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ファブニル星域会戦ー3

 「本当に、どうしてあんな家柄の人間が軍人になったのかしら。家で帝王学のお勉強でもしていればいいのに…」

 「アリシア飛行曹長って、どう見ても政治家に向いてませんよ。家柄はともかく、性格的に」

 「それはそうだけど、何も軍人になって最前線に出ることはないと思うのよね」

 「あの…艦長は嫌いですか、アリシア飛行曹長のこと? 確かに操縦桿握ってる時の態度はアレですけど、割と優しいところあるんですよ!」

 

 リーズは少し慌ててフォローした。艦長が有能な部下を疎んでいるようではまずいという判断もあるが、半ば以上は本心だった。

 

 リーズが初めて着任したとき、オルレアン乗員の多くは休暇で艦を降りていて、リーズは訓練で乗った旧式艦とは明らかに異なる艦内構造に戸惑っていた。そんな中、艦に残っていた少女兵が親切に案内役を買って出てくれたのだが、後で聞くとそれがアリシアだった。

 

 自分が気楽に話していた人間の血筋を知ったリーズは寒気がしたが、同時にスミス家はともかく、アリシアには別に悪評を受ける謂れはないのではないかと感じた。話した印象では特に傲慢でも酷薄でもない、歳相応に無邪気で少し寂しがり屋の普通の少女だった。

 少し話しただけなので本当のことは分からないが、士官学校で悪評ぷんぷんだった「財閥の子弟」とは明らかに違う種類の人間だと感じたのは確かだ。

 

 軍におけるスミス家の評判がひどすぎるせいで、アリシアの言動は必要以上に悪く評価されているのではないかとリーズは思う。

 戦争を操縦技術を競うスポーツのように見なしているのは問題かもしれないが、戦闘機パイロットなど概してそんなものだ。そしてリーズの印象では、アリシアにそれ以上の重大な欠点があるとは思えない。


 リコリスがアリシアのことを良く知らずに彼女を嫌っているようなら、是非ともその認識を改めさせたかったのだが。

 

 「いや、1人の人間としては好きなのよ。血筋の割に凄くまともだし、部下としてはよくやってくれていると思う」

 

 リコリスは即答した。特に嘘をついている様子はない。というかこれまでの付き合いで分かったことだが、リコリスという人は基本的に噓をつかない。嘘や美辞麗句を述べるべき場面でも、平気で本当のことを言ってしまうような人間だ。

 

 「だけど、財閥出身者だから。スミス財閥が何を考えてあの子を送り込んで来たのかは分かったものではないし」

 「艦長、それは考え過ぎだと思うんですけど」

 

 リーズは困惑した。『共和国』の大組織としては珍しく平民出身者が多数を占める軍隊には、国の支配階級である財閥を内心嫌っている者が多いが、リコリスのそれは極端だった。

 たかが下士官を務めているだけの10代の少女にまで、不信の目を向けるのは行き過ぎだと思うのだが。


 しかも下士官と言っても飛行曹長という階級には他の兵を指揮する権限がなく、実質的には一兵卒と変わらない。飛行「曹長」や飛行「兵曹」という呼称自体、宇宙航空機に複数の人間が乗り込んでいて、機体の指揮を下士官が取っていた時代の名残に過ぎないからだ。

 要するにアリシア・スミスは徹頭徹尾ただのパイロットであり、しかも性格的には財閥の娘とは思えないほどに素直すぎるきらいがある。そんな人間が軍内で陰謀を巡らせるなど不可能と言うのが、リーズの考えだった。

 

 

 

 リコリスは特に答えなかった。代わりに戦闘指揮所中央の3次元モニターをしばらく見つめた後、急に言った。


 「准尉、艦内放送の準備」

 「は、はい」

 

 リーズは急いで、艦内用の通信機の設定を全艦放送に変えた。他の艦ではどうか知らないが、オルレアンではこの手の機械操作は副官の仕事である。理由は簡単。リコリスが自分でやると、かなりの確率で操作ミスをした挙句に、結局はリーズが一からやり直す羽目になるからだ。

 

 そして放送の準備が出来たことを確認したリコリスは、急に態度を変えた。背筋を伸ばすと指揮棒を片手に立ち上がり、くしゃくしゃだった長い黒髪を手早く整える。

 続いて乱れていた軍装も手直ししたその姿は見る間に、プロパガンダ映像における『宇宙軍の若き英雄、リコリス・エイブリング艦長』そのものになった。

 

 そしてこれまたプロパガンダ映像そのままの凛とした声で、全艦に放送が流れる。

 

 「総員に連絡。今より本艦は味方部隊と共同し、前方の敵艦隊と戦闘に入る。諸君らが義務を果たすことを期待する。機関出力75%、砲雷同時戦用意」

 

 命令を受けた瞬間、アリシア機の着艦のために落とされていたオルレアンの機関出力が再び上げられ、主砲から機銃までの全火器が旋回を始めた。偵察巡洋艦オルレアンは、生涯初めての戦闘に向けて急速に準備を整えつつある。

 

 全長500m近い特殊合金製の構造物が人類の生まれ故郷である地球から遠く離れた外宇宙を航行し、その身に備わった数多の精密機器を稼働させている姿は、押しつけがましい程分かりやすい形で人類の文明の発展を示す精華とも言えたかもしれない。

 同時にそれは、「暴力によって他集団と縄張りを奪い合う」という人類の特性が、文明の揺籃期から全く変化していない事をも示していた。オルレアン、いやファブニル星域に集まった全ての軍用艦艇は、そのことの馬鹿馬鹿しくも壮大な象徴と言える。

 


 なお宇宙から見たオルレアンの姿は、あまり美しいとも力強いとも言えなかった。全体的にはスマートな艦なのだが、後部には愛想のかけらもない形状の航空機格納庫と発着甲板が飛び出しているし、その前方に装備されたミサイル発射筒も取ってつけたような印象が否めない。

 巡洋艦の艦体に軽空母の線図をそのまま流用した航空機格納設備を載せ、そのためにミサイル発射筒の位置を変えた影響である。


 さらに問題なのが艦橋周辺を含む中央部分で、明らかに艦全体に比べて不釣り合いに巨大なレーダーアンテナと光学測距機が、原型のクレシー級巡洋艦にはあった全体の調和を悪意を持って破壊しようとせんばかりに、四方八方に突出していた。

 

 デザインセンス以上に問題なのは、砲の数が少ないことだ。クレシー級巡洋艦が16門の主砲と24門の両用砲を持つのに対し、オルレアンは8門の主砲と14門の両用砲しか持たない。正面からの撃ち合いでは仮想敵である『連合』の巡洋艦はおろか、一個駆逐隊にも打ち負ける可能性がある。

 


 そんな巡洋艦の乗員たちは、それでも決然と持ち場についていた。まず機関科員たちは自分たちが担当する反応炉の状態に目を配っている。反応炉の異常過熱による爆発事故は近頃では稀だが、可能性が全くないわけではない。戦闘によって機関設備の一部が破壊される危険性がある状態では尚更だ。

 そしてもちろん索敵を担当する将兵はレーダーや光学機器のモニターを目が痛くなるほど睨み、砲員たちは彼らが送ってくる情報と、訓練で判明した砲の癖を照らし合わせながら照準を決める。

 彼らの多くにとって初めての実戦を前にして、そのほとんどは極度の緊張と恐怖で顔を引きつらせていた。

 



 (とうとう始まるんだ)

 

 戦闘指揮所のリーズも自分が操作するモニターを確認しながらそう思った。緊張とも興奮とも恐怖の混合物が、全身を震わせるのを感じる。敵は戦艦を含む大艦隊。対する味方は巡洋艦と駆逐艦合わせて60隻ほど。

 数的には圧倒的に不利だが、こちらはアリシア機のお陰で敵の位置と針路を掴んでいる。『共和国』軍の得意とする、高速艦艇による奇襲攻撃が成功する可能性は大いにあった。


 一方のリコリスはというと、艦内放送を切ってまた椅子に座り込むと、またぼやき始めた。


 「あーあ、とうとうこんな艦で実戦やる羽目になるとはね。流石にこの状況で逃げたら敵前逃亡罪になりそうだし、後ろから撃たれない程度に戦って見せるしかないわね」

 (こんな時まで…)

 

 相も変らぬリコリスの暴言に、リーズは脱力しそうになった。さっきの放送での雄姿は一体何だったのだろうか。

 

 「期待の新鋭艦の艦長で、しかも独立行動を許された士官がそんなことでいいんですか!?」

 

 リーズは思わずそう叫んでいた。偵察巡洋艦オルレアンが建造されたのは3年前であり、『共和国』の軍艦の中では新しい方に属する。そしてこの艦は艦隊直属であり、戦隊司令部や分艦隊司令部の命令を受けることなく行動できる。そのオルレアンの指揮官が、このような態度でいいのだろうか。

 

 対するリコリスの答えは、どこか苦々しいものだった。

 

 「新鋭艦なのは事実よ。でも期待はされていない。艦隊直属になっているのも、こんな艦を指揮下に入れたがる部隊がなかったからよ」

 

 吐き捨てるような口調だった。

 

 「その証拠にアジャンクール級巡洋艦の建造数はたった2隻、全軍の期待のほどが知れるでしょう」

 「それは…」

 「元は20隻以上作られるはずだったのよ。このクラスは。建造が本艦で打ち止めになってしまったのは何故でしょうね?」

 



 

 リコリス・エイブリング大佐が指揮する偵察巡洋艦オルレアンは、元々駆逐艦部隊の旗艦として計画されたアジャンクール級巡洋艦の2番艦である。同級の設計にあたって重視されたのは、通信能力と艦載機の運用能力であり、個艦の戦闘力は二の次とされた。

 これには『共和国』特有の戦術思想が関係していた。『共和国』は最大の仮想敵国である『連合』の1/3以下の人口しか持たず、国力も人口相応でしかない。

 『連合』的な大艦巨砲主義に基づく戦艦による艦隊決戦を挑めば、圧倒されることは目に見えている。この状況に対し、『共和国』軍は巡洋艦や駆逐艦による攻撃で、主力艦の数の差を縮めることを考えていた。


 もちろん普通に戦えば巡洋艦や駆逐艦は戦艦の敵ではない。軽快艦艇の砲は戦艦の主要防御区画を絶対に貫通できないのに対し、戦艦の砲は射程ギリギリからの砲撃でも軽快艦艇のあらゆる区画を破壊できる。

 そこで『共和国』軍が採用したのが対艦ミサイル飽和攻撃である。『連合』の戦艦は強大な火力と防御力を持つ反面、動きは鈍い。多数の軽快艦艇が機動力を生かして敵の戦艦を翻弄し、戦艦の防空システムが処理しきれないほどの対艦ミサイルを叩き込む。これが『共和国』軍の戦術思想だった。

 


 この戦術思想は理屈としてはそれなりにまともなのだが、実現するに当たっては様々な困難があった。

 まず問題となったのが、対艦ミサイルの威力である。対艦ミサイル飽和攻撃という戦術が立案された当初の主力ミサイルはASM-13だったが、このミサイルの威力は『共和国』の戦艦を基準に設計されていた。

 ところが宇宙暦680年代に起きたゴルディエフ軍閥領紛争における『共和国』軍と『連合』軍の偶発的な交戦の結果、ASM-13で『連合』の戦艦に致命傷を与えることは不可能という戦訓が得られた。これに軍関係者は青くなり、一時は戦術思想の見直しが検討されたほどだ。

 

 その後、ASM-13を大型化したASM-14、推進機関の構造を抜本的に変更したASM-15の開発によって、対艦ミサイルの威力問題はクリアされたが、対艦ミサイル飽和攻撃を実施するに当たってのもう一つの難関はまだ残っていた。

 この戦法では敵戦艦部隊に多数の駆逐艦を接近させて、一斉にミサイルを発射させる必要があるが、そのための指揮統制をどうするかである。

 

 対艦ミサイル飽和攻撃における「主力艦」である駆逐艦は索敵・通信機能に乏しく、司令部機能はないに等しい。そして索敵・通信機能や司令部機能が欠如した軍隊は、この2つを兼ね備えた軍隊の敵ではないことは、『共和国』軍自身が軍閥との戦いで証明していた。

 

 そこで生まれたのが、アジャンクール級巡洋艦の建造計画だった。アジャンクール級は艦載機8機の運用能力と、艦隊クラスの部隊を指揮可能な通信機能を持つ。

 まず艦載機を使って敵の位置を掴み、続いて大規模な駆逐艦部隊を統制して敵艦隊を襲撃するというコンセプトで作られた艦だ。

 


 だが一番艦アジャンクールが就役して最初の軍事演習で、このコンセプトが机上の空論であることが露呈してしまった。演習結果を見た宇宙軍は、ほぼ完成状態だった2番艦オルレアンを除く建造中のアジャンクール級を全て、原型艦のクレシー級巡洋艦や軽空母に改装してしまったほどだ。

 

 そして次に宇宙軍上層部が困り果てたのは、すでに建造された2隻のアジャンクール級の運用法だった。駆逐艦部隊の旗艦としては図体が大きすぎる割に脆弱で使い物にならないとされた同級は、他のどんな任務にとっても帯に短し襷に長しと言えた。重要な位置に付けるには性能不足で、重要でない目的に使うための艦としては余りに大型で高価だった。


 結局、宇宙歴697年から宇宙歴699年まで続いた『共和国』ー『自由国』戦争において、2隻のアジャンクール級は戦時中に竣工したにも関わらず何の働きもせずにモスボール状態で保管されていた。

 いっそ空母か高速輸送艦に改装してはという話も出たが、戦争でドックが塞がっていたためにそのままになってしまったのだ。

 


 そのような艦が今最初の交戦が始まろうとしている戦争、宇宙歴701年に戦端が開かれた『共和国』ー『連合』戦争に投入された理由は、単に1隻でも余計に軍艦が欲しかったからに過ぎない。形振り構わない軍拡政策による軍人の増加によって、『共和国』ー『自由国』戦争の時よりは乗組員の数に余裕があった(優先度の低い軍艦も動かすことができた)という事情もあった。


 とはいえ、アジャンクール級はどうにも使い難い艦であり、各部隊の司令官は同級を指揮下に入れようとしなかった。結局、2隻はそれぞれ第1艦隊と第2艦隊の直接指揮下に入れられた挙句、「敵艦隊に対する偵察および攻撃を実行せよ」という曖昧極まりない命令と共に、艦隊の最前列に配置されることになる。

 


 自分が任された艦とその配置を見たリコリスが、「廃物利用」や「在庫処分」と言う言葉を思い浮かべたのも当然と言えたかもしれない。無論他の乗員にその事実が伝わることはなかったが。



ここまで読んでくださった方はありがとうございます。筆者が自分で言うのも何ですが、なかなか戦闘シーンに入りませんね。多分次回は戦闘回になると思いますが。

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