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オルトロス星域会戦ー8

 リコリスはモニター上の敵のうち、これから戦闘に入る予定の部隊、及び戦闘に介入してくる可能性がある部隊の戦力を改めて確認した。

 

 まず最も近くにいる部隊の戦力は、巡洋艦4と駆逐艦15。その近くには艦種は不明だが30隻前後の艦を擁する部隊がいる。後者が戦闘に介入してくる前に前者を叩き潰せるかが、勝敗における取りあえずの分かれ目になりそうだ。

 




 リコリスが見つめる中、戦況モニター上の赤い光点のうち一群、より近くて数が少ない方が大きく動いた。敵もまた明らかにリコリスの部隊を発見しており、対抗するための艦隊運動を行っているのだ。敵艦が曳く青白い航跡の大きさと形状が変わる様子は、光学情報を表示する方のモニターでも確認できる。

 

 「敵部隊、急回頭、こちらから距離を取ろうとしているようです!」

 「当然の処置ね。でも甘い」

 

 リコリスは微笑んだ。相手の目論見は分かっている。こちらに対して付かず離れずの位置を保ち続け、近くにいる別の部隊を呼び寄せて袋叩きにするつもりだろう。

 もちろんリコリスにそれを許すつもりはない。

 

 「第122、第183駆逐隊、敵の前方を横切るように機動せよ。他の艦は針路、機関出力ともに現状を維持」

 

 命令を受け、これまで巡洋艦と歩調を合わせていた駆逐艦のうち8隻が急激に加速していく。高速の駆逐艦8隻は瞬く間に、2列縦陣を組んだ敵部隊の前方に回り込んだ。

 




 「敵艦隊、再び回頭。第122、第183の両駆逐隊に対し、同航戦を挑もうとしているようです」

 

 敵はそれに対抗して、再度針路を変更していると索敵科が報告してくる。これはリコリスの予想通りだった。

 『共和国』側の2個駆逐隊と敵は、典型的な丁字戦法の形になっている。相手がたかが駆逐艦とは言え、この陣形を取られるのは嫌なのだろう。敵は今のところ、こちらが読んだ通りの機動をしてくれていた。


 




 「機関出力最大。敵の後方に向かって機動せよ」

 

 敵が完全に罠に嵌った事を確認すると、リコリスは残りの部隊、巡洋艦5隻と駆逐艦10隻に次なる機動を命じた。各艦の加速度が大きく高まり、針路が微妙に左に逸れていく。

 

 「第122、第183駆逐隊はx8、y1に向かって機動、航法は慣性航法」

 

 リコリスが突出した駆逐艦群に次の指示を出す中、オルレアン戦闘指揮所のモニターの中で、敵艦が引く青白い航跡が次第に大きくなっていく。距離が接近している事もあるし、光源である艦尾に向かって機動が行われている為でもあった。

 


 敵は慌てたように再度変針しようとするが、機動力では『共和国』軍艦の方が上だ。恐らく練度では敵の方が優るが、軍艦に乗る人間の能力によって機関やその制御装置の性能を変える事は出来ない。リコリスの指揮する15隻は、19隻の敵艦の背後に難なく回り込んだ。

 

 これでリコリスが仕掛けた第1の罠は完成した。駆逐艦を突出させて針路を塞ぐ事で敵に回頭を強要し、その動きを利用して敵背後で丁字を描いたのだ。

 

 

 「機関を停止して電波妨害開始。その後全艦、射撃開始。目標の選定は任せる」

 

 『共和国』側の巡洋艦、駆逐艦が機関を止め、慣性航行に移る。艦尾から吹き出す高温ガスの帯が消える一方で、砲だけが艦上で旋回していく。そして各艦の砲は、最も狙いやすい目標に対して発光性粒子の束を吐き出した。

 


 やがてモニターの中に、砲撃の命中を表す光が次々と出現し始めた。『連合』側にいる合計19隻の敵艦のうち、隊列後方にいた巡洋艦2隻、駆逐艦4隻に砲火が集中されているのだ。

 

 対する『連合』側も反撃するが、その射撃精度は極端に低い。直撃どころか、近距離を通過する光すら無い。

 『連合』側の主力となっているローチェ級巡洋艦は火力において『共和国』のクレシー級を上回るが、命中弾が出ないのでは宝の持ち腐れでしかない。砲撃目標にされた6隻は、瞬く間に残骸に変わっていった。

 

 「司令官、これは?」

 

 副官のリーズが、目の前で繰り広げられている光景を見て畏怖と称賛と困惑が入り混じったような表情を浮かべていた。彼女だけではない。臨時に指揮下に入れた艦長たちの殆どが、自らが達成しつつあるワンサイドゲームに目を剥いていた。


 『共和国』宇宙軍は世界最強で『連合』宇宙軍など鎧袖一触というのは、あくまで国内の一般市民に向けた宣伝だ。実際に前線で戦ったり戦訓の研究にあたっている軍人は、『連合』宇宙軍が実に油断ならない相手である事をよく知っている。

 『連合』軍の艦は攻防性能で『共和国』軍艦を上回り、高級士官はともかく下級将校以下の軍人は勇敢かつ高度な訓練を受けている。それが『共和国』軍人たちの実感だった。

 


 その『連合』宇宙軍の部隊が、リコリスの寄せ集め部隊によって一方的に破壊されている。前線の現実を無視した政治宣伝通りの戦果を自分たちが上げつつある事に、艦長たちは喜びと共に戸惑いを隠せないでいた。

 


 「逆丁字戦法、光学射撃における理想の陣形」

 

 リコリスは手短に説明した。軍艦同士の砲戦では、敵部隊の前方に回り込んで丁字を描くのが理想とされている。

 軍艦は前方や後方に指向できる砲より、側方に指向できる砲が多いので、こうすれば火力の面で優位に立てるからだ。また敵の艦隊運動を妨害する事もできる。


 リコリスが取った戦法は、この常識に少々捻りを加えたものだった。丁字を描くのは同じだが、敵の前方ではなく後方に回り込むのだ。

 

 

 


 この逆丁字は、光学戦闘においては実は普通の丁字より有利な陣形だった。軍艦という兵器の構造上、逆丁字を描いた側はほぼ一方的な攻撃が可能であるためだ。

 

 軍艦は反応炉から発生する高温ガス、正確にはプラズマを艦尾から噴き出す事で動く。そしてこの高温ガスは、軍艦そのものよりずっと視認しやすい。光学射撃で目標とされるのは、実は敵艦そのものではなく敵艦が曳く高温ガスの帯、通称で航跡と呼ばれる光の筋である。

 

 また航跡は敵艦の真後ろに回り込んだ時が最も視認しやすく、砲撃の照準をつけやすい。一方、回り込まれた方は、自らの航跡が邪魔になって光学射撃がほぼ不可能になる。

 

 レーダーや逆探に頼った射撃なら可能だが、電波妨害によって光学戦闘を強要されればそれも不可能となり、極度に命中率の低い砲撃を行うしかなくなる。互いに光学射撃を行っている『共和国』側と『連合』側の命中率に、極端な差が出ているのはそのためだった。




 しかもこの戦法には、さらに巧妙な(やられる側にとっては「卑劣な」)おまけがついている。逆丁字を描いた側は機関を止めて自らの視認性を低下させる事が出来るが、描かれた側はそれも出来ないのだ。


 機関を止める事は現在の位置関係を固定化する事を意味し、そんな事をすれば全艦が沈没するまで逆丁字を描かれ続ける事になるからだ。だから機関から噴き出すガスが射撃目標になる事を熟知していても尚、機関を回して艦を動かさざるを得ない。言わば悪循環の中に、敵部隊を叩き落とす戦法と言える。





 『共和国』軍の砲撃が降り注ぐ中、集中砲火を食らって沈没した6隻を除く『連合』軍艦は何とか再び回頭し、反航戦の形を取った。

 

 これが『共和国』軍艦なら全滅してもおかしくないが、流石に『連合』の軍艦は頑丈に出来ている。態勢を立て直して見せた敵を見て、リコリスはそんな感想を抱いた。

 後方からの砲撃で穴だらけになった『連合』軍の艦が『共和国』軍の艦に向かって射撃を開始する様は、あたかも艦自体が卑劣な攻撃に対する怒りを発散しようとしているように見える。





 「機関出力最大、敵から遠ざかれ! 第122、第183の両駆逐隊は敵艦の残骸の付近に移動」


 状況を確認したリコリスは、戦闘の回避を命令した。数の差を考えればこのまま砲戦を行っても勝てるかもしれない。だがこちらにもそれなりの被害が生じるし、何より時間が惜しい。愚図愚図していれば他の部隊が集合し、袋叩きにされてしまう。





 「敵、一斉回頭して追撃戦を行おうとしています!」

 「練度は割と高いみたいね」


 敵部隊の素早い機動を見て、リコリスは感心した。

 

 普通の艦隊機動では、逐次回頭と呼ばれる方法で針路を変更する。まず先頭艦が指示された位置で変針し、後続の艦は前の艦の動きを見ながら、その艦が回頭した位置で同じ動きをするのだ。こうする事で、隊列を維持したまま針路を変更する事が可能になる。


 だが目の前の敵は、この標準的な機動を取っていない。代わりに一斉回頭、各艦が同時に違う位置で旋回するという機動を採用している。

 先頭となる艦が固定される逐次回頭とは違って、この一斉回頭という機動では最後尾の艦が針路変更後に最前列に付く事になるのが特徴だ。

 

 一斉回頭は逐次回頭に比べて短時間で針路変更が可能だが、反面各艦の機動は非常にシビアになる。前にいる艦の真似をすればいいだけの逐次回頭とは異なり、一斉回頭では他の艦の動きを見ながら自艦の動きを調整するという職人芸的な技術が必要とされるからだ。

 


 だから『共和国』宇宙軍戦闘教令では、一定の練度に達していない部隊が一斉回頭を行う事を厳禁していた。練度が低い部隊が無理に一斉回頭を行うと、各艦の回頭時間に差が出て隊列がバラバラになってしまう。最悪の場合、衝突事故が発生しかねない。


 その困難な一斉回頭を、リコリスが相手にしている『連合』軍部隊はほぼ最大戦速を出した状態で成功させていた。艦の数が少ないことを差し引いても、驚くべき技量という他無かった。



 (普通に砲撃戦をしていたら、どうなったか)


 リコリスは冷や汗が流れるのを感じた。高速で一斉回頭をやってのける程の艦隊運動能力を持つ相手だ。当然、砲術の能力も高いだろう。艦の攻防性能の差も考慮すれば、馬鹿正直に同航戦や反航戦を行えば一方的に叩きのめされた可能性が高い。



 足早に遠ざかろうとするリコリスの部隊を、『連合』軍の砲撃が追ってくる。その射撃精度を見て、リコリスは自らの推測が正しかった事を悟った。

 砲撃を再開してから間もないにも関わらず、かなりの近距離を光の束が通過している。逆丁字を描かれ、一方的に砲撃を食らった敵だが、今やその本来の技量を発揮していた。




「新たな敵部隊が接近中。戦力は戦艦2、巡洋艦6、駆逐艦20。我々の前方に回り込もうとしています」

(そして、各部隊の連携も上手くなっている)


 リコリスは更なる恐怖を覚えた。これまでの『連合』軍は一部を除いて通信能力や指揮系統に問題があり、一般的に連携が苦手だった。高速で通信能力に優れる『共和国』軍は、互いに協力できない『連合』軍の部隊を各個撃破出来た。

 

 だが目の前の敵艦隊は違う。ある部隊が攻撃されれば別の部隊が素早く応援に駆け付けており、しかも状況を見て素早く挟撃の形を作っている。

 一般に保守的とされる『連合』軍だが、仕える政府が変わったことで体質も変化したのだろうか。

 


 「し、司令官、このままでは挟撃されます!」

 「大丈夫、今のところはだけど」

 

 リーズの叫びに対して、リコリスはそう答えた。状況は一見、絶体絶命に見える。戦艦を含む部隊が前方を塞ぎつつあり、後方にも敵部隊がいる。

 

 このような窮地から脱出する最良の方法は敵がやったような一斉回頭だが、寄せ集めに過ぎないリコリスの部隊がまともに行える機動では無い。

 一斉回頭をやるには全ての艦の航宙科に一定以上の能力があり、また何度も共同訓練を行っているという条件が必要だ。臨時に指揮下に入れた艦が前者の条件を満たしているかは不明、そして後者はもちろん満たしていない。

 


 しかしリコリスはそもそも、艦隊運動に頼る気は無かった。後方の敵は大抵の『共和国』軍部隊より艦隊運動の能力が高く、振り切れるとは思えない。前方の敵については不明だが、同じくらいの錬度を持つと見ておくべきだろう。

 彼女は別の手段で、2つの敵部隊に立ち向かうつもりだった。

 



 「もうすぐ、前門の虎はともかく、後方の狼は処理できる」

 

 リコリスは指揮棒を使って、追撃してくる敵部隊を指した。合計13隻の巡洋艦と駆逐艦が、前部砲塔による射撃を繰り返しながら追ってくる。相手の指揮官は罠に嵌められ、大損害を出した事に対する報復を決意しているはずだ。

 

 だが復讐という甘い果実を追い求める彼らの足もとには、リコリスが仕掛けた2番目の罠があった。

 


 


 「第122、第183駆逐隊、対艦ミサイルを発射」


 レーザー通信による命令がオルレアンから発せられる。その数十秒後、怒り狂って突進する敵艦の斜め前方から、いきなり青白い光の矢が突き出された。さっきの砲戦で沈没した『連合』軍艦の残骸が散らばる宙域に隠れていた8隻の駆逐艦が、合計64本のASM-15対艦ミサイルを発射したのだ。

 

 この8隻は最初に敵の前方に回り込んで針路を妨害し、逆丁字を完成させる為の布石を作った部隊だった。最初の役目を果たした後で8隻はレーダーを切り、機関出力を最小限に絞った状態で移動、残骸に隠れて敵艦を待ち伏せしていたのだ。

 



 待ち構えていた駆逐艦群から放たれた合計64本のミサイルは、破壊的な効果を発揮した。ミサイルが斜め前方から放たれたため、敵は自らミサイルの雨に突っ込む形になったからだ。

 ミサイルの命中率は距離と相対速度に依存する。そしてこの攻撃ではミサイルと敵艦の速度が合成され、対処不可能な相対速度を生み出していた。

 


 青白い爆発光が、リコリスの部隊後方で瞬く間に膨れ上がっていく。通常の対艦ミサイル攻撃の命中率は約1割だが、この攻撃では放たれたミサイルのうち、実に4割が敵艦を直撃した。

 


 「後方の敵、駆逐艦2隻を除いて全て沈没しました。駆逐艦2隻は遁走!」

 

 索敵科員が畏怖を含んだ口調で報告する。だがリコリスはもう、後方にいた敵の事など考えてもいなかった。


 リコリスの前方には戦艦、しかも恐らくは新鋭のドニエプル級高速戦艦を含むもっと厄介な敵が迫っている。今必要なのは戦果を喜ぶ事ではなく、彼らと戦うなり逃げるなりする方法を考え出す事だった。

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