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オルトロス星域会戦ー7

 攻撃隊が第2艦隊群に襲い掛かった少し後、『連合』イピリア政府軍第一航空打撃群からは、次なる航空隊が飛び立っていた。この航空部隊はダニエル・ストリウス中将、フェルナン・グアハルド大将が指揮を執る砲戦部隊の前面に展開し、針路上のRE-26電子偵察機や偵察ポッドを次々に排除している。


 航空部隊の大半は対空装備のスピアフィッシュで編成されており、あくまで『共和国』軍の索敵能力を奪う目的である事は明らかだ。鈍重なRE-26は多くが緊急信を発する間もなく撃墜され、『共和国』軍の警戒能力は司令部が気づかないうちに低下していた。



 相手が鈍重な偵察機とはいえ、単座戦闘機の索敵能力では宇宙航空機の発見と追撃は容易ではない。だが第一航空打撃群から放たれた航空隊に混ざっていた新兵器が、遥かに効率の良い索敵・殲滅戦を可能にしていた。


 スピアフィッシュ群の中に少数混ざっているその機体は、背中に巨大な円筒形の物体を背負っており、前後に長いコクピットを持っている。その姿はどことなく、『共和国』のRE-26電子偵察機を少しばかり洗練させたような印象だった。



 この機体はスキップジャックと呼ばれ、要はスピアフィッシュの胴体を延長して三座機とし、発電機を大型化したものだ。かつての軍中枢では必要性が疑問視されて少数しか生産されなかった機体だが、第一航空打撃群のハミルトン少将はグアハルド派、つまりはイピリア政府宇宙軍の航空戦指揮を任されるや否や、工場に本機の大量生産を命じていた。

 


 スキップジャックは空戦性能では通常型のスピアフィッシュに劣るが、その代わりずっと多くの機材とそれを扱う人員を搭載できる。ハミルトンはこれに目を付け、自らが提唱する遠距離航空攻撃を行う際の指揮官機として、スキップジャックを大量に調達したのだ。  


 三座機である同機なら、遠く離れた場所にいる敵を発見するための大型レーダーを操作する偵察員、その敵まで攻撃隊を誘導するための計算用コンピューターを操作する航法員を乗せる事が出来る。これによって、航空部隊は今までの常識を超えた長距離飛行が可能になる。

 ハミルトンはそう言って、今年開発が終了した新鋭戦闘機バラグーダの量産を遅らせてまで、スキップジャックを生産させた。




 もっとも、このオルトロス星域会戦では、スキップジャックが攻撃隊を先導する事は無かった。相手は不動の基地にいるのだから、嚮導機を飛ばす意味はない。それよりも同機を艦隊の援護に使うべきだとストリウス中将が主張し、ハミルトンは最終的にこの意見を容れたのだ。

 緊急生産を命じたとはいえスキップジャックの機体、及び同機を飛ばせるパイロットや偵察員は定数が揃わず、意味のある効果を期待するなら用途をどちらか一方に絞らざるを得ないという事情もあった。



 


 結果的にこの判断は吉と出た。攻撃隊はスキップジャックの先導無でも敵を捉える事に成功した。そしてスキップジャックの方は見事に艦隊の露払いを務め、「『共和国』軍の物まね」扱いされていた大型多座偵察機という兵器が、一定の普遍的な価値を持つことを証明していた。

 イピリア政府宇宙軍は少なくとも航空戦力の運用において、これまでの『連合』軍とは一味違う所を見せつけたと言える。










 「そろそろ限界かな」


 スキップジャックを指揮官機とする防空隊からの報告を受けながら、『連合』イピリア政府宇宙軍砲戦部隊の前衛である第二十三艦隊を率いるダニエル・ストリウス中将は呟いた。

 

 防空隊は最初、スキップジャックの逆探による情報を元に敵偵察機を捕捉し、相手が報告を発する前に撃墜する事に成功していた。だが敵艦隊に近づくにつれて次第に警戒網の密度が上がり、逃亡に成功したり撃墜される前に通報を送る敵機が増えていった。

 遠からず、『共和国』軍はイピリア政府軍の意図とその全貌に気づく。ストリウスはそう判断した。






 「全部隊、戦闘序列。命令あり次第、正面の敵艦隊への攻撃に移れ」


 ストリウスが旗艦とするドニエプル級戦艦ベレジナから、第二十三艦隊を構成する各部隊にレーザー通信が行われる。命令を受けた各艦は密集した紡錘形の航行序列から、縦陣を組み合わせた戦闘序列に隊形を変更した。



 なおこの戦闘序列は今までの『連合』軍のそれとはかなり異なるもので、戦艦部隊と高速部隊がほぼ均一な間隔で配置されていた。ファブニル星域会戦で一定の成功を収めた戦艦と高速艦を組み合わせた戦闘団の発展型とも、『共和国』風の高速戦闘陣形の模倣とも取れる。

 いずれにせよ『連合』軍が金科玉条としてきた、中央に集中された戦艦部隊による戦いで決着を付けるという思想は、第二十三艦隊においては放棄されていた。




「二度と、あのような敗北を繰り返しはしない」


 指揮下の部隊群が訓練通りの配置に就くのを確認しながら、ストリウスは独白した。『連合』軍はこれまで、中央に多数の戦艦を集中して、遠く離れた外周部に高速艦を配置するという陣形を取ってきた。


 外周部の高速艦が敵主力を発見した後で戦艦部隊がその位置に移動、戦艦同士の砲撃戦で決着を付ける。『連合』軍が数百年来取ってきた戦術がそのようなもので、補助艦は敵を早期に発見して戦艦が優位な位置で戦いに臨めるようにする為だけに存在したからだ。

 軍艦の設計が防御力重視だったのもそのためだ。補助艦艇は敵主力に触接して戦艦にその位置を伝え続けるため、そして戦艦はもちろん撃ち合いに勝つために強大な防御力を必要とした。




 この単純な陣形が数百年間まかり通ってきたのは、それなりに効果的だったからに他ならない。『連合』軍戦艦部隊は攻防性能において常に世界最強を誇り、戦艦同士の撃ち合いに持ち込みさえすれば勝利は確実だった。


 敵が艦隊決戦を避け、補助艦だけを撃破して逃走する場合もあったが、それは戦術的敗北であっても戦略的には勝利とみなされた。問題の惑星の軌道上に『連合』宇宙軍戦艦部隊が浮かんでいる限り、敵はその惑星に手出しできないためだ。

 そして『連合』軍の軍事思想は、彼我の損害の多寡より作戦目的の達成度、要するに惑星の制宙権がどちらの手に渡ったかを重視するものだった。




 だが『共和国』-『自由国』戦争の経過を研究したストリウスは、戦艦集中主義は常に有効で、『連合』軍戦艦部隊は無敵であるという考えに疑問を抱いた。

 『自由国』軍は『連合』軍の縮小コピーのような軍隊だったが、『共和国』軍は彼らを完膚なきまでに打ちのめした。両国が開戦すれば『連合』軍もまた、同じような憂き目を見るのではないか。彼は軍上層部にそう警告し、高速戦艦を中心とした機動打撃部隊を新設するよう提案した。



 この提案に対する反応は、しかし冷ややかなものだった。『連合』と『自由国』では、建艦技術や電子技術に大きな差がある。軍上層部はその事を指摘した。

 『共和国』軍は『自由国』軍の戦艦に忍び寄って撃沈する事は出来たかもしれない。だが優秀なレーダーと、対艦ミサイルを受け付けない装甲を持つ『連合』軍戦艦を沈める事など不可能だ。

 彼らは口々にそう言って、ストリウスの高速艦隊構想を握りつぶした。あるいは、辺境部隊が必要以上に強力な部隊を握る事を嫌ったのかもしれない。




 ストリウスの警告の正しさは、その後の実戦で証明される事になった。高速艦ばかりで編成された『共和国』軍は『連合』軍の外周部隊を突破すると、『連合』側が態勢を立て直す間もなく戦艦部隊に突入してきた。

 全体的に低速で、しかも戦艦と補助艦の連携が難しい陣形を採用していた『連合』軍艦隊はこのような攻撃に対処できず、対艦ミサイルの雨の中で次々に消滅した。



 『連合』が宇宙戦闘において最強だった時代は終わった。ストリウスはそう結論した。

 『連合』軍の個々の艦は、『共和国』軍の艦より強いかもしれない。だが艦隊という集団としてみれば、『共和国』軍の方が遥かに優れている。必要な時必要な位置に移動するための機動力、それを最大限に生かすための指揮通信能力、それが『連合』軍には欠けていた。






 第二十三艦隊は、ストリウスが抱いたこのような現状認識から生まれた部隊だった。保有する戦艦の数は22隻と少なめだが、全てを高速のドニエプル級戦艦で固め、補助艦艇との協働を可能にしている。各艦の通信能力が格段に強化されている事を含めれば、『連合』軍史上最強の艦隊と言ってよかった。



 前衛を務める第二十三艦隊後方には、フェルナン・グアハルド大将が指揮する5個艦隊がいる。だがグアハルドの部隊は装備の更新が間に合わなかったため、殆ど旧来の『連合』軍のままであり、戦闘能力には疑問符が付く。あくまでこの戦いの鍵を握るのは自分の第二十三艦隊だ。ストリウスはそう思っていた。




 ストリウスは明るい灰色の眼で、旗艦ベレジナの戦闘指揮所中央にあるモニターを見据えた。『共和国』宇宙軍、かつての『連合』宇宙軍から宇宙戦闘の王者という称号を奪い取った相手が、空襲で打ちのめされた状態でそこにいた。














 「旗艦を見失った艦は、最も近い位置にいる同種の艦と第3航行序列を組み、本艦の周囲に集合せよ」

 

 リコリス・エイブリング准将は状況を確認すると、この場で出来る最善の対応を実行していた。旗艦オルレアンを中心に臨時の部隊を作り出す事にしたのだ。

 ほとんど独断専行だが、そうとでもしない限りどうにもならないほど酷い状況だった。彼女の第261戦隊が編入されていた『共和国』宇宙軍第11艦隊は空襲を受けて半壊、司令官が戦死して副司令官が引き継ぎの真っ最中だ。

 そしてオルレアンの周囲には、旗艦を撃沈された艦や回避運動を行っている間に原隊とはぐれた艦が彷徨っている。彼らをまとめる人間がいなければ、接近中の敵艦隊によって一方的に狩られてしまう事が目に見えていた。

 


 もっと恐ろしいのは、第11艦隊を殲滅した敵艦隊がそのまま後退中の輸送艦部隊に襲いかかる事だ。『共和国』に戻るための燃料を搭載した輸送艦が失われれば、第2艦隊群は文字通りの全滅を迎える事になる。

 



 (これが限界か)

 

 第261戦隊に属していたもともとの艦と合わせて巡洋艦5隻、駆逐艦18隻が確保された所で、リコリスは巡洋艦に先任艦長を指揮官とする臨時部隊を組むように命じた。駆逐艦の方はオルレアンが直率する。

 時間があればもっと沢山の艦を集められるが、それでは間に合わない。未来の強力な部隊より今の非力な部隊というのは軍事上の鉄則だ。

 



 「総員戦闘配置、機関出力65%、針路x3、y15、z9、敵艦隊を足止めする!」

 


 リコリスは好意的に言えば敢闘精神に溢れた、悪意を持って言えば好戦的かつ獰猛な笑顔を浮かべながら平然と命令した。敵の1個艦隊を寄せ集めの弱小部隊で止める。全く無茶な話だが、それをしない事には第11艦隊の残存兵力はほとんど1隻も残らなくなるだろう。

 


 「速いわね」

 

 リコリスは敵艦隊の動きを見て舌打ちした。『連合』の戦艦は鈍足で、『連合』軍艦隊は移動速度が『共和国』軍艦隊より遅い。それがこれまでの常識だった。

 

 だがこれまでに送られてきた断片的な情報を総合すると、リコリスが相手にしようとしている敵艦隊は『共和国』軍の艦隊と同じかそれ以上の加速度で、第11艦隊に襲いかかろうとしている。巡洋艦と駆逐艦のみで編成された部隊なのか、あるいは…

 リコリスは考え込んだが、すぐにそれ所ではない事態に陥った。

 

 

 「索敵科より司令官、左舷前方に駆逐艦1、前衛と思われます」

 「巡洋艦部隊、発見された敵駆逐艦を砲撃せよ。その後、全艦はx8、y1に変針。機関出力は最大に設定」

 

 (もう、ここまで?)、リコリスはあまりに早い敵の出現に、内心絶句しながら命令を出した。これは本格的な危機だ。第11艦隊の壊滅くらいは予測しておくべきかもしれない。

 

 司令官がどれ程不吉な予測を立てているかに関わりなく、命令を受けたオルレアン、そしてクレシー級とマラーズギルト級合わせて4隻の巡洋艦部隊は忠実に命令を遂行した。合計5隻の巡洋艦に砲火を集中されてはひとたまりもなく、駆逐艦はすぐに沈没した。

 

 宇宙空間に広がっていく光の塊を横目に、リコリスが指揮する23隻の『共和国』軍艦は最大戦速で急回頭、いったん戦場から離れるような動きを取った。航跡が派手に光っているが、リコリスの部隊自身を除いてそれを見る者はいない。

 


 彼女はそのままモニターに向き直ると、敵艦隊及び味方の動きを確認した。まず味方の第11艦隊は、半壊状態から一応隊列を立て直している。ただ戦闘可能な艦は100隻ほどで、接近中の敵1個艦隊200隻以上と戦えばひとたまりもないだろう。

 

 そして偵察機隊や、はぐれた状態で敵と交戦した艦から送られてきた、敵の隊列の組み方に関する情報を見て、リコリスはさらに嫌な予感を覚えていた。複数の縦陣を組み合わせた陣形は、これまでの『連合』宇宙軍よりむしろ『共和国』宇宙軍に近い気がする。戦艦部隊とそれを囲む巡洋艦や駆逐艦に、あまり速度差が無い艦隊において有効なタイプの陣形だ。

 そして『連合』宇宙軍が装備する高速戦艦として思いつくのは一つだけだ。

 


 「気を付けろ。敵艦隊はドニエプル級戦艦を主力としている可能性が高い」

 

 ドニエプル級戦艦の名を聞いて、臨時部隊の将兵は息を飲んだ。ファブニル星域会戦で『共和国』軍最強のクロノス級戦艦を一方的に叩きのめし、その後の旧ゴルディエフ軍閥領併合作戦でも猛威を振るった『連合』の新鋭戦艦。それと撃ち合う可能性があるという警告は、彼らを戦慄させるに十分だった。

 

 




「敵部隊を発見、戦力は巡洋艦4、駆逐艦15」

 

 続いて索敵科からの報告。リコリスは少しばかり悩んだ。敵戦力はリコリスが指揮する部隊と比較して、ほんの少しだけ劣る程度だ。これと交戦すべきか回避すべきかは微妙な所だった。

 

 もともとリコリスは指揮下の部隊を使って接近中の敵艦隊を正面から撃破する事など考えていない。巡洋艦と駆逐艦だけの23隻で1個艦隊と戦う事など不可能だ。

 

 代わりに彼女が考えたのは、高速で機動しながら敵艦隊外周部の弱小部隊を撃破し続ける事で、敵にこちらの戦力を過大評価させる事だった。

 短時間のうちに至る所で指揮下の艦が沈没すれば、敵の司令官は間違いなく動揺する。戦闘においてそのような事態が発生した場合、同時異方向から多数の部隊が接近していると考えるのが自然だからだ。

 敵がそのように誤解してくれればしめたもので、こちらは現状で最も貴重な資源である時間を稼ぐ事が出来る。

 



 この戦術で難しいのは、強い敵と戦ってはならない事だ。負ければ終わりだし、戦闘が長引いた時点で戦術が破綻するためだ。一撃で撃破できるような弱敵を相手にするのが理想であり、同等以上の戦力を持つ相手との戦いは絶対に避ける必要がある。

 

 かといって出くわす相手から何時までも逃げ続ければ、敵司令官はこちらを無視して構わない弱敵とみなすだろう。それを考慮すると、多少のリスクは冒さざるを得ない。

 

 「全艦、針路xマイナス3、y6、z2。機関出力比は本艦の55%」

 

 結局リコリスは交戦を決めた。こちらは艦の数で勝り、長射程のASM-15対艦ミサイルもある。巡洋艦4隻と駆逐艦15隻程度なら追い散らせるはずだ。

 

 あるいはこうも言える。取りあえず彼らを撃破しない限り、第11艦隊、ひいては第2艦隊群全体に未来は無い。


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