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オルトロス後半戦ー2

 「戦艦35、巡洋艦61、駆逐艦150隻が沈没ないし戦闘不能になった模様」

 

 第二十三艦隊旗艦ベレジナの通信科員が、淡々とした口調でグアハルド大将が指揮する5個艦隊の現状を伝えていく。司令官のダニエル・ストリウス中将は、予想以上の被害規模を聞いて顔をしかめた。

 第一航空打撃群による空襲と第二十三艦隊による攻撃で、敵の戦力はせいぜいが弱体化した4個艦隊程度にまで落ちている。それを無傷の5個艦隊で襲っているにも関わらず、この被害はただ事では無かった。

 


 「旧来の『連合』軍のままではこんなものか」

 

 両軍の被害と戦況を確認したストリウス中将は呻いた。グアハルドの部隊は第二十三艦隊とは異なり、基本的にファブニル星域会戦当時の『連合』軍のままだ。新鋭艦はほとんど配備されず、通信システムの更新も行われていない。

 また乗員は実戦経験の無い者が多く、新しい戦闘教令に慣れるので精いっぱいという状態だ。数で上回っているとはいえ、苦戦は仕方がない事かもしれなかった。



 一方の『共和国』宇宙軍は、緒戦で奇襲を受けて戦力が擦り減っているにも関わらず高い戦闘力を発揮している。彼らの御家芸である対艦ミサイル飽和攻撃と、大規模な機動による戦力集中は健在であり、『連合』側はそれに対抗するので精いっぱいのようだ。

 分艦隊や艦隊が集中攻撃を受けて壊滅するという事態にこそなっていないが、全面対決に移行してからの損害はどう見ても『連合』側の方が多い。ファブニル星域で『連合』軍艦1000隻以上を沈め、世界最強の宇宙軍である事を実証した『共和国』宇宙軍の戦闘力は、不利な状況下においてすら健在だった。




 最初の計画では第二十三艦隊が敵中央部の艦隊を撃破し、続いてグアハルドが分断された敵の一方に集中攻撃をかける事で完全勝利を目指す事になっていた。

 だが中央部の『共和国』軍艦隊が予想より少し長く粘った事、そして分断されたはずの敵が再集結に成功したことで、計画は崩壊した。『共和国』軍は後退しながらも戦列を維持し、グアハルドの5個艦隊を正面から迎え撃って見せたのだ。その結果が意外な苦戦だった。



 一時は第十四艦隊司令官の戦死によって隊列が混乱し、『連合』軍の方が逆に分断されそうになった程だ。グアハルドとストリウスはこの状況を何とか切り抜けたが、引き換えに30隻前後の軍艦を喪失した。『共和国』軍が未知の新鋭戦艦を含んでいるらしい事も、状況の悪化に拍車をかけている。



 

 そして被害報告の直後、ベレジナに総司令部からの通信が入った。

 

「もはや完全勝利は不可能です。これ以上の消耗を出す前に、戦闘を中止するつもりです。貴艦隊は撤退の支援を行ってください」


 モニターに現れたのは、本隊の参謀長を務めるロル・ビドー少将だった。ストリウスはこの男が好きでは無かった。実戦指揮官というよりは軍官僚だし、しかも救世教徒だ。

 国家ではなく、神という奇妙な観念に対して最大の忠誠を誓っている時点で軍人としては失格ではないか。そう思えてならない。

 

 とはいえビドーが知らせてきた本隊司令部判断の内容自体は正しい。ストリウスはそう認めざるを得なかった。イピリア政府軍の戦闘力は、未だ『共和国』軍の水準に達していない。このまま戦いを続ければ、徒に被害を増やすだけだ。


 となれば『連合』宇宙軍最強の第二十三艦隊が果たすべき役割は一つ。苦戦し、乱戦に巻き込まれている味方艦隊を、『共和国』宇宙軍から引き離す事だ。




 「全艦、第十四艦隊を支援する」


 ストリウスは旗艦が撃沈されて弱体化している味方艦隊への支援に、第二十三艦隊を本格介入させるよう命令した。第十四艦隊が交戦している敵の戦力は同艦隊の8割といった所だが、敵側には強力な伏兵が展開している。空襲を生き残った『共和国』軍空母が攻撃隊を発進させ、戦闘中の第十四艦隊を攻撃しているらしいのだ。



 一方、『連合』側の空母部隊である第一航空打撃群は、空母を1隻も失っていないにも関わらず、第十四艦隊への支援が出来ていない。空母を一か所に集中し、大規模な攻撃隊を連続して送り出すという戦術の欠陥だった。



 集中された空母部隊は確かに強い。第一航空打撃群のような巨大な空母部隊が一斉に攻撃隊を発進させた場合、敵にはほとんど対抗手段がないのだ(攻撃隊が敵艦隊を捕捉できれば、という前提ありきのことだが)。


 だがこの戦術は、その裏に大きな欠点を秘めている。航空戦力を最初に集中投入してしまうため、生き残った敵航空兵力による反撃に対して脆いのだ。


 航空戦力は艦隊とは違い、一度使ってしまうと損害を受けようが受けまいがしばらく使用不能になる。大量の艦載機を着艦させる事それ自体に莫大な時間がかかるし、その後は機体の整備と、武装や必要なら補助燃料タンクの取り付けを行わなければならない。

 今回の第一航空打撃群は敵艦隊への攻撃、及び敵偵察機への露払いに艦載機のほとんどを投入したため、新たに投入できる機体は無いに等しかった。



 生き残った敵空母はその隙をついて搭載する戦闘機や偵察機を発進させ、『共和国』軍の艦隊を支援している。グアハルドの部隊が苦戦している裏には、指揮している部隊の能力だけでなく、それなりの数の敵機が姿を見せ始めているという事情もあったのだ。

 対艦装備の戦闘機による攻撃だけでなく、偵察機も非常に危険な存在だった。『連合』側の動きを監視してくるだけでなく、砲戦において各艦の位置情報を送り、『共和国』側の射撃制度を高めるという役割も果たしている。




 「航空戦力の集中は概ね成功したが、まだ完全ではないという事か」


 ストリウスはそう判断し、戦闘詳報にそう記載するよう副官に命令した。第一航空打撃群のケネス・ハミルトン少将は、航空戦力を集中して敵部隊を泊地で撃滅するという作戦に、大きな自信を持っていたが、現実はそう甘い物では無かったらしい。 

 グアハルドやストリウスが示した、攻撃後に航空部隊が長時間戦闘能力を失ってしまうという懸念についてハミルトン少将は、最初の一撃で敵空母を沈めればいいと主張していた。実際ハミルトンは作戦開始前、出撃する攻撃隊に敵空母を第一目標とするよう指示を出している。



 だが所詮、単座戦闘機が目標を厳密に選定するなど不可能なことだ。攻撃隊の殆どはレーダーで探し当てた「周囲の他艦より大きい艦」を攻撃するか、あるいは単に最初に発見した敵艦を攻撃した。その結果、『共和国』軍空母部隊の一部は生き残り、『連合』軍艦隊に熾烈な反撃を加えてきたのだ。



 


 

 ストリウスが今後の航空作戦について思いを馳せている間に、第二十三艦隊は次席指揮官の下で一時後退を図っている第十四艦隊に代わって、『共和国』軍艦隊との戦闘に突入した。

 

 第二十三艦隊隷下の各部隊が再び散開すると、第十四艦隊を追撃する敵に襲い掛かる。攻撃を受けた『共和国』軍部隊の一部は撃破され、残りは集合して隊列を整えた。



 ストリウスの直轄部隊もまた、戦闘に加わっている。護衛についているアーネスト・チェンバース准将は艦隊司令官にあるまじき行動だと言ってかなり嫌な顔をしたが、ストリウスは意に介さなかった。

 直轄部隊にはドニエプル級戦艦4隻がいる。この戦力を生半可な敵では打ち破る事ができないし、いざとなればドニエプル級戦艦の機動力を生かして逃げればいい。

 

 逆にこの部隊が介入しなければこちらの戦力が不足し、敗北につながる危険がある。この際使える部隊はすべて投入すべきだと、ストリウスは思っていた。








 「前方に戦艦6、巡洋艦14、駆逐艦35からなる敵部隊を発見」

 「蹴散らせ」

 

 ストリウスは非常に簡潔な命令を出した。旗艦ベレジナと共に行動する部隊の指揮官たちは、いずれもストリウスがその能力を演習で確認している。いちいち詳細な指示を出さなくても、彼らは自らがやるべき事をしてくれるはずだった。


 まず動いたのは、アーネスト・チェンバース准将が指揮する高速部隊だった。10隻の巡洋艦と24隻の駆逐艦が突進し、『共和国』軍の高速艦を引き付けていく。『共和国』軍が放った対艦ミサイルがそのうち6隻を撃沈したが、チェンバースはそれと引き換えに有利な態勢を作り上げていた。

 

 「やってくれるな」

 

 ストリウスは選手の資質に改めて気づいたコーチを思わせる笑みを浮かべた。チェンバース准将は平民出身者が多数派を占めるイピリア政府軍の士官には珍しく、中規模財閥の出身だ。正確に言うと内戦開始時にはリントヴルム政府軍に所属していたが、すぐにイピリア政府軍に鞍替えした。


 いかにも財閥出身者らしい優雅な美丈夫で、晩餐会の華になりそうな雰囲気を漂わせているが、彼を個人的に知る者でそんな評価を下す人間は一人もいない。どこか救世教第一司教にも似た銀髪で白皙の青年は、武力衝突の絶えない辺境星域への勤務を自ら志願し、そこで数々の武勲を打ち立てた勇者でもあったのだ。

 それなりに良い血筋を引いていた事もあり、『共和国』との開戦前から将来の『連合』宇宙軍総司令官と目される若手士官の一人だった。

 



 そのチェンバース准将は指揮下の艦を巧みに動かし、『共和国』軍に対して丁字に近い態勢を取ることに成功している。しかも『共和国』軍はいつの間にか、『連合』軍戦艦部隊の主砲の射程内に誘い込まれていた。

 


 「撃て!」

 

 チェンバース准将の命令と共に、一方的な殺戮が始まった。チェンバースを追いかけてきた巡洋艦6、駆逐艦16はミサイルを撃ち尽くした状態で、戦艦を含む艦隊と撃ちあう羽目になったのだ。

 駆逐艦、巡洋艦、そして戦艦の主砲射撃が、22隻の『共和国』軍艦に突き刺さっていく。彼らも必死の反撃を行うが、多くは『連合』軍艦の特徴である分厚い装甲によって弾き返された。

 『共和国』軍艦はミサイル戦闘の為に設計されており、砲撃戦はあまり得意ではないというのが、これまでの戦いから分かった特徴だ。それが数でも圧倒されていれば、彼らが勝利する可能性は微塵も存在しなかった。

 


 荷電粒子砲から放たれるビームが、『連合』軍艦と比較するとどこか華奢な印象のある『共和国』軍艦に突き刺さり、命中箇所にあるもの全てを破壊していく。『連合』軍艦が発砲するたびに、『共和国』軍艦の形状は変わり、こちらに向かってくる火力やレーダー波の出力が弱くなる。

 砲戦が始まってから『共和国』側の全艦が沈没するまでに5分とかからなかった。

 



  敵巡洋艦と駆逐艦のもう一隊は僚艦の惨状を見て、戦艦の援護に徹することにしたようだ。おそらくはヘバト級と思われる戦艦の周囲を、デュラキウム級巡洋艦とブルーシア級駆逐艦が固めていく。

 

 「悪くない判断だ。戦艦戦力が互角以上ならばだが」

 

 ストリウスは敵の挙動を冷たく評した。守りに徹するのは、主力の戦艦が敵戦艦に勝てる可能性が高いときにするべき事だ。そして目の前の『共和国』軍が戦艦同士の砲撃戦で『連合』軍に勝てる可能性は皆無に等しかった。


 ヘバト級戦艦はそれなりにバランスの取れた性能を持つ良艦だが、逆に言えば突出した性能は何も無い。全てにおいてかつて『共和国』最強だったクロノス級戦艦の縮小版と言ったところだ。

 

 そしてストリウスの旗艦ベレジナをはじめとするドニエプル級戦艦は、そのクロノス級を2:1という劣勢下の砲戦で沈めたことがある。ドニエプル級戦艦4隻がヘバト級戦艦6隻に敗れる事はまず有り得なかった。

 


 「第四十五分艦隊を、第十六艦隊の支援に向けろ。この宙域の敵は既に崩壊しつつある」

 

 両軍の距離が近づいてくるのを確認しながらも、ストリウスは自らの職務である艦隊の指揮に集中していた。ドニエプル級戦艦4隻の指揮は、戦隊旗艦イルクートに座乗するフラマリオン准将に任せてある。余程の事がない限り、砲戦指揮に口出しをするつもりは無かった。


 命令を受けた第四十五分艦隊が、予想外の苦戦を強いられている第十六艦隊の救援に向かっていく。第十六艦隊を追撃していた『共和国』軍艦隊は、どこか悔しそうな様子で後退していった。

 


 「やったな。だがもっと必要だ。第二十三艦隊だけでは足りない」

 

 ストリウスは自らの部隊の活躍を見ながら、喜びとも不満ともつかない声を発した。かつての高速艦隊構想から生まれた第二十三艦隊は、編成にかかった巨費を正当化するだけの戦果を上げている。『共和国』宇宙軍の艦隊と正面から戦って勝てる事を実証したのみならず、その優れた機動力によって、迅速に不利な戦域をカバーする能力をも示した。

 これまで『共和国』宇宙軍は、ある部隊が敗退してもそこに移動した他の部隊が強烈な反撃を見舞う能力を見せ、『連合』宇宙軍を驚嘆させてきた。彼らを師の一人としてきた第二十三艦隊は、同じ機動を行うことでその師に自らの成長を見せつけたと言える。

 


 だがまだ道のりは遠い。ストリウスはそうも思っている。主力艦であるドニエプル級戦艦の不足、そして何より『共和国』流の機動戦術を理解している士官の不足により、第二十三艦隊のような部隊は『連合』に一つしかない。


 イピリア政府軍は確保した造船所で建造中のドニエプル級の完成を急いでいるが、これらが大量に就役するまではまだかなりの時間が必要だし、士官の養成や再教育にはもっとかかる。

 『連合』宇宙軍がストリウスの理想とする大機動艦隊、かつての『連合』軍の砲力と『共和国』軍の機動力を兼ね備えた巨大な打撃部隊となる日は未だ遠かった。




 (後1年、後1年耐え続けることだ)


 ストリウスは自分にそう言い聞かせた。『共和国』との関係が悪化してから、『連合』は大規模な軍拡を実行している。宇宙軍だけでも従来の22個艦隊に加えてさらに20個艦隊、5000隻の軍艦と支援艦船の建造、それに合わせた乗員の養成計画が3年前から発動し、新たな造船所と士官学校、新兵訓練場などが続々と誕生しているのだ。

 これらの施設は大半がイピリア政府によって占領され、やがて誕生する新しい『連合』の為の軍隊を作り出しつつある。



 救世教の緑旗に導かれるその軍隊は1年後には『共和国』軍を圧倒するに足る戦力を揃え、巨大な鉄の嵐となって『共和国』領内に突入していく。それまで必要なのは耐え続けること、艦船と人員の損失を抑えながら、『共和国』による領土の侵食を防ぐことだ。ストリウスはそう思っていた。


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