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オルトロス星域会戦ー14

 エレボス級が『連合』軍戦艦を次々に沈めたことは、さらに重要な別の効果も引き起こした。エレボス級の火力を見て恐慌をきたした『連合』軍戦艦の砲撃が次第にエレボス級とクロノス級(両者は大きさと、主砲塔形状以外の艦形がほぼ同じで、遠距離からでは区別がつかない)に集中され始め、他の『共和国』軍戦艦が無視されたのだ。

 

 脅威度の高い相手に集中攻撃をかけるというのは基本的に健全な考えだが、この場合は悪手だった。戦艦相手の砲戦から解放された『共和国』軍戦艦が、『連合』軍の巡洋艦や駆逐艦を砲撃し始めたからだ。




 クロノス級を除く『共和国』軍戦艦は本物の戦艦というより大型巡洋艦に過ぎない。『連合』軍は開戦前も開戦後も、敵手に対してそんな軽蔑交じりの評価を下していた。

 『共和国』が擁する戦艦はどれも艦体と比較して小さな主砲しか搭載しておらず、その装甲は厚さでも材料の質でも『連合』軍戦艦に劣っていたためだ。


 唯一機動力だけは『連合』軍戦艦を上回っていたが、それは戦艦というより巡洋艦に求められる性能だと、『連合』軍は思っていた。補助艦艇である巡洋艦は戦闘力よりも機動力や航続性能が求められるかもしれないが、戦艦は艦隊の主力なのだ。

 主力艦の機動力は最低限にして、全てを攻防性能に割り振るのが『連合』の常識であり、他国も概ねこれに追随していた。大抵の国の宇宙軍にとって、機動力の為に攻防性能を犠牲にした戦艦など、軽蔑すべき欠陥兵器でしかなかったのだ。

 

 ファブニルで『共和国』軍に大敗を喫した後でさえ、そのような軽蔑の念は変わっていない。「自分たちは『共和国』軍のミサイルによって負けたのであり、戦艦同士の戦いでは勝っていた」、ストリウス中将など一部の高官を除く『連合』軍人の多くは内心でそう思っていた。


 

 『連合』の戦艦部隊がエレボス級やクロノス級ばかりを狙ったのも、一つにはこの認識があった。『共和国』の他の戦艦は『連合』軍戦艦に致命傷を負わせることが出来ないし、装甲が薄いのでやろうと思えばすぐにでも致命傷を負わせることが出来る。だからしばらくは放っておいても構わない。『連合』軍戦艦部隊の指揮官たちはそう思っていた。


 

 だが彼らの分析は自らの部隊への直接的脅威度という点では正しかったが、他の部隊への脅威度、ひいては自隊への間接的脅威度について、救いようがない程に間違っていた。

 『共和国』軍戦艦の攻防性能は確かに低い。だがそれはあくまで「戦艦としては」だ。『共和国』軍戦艦の砲撃に晒された『連合』軍巡洋艦の乗員たちは、その事実を嫌でも認識させられることになった。




 ヘバト級、アラマズト級、ハリハラ級といった『共和国』軍戦艦は、確かに『連合』の戦艦に対して直接的脅威となるだけの性能を持っていない。だが巡洋艦や駆逐艦にとっては、これらの戦艦は破壊不可能な装甲と自艦を一撃で撃沈できる巨砲を持つ不死身の怪物だった。


 巡洋艦の主砲では届かない遠距離から放たれる暴力的な光が、『連合』軍巡洋艦部隊を捉え、隊列の内部にさらに巨大な閃光が湧き出す。序盤におけるエレボス級と『連合』軍旧式戦艦の砲戦結果を更に極端にしたような光景が繰り広げられ、「巡洋艦としては」高い攻防性能を持つエルブルス級、カラコルム級、ローチェ級巡洋艦は次々と沈没した。





 

 「これで勝てるかな」


 『共和国』軍臨時司令官のモンタルバン中将は、戦艦の砲撃で巡洋艦を排除するという戦術が図に当たったことを知って複雑な表情を浮かべた。『共和国』宇宙軍はこの場で戦闘に勝ちつつある。

 最初は敵の奇策によって少なからぬ損害を受けたが、やはり『共和国』宇宙軍こそが世界最強であることが、再び証明されつつあるのだ。



 だがモンタルバンが愛する戦艦部隊は、戦闘において言わば囮の役目を果たしているだけであり、敵戦艦の砲火によって次々に沈没したり損傷したりしている。

 目の前の戦闘に勝ちつつあるのは嬉しいが、砲術の専門家としてはいささか不本意なことだった。せっかく投入した新鋭戦艦が、敵の火力を真の主力から逸らすためのデコイとしてしか機能していないとは。



 「ウルスラグナ級戦艦が完成するまでは、です」


 同じく砲術の専門家で第3戦艦戦隊を指揮するアクセン准将が、モンタルバンを慰めるように言った。


 「そうだったな」


 モンタルバンは苦笑しながら、『共和国』奥地のドックで建造が進んでいる巨艦の姿を思い浮かべた。同級が完成すれば、『連合』が持つ全ての戦艦は旧式戦艦に転落する。そして戦艦同士の砲戦で『連合』軍艦隊を破るという、『共和国』軍砲術家の夢が実現するはずだった。



 


 2人の砲術家が複雑な感情で戦況を眺める中、『共和国』軍隊列の一部が分離して、『連合』軍に殺到していく。現時点における『共和国』宇宙軍の真の主力、ミサイル攻撃を実施する駆逐艦と援護の巡洋艦からなる部隊が動き出したのだ。



 その先頭に立つのはエレボス級と同じく初陣となる新鋭艦、アクティウム級巡洋艦だった。開戦後に就役し始めた同級は、10年以上に渡って『共和国』軍巡洋艦の標準となっていたクレシー級を代替するために作られた艦で、この戦いには6隻が参加していた。


 そしてアクティウム級は、ミサイル攻撃を阻止すべく現れた敵駆逐艦に対し、すぐさま真価を発揮した。16門の主砲から対艦砲とは思えないほどの発射速度で光の束を放ち、駆逐艦を1分もかからずに沈黙させたのだ。



 アクティウム級は一見、クレシー級巡洋艦を少し大きくしただけに見える。艦体の基本形状が同じで違うのは艦橋の形状くらいだし、主砲や副砲の配置も同じだ。

 だがその性能には、10年以上に渡って蓄積された技術の進歩が反映されていた。同じく新鋭艦のバラクラヴァ級における研究成果を反映した火器管制装置は、高速で動き回る小型の目標にも高確率で命中弾を与えることができる。

 またその主砲威力はクレシー級と同程度だが、発射速度は5割増しとなっている。特に近距離砲戦では、敵艦を短時間で浮かぶ廃墟に変えることが可能だった。




 もちろん砲撃を開始したのはアクティウム級だけではない。クレシー級、マラーズギルト級、デュラキウム級といった他の『共和国』軍巡洋艦も、敵駆逐艦を次々と葬り去り、味方駆逐艦のために突撃のための経路を開けていく。そしてその先には、『連合』軍戦艦部隊の巨大な隊列が存在した。






 





 「初めからこれが狙いか…」


 『連合』イピリア政府軍の主力部隊を率いるフェルナン・グアハルド大将は、全体状況を確認して呻いた。少なくとも戦艦同士の砲戦に限れば、状況は有利に見える。『連合』側の戦艦部隊はクロノス級および未知の新鋭戦艦に砲火を集中し、9隻を撃沈して20隻を脱落させたからだ。

 新鋭戦艦は火力こそ高いものの防御力と機動力は左程でもなく、砲火を集中すれば比較的容易に戦闘力を喪失したのだ。



 だがそれは、『共和国』側が仕掛けた罠だったらしい。戦闘の展開を見たグアハルドは、そう結論せざるを得なかった。

 『共和国』軍の新鋭戦艦が沈没もしくは落後している間に、こちらの戦艦を護衛していた巡洋艦と駆逐艦もまた甚大な打撃を受けた。そして邪魔者がいなくなった隙をついて、敵駆逐艦の大群が戦艦部隊に突入してきている。




 (またあの時と同じことになるのか)


 グアハルドは唇を噛んだ。ファブニル星域会戦で体験した悪夢が、脳裏に蘇るのを感じる。あの時グアハルドは3個艦隊を率いていたが、そこに『共和国』のほぼ全軍が突っ込んできた。

 そして3個艦隊の過半数が、『共和国』の巡洋艦や駆逐艦から放たれる対艦ミサイルの雨の中で消滅したのだ。



 戦闘指揮所の戦況表示モニターには、同時異方向からこちらの戦艦に向かって突入してくる敵小型艦の大群が、ほとんど一塊に見えるほどに密集した光点として映し出されている。ファブニルで見たのと同じ光景だった。



 (いや、まだだ!)


 グアハルドは弱気になりかけていた自分を叱咤した。自隊が窮地に陥る中で思考停止と自己憐憫に浸るなど、司令官たる者がとるべき行動ではない。必要なのは過去の敗北におびえることではなく、今この場で敗北を回避することだ。

 

 グアハルドは努めて冷静に状況を再確認した。かなり悪いとはいえ、ファブニルの時ほどではない。あの時は約2倍の敵に襲われたのに対し、現在の彼我の戦力はほぼ同じだ。


 そして何より、今回グアハルドの下にいるのは、しょっちゅう命令を無視する財閥出身者たちではない。軍に奉職して以来苦楽を共にしてきた生粋の部下たち、元辺境部隊の軍人だ。




 グアハルドは強張っていた顔に、意識して笑みを浮かべた。恐らく自分の指揮能力はストリウス、エックワート、チェンバースといった部下たちには及ばないだろう。

 だがそれでも、同じ敗北を繰り返すほどに無能ではない。そのことを『共和国』軍に教えてやる。彼はそう決意した。


 


 「巡洋艦、駆逐艦は、突出した『共和国』軍戦艦を攻撃せよ! 戦艦部隊は敵戦艦を砲撃し、その火力を封殺せよ!」


 命令を受け、生き残った巡洋艦と駆逐艦が『共和国』軍の戦艦めがけて突っ込んでいく。さらに戦艦部隊は、彼らへの支援砲撃を開始した。


 結果として発生し始めたのは、凄まじいまでの消耗戦だった。『連合』側の戦艦の砲撃が『共和国』軍戦艦を捉えて大損害を与え、更にその戦艦に対艦ミサイルが叩き込まれて轟沈を示す閃光が走る。その『連合』軍戦艦もまた『共和国』のミサイル戦闘群に襲撃されて同時に10発以上の対艦ミサイルを被弾、ほぼ一瞬で沈没する。


 そのような光景が各所で繰り返され、両軍の隊列は櫛の歯が欠けるように消えていった。




 

 


 「一体何だ、これは?」


 『共和国』側臨時司令官のモンタルバン中将は、戦況を見て愕然とした。彼の計画では、エレボス級やクロノス級を囮にしながら『連合』軍を対艦ミサイル飽和攻撃で全滅させるはずだった。

 

 だが実際に起きている事態は、そのような理想とは程遠い。確かに多数の『連合』軍艦艇が沈んでいるが、『共和国』の艦艇も同じくらい沈んでいる。




 一方のグアハルドは会心の笑みを浮かべていた。『連合』軍も多大な損害を受けているが、少なくとも負けてはいない。



 

 グアハルドが命令したのは、ファブニル後の『連合』軍が『共和国』軍のミサイル攻撃に対抗すべく研究していた戦術だった。


 敗北に打ちひしがれる『連合』軍にとって、『共和国』特有の対艦ミサイル飽和攻撃という戦術は、一見して対抗不可能なように見えた。彼ら自慢のASM-15対艦ミサイルは戦艦主砲を上回る有効射程を持ち、同ミサイルを搭載する敵艦を戦艦が火力で阻止することは難しい。

 

 新型のドニエプル級戦艦は別だが、同級が従来の戦艦を更新するまでにはかなりの時間がかかり、急場には間に合わない。この先1年は常に、『連合』軍は『共和国』軍に負けることになりそうだ。そんな敗北主義的なムードが、リントヴルム政府とイピリア政府を問わず蔓延していた。


 だがストリウス中将やエックワート准将を中心とするイピリア政府軍のグループは、演習の中でほとんど偶然に、彼らの戦術の弱点を発見した。攻撃の際、戦艦が無防備になるのだ。


 


 『共和国』軍が対艦攻撃を行う際の主力は巡洋艦と駆逐艦だ。つまり彼らが攻撃をかける瞬間、巡洋艦・駆逐艦のほとんどは戦艦の護衛という任務を放棄してしまう。それどころか、『共和国』軍の戦艦は攻撃の際、巡洋艦や駆逐艦に支援を行うための火力支援艦として無防備なまま突出してくることが多い。

 

 そして彼らの戦艦の装甲は、性能的に劣る『連合』軍の対艦ミサイルでも貫通できる程度の厚さしかない。部位によっては巡洋艦の主砲でも破壊できる程だ。



 相手は腐っても戦艦なので巡洋艦や駆逐艦が普通に近づけば火力で撃退されるだろうが、戦艦が遠距離から支援砲撃を送れば、その兵装を破壊して接近を容易にすることが出来る。続けて巡洋艦の砲撃と駆逐艦からのミサイル攻撃を至近距離から叩き込めば、沈没ないし廃艦に近い状態まで追い込めるはずだ。


 そこでストリウスやエックワートはこう結論した。『共和国』宇宙軍が大規模な攻撃を行おうとした場合、防御するのではなくこちらの巡洋艦と駆逐艦を使って彼らの戦艦を攻撃すべきだと。


 

 こちらの戦艦が沈められている間に、相手の戦艦も沈めてしまえば勝負を相打ちに持ち込むことができる。イピリア政府軍はそう考えたのだ。



 その戦術の成果が、グアハルド大将の目の前で発揮されている。『連合』軍側の戦艦は大量に対艦ミサイルを食らって次々に沈んでいるが、それと同じくらい、『共和国』側の戦艦も被害を受けているようだ。



 「敵艦隊、後退しています。我々と距離を取ろうとしているようです」


 そして両軍が合わせて40隻ほどの戦艦を喪失した後、各方面で戦況が動いた。『共和国』宇宙軍がグアハルドの5個艦隊から距離を取り、消耗戦を忌避する動きを見せたのだ。


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