧式戦艦など放置しておけばいい。それよりも、向こうにいる輸送艦を全滅させた方が、『共和国』軍に対して遥かに大きな被害を与えられる。

 


 「何故ですか、司令官? 後一息で撃沈できると言うのに?」

 

 フラマリオンは不満そうな顔をしたが、ストリウスが事情を説明するとすぐに納得の表情を見せた。敵の弱点を叩くことの重要性を理解できないような高級士官は、イピリア政府軍最精鋭部隊たる第二十三艦隊には存在しない。

 

 「作戦参謀、本隊がどれだけ持ちこたえられるかと、我が艦隊が輸送艦隊へ到達するのにかかる時間を計算しておいてくれ」

 

 ストリウスはリッターに指示を出した。グアハルドの5個艦隊はかなりの被害を受けて撤退の準備をしているが、今しばらくは『共和国』軍主力を引き付けておくことが出来るだろう。ストリウスの大雑把な読みでは、その間に第二十三艦隊は何とか輸送艦隊に到達できるはずだ。

 


 


 ストリウスを始めとする第二十三艦隊幹部将兵の脳裏には、一旦は断念したはずの完全勝利という言葉がちらつき始めていた。燃料と食料を運ぶ輸送艦を沈めれば、『共和国』宇宙軍は本国に帰ることもできないまま、この惑星オルトロスで朽ち果てる。

 イピリア政府軍は戦闘艦艇1500隻を含む艦隊群の完全な殲滅という、戦史に類例の無い勝利を得ることになるのだ。

 


 もちろん他にも輸送艦隊がいて、そちらに積まれている物資を使って『共和国』軍が撤退する可能性はある。だがそれでも、ここで高速輸送艦を沈めておく価値は十分にあった。『共和国』軍の弱点を考えれば、あの数の艦隊型輸送艦を沈めてしまえば、彼らの実質的な戦力は激減すると考えられるのだ。

 

 



 


 『連合』軍は開戦以来、『共和国』宇宙軍の強さを嫌になるほど味わってきた。しかし一方で、その弱みについても徐々に理解し始めていた。戦闘艦艇と比べて補給艦艇が少なく、遠征能力に劣るのだ。

 

 ストリウスはファブニル星域会戦で敗走を余儀なくされた後、その弱点に気付いた。あの時、ストリウスが臨時に指揮を執っていた『連合』軍艦隊は、旧ゴルディエフ軍閥領に属する惑星ニーズヘッグに集結していた。損傷艦の数が多すぎて工作艦が足りず、同惑星のドック群を利用する必要があったのだ。


 ストリウスを初めとする上級指揮官たちは皆、『共和国』軍の追撃に怯えていた。損傷した状態で機関を酷使したため、艦隊の生き残り800隻のうち250隻は這うような速度でしか進めなくなっている。『共和国』軍がファブニルの半分の数でも現れれば、250隻を置き捨てて撤退するしか無かった。

 

 だが予想に反し、『共和国』軍はいつまで経ってもやって来なかった。『連合』軍の損傷艦は悠々と応急修理を終えると、本国に帰還することが出来たのだ。

 

 ストリウスたちは何故彼らが確実な戦果を拾おうとしなかったのか理解に苦しんだが、その理由はしばらくして分かった。輸送艦不足である。

 当時『共和国』は旧ゴルディエフ軍閥領制圧の為に宇宙軍16個艦隊の全てと、地上軍400万を動員していた。そしてこれらの移動に膨大な輸送力が割かれた影響で、ファブニルに展開する『共和国』宇宙軍第1艦隊群は、ニーズヘッグへの遠征が不可能になっていたのだ。

 


 自国のすぐ近くでの作戦でさえ、輸送艦が足りなくて実施できない等、『連合』では考えられない事態だった。『連合』では辺境部隊の遠征能力に対する政治的な横槍という問題はさておき、輸送艦の数だけで言えば宇宙軍と地上軍を全て動員しても余るほどあったからだ。

 

 『共和国』宇宙軍の補給艦艇が戦闘艦艇に比べて少ないのは、同軍が本質的に守りの為の軍隊だからだろうと、ストリウスは分析している。国内に侵入した敵を追い払うだけなら、それ程多くの補給艦艇は必要ない。艦隊の移動に必要な物資は近くの軍事基地で受け取ればいいからだ。

 

 だが攻勢作戦を実行しなければならない場合、補給艦艇の不足は致命的な弱点になる。いかに多くの戦闘艦艇があろうと、敵国内部に連れて行ける数は艦隊型輸送艦の数によって制約されるからだ。

 



 『共和国』の艦隊型輸送艦が重要目標になり得るのはこれが理由だった。この戦争はしばらくの間、『共和国』が攻めて『連合』が守る形になるだろう。そして『連合』内部に侵入する『共和国』軍の戦力を決めるボトルネックは、戦艦でも空母でもなく艦隊型輸送艦なのだ。

 

 「艦隊型輸送艦への攻撃が成功すれば、その時点で戦争は終わるかもしれない」、第二十三艦隊の幕僚たちは、そんな楽観的な予測さえ行っていた。輸送手段を失って大規模な攻勢作戦が行えなくなった時点で、『共和国』の勝利はあり得ないものになるからだ。

  



 



 そこに水を差したのが、索敵科員からの報告だった。ストリウスの旗艦ベレジナの側面を固めていた部隊が、突如出現した敵高速部隊によって撃破されたというのだ。

 

 「司令官、もしかしたら…」

 

 チェンバース准将が、端正な顔を引きつらせながら言った。彼が言わんとしている事は、ストリウスにも分かった。

 

 「例の敵だ。とうとう現れた」

 

 会戦の前半、第二十三艦隊は奇妙な敵部隊と遭遇している。交戦した指揮官たちによれば、その敵は巡洋艦5隻と駆逐艦18隻で構成され、幽霊のように突如出現しては消えて行ったという。ストリウスがチェンバースと並んで信頼するエックワート准将ですら、この敵部隊を仕留めきれなかった程だ。


 戦力はともかく指揮官の能力においては、この場に存在する『共和国』軍の中で最強の部隊。エックワートから報告を受けたストリウスはそう判断し、それらしい部隊を見つけた場合はすぐ報告するよう、各艦に命じていた。

 


 

 しばらくはなりを潜めていたその部隊だが、今になって突然出現したようだ。しかも明らかに、ストリウスの旗艦を狙っている。

 


 「司令官、ここは安全策を取って艦隊をまとめましょう。この段階で負けては元も子もありません」

 

 チェンバースが青ざめた顔で言う。ストリウスは数秒間逡巡した。ここで『共和国』の艦隊型輸送艦を全滅させれば、彼らは少なくとも半年、おそらく1年近くは攻勢を行えなくなる。『連合』側はその間に膨大な新戦力を蓄積して迎え撃つ、もしくはこちらから攻め入ることが出来るだろう。

 僅か20隻程度の敵艦の影に怯えて、その偉大な勝利を放棄していいのか。多少の危険は甘受し、輸送艦への攻撃を断行するべきではないか。

 


 「お気持ちは分かりますが、我が軍の目的を忘れないで下さい」


  チェンバースがストリウスを諭すように言った。いかにも財閥の生まれらしい慇懃無礼な口調にストリウスは一瞬激昂しそうになったが、彼の主張が正しい事は認めざるを得なかった。

 

 イピリア政府軍がオルトロスに来た目的は、新編成の宇宙軍の実戦テスト、そして『連合』領土から『共和国』軍を一時的に追い出す為だ。完全勝利を収める為ではない。

 

 

 そして2つの目的は既に達成されている。実戦テストはもちろん、『連合』領から『共和国』軍を撤退させるという目的もだ。

 イピリア政府軍はこれまでの戦闘で、『共和国』軍艦800隻前後に、中破以上の被害を与えている。撃沈できた艦はおそらく300隻に満たないが、それで十分だ。

 彼らの貧弱な後方支援能力を考えれば、それだけの損傷艦を修理するには艦隊付属の工作艦では到底足りず、一度本国に回航する必要があるだろうからだ。そして損傷艦には護衛が必要だ。


 沈没ないし損傷した800隻に加えてその護衛までが『共和国』領に戻れば、『連合』領内に『共和国』軍は殆ど残らなくなる。つまりイピリア政府軍は、戦略的な意味で言えば既にこの戦いに勝っているのだ。




 一方で現状の第二十三艦隊がそれ以上の勝利を追求すれば、不必要に大きな危険に身を曝して勝利を台無しにするかもしれない。第二十三艦隊は本来200隻以上の戦闘艦艇を編成に含んでいるが、これまでの被害と、他の艦隊への救援に多数の艦を送り出した影響で現在の戦力は98隻に低下している。


 しかもその98隻は散開して逃げていく『共和国』軍部隊を追撃した影響で、相互支援が不可能な程に互いの距離が離れている。チェンバースの言う通り、この状況下で輸送艦部隊を追い、さらに例の部隊と戦うのは危険が大きい。

 


 戦争とは賭博のようなものだ。最初の目的を達成した後に欲をかくと、大抵は裏目に出て負ける。愚かな賭博者が、最初の勝ちに目が眩んだ挙句に破滅していくように。

 


 「分かった。散らばっている各部隊を集結させて、例の部隊との戦闘に備えよう」

 


 不承不承だが、ストリウスはチェンバースに同意した。イピリア政府軍には余裕が無い。ここは大勝利を狙うのではなく、地味だが確実な勝利を掴んでおくべきだろう。彼はそう結論したのだ。

 


 かくして、オルトロス星域会戦における最後の戦闘が開始された。チェンバース准将が指揮する巡洋艦8隻、駆逐艦20隻が、突進してくる巡洋艦5、駆逐艦18を邀撃すべく変針する。艦隊型輸送艦への攻撃は取りやめられ、散らばっていた第二十三艦隊所属部隊はベレジナの周辺に戻り始めた。

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