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オルトロス星域会戦ー10

(流石に、引っかからなかったか)、リコリスは相手の行動を見て内心で舌打ちした。敵が馬鹿正直に追撃してくれば、オルレアンに搭載された機雷の餌食にしてやるつもりだったのだが、当てが外れたようだ。


 オルレアンは損傷の修理と機関の調整ついでに、小規模な改装を受けている。格納庫内の航空機用対艦ミサイル保管庫を撤去し、代わりに機雷を搭載したのだ。

 この改装は、弱点だった真後ろから追撃してくる相手を罠にかける事を可能にしていた。


 敢えて危険な一斉回頭をやってみせたのも、敵を機雷に引っ掛けるためだ。大抵の宇宙軍人は、一斉回頭によって隊列が乱れた敵を追撃する誘惑に勝てない。そこを狙って旗艦の予想針路上に機雷を撒けば、この戦いは勝ちだ。




 だが敵の指揮官は、こちらの罠に気付いたらしい。彼らは真っ直ぐに突っ込んでくる代わりに駆逐艦を中心とするミサイル戦部隊と、戦艦や巡洋艦を中心とする砲戦部隊に分かれ、こちらを2方向から包み込むように前進してきた。


 このような機動をとった結果、『連合』軍は『共和国』軍隊列の外周部を通る形になっている。普通に追撃する場合に比べて時間的な無駄が大きいが、機雷による攻撃を避ける事は出来る。

 ついでに言うとこの針路は、さっきの戦闘で沈没した軍艦の残骸を避ける事にもなる。巨大な分小回りの利かない戦艦を編成に含む敵としては、当然の選択と言えるだろう。




 敵の意図をリコリスは理解した。高速の駆逐艦を先行させてこちらの頭を押さえた後、戦艦と巡洋艦の砲撃で殲滅するつもりだ。

 敵の駆逐艦の数は20隻、対してこちらの戦力は巡洋艦5と駆逐艦18、戦力では圧倒しているが相手を一撃で殲滅するには程遠い。

 そして『連合』軍にとっては、駆逐艦が少しばかりの時間を稼げば、戦艦と巡洋艦が背後から追いついて『共和国』軍を挟撃できる。堅実で合理的な戦術だった。


 リコリスは一種の羨望を込めて、『連合』軍の隊列を見据えた。高いレベルで攻・防・走の3要素をバランスさせた強力な軍艦、それに整然とした艦隊行動を取らせる事ができる乗員たち、自らの強みを生かした堅実な戦術をとれる指揮官。

 リコリスの手元にある寄せ集め部隊とは、何もかもがかけ離れていた。こちらは艦の形式も乗員の能力もばらばらで、まともに一斉回頭を行う事も出来ないというのに。





 「各艦、機関出力を65%に落とせ。隊列を整理する」

 「戦闘中なのにですか?」


 リコリスの命令を受けた艦長たちは、その内容に驚き、人によってはあからさまな反発の表情を浮かべた。

 確かに一斉回頭の影響で崩れた隊列を再編しなければならないのは分かる。また、その為には速力を落とす必要があるのも分かる。だがそれは今のこの状況、戦力で圧倒的に勝る敵の追撃を受けている時に行うべき事なのか。彼らはそう問いかけているようだった。


 「説明は後で行う。自分と部下の生還を望むなら、今は命令に従ってほしい」

 

 だがリコリスには、自らの意図を各人に詳しく説明している時間は無かった。敵が機雷に引っかからなかった場合の戦術案は既に頭の中にあるが、それには今このタイミングで隊列を整理する事が不可欠だ。 そしてリコリスには、リーズたちを生還させるためなら、傲慢で独裁的と言われようと意に介す気は無い。



 艦長たちはある者は青ざめ、ある者は明らかな怒りに駆られた表情をリコリスに向けながらも命令に従った。リコリスはそれを確認すると、いったん通信モニターを切るようリーズに命じた。














 ディーター・エックワート准将は、敵の動きに更なる困惑を覚えた。こちらは高速艦と低速艦で二手に分かれて『共和国』軍部隊を追撃し、挟撃による殲滅を狙っている。

 これに対処する戦術としては、分離した相手の一方に向かって全速力で一斉回頭し、集中攻撃によって活路を見出すというのが一般的だ。『共和国』宇宙軍戦闘教令にも、そのような戦例が記載されている。


 だがエックワートが相手にしている『共和国』軍部隊は、この常識を真っ向から無視して見せた。彼らは一斉回頭も逐次回頭も行わず、前進を続けているだけだ。しかもその加速度は、明らかに低下している。


 「機関が故障でもしたのか?」


 エックワートは自らの推測を意味もなく口に出した。軍艦用の機関は繊細な機械であり、宇宙暦500年代後半までの宇宙戦闘では、どちらの機関が先に故障するかがしばしば勝敗を決したほどだ。

 戦闘中に機関が故障して速力が大幅に低下するというのは、現代でも有り得ない事ではない。


 そのような事態が、目の前の敵にも起きたのだろうか。そして敵の指揮官は機関が故障した艦を置き捨てるという非情な決断が出来ず、その艦に合わせて減速したのか。だとすれば、もはや勝ったも同然だが。



 (待てよ)


 だがエックワートは、『共和国』軍が向かう先にある物を見て安易な認識を改めた。そこには前の戦闘で沈んだ『連合』軍艦の残骸が、大量に散らばっている。

 『共和国』軍は残骸への衝突を避けるため、やむなく速度を落としたのかもしれない。だとすれば、敵は機動力を失っているわけではないし、指揮官が自暴自棄になっているわけでもない。生き延びるための最善の行動を行っているだけだ。



(だが、どちらにせよ勝ちは動かない)


 エックワートは顔も知らない敵の指揮官にそう語りかけた。敵は減速のついでに隊列を再編しているらしいが、彼らが何をやろうとその戦力はこちらに遠く及ばない。さっきはこちらの針路に機雷を撒こうとしたようだが、その戦術は既に見切った。



 

 「敵が残骸から出てき次第、砲戦を挑め」


 エックワートは勝利を確信した笑みを、麻痺していない左半面に浮かべた。

 

 機雷さえ警戒しておけば、敵は脆弱な小部隊に過ぎない。『共和国』軍艦特有の速度だけでは無く旋回性能をも含めた機動性の高さを生かし、散らばる残骸をうまく使ってこちらの照準を躱しているが、開けた場所での砲戦では無力だ。




 旗艦イーザル以下8隻の主砲が、敵が出てくると思われる位置に向かって指向される。ドニエプル級戦艦2隻、コロプナ級巡洋艦6隻の斉射を食らえば、防御力の低い『共和国』軍巡洋艦などひとたまりもない。


 「後1分ほどで、敵は残骸が散らばる宙域から出てくると思われます」


 敵の運動を観察していた索敵科と航宙科が報告する。敵の壊滅はこれで運命づけられた。艦隊戦チェスで言えば、既に星の確保に手がかかった状態だ。エックワートはそう確信しながら、残骸内部にいる敵の予想配置図を眺めていた。




 だがエックワートは突如、顔色を変えた。相手の指揮官が何をしようとしているのを悟ったのだ。

敵の減速は残骸との衝突を避けるためだけに行われたものではなかった。巧妙な戦術の一部だ。互いの位置関係を見たエックワートはそう確信した。



 まず『共和国』側が減速した事により、彼らの針路上を先回りしようとしていた『連合』軍駆逐艦部隊との距離が遠のいた。


 一方、後方から追撃していた『連合』軍砲戦部隊と、『共和国』軍部隊との距離は逆に縮んだ。もうすぐで、砲戦を開始しようと思えば可能になる程だ。

 『連合』軍砲戦部隊はドニエプル級戦艦2隻、コロプナ級巡洋艦6隻を擁しており、単独でも『共和国』軍部隊を圧倒できる。そこに駆逐艦が戻ってくれば圧勝だ。

 少なくとも思慮の浅い指揮官ならそう考え、敵が『連合』軍艦の残骸から出てきたところで砲戦を挑もうとするだろう。

 

 そして敵の指揮官はその瞬間を狙ってくる。




 「狡猾な」


 エックワートはそう呻いた。楽勝の予感に水を差された悔しさと、敵の罠にかからずに済んだという安堵が混ざった声だ。

 危うく、先に全滅した部隊の二の舞になる所だった。顔の麻痺した右半分が、僅かに痙攣するのを感じる。





 「針路x3、yマイナス1、敵からいったん離れる!」

 「な、何故ですか? もう少しで、もう少しであの小癪な敵を!」

 「説明は後だ! 命令通り、敵から距離を置け!」


 参謀長や艦長が抗議したが、エックワートは無視した。確かに敵は今にも仕留められそうな程、戦力的にも位置的にも脆弱に見える。普通の宇宙軍人なら、躊躇わず追撃を命じるだろう。


 だがそれこそが、敵の巧妙な罠である事にエックワートは寸前で気づいていた。このまま進めば、砲戦部隊8隻は全滅する。



 エックワートが直接指揮する8隻の『連合』軍艦は、その機関制御機能が許す範囲で最も迅速に針路を変えた。艦の後方にたなびく青白い航跡が形状を変え、続いていずれも全長500mを超える巨大な構造物たちが針路を右に変えていく。


 その艦長と幕僚たちは非常に不満そうな顔をしていたが、エックワートだけは安堵の表情を浮かべていた。あのまま追撃が行われていれば何が起こっていたかを、彼は悟っていたのだ。




 そして直後に、エックワートの危惧を証明する事態が、数十本の光の矢という形で『共和国』軍後方から出現した。あの妙な巡洋艦と共に『共和国』軍後衛を務めていた駆逐艦群が、対艦ミサイルを一斉に発射したのだ。

 その照準は明らかに、旗艦イーザルを含む2隻のドニエプル級戦艦に合わせられていた。



「可能なあらゆる手段をもって、ミサイルを回避せよ!」


 ようやくエックワートの危惧が的を射ていた事に気づいたらしい艦長が、素早く対処指示を出す。イーザルの巨体がミサイルを躱す方向に再度大きく回頭し、電子兵装はミサイルのセンサーを妨害するモードに入った。

 合わせてコロプナ級巡洋艦6隻を含む各艦が両用砲、機銃を発射してミサイルの破壊を狙う。



 

 しばらくすると、イーザルの戦闘指揮所に据え付けられたモニター群には、狙いを外されて鼻先を掠めていくミサイルの航跡や、対空砲火の直撃を受けて破壊されたミサイルの爆発光が大量に映し出され始めた。

 

 ぞっとするような光景だったが、新型艦の性能及びエックワートの判断の確かさを示す映像でもあった。

 映像の中では『共和国』が誇るASM-15対艦ミサイル、威力でも有効射程でも『連合』のホーネット対艦ミサイルを数段上回る兵器の殆どが、命中することなく無力化されている。特に先の戦闘における惨状を考えれば、その成果は際立っていた。



 これは従来の『連合』軍艦より大幅に改善されたドニエプル級やコロプナ級の出力重量比、及びエックワートが命じた機動によるものだった。


 まずエックワートは『共和国』側の意図に気づき、ミサイルが発射される前に敵から離れるよう命じた。これによって『共和国』側から発射されたミサイルは『連合』軍艦を追いかける形となり、ミサイルの命中率を決める最重要要素である距離と相対速度の両方が不利な数値に変化した。



 またエックワートが指揮する新型艦は、高出力機関の採用によって高い加速度を持ち、ミサイルから素早く離れる事ができる。この2つの要素が、今までに数多の『連合』軍艦を葬り去ってきたASM-15対艦ミサイルの命中精度を大幅に低下させていた。



 

 それでも限界はあった。『共和国』軍から放たれたミサイルの数は60発前後、しかもそれがたった2隻に向かって集中されている。いかに有利な姿勢を保ち、艦の対空火力と加速度が優れていても、全てを回避するのは不可能だった。


 旗艦イーザルは必死で回避運動を続けるが、いかんせん全長1000m近い巨艦だ。全てのミサイルを回避するには的として大きすぎた。




 まず何度目かの回頭が始まろうとする直前、大威力のミサイルの直撃でしかあり得ない凄まじい衝撃が艦内を貫いた。モニターを覗き込んでいた索敵科員や対空砲員は振動に打ちのめされ、運の悪い者は周囲の機器に頭を打ち付けて昏倒する。

 残りが慌てて観測や射撃を再開しようとした所で2発目が直撃。こちらは戦闘指揮所からごく近い位置に命中したらしく、エックワートを初めとする高級士官たちを数秒間人事不詳の状態にした。





 「機関第3制御室、及び周辺機器が全壊。最大加速度、及び運動性が2割程度低下します」

 「第5主砲塔損傷。射撃不能です」


 しばらくして応急科から被害報告が寄せられる。続いてイーザル以外に被弾した艦は無いという報告が届いた。



 エックワートは断片的な情報から推測される敵の予想位置を睨みつけた。彼らは今でも、『連合』側の攻撃を誘うように残骸の内部をゆっくりと進んでいるらしい。

 そして旗艦イーザルは、被弾したとはいえ戦闘力はそれほど低下していない。すぐに変針して追いかければ、敵を捕まえる事は可能だろうが…




 「どうします? ミサイル攻撃は概ね回避しており、本艦以外の艦は無傷です。このまま追撃を続行?」

 「馬鹿を言うな。今度はこの程度では済まなくなるぞ」


 エックワートは参謀たちの提案を言下に切り捨てると、『共和国』軍が意図していたであろう行動について説明した。

 

 さっきのミサイル攻撃は、『共和国』軍が元々行おうとしていた戦法ではない。むしろ『連合』側の離脱行動によって触発された、ある意味不本意な行動だった筈だ。そして敵は未だにミサイルを残している。

 

 このまま追撃を行った結果、相手が本来意図していたであろう攻撃を実行されれば、砲戦部隊は丸ごと破滅する。彼は参謀たちにそう告げた。

 

 



 「追撃をいったん中止。駆逐艦を呼び戻せ」

 

 エックワートは内心で歯噛みしながらもそう命じた。総合戦力では質量ともに圧倒的に勝っているはずだった。だが敵の指揮官は運動性で勝るという『共和国』軍艦唯一の長所を利用して、優勢だったはずの『連合』軍による追撃を封じて見せたのだ。



 敵の罠にかからずに済んだのがせめてもの救いだが、それは同時に、23隻の敵艦とそれを指揮する狡猾な敵将を逃がしたという事でもある。挟撃の形が崩れた以上、彼らは容易に脱出するだろう。


 世界最強の戦艦を含む28隻で、戦闘力の低い艦ばかりで構成された23隻に手出しできなかったのは屈辱的な敗北だ。いやそれとも、あれ程巧妙な戦術を駆使する指揮官と戦い、1隻損傷以外の被害を受けずに済んだのだからむしろ幸運だったと見るべきか。エックワートには分からなかった。




 

 「だが少なくとも、全体を考えれば我々の勝ちか」


 エックワートは戦場全域を見渡した後、最終的にそう結論した。イピリア政府宇宙軍第二十三艦隊に所属する各部隊は、敵の中央部にいる1個艦隊に猛然と襲い掛かり、優勢に戦闘を進めている。

 戦闘に拘束されていたエックワートの部隊はしばらく攻撃に加われそうもないが、第二十三艦隊という単位でみれば勝利は確実だ。



 後に残った問題はこれを完全勝利につなげる事が出来るかだ。第二十三艦隊が敵中央部の艦隊を完全に撃破すれば、『共和国』側の戦列は2つに分断される。

 そこにグアハルド大将の5個艦隊が襲い掛かれば、『連合』軍はファブニル星域会戦の報復を完全な形で遂げる事が可能だ。



 ただそこまで上手くいくかは微妙な所だというのも事実だ。敵中央部の艦隊はまだ、完全に壊滅している訳ではない。またファブニルにおける『連合』軍と違って、『共和国』軍は部隊の速度も意思決定も速い。

 

 「高速部隊の急襲によって敵の戦列を分断する」というのはファブニルで『共和国』軍から学んだ戦術だが、今回の戦いにおいてその師を、『連合』イピリア政府軍が倒せるかは未知数だった。



 「例の敵を警戒しつつ、本隊に加わる。また通信科は旗艦に、例の敵とその戦力についての意見具申を行うべし」


 エックワートは第二十三艦隊本隊の戦闘に加わるよう、指揮下の艦に命じた。敵の方もまた、エックワートの部隊を警戒する素振りを見せながら、現在もっとも激しく戦闘が行われている宙域に向かっていく。そこでは双方の攻撃が生み出す青白い爆発光が、闇夜を覆う蛍火のように煌めいていた。

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